転生したら美少女なのに中身はRPGチュートリアルおじさんで、しかも政略結婚の花嫁だった

チャビューヘ

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第3章

第3章 第49話「セーブポイントを守れ」

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 朝靄が、まだ平野を覆っていた。

 兵士たちは、朝食を取りながら、武器の点検をしていた。

 剣を研ぐ音、弓の弦を張る音、鎧の留め金を締める音――。

 戦いの準備が、静かに進んでいた。

 私は、拠点の柵の上から南東の方を見ていた。

 霧の向こうに、帝国軍の野営地がぼんやりと見える。

 彼らも、きっと同じように準備をしているんだろう。

 アウレリウスが、隣に来た。

「今日は、昨日よりも激しくなる」

「……はい」

 私は、小さく答えた。

 彼の声には、覚悟があった。

「偵察の報告では、帝国軍が増援を受けたらしい」

「どれくらい?」

「二百ほど。合わせて八百近い」

 私は、息を呑んだ。

 ヴァレンドリア軍は千二百。

 数では優位だけれど、帝国軍は精鋭だ。

「大丈夫ですか」

「わからない」

 アウレリウスは、正直に答えた。

「だが、戦うしかない」

 彼は、私の手を取った。

「君は、ここにいてくれ」

「……はい」

 私は、頷いた。

 彼は、微笑んで去っていった。

 馬に乗り、前線へ向かう彼の背中を、私は見送った。

-----

 午前中、偵察隊が戻ってきた。

 彼らの顔は、緊張していた。

「帝国軍、動き始めました!」

 ローランド将軍が、すぐに命令を下した。

「全軍、配置につけ!」

 ラッパが鳴り響いた。

 兵士たちが、一斉に動き出す。

 武器を手に取り、持ち場へ駆けていく。

 私は、拠点の中央に立っていた。

 案内石が、いつものように青白く光っている。

 マルタとコーデリアが、私の両側に立った。

「姫様、私たちがお守りします」

「ありがとう」

 私は、二人の手を握った。

 遠くから、地響きが聞こえてきた。

 霧の向こうから、黒い影が現れた。

 帝国軍だ。

 昨日よりも、数が多い。

 旗が風にはためき、槍が光を反射している。

 彼らは、整然と進んでいた。

 まるで、津波のように。

-----

 ヴァレンドリア軍が、迎撃態勢を取った。

 前衛が盾を構え、中衛が弓を引き、後衛が拠点を守る。

 すべてが、昨日と同じように見えた。

 でも、空気が違った。

 昨日よりも、緊張している。

 兵士たちの顔が、こわばっている。

 敵の数が多いことを、みんな知っているんだ。

 ローランド将軍の声が響いた。

「弓兵、構え!」

 射手たちが、弓を引いた。

「放て!」

 矢が、空を切った。

 帝国軍の上に降り注ぐ。

 でも、彼らは止まらなかった。

 盾で防ぎ、そのまま突進してくる。

 地面が、震えた。

 衝突――。

 金属の音が、戦場を埋め尽くした。

 前衛の兵士たちが、必死に防いでいる。

 でも、帝国軍の圧力が強い。

 少しずつ、押されている。

-----

 そのとき、左翼から悲鳴が上がった。

「敵の別働隊だ!」

 霧の中から、帝国軍の騎兵が現れた。

 斥候部隊――奇襲だ。

 彼らは、ヴァレンドリア軍の側面に突進してきた。

 左翼の兵士たちが、混乱した。

「くそ、こっちにも!」

「どうすれば!」

「隊列が崩れる!」

 彼らの声が、パニックを帯びていた。

 ローランド将軍が、馬を駆って指示を出そうとした。

 でも、距離が遠い。

 左翼まで、声が届かない。

 兵士たちは、ばらばらに動き始めた。

 このままでは――。

 私は、思わず声を上げていた。

「待って!」

 私の声が、拠点に響いた。

 近くにいた兵士たちが、私を見た。

「ま、まず落ち着いてください!」

 私は、必死に言った。

「順番に! 一つずつ!」

 それは、ただのパニックからの言葉だった。

 前世で、職場が混乱したときに言っていた言葉。

 でも――。

 その言葉を聞いた兵士たちが、動きを止めた。

「姫様が……!」

「姫様の指示だ!」

 一人の兵士が、叫んだ。

「まず落ち着け! 順番に対処する!」

 その声が、左翼に伝わった。

 混乱していた兵士たちが、少しずつ動きを整え始めた。

「盾兵、前へ!」

「槍兵、その後ろ!」

「弓兵、援護しろ!」

 誰かが指示を出し、それに従って兵士たちが動いた。

 ばらばらだった動きが、一つにまとまっていく。

 帝国軍の騎兵が突進してきた。

 でも、今度は準備ができていた。

 盾が並び、槍が構えられ、矢が放たれた。

 騎兵の突進が、止まった。

 何騎かが倒れ、残りは退いていった。

-----

 私は、自分が何をしたのかわからなかった。

 ただ、パニックで叫んだだけだったのに。

 でも、兵士たちは私の言葉を『指示』として受け取った。

 そして、それが統制を生んだ。

 エドリック中尉が、駆けてきた。

「姫様! 姫様の導きで、左翼が持ち直しました!」

「え、でも私……」

「姫様の『まず落ち着け』という言葉が、兵士たちを導きました!」

 彼の顔は、興奮していた。

 私は、何も言えなかった。

 ――また、誤解されてしまった。

 でも、結果として、兵士たちは助かった。

 それなら――。

-----

 戦いは、続いていた。

 でも、ヴァレンドリア軍は持ちこたえていた。

 左翼の混乱も収まり、前線も安定している。

 傷ついた兵士たちが、次々に拠点へ戻ってきた。

 医療兵が手当てをし、補給兵が水と食料を渡す。

 そして、回復した兵士は、再び前線へ戻っていく。

 その繰り返し。

 一人の兵士が、血を流しながら拠点へ駆け込んできた。

「セーブポイントまで、戻れた……!」

 彼は、案内石を見て安堵の表情を浮かべた。

 医療兵がすぐに駆けつける。

「大丈夫か!」

「ああ、ここまで来れば……姫様がいるから……」

 彼は、そう言って倒れ込んだ。

 医療兵が、すぐに手当てを始めた。

 私は、その光景を見て、胸が苦しくなった。

 ――彼らは、本当に信じている。

 ここが、守られた場所だと。

 私がいれば、大丈夫だと。

 でも、私は何もできていない。

 ただ、いるだけで――。

-----

 正午を過ぎた頃、帝国軍の動きが変わった。

 彼らは、一斉に拠点への突進を始めた。

 目的は明らかだった。

 ――『セーブポイント』を奪う。

 ローランド将軍が、叫んだ。

「拠点を守れ!」

 でも、帝国軍の圧力が強い。

 前線が、じりじりと後退している。

 このままでは、拠点が危ない。

 兵士たちの顔に、焦りが浮かんだ。

「まずい……」

「拠点が取られる……」

「姫様が……」

 そのとき、一人の兵士が叫んだ。

「セーブポイントを守れ!」

 その声に、他の兵士たちが反応した。

「そうだ! 姫様を守るんだ!」

「セーブポイントは渡さない!」

「ここが俺たちの命綱だ!」

 兵士たちの声が、一つになった。

 まるで、何かが弾けたように。

 彼らは、一斉に反撃に転じた。

 剣を振り、槍を突き、盾で押し返す。

 必死の抵抗だった。

 でも、それが帝国軍を押し返した。

 少しずつ、前線が前進していく。

 帝国軍が、退き始めた。

 彼らは、拠点への突進を諦めて、後退していった。

-----

 午後、戦いは小康状態になった。

 帝国軍が、再び後退したのだ。

 ヴァレンドリア軍も、追撃はせずに守りを固めた。

 拠点には、疲れ果てた兵士たちが戻ってきていた。

 でも、誰もが生きていた。

 そして、誰もが笑っていた。

「勝った……!」

「拠点を守り切った!」

「姫様のおかげだ!」

 彼らの声が、丘に響いた。

 アウレリウスが、馬から降りて私の元へ来た。

 彼の鎧には、泥と血がこびりついていた。

「無事か」

「はい。あなたは?」

「問題ない」

 彼は、短く答えた。

 でも、その目は疲れていた。

 私は、彼の手を取った。

「お疲れ様でした」

 アウレリウスは、優しく握り返した。

「君のおかげだ」

「私は……何も……」

「いや」

 彼は、首を横に振った。

「君の言葉が、兵士たちを導いた」

 彼は、拠点を見回した。

「『まず落ち着け』『順番に』――その言葉が、混乱を収めた」

「でも、あれは……」

「結果が、すべてだ」

 アウレリウスは、微笑んだ。

「君がいたから、兵士たちは戦えた」

 その言葉に、私は何も言えなかった。

 ただ、彼の手を握り返すことしかできなかった。

-----

 夕刻、兵士たちが集まって、歓声を上げていた。

「導き姫万歳!」

「セーブポイント万歳!」

「俺たちは勝った!」

 彼らの声が、丘を震わせた。

 私は、その中心に立っていた。

 みんなが、私を見ている。

 期待と、感謝と、信頼――。

 すべてが、私に向けられていた。

 私は、深呼吸をして、言った。

「みなさん、本当にお疲れ様でした」

 兵士たちが、静まった。

「今日も、みなさんが無事で……本当によかった」

 私の声は、震えていた。

「明日も、どうか無事でいてください」

 それだけしか、言えなかった。

 でも、兵士たちは満足そうに頷いた。

「姫様!」

「ありがとうございます!」

「明日も、頑張ります!」

 彼らの声が、温かかった。

 私は、その温もりに包まれて、少しだけ涙が出そうになった。

 でも、必死に堪えた。

 ――私は、何もしていない。

 ただ、ここにいただけなのに。

 でも、それでも――。

 彼らが笑ってくれるなら。

 それだけで、十分なのかもしれない。

 夕日が、戦場を赤く染めていた。

 遠くで、帝国軍が再び野営の準備を始めている。

 今日の戦いも、終わった。

 でも、これは始まりにすぎない。

 明日も、戦いは続く。

 そして、いつか――。

 本当の試練が、来るんだろう。

 でも、今は――。

 みんな、生きている。

 それだけで、十分だった。
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