【完結】財務大臣が『経済の話だけ』と毎日訪ねてきます。婚約破棄後、前世の経営知識で辺境を改革したら、こんな溺愛が始まりました

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第35章 父との対峙

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 あの門を、最後に出たのは一年前だった。

 婚約破棄され、全てを失ったあの日。

 今、私はカイルと共に、この門を再びくぐる。

 カイルは今日、財務大臣の正装を纏っていた。

 深紅のベルベットのコート、金糸の刺繍が施された襟。

 貧民出身であることは変えられないが、今の地位と覚悟を示すため、彼は最高の装いで臨んだ。

 その姿は、誰が見ても王国の重臣としての威厳に満ちていた。

 アルトハイム公爵邸は、変わっていなかった。

 高くそびえる石の門。

 美しく整えられた庭園。

 幼い頃から見慣れた光景。

 だが、今の私にはもう、温かさを感じない。

 カイルが私の手を握った。

「大丈夫だ」

 その声が、私に勇気をくれる。

「ええ」

 私は頷いた。

 もう、恐れない。

 門番が私たちを見て、目を見開いた。

「エリナ様……」

 驚きの声だった。

「お帰りなさいませ」

 彼は慌てて門を開けた。

 馬車が邸内に入っていく。

 玄関には、執事が出迎えに立っていた。

 長年この屋敷に仕えている老執事だ。

「エリナ様……お帰りなさいませ」

 彼の目には涙が浮かんでいた。

「ただいま」

 私は微笑んだ。

 執事は深々と頭を下げた。

 玄関の奥から、人影が現れた。

 継母だった。

 彼女は私を見て、眉をひそめた。

「エリナ……」

 冷たい声だった。

 だが、カイルを見た瞬間、その表情が変わった。

「財務大臣様……」

 継母の顔から、血の気が引いた。

 あの時——フェルゼンで冷たく追い返されたことが、彼女の脳裏をよぎる。

 だが、今度は王都。アルトハイム公爵邸。

「まさか、ここに……何の用で」

 その声には、動揺と警戒が滲んでいた。

 カイルは穏やかに微笑んだ。

「公爵閣下にお会いしたい」

 その声には、揺るぎない決意があった。

 継母は口を開けたまま、固まっていた。

 私は静かに彼女の横を通り過ぎた。

 もう、あなたには何も言わない。

 執事が先導してくれる。

 廊下を歩く足音が響く。

 昔は毎日歩いていた廊下。

 今は、遠い記憶のように感じる。

 やがて、応接室の扉の前に着いた。

「公爵閣下、エリナ様がお見えになりました」

 執事が扉を開けた。

 広い応接室。

 窓からは庭園が見える。

 そして、奥の椅子に座っているのは、父だった。

 アルトハイム公爵。

 私の父。

 一年ぶりに見る顔は、変わらず厳しかった。

 白い髭。

 鋭い眼光。

 背筋を伸ばした姿勢。

 貴族としての威厳が、その全身から漂っている。

「エリナ、久しぶりだな」

 父の声は無表情だった。

 感情が読み取れない。

「お父様」

 私は頭を下げた。

 心臓が早く打っている。

 だが、カイルが隣にいる。

 それが、私を落ち着かせた。

 カイルが一歩前に出た。

「公爵閣下、本日は娘さんのことでお願いが」

 その声は、穏やかだが力強かった。

 父が眉をひそめた。

「財務大臣が、なぜエリナのことで」

 疑問と警戒が、その言葉に込められている。

 カイルは真っ直ぐに父を見た。

「私は、エリナ様を妻に迎えたい」

 その言葉が、部屋に響いた。

 静寂が訪れる。

 父の目が大きく見開かれた。

「何……?」

 驚きが、父の顔に浮かんだ。

 それは、私が初めて見る父の表情だった。

 いつも冷静で、感情を見せることのなかった父が、今は明らかに動揺している。

「財務大臣が、エリナを……?」

 父は呟いた。

 カイルは姿勢を正した。

「はい。私は、エリナ様との婚約をお認めいただきたく、参りました」

「本気で言っているのか」

 父の声が低くなった。

「本気です」

 カイルは即座に答えた。

「彼女は、私にとってかけがえのない存在です」

 父は立ち上がった。

 その姿は威圧的だった。

 窓の外を見ながら、父は口を開いた。

「貧民出身の財務大臣が、四大公爵家の娘を?」

 その言葉には、明らかな拒絶があった。

「釣り合いが取れない」

 胸が痛んだ。

 やはり、父は認めてくれないのか。

 だが、カイルは一歩も引かなかった。

「確かに、私の出身は低い。しかし……」

 カイルの声が、部屋に響く。

「エリナ様は、私にとって全てです」

 父が振り返った。

 鋭い視線が、カイルを射抜く。

「彼女を幸せにできるのか」

「できます」

 カイルは即座に答えた。

「いや、必ず幸せにします。この命に代えても」

 その言葉に、揺るぎない決意があった。

 私は胸が熱くなった。

 カイルは、本当に私のために戦ってくれている。

 父との、この厳しい対話の中でも。

 父は長い間、カイルを見つめていた。

 そして、視線を私に向けた。

「エリナ、お前の意志は?」

 その問いかけに、私は息を吸った。

 これが、私の答えを示す時だ。

 私は立ち上がった。

 父の目を真っ直ぐに見た。

「私は、カイルを愛しています」

 自分の声が、震えていないことに驚いた。

「彼と一緒に、幸せになりたい」

 父の目が、少し柔らかくなった。

 それは、ほんの一瞬のことだった。

 だが、私はそれを見逃さなかった。

 父は、何かを考えているようだった。

 長い沈黙が続いた。

 時間が、ゆっくりと流れていく。

 父は窓の外を見つめている。

 カイルは微動だにしない。

 私は、ただ父の答えを待っていた。

 父の脳裏に、様々な思いが去来する。

 四大公爵家の誇り。

 娘を守れなかった後悔。

 そして、カイルの実績——王国財政を立て直し、フェルゼンを救い、エリナを支え続けたあの男の覚悟。

「……」

 公爵は窓の外を見つめたまま、動かなかった。

 カイルは微動だにしない。

 エリナは、父の答えを待ち続けた。

 その沈黙は、永遠にも感じられた。

 やがて、父が口を開いた。

「……分かった」

 その声は、静かだった。

「婚約を認めよう」

 信じられなかった。

 父が、認めてくれたのだ。

 胸が熱くなる。

 涙が溢れそうになった。

「お父様……」

 父は私を見た。

「エリナは、もう私の手の届かない場所にいる」

 その言葉には、寂しさが混じっていた。

「フェルゼンでの成功、私も聞いている」

「一年で、あの荒れ地を再建した」

「財務大臣の支援を受け、さらに成長するだろう」

 父は、カイルを見た。

「財務大臣、約束を守ってもらおう」

「彼女を、必ず幸せにしてくれ」

 カイルは深々と頭を下げた。

「お約束します、公爵閣下」

「私の全てを賭けて、エリナ様を守り、幸せにします」

 扉が開いた。

 継母が立っていた。

 彼女の顔は青ざめている。

「閣下!」

 驚きと怒りが、その声に滲んでいた。

「どうして、エリナの婚約を……」

 父は継母を見た。

「これは、私が決めたことだ」

 その声には、有無を言わせない強さがあった。

 継母は唇を噛んだ。

 悔しそうな表情で、私たちを睨んでいる。

 だが、もう何も言えなかった。

 父が私に近づいてきた。

 その目には、今まで見たことのない優しさがあった。

「エリナ、幸せになれ」

 その言葉は、父が初めて私にかけてくれた、父らしい言葉だった。

 涙が溢れた。

「ありがとうございます、お父様」

 カイルが私の手を取った。

 温かい手だった。

「ありがとうございます、公爵閣下」

 父は小さく頷いた。

「大事にしてやってくれ」

「必ず」

 私たちは応接室を出た。

 廊下を歩く足音が響く。

 継母の視線が、背中に突き刺さる。

 だが、もう何も恐くなかった。

 父が、認めてくれたのだから。

 屋敷を出る。

 馬車が待っていた。

 カイルが私を抱きしめた。

「よく頑張った」

 その声が、優しかった。

「あなたのおかげです」

 私は彼の胸に顔を埋めた。

「カイルがいてくれたから」

 馬車に乗り込む。

 アルトハイム公爵邸が、遠ざかっていく。

 もう、私はここには戻らないかもしれない。

 だが、後悔はなかった。

 カイルがいるから。

 カイルが私の手を握った。

「次は、王室の承認を得る」

 その声には、決意があった。

「国王陛下に、私たちの婚約を報告する」

 私は頷いた。

「ええ」

 新たな戦いが、待っている。

 だが、恐くはなかった。

 カイルと一緒なら、どんな困難も乗り越えられる。

 私はそう信じていた。

 馬車は王都の街を進んでいく。

 人々の視線が、私たちに注がれる。

「あれは、財務大臣様だ」

「エリナ様も一緒だぞ」

「まさか、本当に婚約を……」

 ざわめきが広がる。

 カイルが微笑んだ。

「噂は、すぐに広まるだろうな」

「ええ」

 私も微笑んだ。

「でも、もう隠す必要はありません」

「そうだな」

 カイルが私を見つめた。

「君は、私の婚約者だ」

「これから、王国中に知らせよう」

 その言葉に、私の胸が高鳴った。

「はい」

 馬車は進み続けた。

 王宮へ向かう道。

 明日、私たちは国王に謁見する。

 そして、婚約を正式に認めてもらう。

 夕日が、街を照らしている。

 オレンジ色の光が、美しかった。

 カイルの隣で、私は窓の外を眺めていた。

 父が、認めてくれた。

 その事実が、まだ信じられない。

「カイル」

「ん?」

「ありがとう」

 私はそう言った。

 カイルは優しく微笑んだ。

「礼を言うのは、私の方だ」

「君が、私を選んでくれた」

「それが、何よりも嬉しい」

 私たちは手を握り合った。

 温かい手。

 この手を、もう二度と離さない。

 そう、心に誓った。

 馬車が止まった。

 カイルの屋敷に着いたのだ。

 執事が迎えに出てきた。

「閣下、お帰りなさいませ」

「エリナ様も、ようこそ」

 私は馬車から降りた。

 カイルが手を差し伸べてくれる。

 その手を取って、地面に立った。

 屋敷の扉が開いている。

 マリアが、涙を浮かべて待っていた。

「お嬢様、おめでとうございます」

 彼女の声は震えていた。

「ありがとう、マリア」

 私は彼女を抱きしめた。

 マリアは静かに泣いていた。

「お嬢様、本当に……本当によかった」

 私たちは屋敷に入った。

 暖炉に火が灯っている。

 温かい空気が、私たちを包んだ。

 カイルが私の肩を抱いた。

「今日は、ゆっくり休んでくれ」

「明日が、また大事な日だ」

 私は頷いた。

 そして、カイルを見上げた。

「明日は、王都中に私たちの婚約を発表する」

 カイルは力強く頷いた。

「ああ。もう、誰にも遠慮はいらない」

 窓の外では、王都の灯りが次々と灯り始めている。

 あの街で、明日。

 私たちの婚約が、正式に認められる。

 新たな人生が、始まろうとしていた。



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【作者コメント】

この作品をお読みいただき、ありがとうございました。

感想やご意見などございましたら、お気軽にお寄せください。
今後ともよろしくお願いいたします。

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