プロジェクト:メイジャー【パイロット版】

MCたらこ

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ゲルガー星系の戦い⑧

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誰かが、だれかと、けんかしてる。
うるさい
何かいってる、約束?
お腹がいたい
髪、さわらないでよ
ちょっと、まぶしい

 突然、大きく乾いた音が、頭上で鳴った。

 N.G.C.0426 4月28日 作戦共通時10:21 第四HVP総合野戦病院 3-1号室

 瞼を抜けて差し込む眩しさで、無理矢理意識を引き戻される。
 薄目を開けて左右に動かしてみると、どうやら病院のようだった。設備がベースキャンプよりも整っている。後方のソルジャーパッケージの様だ。
 あの後一体どうなった?
 確か、エマが公国のパイロットを助けようとして、クルーザーが突っ込んできて、リカオンが間に合って、エマをベースキャンプまで運んで……。どうして俺は自分を見上げている?必死に走って、それでその後、エマを……エマは?

 そんな風に思考を巡らせていると、だんだん目が明るさに慣れてきて、ゆっくりとだが、目を開けられるようになってきた。
 設備はパッケージの病院のそれだったが、しかし間取りが違った。恐らく、HVPの病院を再利用しているんだろう。
 BTバスに入るのは久しぶりで、炭酸風呂のような感触がこそばゆい。
 身体は動かなかった。無論、下手に動いても治療が遅れるだけだが、痒さはBTバス患者の一番の弱点でもある。
 それと、耳鳴りもどうにかしてもらわなければ。
「失礼します」
 そんなことを考えていると、丁寧なノックの後、ナースが自分が寝ている部屋に、背伸びをしながら入ってきた。
 さしずめ、定例の退屈な確認作業と言ったところだったのだろう。
 しかし、目だけでこちらを向いている自分に気が付くと、「あ」と目を丸くして少し固まったあと、割れんばかりの笑顔で駆け寄ってきた。
 長い黒髪が、走る度にふわりと跳ねている。コロコロと変わる表情と相まって、快活な印象を受ける女性だった。
「良かった!目が覚めたんですね!エマ少尉!」

 ____________は?

 永遠にも感じられる呆然が流れた。
 耳鳴りが酷くなっていく。 
 気が付くと、さっきまでの視点はアシモフに取って代わられており、自分はその隣に立っていた。これが幻覚なのかそうでないのか、今の彼女には判断ができなかった。
「もう、心配したんですよ。ベースキャンプから送られてきた時は、どうなる事かと。けど」
 しかし、お構い無しにナースは続ける。
 自分のバイタルデータを確認して、ニッコリと笑った。
「うん、もう大丈夫そうですね!あ、でも、まだ動いちゃダメですよ。完全に治るまでは、大人しくしててもらいますからね!とりあえず、先生を呼んできます!」
「まっぇ!」
 どうにか声を絞り出して、エマは駆け出して行くナースを呼び止める。上手く呂律が回らない。それと口も乾いていた。だが、それどころではなかった。
「え、はい。何かありましたか?」
 ナースは既にドアの所まで辿り着いていて、ドアの縁に手をかけて顔だけで振り返る。
「ァ、アシ…モフは?」
「あ……」
 その四文字を聞いた途端、悪事がバレた子供みたいに、ナースの顔が青ざめていく。後ろめたいように俯いてしまって、口を噤んでいる。
「アシモフは、どこ……?」
「ア、アシモフ中尉は、ええっと」
「教えて」
「その、ち、中尉はまだ前線にいて、ここに、帰ってくるには、少し」
「嘘」
 エマの指摘にビクッと肩を竦め、ナースの顔が、今にも泣き出しそうになっていく。
「……おねがい」
 また静寂が流れた。しかし、先程のものに比べれば、なんのことは無いと、エマは思った。そんなことよりも、今は友人の安否を確かめなければならない。
 少し経って、ようやくナースが口を開いた。
「言うな、って言われてたんですけど……。ごめんなさい」
 そうして遂に泣き出してしまったナースを見て、エマはどうして彼女が戦場にいるのかと疑問に思った。
「簡単にご説明すると……まず、少尉の状態は、深刻なものでした。私は、ベースキャンプからのデータを見ただけなんですけど、内臓が特に酷いダメージを負っていて。向こうのベースキャンプの設備では完治できない状態だったんです。それで、ここHVPまでの時間稼ぎとして、その……」
 やけに言葉に詰まる様子を見て、心のどこかで覚えていた士官学校時代の思い出が、嫌な予感として湧き上がってくる。
 いや、やっぱりやめて。
「時間稼ぎで、どうしたの?」
「アシモフ中尉の、臓器を、少尉に、移植したんです」
 それを聞いた瞬間、強い耳鳴りと少しの浮遊感の後、エマの意識は水中に落ちるような感覚に陥った。そして比喩ではなく、エマは本当に、暗い水中にいた。水面に映るアシモフは揺らいだ水面の向こうにいて、顔を見ることは出来ない。
『臓器を移植した』それが意味するところは、エマもわかってしまった。それが”どういう形であれ“、想定しうる最悪だということに変わりは無い。
 さっきまで隣にいたアシモフが、急に遠くなっていく。近づこうともがいてみるが、体は思う様に動かない。咄嗟に手を伸ばすが、空を切るだけだった。彼がいってしまう。
「エマ少尉!!」
 ナースが必死に叫んでいるが、エマには聞こえなかった。
 あとから聞くと、この時のエマは、BTバスから身を乗り出して、何かを掴むように片腕を振っていたらしい。余りの勢いに、ナースは近づくことすら出来なかったという。
 拒みたい、しかし、拒むことが出来ない。
 目が覚めた時の錯覚、やけに近いアシモフの幻想、学校で交わした与太話。それぞれが触手を伸ばし、一本の事実として絡まり、撚っていく。
 酷くなっていく耳鳴りの中で、ナースの必死に呼び戻そうとする絶叫と、バシャバシャと腕を動かす音が微かに聞こえてくる。
 “また”彼が遠くなっていく。もう顔も見えないくらいに離れてしまった。
 嫌だ。それは、そんなのは違う。不器用なヤツ。どうして。
「行かないで……アシモフ!!」
 必死の抵抗も虚しく、遂に彼は見えなくなってしまった。と同時に、彼女の意識も、水底に辿り着いた。

 同日 作戦共通時17:08 3-1号室

 一定のテンポを刻む電子音で、エマはまた目が覚めた。身体はまだBTバスに浸されており、先程よりもこそばゆい。耳鳴りは収まっていたが、今度は窓から差し込む西日から逃げられずにいた。患者というのはいつもこうだ。だからエマは病院が嫌いだった。士官学校時代も、軽い怪我ならわざわざ医務室に行かず、アシモフの宿舎に忍び込んで、処置をしてもらっていた。
 (そういえばアイツ、応急処置、上手かったっけな……)
 もう二度と戻らないノスタルジーに身体を預け、言われて妙に感じる腹部の違和感に身を捩っていると、またあのドアが開いた。しかし、スライドしたドアの向こうに立っていたのは先程のナースではなく、白衣を身にまとった、恰幅のいい高齢の医者だった。
「おはようございます、目が覚めましたか。ノーザルト少尉」
「エマでいいです」
 そういって顔を背ける。あまり人と話す気分では無かった。
 しかしやっぱり頼み事を思い出して、医者の方を向き直る。
「……あの、ちょっと窓が眩しくて。カーテンとかって閉められないですか」
「うん、うん。バイタルは安定してますね。先程はうちのナースがお騒がせして、いやぁ申し訳ない」
「あぁ、いや。ていうか、窓」
「詳しい事はまた明日話しましょう。今日はお疲れでしょうから。」
「いやだから、窓、眩しいんですけど」
「ではまた明日、おやすみなさい。ノーザルト少尉」
「ちょっと」
 医者はニッコリと笑っていて人当たりの良さそうな印象を受けたが、人の話は全く聞かなかった。
「あぁそうだそれと」
 しかし、すんでのところで耳に届いたのか、ドアの手前で思い出したかのように医者は振り返った。
「戦いは、我々の勝ちでしたよ。第4艦隊はゲルガー星系から撤退しました。ここも、あとは残党を片付けるだけです。やりましたね。では、おやすみなさい。」
 それだけ誇らしげに言って、ドアの向こうに消えてしまった。
 __だから病院は嫌いだ。

 少ししてその後、またドアが開いた。今度入って来たのは、一回目に目覚めた時の、あのナースだった。
「失礼します」
「あなた、さっきの」
「はい。あ、あの、さっきはごめんなさい。私、あの時、急にどうしていいかわからなくなっちゃったんです」
 そう言いながら夕日の刺し込む窓のカーテンを閉め、窓にもたれかかって、気まずそうに下を向いている。そんなナースを見ていると、エマはなんだかいたたまれなくなって
「……とりあえず、座ったら?」
 彼女を椅子に促した。
「え、じゃあ、失礼し、ます」
「そんなにかしこまらないでいいのに」
 優しく笑うエマがまた辛くて、ナースは目頭をまた熱くした。
 どうやら遮光カーテンは無いらしく、カーテンから漏れるオレンジの光は、まだエマに差し込んでいた。薄く伸ばしたような沈黙の中、口を開いたのはエマだった。
「ねぇ、教えてくれないかな。アシモフの、最期のこと」
 ハッとこちらを向くナースは、既に泣いていた。
「えっ、でも」
「お願い、私が知りたいの。アイツのために」
 そう頼み込まれて、ナースは決心したのか、ごしごしと涙を拭いてエマの方を向き直った。目頭は真っ赤だったが、もう泣いていない。優しい子だなと、エマは思った。
「……アシモフ中尉は、エマ少尉が意識を失った後、少尉を連れて一度、ベースキャンプに戻ったらしいです。本人も負傷していたそうですが、エマ少尉を抱きかかえて、医務室に飛び込んできたんだそうです」
「それは、誰から聞いたの」
「向こうの軍医です」
「あぁ」
 確か、エマの記憶では最後、二隻目のクルーザーが発射されていた。生身では助からなかっただろうが、大方、コヨーテかリカオンの誰かが助けに来てくれたのだろう。
「それで?」
「……そのあと、少尉をここまで運ぶ為に、吹雪が止んでストームブリンガーMV-03が飛べるようになるまで待つことになったそうなんですが、でもそれじゃあ間に合わないと分かって、それで__」
 ナースが言葉に詰まる。
「それで、アシモフ中尉が、少尉を助けるために、自分の」
 それ以上話すのは、辛いようだった。
「アシモフは、どうやって」
「向こうの軍医から聞いた話では、拳銃で、自ら」
 少し間が開いて、ハァー、と大きくため息をついてから、エマはバスから身を乗り出して起き上がった。
 焦ったナースがエマの体を隠そうとする。誰もいないというのに。
「わっ!ちょっと少尉、ダメですって!まだ寝てなきゃ」
「コレ痒いんだよ、シュワシュワしてるし」
「じゃあせめて着るもの!」
 ナースが持ってきたバスタオルで上半身を拭き、病衣を着る。上半分だけでも痒くないというのは、結構快適だった。
「……もう、悲しくないんですか」
 ナースがエマにそう聞いた。初めてアシモフの最期を聞いた時と比べて、ずいぶん落ち着き払っているように見えたからだ。
「……まぁ、昔からの、約束だったから」
「え?」
「こっちの話。それに、昔のアシモフは、仲間が傷付いて、黙ってられるような奴じゃなかったから。こっちの方が、アイツらしい気もする」
 そうだ。アシモフは、そっちの方が、アシモフらしい。あのリンバレーの時の、教官にだって平気で殴り掛かれるような、そういう方が。
 だからこそ、エマは、そんなまっすぐで、自分の犠牲を顧みない彼に、言ってやりたかったのだ。
「ごめんね__」
「え?」
 エマの独り言でナースが目をやると、エマは、瞼をはらして、泣いていた。
「私ね、アシモフに、謝りたかったんだ。リンバレーの時のこと」
 四年をかけて、アシモフに会いに行った、本当の理由。
「あの時、私が教官に、あんな風に食って掛からなかったら、今頃、こんなことにはならなかったのに……」

「友人の安否を確かめたい」

 情報屋に話したそれも、決して嘘ではなかった。しかしそれ以上にエマは、自分が教官の機嫌を損ねたせいでこんなことになったアシモフに、謝りたかったのだ。
「ごめんって、それだけだったのに、それだけ言えたら、十分だったのに。そしたらまた、昔みたいに、一緒にいられるかなって」
 大粒の涙が頬を伝って、BTバスの一部になっていく。
「でも、言えなかったなぁ、死んじゃったよ、アシモフ……。なんで?」
 両手で顔を覆って、子供みたいに泣きじゃくるエマを、ナースは見ていられなくなって振り返り、エマから見えないように肩で泣いていた。
「もう言えないなぁ。こんなのって、無いよ……バカ……!!」
 自分の、腹をさすってみる。アシモフは、もういない。
「また、一人になっちゃったなぁ」
 部屋をいっぱいに照らした夕日が、涙で溢れた視界に反射して、リンバレーの、あの渡り廊下を思い出す。
「ごめんね……!ごめん……!アシモフ……」
 エマは自分の体を抱いて、ひたすらに泣いていた。一度情報屋が訪ねてきたが、それにも気づかず、ただ一心に、友を思って、一頻り泣いた。
 このやるせなさを、後悔を、エマは一生背負って生きていくのだろう。これは自分への呪いであり、未来への指標でもあった。
 彼は死んだ。もう謝ってはやれない。あとできるのは、レールの上で話したあの約束を、ただ一生懸命に、守って行くことだけだった。


「帰ってきたんだよ、アシモフは」
 ナースが席を立つ時、腫れぼったい目のエマが、ポツリと呟いた。
「どこへ、行ってたんですか?」
「どっか、遠い所。それこそ、自分が見えなくなるくらい、遠くて……」
 そこまで喋って、あの日の、凍えるような仄暗い吹雪を思い出す。
「いや、やっぱり、そんなに遠いところじゃないかな。ただ凄く暗くて、伸ばした手さえ見えないような、そういう場所。そんなだから誰かが手を掴んでくれたって分からないし、そこから出られることすら気付けない」
「……中尉は、帰ってこられたんですね」
「うん、多分ね」
 五日前の、吹雪の中のベースキャンプを思い出す。

「俺はもう変わっちまった」

 あの宿舎の窓際で、アシモフはそう言った。
「ううん、そんなことない」
 誰もいなくなった病室で、エマは一人呟いていた。
 意地っ張りで、強がりで、最期まで誰かのために生きた、優しい頑固者。
「アシモフはずっと、アシモフだったよ」

 4月30日、第4セクター艦隊の壊滅とゲルガーⅡ守備隊の降伏を受け、ゲルガー星系の戦いは連合軍の勝利で幕を閉じた。
 この戦いの最中、あるパイロットが友人と再会し、そして哀別を経験した。しかしそんな悲劇は、積み重なる報告書の中に埋もれてしまって、その全てを知るものは、今となっては、極めて少ない。


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