闇と光

白銀狼

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小さなトラと大きな意思

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 母さんの故郷 チルルに向かい歩き辛い山道を歩く。
 幼い頃母さんに教わった道を思い出しながら歩く。あの頃とは、地形は何も変わっていないらしい。

 母さんの教えてくれた目印の一際大きな木や綺麗な池、川を渡す大きな橋。
 母さんの言う通り、目印が点在している。母さんは「いつか、あなたがどうしようもなくなったら訪ねてみなさい。あなたのおばあ様を」と言った。

 チルルの村には、おばあ様がいる。きっと何か導いてくれるはず。

「チルルの村まであと1日くらいかしら」

 朝から歩き夕方には山を一つ越えた。明日の朝にはチルルの村に着きたかったが、山を越えるだけでも息が切れた。

 確かに、騎士団に追われる身ではあるが…すぐには追いつけないはず。

「あんな重い鎧では山を越えるなんて大変だろう。2日はかかるはず。それにチルルに向かうとは思わないだろう。ん?」

”クロウ?ドウシタ?”

 今日の寝床として手近な洞窟を探していたら、人が生活をしていたのであろう洞窟を発見した。


 今時珍しく数刻まで人がいた形跡があった。

「…だれかいるの?」

 背後で声がした。振り返るとそこには幼い男の子がリンゴを両手に抱えていた。

 振り返るクロウの姿を見て驚いた少年の手からリンゴが落ち、クロウの足元に転がる。

 私は、リンゴを持ち上げ少年の方に近づこいとしたが、少年の身体は震えていた。

「あなたはここで住んでいるの?…これ以上近寄らないから答えて」

”コイツ…マサカ!!”
(あんたは黙ってな。)

「僕は…ギン。ここで一人で…暮らしてる。」

 彼の話し方から、緊張が伺えた。

「そう。私はクロウ。悪いが今晩ここに居させてくれないかしら?」

「いい…けど…条件が…ある。」

 このまま野宿とも行かず、話を聞くしか無いと思った。その為内容を聞く事にした。

「何かしら?」

「見た感じ。クロウさんは旅の人だと思う。だから、僕も旅に連れて行って欲しい。」

 一瞬クロウの思考は止まった。

(旅に連れて行って?初めて会った知らない人に旅に連れてけと?この子一体何を考えて…ん?)
 てっきり食事は自炊しろとかそんな感じの事だと思っていたから尚更驚いた。


 クロウがギンの意図が一体何なのかと考えていると、ギンは端切れで作った様な自分の服の裾を握りしめ俯いていた。どうやら話すのが怖いらしい。

「何か。理由があるのか?」

「え?」

「私も理由があって旅をしている。だから、理由があるなら理由によっては、連れて行く。どうしてもという理由が、ね。聞かせてくれる?」

”オイッ!クロウ、コイツは!”
(分かってる。この子は私と同じ獣関係の可能性が高い。だからこそ、話を聞いて利用価値を図る。)

 
 ギンは、クロウの言葉に喜びを隠せないような満面の笑みで頷いた。

「中に入って話すね。僕の事を。」

 洞窟内は、暖かかった。ギンは、クロウが座れるように藁を敷き焚き木を火に焚べ話す準備をした。


 ギンに付いている臭いから獣が関係している事は間違いなかった。

 この先のチルルの村で産まれたギンは、産まれてすぐに両親を失った。目の前で、ある獣人に喰い殺された。その獣人は、後に黒獣ヴァイスと呼ばれ有名であった。
 討伐隊が出陣したが、全滅になった。
 ギンは、孤児院で育ち12歳を迎えた日に孤児院を追い出された。
 理由は、きっと孤児院の長がギンを育てる事に恐怖があったか、孤児院の子達がギンをいじめたか…それくらいだろう。

 ギンは、一年山で生活をした。身一つ山に出され、クマの使った後の洞穴に身を隠し暮らしていた。何人か山を通る人が居たがギンを見ると逃げて行ったそうだ。

 私もギンも他者から怖がられる理由がある。
 夜になると姿が変わる。

 私は、黒い狼に 
 ギンは、小さなトラに

 小さくてもトラはトラ。住民に恐怖を与えるには充分だ。

 獣の関わる人は、獣の邪気に当てられ夜は獣、昼は人の姿になる。いわば呪いのような物だ。

 いづれは、どちらが自分が分からなくなり獣は森に人は人里に戻るが聞いた話では人に戻った者を見た事がないと聞く。

 獣に憑かれ獣に変わる。それには条件がある。獣に対しての恐怖、憎悪、絶望。この三つの内一つでも大きく膨れ上がると魂はつられてしまう。

 ギンは、恐怖が膨れ上がったのだ。目の前で両親を喰い殺された恐怖が彼をトラに変えた。きっと孤児院の長はギンの姿を見たのだろう。

 だからこそ、ギンを捨てたのだろう。
 それからギンは、居場所を失い一人孤独に生きる事を決めたのだ。

(本来なら母親と父親とで幸せな生活を送っていただろう。…こんな幼い子にも世の中は容赦無い)

「…だから」
(だから”連れて行って”か)

”クロウ、ドウスルンダ?ツレテ イクノカ?”

 正直連れて行くとギンが足手まといだ。自分だって追われている身だ。それに同行となればギンも同じ目に合うのだ。

”タニンノコト カンガエテル バアイカ?”

(他人の事…)

 ギンの後ろ姿は、とても寂しい感じだ。彼はあの小さな背中で何を感じ何を思ったか…考えると頭が痛くなる。

 どうせ他人。何の繋がりも無いただの他人。なら…!

「私は、両親を亡くし愛犬のルーンまで亡くした。私の両親は、住民の裏切りによって騎士団に売られた。そしてある日、目の前で殺された。」

「え?」
”クロウ。”

「だから、村を出て騎士団に復讐をする為に旅をしている。今の私では騎士団に身一つでは戦う事が出来ない。協力者を探している。…協力者としてなら好きに付いて来なさい。まぁ、あんたの自由よ。」


 ギンは、一瞬考え思い切って言った。

「僕は、少しであれば治癒術が使えるし弓での後方支援が可能です。…協力者として付いて行きます。その代わり僕を利用してください。」

 言葉の陰には、両拳の握りしめる力強さに合わせ身体が震えていた。
 
(復讐の為なら何だって利用してやる。使えるものは何でも)

「じゃぁ、クロウさん。改めてお願いします。役に立つので連れて行って下さい。」

「えぇ。私の事はクロウで良いわよ。呼び捨てで構わないわ。」

 ギンの差し出した手に手を重ね握手をする。復讐までの契約。

 ギンの話の中でも騎士団や住民の裏切りや何か黒い部分があると思われた。丁度良い。復讐は多い方がやりがいがある。

(少し調べるか)

「ギン。明日は、あんたの故郷チルルの村に行くわよ。だから気付かれないように服装と軽い旅支度をしなさい。」

 ギンは、びくりとしながらも頷き行動を開始する。

 頭の中の声は止み森には生き物達の声が響き渡っていた。

 明日は新たにギンを加えチルルに向かう。

 
 この時したギンへの私の話には、嘘が混じっていた。

 全てを話すのに彼は信用していない。
 使える手駒を利用するだけだ。
 利害も一致しているのだから問題無い。

 夜風に当たりながら夜が明けるのをギンとの会話を振り返りながら感じるのであった。



 その頃騎士団では、着々とクロウについての資料が集まりだしておりシーロが率いる隊がクロウを追う準備をしていた。


             続く
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