【完結】黒の魔導士は、私を“ただの生徒”として扱わない

桜葉るか

文字の大きさ
13 / 13

第12話「朝霧のキス」

しおりを挟む
 朝の霧が、ゆっくりと街を包んでいた。
 鐘の音が遠くで鳴る。
 学院の新しい一日が始まろうとしている――はずなのに、
 私はまだその音の中に立ち尽くしていた。

「……今日で、本当に全部終わるんだ」

 再編された学院。
 暴走の痕も修復され、授業も再開された。
 魔導補佐として、私の仕事も一区切り。

 でも、心のどこかが落ち着かない。
 理由なんて、分かってる。
 ――まだ、ヴァルトにちゃんと伝えてない。

 塔の上。
 朝霧が流れて、白い光が差し込む。
 そこに、いつもの黒衣の背中があった。

「……教官、じゃなくて。ヴァルト」

 呼びかけると、彼がゆっくり振り向く。
 淡い霧の中でも、その瞳の色ははっきり分かった。

「もう“教官”と呼ばないとは、言ったな」

「うん。……そのつもりです」

「らしくない顔をしている」

「え?」

「何か言いにくいことでもあるのか」

 図星だった。
 逃げ場がなくなって、私は手すりを掴む。

「……この世界に来たとき、何もできなくて。
 ずっと誰かに守られてるだけだって、思ってました」

「おまえは変わった」

「変えてくれたのは、ヴァルトです」

 その名前を口にするだけで、胸が熱くなる。
 ヴァルトが少しだけ目を細めた。

「俺はただ、導いただけだ」

「ううん。守ってくれた。怒ってくれた。
 ……そして、ずっとそばにいてくれた」

 霧の中で、彼が静かに歩み寄る。
 足音が、ひとつ、ふたつ。
 気づけば、すぐ目の前にいた。

「奈央」

「はい」

「この学院がどうなろうと、俺の目的は変わらない」

「目的?」

「おまえを、ひとりにしないことだ」

 息が止まる。
 その言葉が、まっすぐ胸に落ちた。

「……そんなの、反則です」

「言葉を選んだつもりだが」

「もう、冷たいふりしなくていいですよ」

 ヴァルトの手が、そっと頬に触れた。
 指先が冷たくて、でもその奥は熱い。

「朝霧の中は、誰にも見えん」

「それ、つまり……」

「教師と補佐が、少しくらい規則を破っても気づかれない」

「……ずるい」

「おまえに言われたくない」

 小さく笑って、彼が少しだけ身を屈めた。
 世界が、静かになる。
 霧の音も、鐘の響きも、遠くへ消えていく。

 唇が、そっと触れた。

 ――それは、言葉よりも優しい誓いだった。

 時間が止まったみたいに長い一瞬。
 けれど、離れたあともその温度は確かに残っていた。

「これで、ようやく落ち着く」

「私の心臓は全然落ち着いてませんけど」

「それは、当分の課題だな」

 彼が小さく笑う。
 その笑みを見た瞬間、涙がこぼれそうになった。

「ヴァルト」

「ん?」

「この世界に来てよかったって、今は思えます」

「……そうか」

「でも、帰る場所は、もうここです」

 ヴァルトが手を伸ばし、私の手を包む。
 霧の中で、指と指が重なった。

「俺も同じだ。おまえがいる限り、どんな世界でも構わない」

 それが彼なりの“愛してる”なんだと思った。

 霧が少しずつ晴れていく。
 朝の光が二人の上に降り注ぐ。

 私はそっと笑って言った。

「……これからは並んで歩きましょう、ヴァルト」

「了解だ、奈央」

 名前を呼び合う声が、
 静かな光の中に溶けていった。

 ――そして、霧の都に新しい朝が訪れた。
 冷たい空気の中、二人の影がゆっくりと重なっていく。

 もう“教官と生徒”じゃない。
 これは、ふたりで選んだ始まりの物語。
しおりを挟む

この作品は感想を受け付けておりません。

あなたにおすすめの小説

冷徹団長の「ここにいろ」は、騎士団公認の“抱きしめ命令”です

星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー全16話+後日談5話⭐︎ 王都最硬派、規律と責任の塊――騎士団長ヴァルド・アークライトは、夜の見回り中に路地で“落とし物”を拾った。 ……いや、拾ったのは魔物の卵ではなく、道端で寝ていた少女だった。しかも目覚めた彼女は満面の笑みで「落とし物です!拾ってくださってありがとうございます!」と言い張り、団長の屋敷を“保護施設”だと勘違いして、掃除・料理・当番表作りに騎士の悩み相談まで勝手に開始。 追い出せば泣く、士気は落ちる、そして何より――ヴァルド自身の休息が、彼女の存在に依存し始めていく。 無表情のまま「危ないから、ここにいろ」と命令し続ける団長に、周囲はざわつく。「それ、溺愛ですよ」 騎士団内ではついに“団長語翻訳係”まで誕生し、命令が全部“愛の保護”に変換されていく甘々溺愛コメディ!

一夜の過ちで懐妊したら、幼なじみの冷酷皇帝に溺愛されました

由香
恋愛
没落貴族の娘・柳月鈴は、宮廷で医官見習いとして働いていた。 ある夜、皇帝即位の宴で酒に酔い、幼なじみだった皇帝・李景珩と再会する。 遠い存在になったはずの彼。 けれど、その夜をきっかけに月鈴の運命は大きく動き出す。 冷酷と恐れられる皇帝が、なぜか彼女だけには甘すぎて――。

狼隊長さんは、私のやわはだのトリコになりました。

汐瀬うに
恋愛
目が覚めたら、そこは獣人たちの国だった。 元看護師の百合は、この世界では珍しい“ヒト”として、狐の婆さんが仕切る風呂屋で働くことになる。 与えられた仕事は、獣人のお客を湯に通し、その体を洗ってもてなすこと。 本来ならこの先にあるはずの行為まで求められてもおかしくないのに、百合の素肌で背中を撫でられた獣人たちは、皆ふわふわの毛皮を揺らして眠りに落ちてしまうのだった。 人間の肌は、獣人にとって子犬の毛並みのようなもの――そう気づいた時には、百合は「眠りを売る“やわはだ嬢”」として静かな人気者になっていた。 そんな百合の元へある日、一つの依頼が舞い込む。 「眠れない狼隊長を、あんたの手で眠らせてやってほしい」 戦場の静けさに怯え、目を閉じれば仲間の最期がよみがえる狼隊長ライガ。 誰よりも強くあろうとする男の震えに触れた百合は、自分もまた失った人を忘れられずにいることを思い出す。 やわらかな人肌と、眠れない心。 静けさを怖がるふたりが、湯気の向こうで少しずつ寄り添っていく、獣人×ヒトの異世界恋愛譚。 [こちらは以前あげていた「やわはだの、お風呂やさん」の改稿ver.になります]

【完結】魔力ゼロと捨てられた私を、王子がなぜか離してくれません ――無自覚聖女の王宮生活――

ムラサメ
恋愛
伯爵家で使用人同然に扱われてきた少女、エリナ。 魔力も才能もないとされ、義妹アリシアの影で静かに生きていた。 ある日、王国第一王子カイルの視察で運命が動き出す。 誰も気づかなかった“違和感”に、彼だけが目を留めて――。

エリート医務官は女騎士を徹底的に甘やかしたい

鳥花風星
恋愛
女騎士であるニーナには、ガイアという専属魔術医務官がいる。エリートであり甘いルックスで令嬢たちからモテモテのガイアだが、なぜか浮いた話はなく、結婚もしていない。ニーナも結婚に興味がなく、ガイアは一緒いにいて気楽な存在だった。 とある日、ニーナはガイアから女避けのために契約結婚を持ちかけられる。ちょっと口うるさいただの専属魔術医務官だと思っていたのに、契約結婚を受け入れた途端にガイアの態度は日に日に甘くなっていく。

異世界に転生してチートを貰ったけど、家族にハメられて敵国の捕虜になったら敵国の王子に求婚されました。

naturalsoft
恋愛
私は念願の異世界転生でチートをもらって旅立った。チートの内容は、家事、芸術、武芸などほぼ全ての能力がそつなくプロレベルに、こなせる万能能力だった。 しかし、何でも1人でやってしまうため、家族に疎まれて殺されそうになりました。そして敵国の捕虜になったところで、向こうの様子がおかしくて・・・? これは1人で何でもこなしていた弊害で国が滅ぶ寸前までいったお話です。

辺境令嬢ですが契約結婚なのに、うっかり溺愛されちゃいました

星井ゆの花
恋愛
「契約結婚しませんか、僕と?」 「はいっ喜んで!」  天然ピンク髪の辺境令嬢マリッサ・アンジュールは、前世の記憶を持つ異世界転生者。ある日マリッサ同様、前世の記憶持ちのイケメン公爵ジュリアス・クラインから契約結婚を持ちかけられちゃいます。  契約に応じてお金をもらえる気楽な結婚と思いきや、公爵様はマリッサに本気で惚れているようで……気がついたら目一杯溺愛されてるんですけどぉ〜!  * この作品は小説家になろうさんにも投稿しています。  * 1話あたりの文字数は、1000文字から1800文字に調整済みです。  * 2020年4月30日、全13話で作品完結です。ありがとうございました!

『噂が先に婚約しましたが、私はまだ“練習相手”のつもりです(堅実護衛が半歩前から離れません)』

星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー全8話+後日談1話⭐︎ 舞踏会が苦手な伯爵令嬢ルシアは、社交の“空気圧”に飲まれて流されがち。 ――そして致命的に、エスコートされると弱い。 そんな彼女の“練習相手”に選ばれたのは、寡黙で堅実、おおらかな護衛隊出身の男ロアン。 半歩前を歩き、呼吸の乱れを見抜き、必要なときだけ手を差し出す彼の優しさは、甘い言葉ではなく「確認」と「対策」でできていた。 「怖くない速度にします」 「あなたが望めば、私はいます」 噂が先に婚約しても、社交界が勝手に翻訳しても――守られるのは、ルシアの意思。 なのに最後の一曲で、ルシアは言ってしまう。 「……ロアンさんと踊りたい」 堅実すぎる護衛の甘さに、流され注意。 噂より先に“帰る場所”ができてしまう、異世界ほの甘ラブコメです。

処理中です...