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15 南方の夏、緊張の夏。

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《あらあら、悪い蚊に瞼を刺されてしまったのね?》
「はぃ」

《もう、ウチのウムトにしたら?と言うか愛妾にしたら良いじゃない、実際にはしなくても、相手を試すには良いんじゃないかしら?》

「正妃様はお優しくて賢いですけど、意地悪です」
《そうよ、だからアナタには側室がお似合いよ、敵国に意地悪く出来無い子には正妃なんかさせてあげないわ?》

「ですけど、もし、子が生まれてしまったら」
《ウチが圧力を掛けるし、秘密の作戦が有るから大丈夫よ》

「それは、一体」
《あら残念、側室でも無い子には教えられないわ?》

「ぅう、正妃様は本当に意地悪です」
《そうなの、ふふふ》

「ごめんなさい、意地悪じゃないです」

《もう、本当に、あの子には勿体無いわ》

「私も、そう思えたら良いんですが」
《好きなのね》

「はぃ」
《アシャに横に並ばれるのも、本当は嫌》

「はぃ、少し、モヤモヤします」
《ふふふ、どうすればアナタみたいな良い子に育つのかしら。ねぇ?クララ》

《持って生まれた資質かと》
《やっぱりそこよねぇ、本当、どうしても何処か似ている相手を選んでしまう。私達からはとても、ねぇ、もしアナタが皇帝として育てられたら、どうなってたかしらね?》

「ちょっと、脇が甘いかと」
《でも宰相にはパトリック、同じく側近にはセバス、そしてあのご両親。アナタは、本当に彼の様になると思う?》

「想像では、いいえ」
《そうよね、私もそう思うわ、それに繊細だと捻じ曲がり易いの。アナタが繊細では無いとは言わないわ、繊細さは其々に様々な部分で持っているから、けれど彼は情愛に関して繊細だった。少しの親の落胆に気付いてしまった、愛されなくても当たり前だと思ってしまった、繊細で不器用だからこそ》

「とても、腑に落ちる気がします。今なら分かるのですが、私は、家族愛しか向けていませんでしたから」
《そうね、そしてそれは下手をすると弟扱いされている、果ては見下されているのではと思わせてしまう。何事も駆け引きなのよ、媚びたりおもねるのでは無く、合わせる。時に妻となり、子の母親となり、夫の女となる。男として愛して欲しい時に、いきなり冷たい皇帝ぶられても嫌でしょう?》

「はぃ、多分」
《そうね、お付き合いもまだまだなのだものね、本当に真面目な人達》

「あの、コチラの方々は」
《ねぇ、クララ、貴族同士のお付き合いについて知っているかしら?》

《はぃ》
《じゃ、教えてくれるわよね?》

《はぃ》

 体は清いままに、色々とご確認なさるそうで。
 意外と貴族も、奔放でらっしゃるんですね。

「私、初めて知りました」
《合わないと怪我ばかりで妊娠どころでは無いもの、ね?》

《はぃ》

《もう、過保護過ぎよクララ、そろそろ私とアシャが教えても構わないわよね?》

《はぃ、宜しく、お願い致します》

「あ、あの、一応はそれなりに」
《はいはい、復習もしましょうね》

 私、こんなにも真っ赤になる事が有るのかと。
 それに私の知らない事が、沢山。

《ヴィクトリア様、因みにですが同性だともっ》
《さ、次は復讐に行きましょうね》
「?はい?」



 ヴィクトリアが、最悪はウムトを愛妾にしても良いか、と。

『先ずは、どうしてそうなったんだろうか』
《そこはもう、ねぇ?もしかすれば最悪は遂げられないかも知れないんだもの、それに、やっぱり嫌だとなっても直ぐに離縁は難しい。それに私、気に入ったの、だから最悪はヴィクトリアをウチに引き取るわ、問題無いわよね?》
『おう、そのままウムトでも構わんし、コレよりもっと良いのも紹介してやるぞ』

「あ、の、そこまで買って頂けるとは」
『もう良いぞ元皇妃、辛かったな』

 レウス王子の言葉に、ヴィクトリアは顔を歪め。

「信じて、下さるのですね」
『当たり前だろう、幼いのにこんなにも賢過ぎるんだ、それに俺の知り合いもそうだったんでな。信じるも信じないも、やっと腑に落ちた、納得だ』
《ごめんなさい、ヴィクトリア、彼らがやっと吐いてくれたの》
『すまん、アナタの事までは言うつもりは無かったんだが』
「言う事こそがアナタの為になると、ですが、大変申し訳御座いませんでした」

『パトリックはまぁまぁだが、セバスがな、善良でクソ真面目の弊害だ』
「すみません」

『どうして僕には何も』
『お前が居たからだ、お前だけは年相応だからな。パトリックは落ち着き過ぎだ、豪胆にしても程が有る』
『別に隠す気は無かったしな、いつ言うか、ただアナタの苦しみに目を向けなかった、すまない』
「いえ、いつも良くして下さっていましたし、疑う事は有りませんから」
《そうそう、もう無理しなくて良いのよ、アナタは立派な皇妃だったと私も信じてるもの。皇妃として振る舞わないように、考えない様に我慢していたのよね》

「烏滸がましいのでは、と」
《有り得ないわ、寧ろ貴族の鏡よ、だからこそ皇妃だったとしても疑わないわ。皇妃こそ、令嬢が目指すべき存在、あなたは立派な皇妃だわ》
『どうだ、分かり合える俺らが羨ましいだろう、アレク』

『はい、皆さんが、とても、羨ましいです』

 まさか、ヴィクトリアが皇妃の事で悩んでいるとは思わなかった。

『パトリック、お前が煽り過ぎてこうなったんじゃないのか?』
『以前の俺は忠臣でしたよ、彼を庇う程に』
《それで、どう思ってたのかしら、殿下は》

『皇妃にはなりたくはない、と頑なだったからこそ、全く別の人生を考えていたのかと』

『あのな、殿下、俺らは王族として育てられた。いきなり王族の考えを捨て、単なる貴族や庶民の様に考えろと言われても、出来るか?』

『いえ』
『だろ、それと同じだ、ヴィクトリア嬢は皇妃になるべく育てられ、そして皇妃となった。だが生きる為に皇妃にはならないと宣言したが、根はもう皇妃だ』
《お料理の事も、皇妃として考えていたのよね?》

「はい、ですがもう私は関わらないと決めたのに、なんて厚かましくも烏滸がましいのだと」
『すまない、僕は、前世でも僕は君に甘えていたのだと思う。僕が注意する事は無く、きっと君にばかり負担を掛けていた筈だ、本当にすまない』

「それが、そこは、微妙ですね。今なら少し分かるのですが、私に関わって欲しかったのかと、はぃ」

《もう、正直に言っちゃいなさい、以前の殿下に何を言われたのか》

「私が、初めてクッキーをお渡しした時の事を、覚えてらっしゃいますでしょうか」
『あぁ、覚えているよ』

「私、以前の殿下に言われたのです。既に料理人に食事管理をされている、だからこうした物は困る、苦手だと」
『あの時は、てっきり誰かに偽情報を掴まされたのかと。そうか、すまない』

「いえ、そして思い返すと私がお渡ししたの、ニンジンケーキだったんです。栄養が良いと伺っていましたので、苦手でしたよね、ニンジン」

『あぁ、すまない、それは間違い無く僕が言いそうな事だ』
「苦手だと知らずに渡そうとしてしまったので、仕方が無いかと」

《ふふふ、幾つの時?》

「多分、最初の頃かと」
「はい、殿下が15才、ヴィクトリア嬢が11才の頃ですね」
『あぁ、分かるぞ、半ば強がりだな』

『はい、多分』

《それと?》

「刺繍を差し上げた時に、最低限で構わない、皇妃として相応しいと思える様な事を率先して覚えて欲しい。お料理でも、他が代わりに出来る事を習得する必要は無い、と」
『アレク、ヴィクトリア嬢が他の子女に刺繍を揶揄られた時、何て言ってたと思う。ごめんなさい不器用で、って笑って言ってたんだぞ、前世のお前のせいでな』

『すまない』
『で、それはいつの頃なんだ?』

「多分、ですけれど、かなり選定が絞られた時で、殿下の背が今と同じ頃かと」

「もしかすれば、16才頃かと、他国では成人とみなされる場合が有りますので。改めて性病や怪我について講義を受けた結果では、と」

『今の僕が言っても仕方が無いのかも知れないけれど、多分、君の事を思って言ったのだと思う。針でも伝染る病が有る、野菜に付いた泥から病気になる者も居る、と』

《ふふふ、不器用過ぎよ、ふふふふ》
『すみません』
『少しだが、俺は分かるぞ殿下。必ず、一部の者から女に舐められるなと教えられるからな』
『あぁ、居たな』

「皇妃として醜聞を晒さない様に。あまり愛想を売らず、知識を高め、国に尽くして欲しい」
《あら、それはちょっと可愛いわね》
「今世での事ですが。僕は、どうして上手く言えないんだろうか。と」
『セバス』
『俺が知る限りでは、常に侍女とセバスから情報を入れさせ、動向を常に気にはしていた。だがそれだけだ、彼女に触れる事すらせず、寝室では眠って起きるだけ。男色家なのか疑った程にな』

『ヴィクトリア』
「はい、お忙しい、お疲れなのかと。ありがとうでは無く、ご苦労様だった、としか仰いませんでしたから」

『すまない、だから気にしてくれたんだね、なのに、本当にすまない』

「そして処刑直前に仰いました、やはりお前とは離縁すべきだったな、と」

『本当にすまなかった、料理も、刺繡も、本当にすまない』

 僕は、彼女から様々な事を奪って、奪い続けて。
 奪っておきながら疎かにし、命まで奪った。

 殺したい。
 死んで償いたい。

 死んでしまいたい。



《ねぇ、どうして側室に格下げをし、離縁出来る様にしなかったのかしらね?》

『こんな事をしでかした前世の僕が、本当に愛していたのだと認めたくは無いのですが、愛していたんだと思います。だからこそ、処刑の時に、そう、言ったのかと』

 俺はまだ許せんが。
 死を選ぶ前の顔付きとそっくりだ、少しは助けてやるかな。

『ヴィクトリア嬢、アレクは処刑後、しっかり発狂していたぞ』

 愛していた、嫉妬して欲しかっただけだ。
 違う、何かの間違いだ、僕が皇妃を殺す筈が無い。

 一通り騒ぐと、今度は何も無い場所を見て絶叫する。
 その繰り返し。

『どうしてもっと素直に、正直にならなかったんだと。レウス王子が僕に問い、少しだけ正気に戻ると、こう答えたらしい』

 愛を請えば、欲張りだと呆れられてしまうかも知れない、見捨てられてしまうかも知れない。
 こんなにも不出来な自分を責めず、何も言わないのは彼女だけ、だからこそ愛を示して欲しかった。

 家族として心配するのでは無く、恋する乙女の様に声を荒げて欲しかった、自分と同じだけ愛して欲しかったと。

「パトリック様、どうしてこの事を」
『言えばコレを好いて許してしまうかも知れないだろ、しかも今のアレクがそう思うとも限らない』
《けれど、今、ヴィクトリアを殺されたら言いそうね》
『だな、いずれ皇帝となる者の人心を乱す不届き者として、処刑するか』
「レウス王子!どうして」

 ヴィクトリア嬢の首を、正面からレウス王子が完全に掴んでいる。
 そして傍らには正妃が王子を守り。

『どうしてもこうしても、言っただろう、コレが居ない方が国が安定する。現にこうだからな』
《そうね、今ココで彼女を殺して一緒に国に戻れば、簡単に国を取れそうだもの》
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