転生したら美少女なのに中身はRPGチュートリアルおじさんで、しかも政略結婚の花嫁だった

チャビューヘ

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第3章

第3章 第50話「初勝利と誤解の拡大」

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 その夜、拠点では小さな祝宴が開かれた。

 焚火の周りに兵士たちが集まり、配給された酒を分け合っている。

 量は少ないけれど、みんな嬉しそうだった。

 勝った、という実感が、彼らの顔を明るくしていた。

 私は、少し離れた場所から、その光景を見ていた。

 マルタが、隣に立っていた。

「姫様、お疲れですね」

「少しだけ」

 私は、苦笑した。

 本当は、とても疲れていた。

 心が、ずっと張り詰めていた。

 マルタが、私の肩にそっと手を置いた。

「姫様のおかげで、みんな無事でした」

「……私は、何もしていないのに」

「そんなことありません」

 マルタは、真剣な顔で言った。

「姫様がいたから、兵士たちは戦えたんです」

 その言葉に、私は何も言えなかった。

 焚火の向こうで、兵士たちが笑い合っている。

 一人が、大きな声で言った。

「今日の勝利は、導き姫のおかげだ!」

 周りの兵士たちが、歓声を上げた。

「そうだ!」

「姫様がいなければ、俺たちは混乱していた!」

「あの『まず落ち着け』って言葉、すごかったよな」

 若い兵士が、興奮した様子で言った。

「ああ、あれで左翼が持ち直した」

 年配の兵士が頷いた。

「姫様の言葉は、戦術そのものだ」

 別の兵士が言った。

「戦術姫だな」

 誰かが、ぽつりと呟いた。

 その言葉に、周りが静まった。

「戦術姫……」

「いい響きだな」

「姫様は、俺たちの戦術を導いてくれる」

 兵士たちが、次々に頷いた。

「戦術姫」という言葉が、焚火の周りに広がっていった。

 私は、その言葉を聞いて、胸が苦しくなった。

 ――戦術姫。

 また、新しい誤解が生まれてしまった。

-----

 翌朝、軍議が開かれた。

 会議室には、昨日よりも明るい空気が流れていた。

 地図の上には、昨日の戦闘の結果が記されている。

 青い駒が、少しだけ前に進んでいた。

 ローランド将軍が、報告を始めた。

「昨日の戦闘で、我が軍は帝国軍を押し返すことに成功した」

 将校たちが、頷いた。

「損害は軽微。負傷者は百名ほどだが、そのほとんどが拠点で手当てを受け、回復している」

 ローランド将軍は、私の方を見た。

「姫様の『セーブポイント』が、見事に機能した」

 将校たちの視線が、一斉に私に向いた。

 私は、小さく頷くことしかできなかった。

「特に、左翼の混乱時における姫様の指示が、決定的だった」

 ローランド将軍が続けた。

「『まず落ち着け』『順番に』という言葉が、兵士たちを統制し、反撃の機会を生んだ」

 将校たちが、感心したように呟いた。

「さすが導き姫」

「戦場でも、その力を発揮された」

「兵士たちの間では、『戦術姫』と呼ばれ始めているそうだ」

 その言葉に、会議室がざわついた。

「戦術姫……」

「確かに、姫様の言葉は戦術的だった」

 でも、その中で一人だけ、黙っている者がいた。

 グスタフ准将だった。

 彼は、腕を組んだまま、難しい顔をしていた。

 ローランド将軍が、彼を見た。

「グスタフ准将、何か意見は?」

 グスタフ准将は、しばらく黙っていたけれど、やがて口を開いた。

「……正直に申し上げます」

 その声は、重かった。

「昨日の勝利は、偶然にすぎないのではないか」

 会議室が、静まり返った。

 ローランド将軍が、眉をひそめた。

「偶然?」

「ええ」

 グスタフ准将は、地図を見た。

「確かに、姫様の言葉が兵士たちを落ち着かせた。それは認めます」

 彼は、続けた。

「だが、それは戦術というより、偶然のタイミングだったのではないか」

 彼は、私の方を見た。

「姫様がパニックから発した言葉が、たまたま兵士たちに届いた。それだけではないのか」

 その言葉に、何人かの将校が動揺した。

「しかし……」

「結果として、助かったのは事実だ」

 グスタフ准将は、首を横に振った。

「だが、それを『戦術』として体系化できるのか。再現性はあるのか」

 彼の問いに、誰も答えられなかった。

「帝国軍は、次はもっと本気で来る」

 グスタフ准将が、厳しい声で言った。

「昨日の勝利に油断すれば、次は負ける」

 会議室に、重い沈黙が落ちた。

 私は、俯いた。

 ――彼の言う通りだ。

 私は、ただパニックで叫んだだけで。

 それが、たまたまうまくいっただけで――。

 アウレリウスが、静かに立ち上がった。

「グスタフ准将の懸念は、もっともだ」

 彼は、穏やかに言った。

「だが、私は姫の力を信じる」

 グスタフ准将が、アウレリウスを見た。

「それは、戦術ではない。士気だ」

 アウレリウスは、地図を見た。

「姫の言葉が、戦術として体系化できるかどうかは、わからない」

 彼は、続けた。

「だが、姫の言葉が兵士たちの心を導くことは、確実だ」

 彼は、グスタフ准将の目を見た。

「士気は、戦場において最も重要な要素の一つだ」

 グスタフ准将は、黙っていた。

「姫がここにいる。それだけで、兵士たちは勇気を持てる」

 アウレリウスが、力強く言った。

「それが、我が軍の強みだ」

 ローランド将軍が、深く頷いた。

「王子殿下の仰る通りです」

 彼は、グスタフ准将を見た。

「姫様の力が戦術か、士気か――それは問題ではない。兵士たちが戦えることが、重要なのです」

 グスタフ准将は、長い沈黙の後、深くため息をついた。

「……わかりました」

 彼は、頭を下げた。

「では、作戦を続行します」

-----

 会議が終わり、人々が部屋を出ていく。

 私は、その場に残っていた。

 グスタフ准将の言葉が、頭の中で繰り返される。

 ――偶然にすぎない。

 その通りだ。

 私は、何も考えていなかった。

 ただ、パニックで叫んだだけで――。

 アウレリウスが、近づいてきた。

「気にするな」

「でも……」

「グスタフは、現実主義者だ。彼の言葉は、間違っていない」

 アウレリウスは、私の肩に手を置いた。

「だが、君の力も本物だ」

「私の力……?」

「ああ」

 彼は、優しく微笑んだ。

「君は、人の心を動かす力を持っている」

 その言葉に、私は彼の顔を見た。

「それは、どんな戦術よりも強い」

 彼の青い瞳が、真っ直ぐにこちらを見つめていた。

「君は、十分に戦っている」

 私は、何も言えなかった。

 ただ、彼の温もりに支えられていた。

-----

 午後、私は拠点を見回っていた。

 兵士たちは、昨日の疲れを癒しながら、次の戦いの準備をしていた。

 武器を磨き、防具を修理し、体を休める――。

 みんな、真剣な顔をしていた。

 一人の兵士が、私に気づいて駆け寄ってきた。

「戦術姫様!」

 その呼び方に、私は少しびっくりした。

「あ、はい……」

「昨日は、ありがとうございました!」

 彼は、深く頭を下げた。

「姫様の指示で、俺たちは助かりました」

「いえ、私は……」

「姫様がいれば、俺たちは負けません!」

 彼の目は、本気だった。

 私は、何と言えばいいのかわからなかった。

 ただ、頷くことしかできなかった。

 彼は、満足そうに敬礼をして、去っていった。

 私は、その背中を見送った。

 ――戦術姫。

 また、新しい重荷が増えた気がした。

-----

 夕刻、偵察隊が戻ってきた。

 彼らの顔は、緊張していた。

 ローランド将軍が、すぐに話を聞いた。

「帝国軍の様子は?」

「……動きが、変わっています」

 偵察隊長のヴェルナー大尉が、報告した。

「後方から、大きな荷車が運び込まれています」

「荷車?」

「はい。奇妙な形をした、金属の箱のようなものです」

 ヴェルナー大尉は、眉をひそめた。

「それと、技術者のような者たちが大勢いました」

 ローランド将軍が、顔色を変えた。

「まさか……新兵器か」

「可能性が高いです」

 会議室に、緊張が走った。

 アウレリウスが、静かに尋ねた。

「どのような兵器だと思われるか」

「わかりません」

 ヴェルナー大尉が、首を横に振った。

「だが、兵士たちが警戒している様子から、相当な威力があると思われます」

 ローランド将軍が、地図を睨んだ。

「……帝国は、本気で来る」

 その言葉に、会議室が静まり返った。

 私は、息を呑んだ。

 ――新兵器。

 それが、何を意味するのか。

 まだ、わからない。

 でも、確実に言えることがある。

 これまでの戦いは、序章にすぎなかった。

 本当の試練は、これから始まる――。

-----

 その夜、私は案内石の前に立っていた。

 石は、いつものように青白く光っていた。

 私は、石に手を置いた。

「お願い。みんなを、守って」

 呟いた。

 案内石が、温かく光った。

 でも、その光は、いつもより少し弱い気がした。

 まるで、何かを警告するように――。

 風が吹いて、髪が揺れた。

 遠くで、狼の遠吠えが聞こえた。

 南東の空を見ると、帝国軍の野営地の灯りが見えた。

 昨日よりも、多い気がした。

 私は、深呼吸をした。

 ――怖い。

 でも、逃げられない。

 私は、ここにいる。

 『戦術姫』として――。

 たとえ、それが誤解であっても。

 月が、雲の間から顔を出した。

 丘の上の拠点が、月明かりに照らされた。

 明日も、戦いは続く。

 そして、いつか――。

 本当の試練が、来るんだろう。

 でも、今は――。

 みんな、生きている。

 それだけを、信じよう。
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