転生したら美少女なのに中身はRPGチュートリアルおじさんで、しかも政略結婚の花嫁だった

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第4章

第4章 第62話「制限の提案」

 翌朝、エドリアン学士が再び測定を行った。

 今度は、王宮だけでなく、市街地の案内石も調査対象になった。

 私は、測定に同行することを許可された。いや、正確には「同行を命じられた」。

「姫殿下がいらっしゃる時と、いらっしゃらない時の案内石の反応を比較したいのです」

 エドリアン学士は、そう説明した。

 つまり、私が実験台だ。

-----

 市場近くの広場に、一つの案内石が立っている。

 ここは、私が以前、「一列に並んでください」と段取りを示して、混乱を収めた場所だ。

 測定器具が並べられる。針付きの計器、水晶のプリズム、羊皮紙に描かれた複雑な魔法陣。

 エドリアン学士が指示を出す。

「まず、姫殿下がいらっしゃらない状態で、基準値を測定します」

 従者たちが、機器を調整する。

 針が、微かに揺れる。

「輝度、三十五パーセント。反応速度、四十パーセント」

 学士が記録する。

「やはり、標準値を大きく下回っています。では、次に——」

 彼は私を見た。

「姫殿下、案内石に近づいていただけますか」

 私は頷いて、案内石に歩み寄った。

 三歩、四歩、五歩。

 案内石の前に立つ。

 何も起きない。

 いつもなら、青白く光るはずなのに。

「……光りませんね」

 エドリアン学士が呟く。

「測定値は?」

「変化ありません。輝度、三十五パーセントのまま」

 従者が答える。

 学士は眉をひそめた。

「興味深い。では、姫殿下、何か言葉を発していただけますか?『神託』のような形で」

 私は戸惑った。

「え、でも、何を……」

「何でも構いません。普段、姫殿下が『段取り』を示される時のように」

 私は、案内石を見た。

 何を言えば良いんだろう。

 でも、ここで何も言わないのは、もっと怪しまれる。

 私は、深呼吸をした。

「えっと……まず、落ち着いて。それから、順番に進めば、大丈夫です」

 ありきたりな言葉だ。

 でも、いつもはこれで案内石が光った。

 今回は——。

 光らない。

 完全に、沈黙したままだ。

 測定器具の針も、動かない。

「反応なし」

 従者が報告する。

 エドリアン学士は、顎に手を当てた。

「なるほど。案内石は、姫殿下の言葉に反応しなくなっている」

「それって……」

「二つの可能性があります」

 学士は私を見た。

「一つは、案内石が弱りすぎて、もはや反応できない状態になっている。もう一つは——」

 彼は言葉を切った。

「何ですか?」

「案内石が、姫殿下を『拒絶』している可能性です」

 その言葉が、胸に刺さる。

「拒絶?」

「案内石は、ある種の意思を持っています。自己防衛本能、と言っても良い。過剰な負荷を与える存在を、自動的に遮断するのです」

 エドリアン学士は、案内石に手を置いた。

「つまり、案内石は姫殿下の力を『危険』と判断し、反応を停止しているのかもしれません」

 周囲がざわめく。

 見物していた市民たちも、不安そうに囁き合っている。

「戦術姫が、案内石に拒絶された」

「導きの石が、姫様を拒んでいる」

 私は、何も言えなかった。

-----

 午後、再び枢密院が召集された。

 エドリアン学士が、今日の測定結果を報告する。

「結論から申し上げます。案内石は、戦術姫殿下の存在を『脅威』と認識し、自己防衛のために反応を停止しています」

 レイノルド子爵が立ち上がった。

「それは、姫が案内石にとって危険な存在だという証拠ではないか!」

「その解釈も可能です」

 エドリアン学士は、冷静に答える。

「ただし、これは案内石側の反応であり、姫殿下に悪意があるわけではありません」

「悪意の有無ではない!」

 子爵の声が響く。

「問題は、姫の存在が案内石を傷つけているという事実だ!」

 マルキス伯爵も立ち上がる。

「我々は、具体的な対策を講じるべきだ。このまま放置すれば、王国の全ての案内石が失われる」

 宰相が手を上げた。

「対策とは、具体的に何を?」

「明白です」

 レイノルド子爵が、私を見た。

「戦術姫殿下には、『神託』の使用を控えていただく。そして、案内石に近づくことも、制限すべきです」

 ざわめきが広がる。

 ローランド将軍が立ち上がった。

「待て。姫殿下の『段取り』は、軍にとって不可欠だ。バスティオンでの勝利が、それを証明している」

「将軍、案内石が失われれば、戦争以前の問題だ」

 マルキス伯爵が反論する。

「案内石は、王国の守護の象徴。それが失われれば、民の士気も、国の威信も、全てが崩壊する」

「だが——」

「私からも、提案があります」

 エドリアン学士が口を開いた。

 全員の視線が彼に集まる。

「案内石の負荷を減らすため、戦術姫殿下の『神託』に、一定の制限を設けてはいかがでしょうか」

「制限?」

「はい。例えば、『神託』を発する場所を限定する。案内石から一定距離以上離れた場所でのみ、『神託』を許可する、など」

 宰相が尋ねた。

「それで、案内石は回復するのか?」

「断言はできません。しかし、負荷が減れば、これ以上の悪化は防げるはずです」

 エドリアン学士は、書類を広げた。

「私の提案は、以下の通りです。一、戦術姫殿下は、案内石から半径五十メートル以内に立ち入らない。二、やむを得ず『神託』を発する場合は、事前に枢密院の許可を得る。三、定期的に案内石の状態を測定し、異常があれば即座に『神託』を停止する」

 レイノルド子爵が頷いた。

「妥当な提案だ。これなら、姫の能力も完全には封じない」

 マルキス伯爵も同意する。

「案内石の保護と、姫の活動の、バランスが取れている」

 宰相は、私を見た。

「姫殿下、いかがですか?」

 私は、椅子に座ったまま、答えた。

「……分かりました」

 他に、何が言えるだろう。

 反対すれば、案内石を壊す悪人になる。

 受け入れるしか、ない。

「では、決定といたします」

 国王ヴァレン三世が宣言した。

「本日より、戦術姫の『神託』に、制限を設ける。詳細は、エドリアン学士の提案に従う」

 槌が打ち下ろされる。

 決定だ。

-----

 議場を出ると、アウレリウスが待っていた。

「大丈夫か?」

「……うん」

 嘘だ。全然大丈夫じゃない。

 でも、彼に心配をかけたくない。

 私は、笑顔を作った。

「大丈夫。案内石から離れればいいだけだし。それに、『神託』も、そんなに頻繁に使ってたわけじゃないから」

「でも……」

「何とかなるよ。私、今まで色々と乗り越えてきたし」

 私は、自分に言い聞かせるように言った。

「段取りを考えれば、この問題も解決できる。案内石に負担をかけない方法を見つければいいんだから」

 アウレリウスは、複雑な表情をした。

「君は、いつも前向きだな」

「そうじゃないと、やっていけないよ」

 私は、廊下を歩き出した。

 彼は、黙って私の隣を歩いた。

 その沈黙が、今は辛い。

-----

 夕方、侍女たちが部屋に集まった。

 マルタ、コーデリア、ベアトリス、エリン。

 四人とも、不安そうな顔をしている。

「姫様、本当に大丈夫なんですか?」

 マルタが尋ねた。

「うん、大丈夫」

 私は、窓辺に立った。

「案内石から離れていれば問題ないって。それに、『神託』も、枢密院の許可があれば使えるし」

「でも、民衆の間で、噂が広がっています」

 エリンが、小さな声で言った。

「『戦術姫は、案内石に拒絶された』って。『導きの姫は、本当は呪いの姫だった』って」

 その言葉が、胸に刺さる。

「大丈夫。すぐに誤解は解ける」

 私は、強がった。

「私が、ちゃんと段取りを組んで、案内石を傷つけない方法を見つければ、みんな分かってくれる」

 コーデリアが、心配そうに私を見た。

「姫様、無理をなさらないでください」

「無理じゃないよ。今まで、色々と何とかしてきたじゃない。市場の混乱も、外交の問題も、戦場の危機も、全部、段取りで解決してきた」

 私は、自分に言い聞かせるように続けた。

「だから、これも、きっと何とかなる」

 侍女たちは、何も言わなかった。

 でも、その目には、不安が浮かんでいた。

-----

 夜、一人になると、窓を開けた。

 遠くで、大聖堂の案内石が、赤く光っている。

 昨夜よりも、さらに強く。

 まるで、炎のように。

 私は、腕の鈴を見た。

 四つの鈴が、微かに震えている。

 風のせいだろうか。

 それとも。

 私は、深呼吸をした。

 大丈夫。

 何とかなる。

 私の段取りで、全部、何とかなる。

 そう、信じたい。

 でも、心のどこかで、小さな声が囁いている。

 ——本当に?

 ——今まで、全部、偶然だったんじゃない?

 ——案内石が光ったから、みんなが信じただけで。

 ——私自身には、何の力もなかったんじゃない?

 私は、頭を振った。

 そんなこと、考えちゃダメだ。

 私は、窓を閉めた。

 でも、赤い光は、瞼の裏に焼き付いて、消えなかった。

 そして、遠くで、何かが軋む音がした。

 石が、割れる音。

 私は、耳を塞いだ。

 でも、音は、頭の中で響き続けた。
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