プロジェクト:メイジャー【パイロット版】

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ゲルガー星系の戦い⑦

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 4月24日 作戦共通時07:00 ノーザンレイク・マスドライバー近辺 作戦ポイント

 マスドライバーの足下、乗客用のラウンジや貨物用ポートがある辺りは、タイタンや即席のタレット、戦車などが点々と配備されており、防御陣地を構築していた。
 その報告を受けたアシモフは、敵の予測位置をマップに反映し、全体に共有すると、
「よし」
 深く深呼吸して、号令を発した。
「CPより全隊。作戦開始。第1小隊、突入を開始する」
 アシモフの一声で、リカオンとコヨーテのアルクスが一斉にスラスターを吹かす。
 重タイタンとは思えない加速とスピードで、雪を蹴散らしながらマスドライバーに突入していった。
 その第一小隊のスラスターの光を、エマの第2小隊は、ノーザンレイクを囲む盆地の山頂から見ていた。
 ぼうっとしていると、志田軍曹が声を掛けてくる。
「エマ少尉、そろそろ飛ばないと、『フルバレット』に間に合わなくなる」
「分かった」
「っていうか、フォーミダブルって、重力下飛行できるの?」
 エマは、初期の重タイタンで、スラスター推力比が心許ない志田のフォーミダブルが気がかりになって、問いかけた。
「ここの重力は1Gよりも若干弱いからな。少し幅跳びをするぐらい、問題はない」
「そっか」
 そう返して、こちらもスラスターに火を点ける。スロットルを全開に、WEP戦時緊急出力まで出して一気に飛び上がる。
「じゃあ第2小隊、行こうか」

 敵機来襲に気付いた防衛部隊が、弾幕を張る。しかし、即席で施された改造などたかが知れている。時々、タイタンだかタレットだか分からないマシンガンが自分の機体に当たって甲高い音を立てるが、弾丸の諸元にビームキャノンを撃ちこむと、それも静かになった。
 鳴り響く警報と弾幕をかいくぐり、ガトリングガンの有効射程距離まで接近する。
「CPより3-1各機へ。ガトリングのレンジに入る。我が隊にあっては爾後、フルバレットを実施する。全機、フルバレットスタンバイ。送れ」
「リカオンよりCP、フルバレットスタンバイ」
「コヨーテよりCP、フルバレットスタンバイ」
「よし、全機、3カウントでフルバレットだ。3,2,1,撃て!」
 アシモフの合図で、8機のアルクスが、自身の武装を一斉射する。140mmガトリングガン、背部テルミドレーザーキャノン、肩部60mmバルカン砲、頭部複合迎撃システム"チャティー・ハニーII"、12連装ミサイルポッド。持ちうるありったけの火力を叩き込んで、敵及び敵基地を完全に破壊する。フルバレットは、重タイタンの、フォーミダブル級の十八番と言える攻撃であった。先程まで防御陣地があったはずのマスドライバーの足元は、今や硝煙に包まれている。
「CPより3-1各機、効果報告、送れ」

「始まった」
 フルバレットを上空から目撃した第2小隊は、速度を上げて接合点レールまで向かった。初動の強襲性に、この作戦の全てが懸かっている。
 時速は300キロを超えていた。これなら、あと一分程で到着するだろう。
「こんな大役任せて、当てつけのつもり…?」
 エマは、マスドライバーのレールを破壊するという、大役を担わされていた。もちろんそれは、エマのハイラプトルが一番軽く、小回りも効くからであったが、それにしたって酷い仕打ちだ。
 そうぶつくさ文句を言っていると、マスドライバーのレールが目と鼻の先にまで近づいた。
「全機、取り付くよ」
 減速しながら、レールの横のスペースに着地する。他のタイタンも同じようにして、ひとまず、取りつくことには成功した。あとはレールを破壊するだけ。その時だった。
 何かがレールの下から飛んできて、空中で爆発し、爆炎がエマ達の視界を奪った。

 空中炸裂弾__!

 急いで爆炎を抜けて後退すると、それを狙っていたかのような二機の青いタイタンが、その単眼でこちらに狙いを定めていた。

 地上の守備隊を壊滅させて、アシモフたちは第2小隊からの報告を待っていた。
 守備隊は、中々に呆気ないものだった。どうやらほとんどの部隊は既に、クルーザーに運び込まれた後らしい。やはりレールの方に部隊を割いておいて正解だった。
「ここから狙えれば、楽だったんだがな」
 マスドライバーの根元、クルーザーが眠る地下へのトンネルを想像してアシモフは呟いた。
 ゲルガーⅢのマスドライバーは、初期加速の際、リニアトンネルを通って発射される。
 短いレールで速度を確保するための知恵だったが、これの強力な磁場のせいで、金属粒子であるテルミド粒子を使っている従来のビーム兵器では、粒子が分散してしまい、使い物になら無くなってしまう。また、実弾火器による攻撃も、500mmもの圧さを誇るハッチに阻まれ不可能であり、結局のところ、レールの破壊が一番手っ取り早いのであった。
「……遅いか?」
 考え事で時間を潰していると、第二小隊の攻撃予定時刻を伝えるアラームが、既に鳴っていることに気が付いた。別段、破壊するだけなので、多少手こずっていようが問題はないが、一応無線で確認しようと、ヘッドギアに手をかけた。その時だった。
 爆発音が一回聞こえ、そのあと、激しい銃声と、金属のぶつかる勇ましい音が、エマのいる中腹辺りから聞こえてきた。
「エマ!どうした、何があった!」
 慌てて無線を繋げると、絶え絶えなエマの息遣いだけが聞こえてくる。
「海兵隊がっ、待ち伏せしてた」
「なんだと!?」
「敵は二機。どうにかするからっ、こっちは、大丈夫っ」
「大丈夫なわけないだろ!待ってろ、今助けに__」
「ダメ!来ないで!」
 スラスターを吹かしかけて、エマの絶叫で踏みとどまる。
「来たらみんな死ぬ!」
 次の瞬間、上空から、志田軍曹のフォーミダブルの下半身が降ってきた。切断面は赤々と光っており、溶けた装甲板が、蜂蜜みたいに垂れている。
「私以外は、みんなやられた。重タイタンが何機来ても同じ。ここは任せて……いいから!」
「できるのか?」
「やる!」
 サイクロプス級タイタン”キラーホエール”。公国海兵隊向けに開発された第5世代タイタンで、高い総合能力と機動性から、実質的な性能は公国軍のフラッグシップモデルであるステロペス級以上ともされている。そんなタイタンを二機同時に相手にして、エマは、喋ることすらままならなかった。
「これがっ、虎の子って訳?」
 敵の片方はショットガンとバズーカを装備していた。避けづらい散弾で機動を制限し、バズーカで必殺を狙う。ビームを返してみるが、ちょこまかと動かれて当たらない。いくら亜光速のビームでも、当てられなければ意味が無い。
 エマは必死に回避機動を取り、レールを登りながら後退するが、今度はレールの下から突き上げてくるもう一機のキラーホエールが、逆手持ちした粒子マチェットを、ハイラプトルの喉元に突きつけた。既の所で間に合ったテルミドソードが、半ばマチェットを貫通する形で鍔迫り合いになる。間に合ったと息を飲むと、踏ん張って減速したのを狙って、味方の被害も鑑みない僚機がロケットを足元に撃ち込む。
"ロシア語スラング"Sukablyat!」
 爆風で生まれた一瞬に、チャンスだとスピードを上げてレールから離脱する。
 スラスターを吹かしてスピンし、レールの背中のメガストラクチャーの中に入り込んだ。
 ストラクチャーの中を飛行しながら息を整えていると、外から追跡する二機のキラーホエールが、全く同じ速度で着いて来ているのが見えてしまった。
「休憩は無しか……」
 ショットガンのペレットがストラクチャーに当たって、鉄がわんわんと共鳴する。
 その度にへしゃげるストラクチャーを見て、エマはぞっとして速度を上げ、急いで外へ出ようとした。
「壊れてもお構い無しってこと?」
 ストラクチャーが一部破壊されたところで、マスドライバー自体に問題は無い。しかし、ストラクチャーの雪崩に巻き込まれては、いくらタイタンでも、タダでは済まない。
 ストラクチャーの間をスルスルと抜け、一番外側の鉄骨を掴んで、脚部のスラスターを吹かしながら鉄棒の要領でスイングし、一気にレールの上へ戻ってくる。
「レールを破壊出来れば、こっちの……!」
 一気に上昇し、レールの上空で、ビームライフルを構える。
 しかし、あと少しのところで”ショットガン持ち”のキラーホエールが武器をパージしながら懐に飛び込んできて、エマは鞭打ちを喰らってしまった。フローティング機構がまるで役に立たない衝撃に、舌を噛みそうになるが、何とか踏ん張って振り払おうとする。
「しつ、こい!」
 頭部バルカンでキラーホエールの肩部ニードルミサイルを誘爆させ、無理矢理切り離す。
 爆発で左腕がダメになったが、ライフルを持つ方は無事だった。
 今度こそとライフルをぶんと振って構えた時、勘づいた”マチェット持ち”のキラーホエールが、射線に飛び込んできて、両手を広げてレールを庇った。
「今更!」
 放ったビームライフルはキラーホエールの腰を抉って、レールに直撃して爆発を起こした。
「さっきまで、お構い無しで、虫が良すぎるでしょ!」
 空中でもだえるキラーホエールに掴みかかって、融解したレールの上に叩き付ける。その反動でマチェットは手から落ち、見えない吹雪の底に吸い込まれて行った。
 エマは戦場特有の、激昂とも興奮とも取れない感情に支配されていることを自覚していなかった。アドレナリンは、足元が浸るくらいに出続けている。
 力任せにライフルを撃って、フルチャージでレーザー状になったビームがキラーホエールの右手を吹き飛ばす。エマはライフルを投げ捨て、テルミドソードを発生させる。身を捩って手を空に伸ばし、刃先を相手の機体に突き付ける。
 キラーホエールは先程の威勢を失い、VsL視界同期ロックオンのせいか、装甲の奥のモノアイは左右に泳いでいた。
「そんな怯えたような顔、しないでよ……!」
 エマは、操縦桿を握る手を、グッと力ませた。

「お前たちはここにいろ、俺はエマの様子を見てくる」
「しかし、」 
「止めるな!」
 辛抱ならなくなって、部下の制止を振り切り、アシモフのアルクスは接合点を目指してレールの上を滑走していた。
 さっきのビームは、ハイラプトルのライフルだった。レールに当たったような気もする。一体どうなった?
 接合点の手前まで来たとき、少し向こうに、キラーホエールに伸し掛る形でテルミドソードを向ける、エマのハイラプトルが見えた。一方のキラーホエールは既に武器を失っており、明らかに戦闘の意思は感じられなく、怯えていた。アシモフは、ハイラプトルの背中の殺意を感じ取り、ソードを突き下ろすエマを、咄嗟に叫んで制止した。
「やめろ!」
 ピタッとハイラプトルの動きが止まり、エマが通信だけで振り返った。
「……アシモフ?」
「あぁ、俺だ」
「片付いたみたいだな」
「うん」
 だらりと下げた左腕のマニピュレーターが、スパークしてぴくぴくと動く。
「二機いただろ、もう一機はどうした」
「レールを壊したら、逃げていった」
「そうか……。そいつはもう戦いたがってない。武器を下ろせ」
「殺されかけたんだよ?」
「それが戦場だ」
「まだ、こいつを帰すつもりなの?」
 震える声のエマに、優しく、なだめるように答える。
「そいつだって人間だ。兵士は駒じゃない。思い出させてくれたのはお前だろう?エマ」
 長い沈黙が続いた。蚊帳の外になってしまったキラーホエールは、何が何だかという様子で、じっと動かない。
「お前まで、戦場に引き込まれるな。」
「俺は、アウターローで、"ココ"に引き込まれちまった。お前にまでそうなって欲しくない」
「私、」
「お願いだ」
 7秒経った。体感では、3分くらい。
 ハイラプトルの手に握られたテルミドソードはゆっくりと刀身を縮め、ハイラプトルはキラーホエールから立ち上がって一、二歩後ずさった。
 すかさずアシモフがキラーホエールにキャノンの砲口を向け、公開無線で呼びかける。
「そのまま投降しろ。大人しくしていれば、悪いようにはしない。一度拾った命だ。粗末にしようなんざ、考えるなよ。」
 少し経って、キラーホエールの頭部のコクピットハッチが開いた。コンバットシャツの上からダウンジャケットを羽織った兵士が、両手を上げてゆっくりと出てくる。若い男だった。年は、19くらいだろうか。
 それを見ながらアシモフは、エマに話しかけた。
「エマ」
「……何」
「ありがとうな」
「別に」
 少し落ち着いて、エマは段々と、自分の体からさっきの感情が抜けていくのを感じていた。あの冷酷で凶暴なタイタンの、パイロットの姿を見たからだろうか。
「あのさ」
 今度はエマから、アシモフに話しかける。
「どうした?」
「やっぱり私、目指してみるよ」
「何を」
「兵士が駒として死ぬことのない軍ってやつ」
「……そうか」
「まぁ、せっかく見込んだ士官候補生がやさぐれちゃって、ユノー少佐って人も浮かばれないだろうなぁと思ってね。」
「言ってくれる」
 そう嬉しそうに笑うアシモフに、エマは申し訳なく思えて、ようやく、ここに来た本当の目的を話す決心が着いた。ここまで本当に、長かった。
「ねぇ、アシモフ。私ね__」

 その刹那、エマの横で大爆発が起きた。発射されてきたクルーザーが脱線し、丁度接合部に居たエマとキラーホエールを巻き込んだのだ。
 燃料や弾薬を満載していたのだろう。爆風はタイタンを軽々と吹き飛ばし、エマのハイラプトルは腕や膝が千切れながら、宙に放り出された。
「エマ!!」
 キラーホエールのパイロットは即死だろう。咄嗟に飛び出したアシモフは、ハイラプトルを既の所で捕まえて、レールの上に引き戻し、ハッチを引き剥がして安否を確かめた。
 一方地上では、二隻目の発射を伝えるリカオンとコヨーテが、必死に中隊長との通信を繋げようと躍起になっていた。

 何か、爆発があったような気がする。だがエマは、気付いた時にはアシモフの腕の中だった。抱き上げてゆすっているらしく、ゆさゆさとした振動が、エマの頭にガンガンと響いた。
「アシ……モフ……?」
「エマ!気が付いたか!」
「ちょっと、ゆっくり……」
「言ってる場合か!クソ、すぐキャンプまで連れていくからな!いいか、絶対に助ける!だから死ぬんじゃないぞ!いいな!」
 必至に叫ぶアシモフの顔を見上げながら、何を言っているかは耳鳴りで聞き取れず、また意識を失いそうになった。その意識が落ちるに、エマの目に映ったのは、猛スピードで突進してくる、二隻目のキャラバン級サプライクルーザーであった。
 あぁ、また、言えなかった。


「それで、どうなの?」
「ん?」
「アシモフは、私が『その時』ってなったら、やる?」
「……やるな」
「フフッ……良かった。」


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