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第3章
第3章 第53話「段取りの導き」
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戦場は、混乱していた。
ヴァレンドリア軍の兵士たちが、ばらばらに動いている。
魔法が使えない恐怖が、彼らの統制を奪っていた。
「どうすればいいんだ!」
「魔法なしでは戦えない!」
「このままでは全滅する!」
彼らの声が、パニックを帯びていた。
帝国軍は、着実に前進している。
魔法を放ちながら、槍を構えて――。
ヴァレンドリア軍が、じりじりと後退していく。
拠点まで、あと二百歩もない。
私は、その光景を見ていた。
案内石の前に座り込んだまま。
何もできない自分に、絶望していた。
でも――。
兵士たちの叫び声が、耳に入ってくる。
「姫様!」
「戦術姫様、助けてください!」
彼らは、まだ私を信じている。
魔法が使えなくても。
絶望的な状況でも――。
私を、信じてくれている。
私は、ゆっくりと立ち上がった。
マルタが、驚いた顔で私を見た。
「姫様……?」
「マルタ」
私は、静かに言った。
「私、行ってくる」
「危険です!」
「でも、このままじゃみんなが……」
私は、マルタの手を握った。
「私にできることが、あるかもしれない」
マルタは、私の目を見た。
そして、ゆっくりと頷いた。
「……わかりました。お気をつけて」
-----
私は、丘を降りて、前線へ向かった。
兵士たちが、私に気づいた。
「姫様が!」
「戦術姫様が来てくれた!」
彼らの声が、少しだけ明るくなった。
私は、混乱する兵士たちの前に立った。
深呼吸をした。
そして――。
いつもの、前世の癖が出た。
職場が混乱したときに、いつもやっていたこと。
「みなさん、まず落ち着いてください」
私の声が、戦場に響いた。
兵士たちが、動きを止めた。
「魔法が使えないなら、使わなくていいんです」
私は、できるだけ冷静に言った。
「段取りを守れば、戦えます」
兵士たちが、私を見ていた。
私は、続けた。
「まず、盾兵が前に出てください」
指を指しながら、言った。
「敵の魔法を、盾で防ぐんです」
盾を持った兵士たちが、顔を見合わせた。
「盾で……魔法を?」
「はい。盾は木と金属でできています。火は防げます」
私は、前世で見た防災訓練を思い出していた。
「氷も、雷も、物理的な衝撃です。盾で受け止められます」
盾兵たちが、恐る恐る前に出た。
「次に、槍兵はその後ろに並んでください」
私は、配置を指示した。
「盾の隙間から、槍を出すんです」
槍を持った兵士たちが、盾兵の後ろに並んだ。
「弓兵は、後方から援護してください」
私は、射手たちを見た。
「魔法がなくても、矢は飛びます」
射手たちが、頷いた。
「そして、最後に――」
私は、全員を見回した。
「一つずつ、順番に動いてください」
それは、ただの段取りだった。
仕事の手順を説明するように。
でも――。
兵士たちの目が、変わった。
-----
帝国軍が、再び魔法を放ってきた。
火の球が、飛んでくる。
盾兵たちが、盾を構えた。
火の球が、盾に当たった。
衝撃があった。
でも――。
盾は、持ちこたえた。
火が、盾の表面で散った。
盾兵たちが、驚いた顔をした。
「防げた……!」
「姫様の言う通りだ!」
彼らの声が、希望を帯びた。
次に、氷の槍が飛んできた。
盾兵たちが、再び盾を構えた。
氷の槍が、盾に当たって砕けた。
「これも防げる!」
「姫様の導きだ!」
兵士たちの声が、力強くなった。
私は、続けた。
「次は、反撃です」
私の声が、戦場に響いた。
「盾兵、三歩前進してください」
盾兵たちが、一斉に前進した。
整然とした動き。
「槍兵、槍を前に出してください」
槍兵たちが、盾の隙間から槍を突き出した。
「弓兵、射てください」
射手たちが、一斉に矢を放った。
矢が、帝国軍に降り注ぐ。
何人かが倒れた。
帝国軍の動きが、止まった。
-----
ヴァレンドリア軍が、少しずつ押し返し始めた。
魔法は使えない。
でも、剣と槍と盾がある。
そして――段取りがある。
私は、次々に指示を出した。
「盾兵、左に二歩移動してください」
「槍兵、右翼を支援してください」
「弓兵、敵の後方を狙ってください」
それは、ただの配置指示だった。
前世で、倉庫の整理をしていたときと同じ。
でも、それが戦場では『戦術』になった。
兵士たちが、私の言葉に従って動く。
ばらばらだった動きが、一つにまとまっていく。
ローランド将軍が、馬を駆って私の元へ来た。
「姫様……!」
彼の声が、驚きを帯びていた。
「これは……」
「ただの、段取りです」
私は、答えた。
「魔法がなくても、手順を守れば戦えます」
ローランド将軍は、しばらく私を見ていたけれど、やがて深く頷いた。
「……さすが、戦術姫だ」
彼は、馬を駆って前線へ向かった。
「全軍、姫様の指示に従え!」
彼の声が、戦場に響いた。
-----
戦いは、膠着状態になった。
帝国軍の魔法は強力だったけれど、ヴァレンドリア軍は盾で防いだ。
魔法が使えなくても、剣と槍で戦った。
そして、私の『段取り』が、彼らの動きを統制した。
帝国軍が、困惑している様子だった。
彼らは、魔法で圧倒できると思っていたはずだ。
でも、ヴァレンドリア軍は崩れなかった。
むしろ、少しずつ前進していた。
後方の金属の箱――新兵器が、まだ奇妙な光を放っている。
でも、その光は、もう恐怖ではなかった。
魔法が使えなくても、戦える。
兵士たちが、それを知ったから。
一人の兵士が、叫んだ。
「姫様の導きがあれば、魔法なんていらない!」
その声に、他の兵士たちが応えた。
「そうだ!」
「姫様の段取りで戦える!」
「戦術姫万歳!」
彼らの声が、戦場を震わせた。
-----
正午を過ぎた頃、帝国軍が退き始めた。
彼らは、新兵器を引き上げながら、後退していった。
ヴァレンドリア軍は、追撃はしなかった。
みんな、疲れ果てていた。
でも、誰もが生きていた。
そして、誰もが笑っていた。
戦場に、歓声が上がった。
「勝った!」
「姫様のおかげだ!」
「魔法なしでも戦えた!」
兵士たちが、私の周りに集まってきた。
彼らの顔は、疲れているけれど、明るかった。
「姫様、ありがとうございます!」
「姫様の段取りで、俺たちは戦えました!」
一人の若い兵士が、涙を流しながら言った。
「俺、魔法が使えなくて絶望してたんです。でも、姫様の言葉で……」
彼は、言葉を詰まらせた。
私は、彼の肩に手を置いた。
「よく頑張りましたね」
それだけしか、言えなかった。
でも、彼は嬉しそうに頷いた。
-----
アウレリウスが、馬から降りて私の元へ来た。
彼の鎧は、泥と血にまみれていた。
でも、彼の目は優しかった。
「君は、また兵士たちを導いた」
「……段取りを言っただけです」
私は、俯いた。
「魔法のことは、何もわからなくて……」
「いや」
アウレリウスは、私の顎に指を添えて、顔を上げさせた。
「君の『段取り』が、魔法よりも強かった」
彼は、微笑んだ。
「君は、本当の戦術姫だ」
その言葉に、私は何も言えなかった。
ただ、胸が熱くなった。
周りの兵士たちが、再び叫んだ。
「戦術姫万歳!」
「姫様の段取りで、俺たちは無敵だ!」
彼らの声が、丘に響いた。
私は、その声に包まれて、少しだけ涙が出そうになった。
でも、必死に堪えた。
――私は、何もしていない。
ただ、段取りを言っただけなのに。
でも、それでも――。
彼らが笑ってくれるなら。
それだけで、十分なのかもしれない。
-----
夕刻、私は拠点に戻った。
案内石の前に座って、石に手を置いた。
「ありがとう」
呟いた。
案内石が、温かく光った。
その光は、朝よりも少し強くなった気がした。
まるで、喜んでいるように。
マルタが、毛布を持ってきてくれた。
「姫様、お疲れ様でした」
「ありがとう、マルタ」
私は、毛布を肩にかけた。
遠くで、兵士たちが焚火を囲んでいる。
彼らは、今日の戦いを語り合っていた。
「姫様の『まず盾、次に槍』って指示、すごかったな」
「ああ、あれで動きが整った」
「段取りさえ守れば、魔法なんていらないんだな」
彼らの声が、嬉しそうだった。
私は、その声を聞きながら、少しだけ微笑んだ。
夕日が、戦場を赤く染めていた。
遠くで、帝国軍が再び野営の準備を始めている。
明日も、戦いは続く。
でも、今日――。
私たちは、勝った。
魔法なしでも、戦えることを証明した。
それだけで、十分だった。
ヴァレンドリア軍の兵士たちが、ばらばらに動いている。
魔法が使えない恐怖が、彼らの統制を奪っていた。
「どうすればいいんだ!」
「魔法なしでは戦えない!」
「このままでは全滅する!」
彼らの声が、パニックを帯びていた。
帝国軍は、着実に前進している。
魔法を放ちながら、槍を構えて――。
ヴァレンドリア軍が、じりじりと後退していく。
拠点まで、あと二百歩もない。
私は、その光景を見ていた。
案内石の前に座り込んだまま。
何もできない自分に、絶望していた。
でも――。
兵士たちの叫び声が、耳に入ってくる。
「姫様!」
「戦術姫様、助けてください!」
彼らは、まだ私を信じている。
魔法が使えなくても。
絶望的な状況でも――。
私を、信じてくれている。
私は、ゆっくりと立ち上がった。
マルタが、驚いた顔で私を見た。
「姫様……?」
「マルタ」
私は、静かに言った。
「私、行ってくる」
「危険です!」
「でも、このままじゃみんなが……」
私は、マルタの手を握った。
「私にできることが、あるかもしれない」
マルタは、私の目を見た。
そして、ゆっくりと頷いた。
「……わかりました。お気をつけて」
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私は、丘を降りて、前線へ向かった。
兵士たちが、私に気づいた。
「姫様が!」
「戦術姫様が来てくれた!」
彼らの声が、少しだけ明るくなった。
私は、混乱する兵士たちの前に立った。
深呼吸をした。
そして――。
いつもの、前世の癖が出た。
職場が混乱したときに、いつもやっていたこと。
「みなさん、まず落ち着いてください」
私の声が、戦場に響いた。
兵士たちが、動きを止めた。
「魔法が使えないなら、使わなくていいんです」
私は、できるだけ冷静に言った。
「段取りを守れば、戦えます」
兵士たちが、私を見ていた。
私は、続けた。
「まず、盾兵が前に出てください」
指を指しながら、言った。
「敵の魔法を、盾で防ぐんです」
盾を持った兵士たちが、顔を見合わせた。
「盾で……魔法を?」
「はい。盾は木と金属でできています。火は防げます」
私は、前世で見た防災訓練を思い出していた。
「氷も、雷も、物理的な衝撃です。盾で受け止められます」
盾兵たちが、恐る恐る前に出た。
「次に、槍兵はその後ろに並んでください」
私は、配置を指示した。
「盾の隙間から、槍を出すんです」
槍を持った兵士たちが、盾兵の後ろに並んだ。
「弓兵は、後方から援護してください」
私は、射手たちを見た。
「魔法がなくても、矢は飛びます」
射手たちが、頷いた。
「そして、最後に――」
私は、全員を見回した。
「一つずつ、順番に動いてください」
それは、ただの段取りだった。
仕事の手順を説明するように。
でも――。
兵士たちの目が、変わった。
-----
帝国軍が、再び魔法を放ってきた。
火の球が、飛んでくる。
盾兵たちが、盾を構えた。
火の球が、盾に当たった。
衝撃があった。
でも――。
盾は、持ちこたえた。
火が、盾の表面で散った。
盾兵たちが、驚いた顔をした。
「防げた……!」
「姫様の言う通りだ!」
彼らの声が、希望を帯びた。
次に、氷の槍が飛んできた。
盾兵たちが、再び盾を構えた。
氷の槍が、盾に当たって砕けた。
「これも防げる!」
「姫様の導きだ!」
兵士たちの声が、力強くなった。
私は、続けた。
「次は、反撃です」
私の声が、戦場に響いた。
「盾兵、三歩前進してください」
盾兵たちが、一斉に前進した。
整然とした動き。
「槍兵、槍を前に出してください」
槍兵たちが、盾の隙間から槍を突き出した。
「弓兵、射てください」
射手たちが、一斉に矢を放った。
矢が、帝国軍に降り注ぐ。
何人かが倒れた。
帝国軍の動きが、止まった。
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ヴァレンドリア軍が、少しずつ押し返し始めた。
魔法は使えない。
でも、剣と槍と盾がある。
そして――段取りがある。
私は、次々に指示を出した。
「盾兵、左に二歩移動してください」
「槍兵、右翼を支援してください」
「弓兵、敵の後方を狙ってください」
それは、ただの配置指示だった。
前世で、倉庫の整理をしていたときと同じ。
でも、それが戦場では『戦術』になった。
兵士たちが、私の言葉に従って動く。
ばらばらだった動きが、一つにまとまっていく。
ローランド将軍が、馬を駆って私の元へ来た。
「姫様……!」
彼の声が、驚きを帯びていた。
「これは……」
「ただの、段取りです」
私は、答えた。
「魔法がなくても、手順を守れば戦えます」
ローランド将軍は、しばらく私を見ていたけれど、やがて深く頷いた。
「……さすが、戦術姫だ」
彼は、馬を駆って前線へ向かった。
「全軍、姫様の指示に従え!」
彼の声が、戦場に響いた。
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戦いは、膠着状態になった。
帝国軍の魔法は強力だったけれど、ヴァレンドリア軍は盾で防いだ。
魔法が使えなくても、剣と槍で戦った。
そして、私の『段取り』が、彼らの動きを統制した。
帝国軍が、困惑している様子だった。
彼らは、魔法で圧倒できると思っていたはずだ。
でも、ヴァレンドリア軍は崩れなかった。
むしろ、少しずつ前進していた。
後方の金属の箱――新兵器が、まだ奇妙な光を放っている。
でも、その光は、もう恐怖ではなかった。
魔法が使えなくても、戦える。
兵士たちが、それを知ったから。
一人の兵士が、叫んだ。
「姫様の導きがあれば、魔法なんていらない!」
その声に、他の兵士たちが応えた。
「そうだ!」
「姫様の段取りで戦える!」
「戦術姫万歳!」
彼らの声が、戦場を震わせた。
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正午を過ぎた頃、帝国軍が退き始めた。
彼らは、新兵器を引き上げながら、後退していった。
ヴァレンドリア軍は、追撃はしなかった。
みんな、疲れ果てていた。
でも、誰もが生きていた。
そして、誰もが笑っていた。
戦場に、歓声が上がった。
「勝った!」
「姫様のおかげだ!」
「魔法なしでも戦えた!」
兵士たちが、私の周りに集まってきた。
彼らの顔は、疲れているけれど、明るかった。
「姫様、ありがとうございます!」
「姫様の段取りで、俺たちは戦えました!」
一人の若い兵士が、涙を流しながら言った。
「俺、魔法が使えなくて絶望してたんです。でも、姫様の言葉で……」
彼は、言葉を詰まらせた。
私は、彼の肩に手を置いた。
「よく頑張りましたね」
それだけしか、言えなかった。
でも、彼は嬉しそうに頷いた。
-----
アウレリウスが、馬から降りて私の元へ来た。
彼の鎧は、泥と血にまみれていた。
でも、彼の目は優しかった。
「君は、また兵士たちを導いた」
「……段取りを言っただけです」
私は、俯いた。
「魔法のことは、何もわからなくて……」
「いや」
アウレリウスは、私の顎に指を添えて、顔を上げさせた。
「君の『段取り』が、魔法よりも強かった」
彼は、微笑んだ。
「君は、本当の戦術姫だ」
その言葉に、私は何も言えなかった。
ただ、胸が熱くなった。
周りの兵士たちが、再び叫んだ。
「戦術姫万歳!」
「姫様の段取りで、俺たちは無敵だ!」
彼らの声が、丘に響いた。
私は、その声に包まれて、少しだけ涙が出そうになった。
でも、必死に堪えた。
――私は、何もしていない。
ただ、段取りを言っただけなのに。
でも、それでも――。
彼らが笑ってくれるなら。
それだけで、十分なのかもしれない。
-----
夕刻、私は拠点に戻った。
案内石の前に座って、石に手を置いた。
「ありがとう」
呟いた。
案内石が、温かく光った。
その光は、朝よりも少し強くなった気がした。
まるで、喜んでいるように。
マルタが、毛布を持ってきてくれた。
「姫様、お疲れ様でした」
「ありがとう、マルタ」
私は、毛布を肩にかけた。
遠くで、兵士たちが焚火を囲んでいる。
彼らは、今日の戦いを語り合っていた。
「姫様の『まず盾、次に槍』って指示、すごかったな」
「ああ、あれで動きが整った」
「段取りさえ守れば、魔法なんていらないんだな」
彼らの声が、嬉しそうだった。
私は、その声を聞きながら、少しだけ微笑んだ。
夕日が、戦場を赤く染めていた。
遠くで、帝国軍が再び野営の準備を始めている。
明日も、戦いは続く。
でも、今日――。
私たちは、勝った。
魔法なしでも、戦えることを証明した。
それだけで、十分だった。
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