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【第一部】第一章 憤怒の黒炎

我、己を燃やし尽くす憤炎

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自分の目の前に、黒い炎が一つある。
『初めまして、天下一の大馬鹿者』
炎が喋る、儂は何故か声を聴きたくない。
だが儂には炎を踏み潰したり水をかける気力など残されてはおらず、炎はゆらゆらと揺れながら儂に語った。
『そんなに怖い顔しないでください、私はあなた、あなたは私、ムカつくのはお互い様じゃないですか』
炎は儂を包み込んだ。
熱く、皮膚が黒く焼け始める。
『これはあなたの心の葛藤、劣等、そして怒りが生み出す痛みです、本当に燃えたあなたなら分かるでしょう?』
五月蠅い、そんなことは最初から知ってる。
もういいだろ、あそこまでやれれば十分だ。
『そんなわけが無いでしょう?、現にあなたは怒っている、自分に』
違う、儂は憎んでいる、あんな卑怯な手で戦う奴らを。
『天下を武力で統一しかけたあなたが言いますか?、卑怯なんて言葉、あなたにいくら使っても足りませんよ?』
五月蠅い。
『この炎は、怒りは、あなたの物です、大切にしてくださいね?』
要らない、そんなもの使いたくない。
『あの子を、守ってくださいね』
あんな所を見られたくない。
やっと穏やかになれたんだぞ。
ふざけるな、儂は絶対に怒らない。
魔王じゃない、人間だ。
だから、この炎はーーーーーーー。



 



―――――ーーーーがーーーーーーー
――――――のーーーーうーーーーー。
――――――――なーこーーーーーー。
「信長公!、目を開けてください!」
甲高い声がうるさく、思わず目を覚ました。
眼が霞んで・・・・・前がよく見えない、でも誰かが自分を覗き込んでいる。
何だろう、とても安心する。
あまり心配を掛けたくないので、とりあえず起き上がることにした。
少し筋肉を動かしただけで体中が痛い、起きる前の自分は何をしたんだろう。
ゆっくりと起き上がる自分を、隣の誰かはしばらく見ていた。
何度か瞬きをしていると、少しずつその人の顔が見えてきた。
金色の髪の、綺麗な女の子だった。
女の子は泣いていて、泣きながら自分を見ていた。
綺麗な子だな、そんなことを考えながら、自分の周りを見る。
「此処は・・・・・・・ベッド?」
自分の状況が、少しだけ分かった。
たぶん何か特別な事情で自分は意識を失い、この親切な女の子に助けられたんだろう。
とりあえずお礼を言おう、そう思い口を開こうとした。
だが、その前に女の子が自分に抱き着いてきたのだ。
動揺した自分は思わず間抜けな声を出してしまい、少し赤くなった。
いや、未成年なのは見るからに分かるのだが、余りにもきれいなのでドキッとしてしまったのだ。
「よかった・・・・・・・・生きてて」
ぐずりながら、女の子は自分を強く抱きしめてきた。
なのに、何故か嫌な気はしなかった。
ってかすごくいい匂いする、女の子独特の匂いだろうか?。
それにしてもいい子だな、、しかもこんなおっさんが助かったぐらいで「生きててよかった」と、泣きながら喜んでくれるんだから。
さてどうしたものか、ちょっと自分まで泣きそうになりながらもたじろいでいる間に、自分に抱き着いている女の子が頭を上げた。
「ごべんなざい!」
いきなり大きな声で、鼻水まみれの顔で自分に言ってきたのだ。
「わたじをがばったぜいで!、ひっく、こんな傷だらけにっ・・・・・・・」
両手で顔面を覆い、泣きじゃくっている。
その余りの迫力に、自分はどうすればいいんだろう、何がこの子にできるんだろうと、そう考えるしかなかった。
だから、自分はとりあえず強がることにした。

腕の筋肉を見せようと腕を動かしたら、急に背中のあたりが激しい痛みに襲われた。
少女はびっくりした様子で、自分の背中をさすってくれた。
「動かないでくだしゃい!、傷が開きま・・・・・うえええん」

「だっでぇ・・・・・・・・」
ほんと良い子だなぁ、と、人の善意というものを肌で感じることができた気がする。
自分はベッドにゆっくり寝転がり、少女の方を見る。

「ぐすん、何言ってるんですか?、貴方とは昨日会ったんですよ?」

言いかけた所で、少女の息をする音が、聞こえなくなった。
すぐに横を見ると、少女は目を背けたくなる表情でこちらを見ていた。
泣き疲れた赤い目を大きく見開き、口を開いていた。
そしてその表情のまま、少女は自らの顔を指さし。
「・・・・・私、誰だか分かりますか?」
心臓が握りつぶされたような錯覚がした。
今すぐここから逃げたいと、自分の人間性が悲鳴を上げていた。
相手を庇護するような感情はすでに消え失せ、この場をやり過ごすために口から言葉を投げつける。

ふるふる、と、少女は口を開けたまま首を振る。
自分の心が悲鳴を上げる中、次の言葉を投げる。

唇を噛み、さっきより強く首を振る。
ボロボロと崩れる自分の心、言葉を探す。

ぶんぶんと、泣きながら首を振る少女の顔を見るのが辛くて、とうとう自分は自分の後頭部にある枕に顔をうずめた。
これ以上、あの子の顔を見たくない。
見たら、今度こそ終わる気がする。

別に殺されるわけでもないのに、頭を押さえてぶるぶる震える。
「私、憶えていません・・・・・・・・・」
死ぬより怖い、その言葉を身をもって知った気がする。
「自分の事も・・・・・・・そして」
しばらく間を開けてから、自分は言う。
言いたくないけど、言わなければ始まらない。
だから、言う。
恩を仇で返し、差し伸べられた手を振り払う。
そんな、言葉を。



その一言を放ってから、何故か頭を上げてしまった。
痛む体などどうでもいい、この状況を脱せられるなら四肢をもぎ取られても構わない。
そして、震えながら目を開けた。
その子は、別に想像してた表情をしてはいなかった。
ただただ、無表情に泣きながら自分を見ていた。

「なんで?」

そう一言、少女は言った。
そこから、自分は狂った。
叫んだ。
叫びまくった。
声帯が潰れるぐらい。
鼓膜が破れるぐらい。
この世界がぶっ壊れるぐらい。
ただ、怒りを。
自分への憤りを。

黒く、燃やし続けた。






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