【完結】パパ、私は犯人じゃないよ ~処刑予定の私、冷徹公爵(パパ)に溺愛されるまで~

チャビューヘ

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嵐は振り向いてほしくて叫んでいた

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 翌朝、目が覚めて最初に確認したのは、やっぱり自分の首だった。
 ある。繋がってる。今日も生きてる。

 昨日は、お父様の書斎で眠ってしまった。
 目が覚めたら自分の部屋のベッドにいて、毛布がきちんとかけられていた。
 誰が運んでくれたのかは、考えないことにする。

 さて、今日の作戦だ。
 枕元に置いてある紙を手に取る。執事がくれた「お父様遭遇スケジュール」だ。
 紙の端には、丁寧な字で『お父様にご挨拶できる、最も良い時間帯を記しました』と書いてある。

 ありがたい。
 でも私には、もっと重要な使い道がある。

 逆引きすれば「絶対に誰とも会わないルート」が分かる。

 ごめんなさい、あの執事。あなたの親切を、正反対の目的に使わせてもらう。

 紙を睨みながら、私は計画を練った。
 午前十時。お父様は書斎。執事は厨房の在庫確認。メイドたちは西棟の清掃。
 東棟の中庭なら、誰にも見つからない。

 目的は単純だ。義兄との接触を避けること。
 一ヶ月後、私は義兄にキャンディを渡す。義兄はそれを食べて血を吐く。
 私は毒殺未遂の犯人にされ、処刑される。

 だから、義兄に近づかない。話しかけない。存在を認識させない。
 完璧な作戦だ。

 私は足音を殺して廊下を進んだ。
 角を曲がる前に気配を探る。聞こえるのは風の音だけ。よし、安全だ。

 中庭に続く扉を開ける。
 冷たい空気が頬を刺した。北部の冬は、息をするだけで肺が凍る。
 でも、ここなら誰もいない。束の間の平穏だ。

 枯れた噴水の縁に座る。
 空は相変わらず灰色。雪はまだ降っていない。
 このまま静かに過ごせれば、今日は成功だ。

 そう思った瞬間だった。

 ドカドカドカドカ。

 地響きみたいな足音が近づいてくる。
 馬? いや、馬はこんな音を立てない。もっと規則正しい。
 これは、全力疾走する人間の足音だ。

 ドカドカドカドカドカドカ。

 音の主が、中庭の入り口に現れた。

 銀髪。灰色の瞳。お父様に似た顔立ち。
 でも、纏う空気が全然違う。
 この人は、嵐だ。

「おい!」

 大声が中庭に響いた。鳥が一斉に飛び立つ。

「お前か! 父上の書斎に入り浸ってるチビは!」

 義兄様だ。
 生き残るために、絶対に避けなければならない相手。
 私を殺す未来の引き金。
 最悪の時に、最悪の人が現れた。

 体が凍りついた。
 逃げろ。動け。なんとか言い訳を考えろ。
 でも、足が動かない。声が出ない。
 五歳の体は、恐怖に支配されると何もできなくなる。

 義兄様が近づいてくる。
 足音がドカドカとうるさい。存在そのものが騒がしい。
 声が大きい。身振りが大きい。目がギラギラしている。
 がっしりとした体つき。剣だこのある手。
 毎日、稽古に励んでいるのだろう。

「なんだ、喋れないのか?」

 義兄様が眉をひそめた。
 私は石のように黙っている。黙るしかない。
 口を開こうとしたけど、喉が詰まって音にならなかった。

「おい、聞いてるのか?」

 義兄様の声が、さらに大きくなった。
 まるで、こちらに聞こえていないと思っているみたいだ。
 違う。聞こえてる。聞こえすぎてる。

「父上は最近、お前と書斎にいるらしいな」

 義兄様の眉間に、皺が寄った。
 お父様と同じ位置に、同じ形の皺。
 でも、お父様の皺は「不快」を表す。この人の皺は違う。

 これは、寂しさだ。

「俺が行っても、いつも追い返される」

 義兄様の声が、ほんの少しだけ小さくなった。
 気づいてしまった。この人は、怒っているのではない。
 羨んでいるのだ。

「なんでお前なんだ」

 その声には、棘よりも痛みが混ざっていた。

 私は何も言えなかった。
 言えるわけがない。「お父様が私を好んでいるわけじゃない」なんて。
 私だって、理由が分からないのだから。

 義兄様が一歩近づいた。
 反射的に、私は一歩下がる。
 義兄様の目が、傷ついたように揺れた。

「怯えてる」

 義兄様が呟いた。

「俺が怖いのか」

 違う。怖いのはあなたじゃない。
 あなたに殺される未来が怖いだけ。
 でも、そんなこと言えない。

「こ、こわく」

 声を絞り出そうとした。怖くない、と言いたかった。
 でも、嘘は喉の奥で詰まって、最後まで出てこなかった。

 私は、ただ小さく頷いた。

 義兄様の顔が、複雑に歪んだ。
 怒りと、困惑と、それから何か別のもの。

「俺、そんな怖い顔してたか」

 義兄様が、乱暴に頭を掻いた。
 その仕草は、お父様には似ていない。もっと若くて、もっと不器用だ。

「なんか弱そうだな、お前。触ったら壊れそう」

 義兄様が、困ったように眉を寄せた。
 怒っているのではない。どうしていいか分からない、という顔だ。

「まあ、いい。父上を探さないと。稽古の報告がしたいんだ」

 義兄様が踵を返そうとした。
 その時だった。

 足音が聞こえた。
 ドカドカではない。静かで、重い足音。
 振り返らなくても分かる。この足音は、お父様だ。

 中庭の入り口に、銀髪の人影が立っていた。
 お父様だ。
 相変わらず、世界中の不機嫌を背負っているような顔をしている。

 なぜ、ここに?
 スケジュールでは書斎にいるはずなのに。
 まさか、あの執事が私の居場所を報告した?
 だとしたら、お父様はわざわざ私を探しに来たことになる。
 どういうつもりなのか、全く分からない。

「父上!」

 義兄様の顔が、ぱっと輝いた。
 さっきまでの困惑が嘘みたいに消えて、子犬のような笑顔になる。

 お父様の視線が、義兄様に向いた。
 その瞬間、お父様の顔が歪んだ。
 まるで、鋭い音を聞かされたような顔だ。
 お父様がこめかみを押さえる。眉間の皺が、深く、深く刻まれていく。

 それでも、お父様は足を止めなかった。
 義兄様を避けるように、私に向かって歩いてくる。

「父上、剣の稽古を見てください!」

 義兄様が駆け寄ろうとする。

「昨日、師範に褒められたんです! 型が綺麗だって!」

 お父様が一歩下がった。

「聞いてください! 俺は」

「うるさい」

 短い一言だった。
 義兄様の動きが、ぴたりと止まる。

 お父様は義兄様を見ていなかった。
 視線はまっすぐ、私に向けられている。

 大股で歩いてくる。義兄様を無視して、私の前に立つ。
 そして、何も言わずに私を抱き上げた。

 片腕で、軽々と。

「父上!」

 義兄様の声が、悲鳴に近くなった。
 でも、お父様は振り返らない。
 私を抱えたまま、早足で中庭を去っていく。

 お父様の腕の中で、私は振り返った。
 中庭の真ん中に、義兄様が立ち尽くしていた。

 肩が震えていた。
 握りしめた拳が、白くなっていた。

 知ってる。その気持ち。
 親に見てもらえない痛みを、私は知ってる。

 前の人生で、私には優秀な姉がいた。
 何をしても「お姉ちゃんはもっとできた」と比べられた。
 私の声は、いつも届かなかった。

 この人生では、私は処刑された。
 父親に会えないまま、冷たい牢屋で首を落とされた。

 だから、分かる。
 振り向いてもらえない寂しさを。叫んでも届かない虚しさを。

 義兄様は、ただお父様に見てほしいだけなのだ。
 褒めてほしいだけなのだ。
 愛されたくて、大声で叫んでいるだけなのだ。

 でも。

 私はそっと目を伏せた。

 ごめんなさい、義兄様。
 あなたの気持ちは分かる。痛いほど分かる。
 でも、私は生き残らなきゃいけない。
 だから、仲良くはなれない。

 お父様の腕の中は、暖かかった。
 でも今日は、その暖かさが少しだけ苦しかった。

               

 その日の夜。
 部屋に届けられた夕食を見て、私は首を傾げた。

 皿の隅に、小さな飴が一粒乗っていた。
 赤い包み紙。甘い果物の香り。

 キャンディだ。

 心臓が跳ねた。
 これだ。これが、全ての始まりになるもの。
 このキャンディを義兄様に渡して、義兄様が倒れて、私が犯人にされる。

 でも、待って。
 私はまだ、義兄様に何も渡していない。
 なのに、なぜキャンディが私の元に届いた?

 誰が、何の目的で?

 私はキャンディを見つめた。
 赤い包み紙が、血の色に見えた。

 一ヶ月後の悪夢が、もう始まっている。
 そんな予感がした。
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