エイトゲヘナ~出会って秒で食べられました、けど今は凄く幸せです~

中谷 獏天

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217 リコリスと施設員と。

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「やっと、やりたい仕事に就けたのに、どうして諦めなきゃいけないのよ!!」

 仕事か出産。
 どちらか選べ。

 そう迫られたも同然だった。

《だが》
「子を産み育てなければ、女として認められないのに、どうして仕事も諦めなきゃいけないのよ!!両方じゃなきゃ意味が無いのよ!!」

《それは分かるが》
「アナタが黙ってれば良いじゃないの!!絶対に産んで、認めさせてやる、絶対に認めさせてやるんだから!!」

 そうして私は、意地でも仕事を辞めなかった。
 そして子供を産み、直ぐに仕事に戻った。

 どんなに体調が悪くとも。
 眩暈だろうが出血だろうが、決して仕事を休まなかった。

 今までの努力、築き上げてきた功績、仕事へのプライドが有る。
 どんなに辛くても、どんなに苦しくても、男以上に頑張ってきた。

 だから諦めるワケにはいかなった。

 なのに、子供が邪魔をする。
 いつもいつも、直ぐに知恵熱を出して。

 私の邪魔をする。



『では、失礼します』

 今思えば、世に言う繊細さを持った子供でした。

「何で、何でなのよ」
《ごめんなさい》

 その日は授業で、向こうの奴隷について知った後だった事だけは、良く覚えています。
 とても酷い事で、本当は、お母さんやお父さんと話したかった。

 消化や昇華をしたい、そんな気持ちだったのだとは思いますが。
 2人は、どちらも忙しそうに、後ねと言うだけ。

 熱に気付いたのは使用人でした。

「今度は何なの、何でそんなに直ぐ知恵熱を出すのよ」
《ごめんなさい》

「説明しなさいって言ってるのよ!!」
《ごめんなさい!》

「五月蠅い!!」

 私はベッドに横になったまま、泣いて謝った。
 また、知恵熱を出して迷惑を掛けてしまった、と。

《奴隷の事です、ごめんなさい》

「はぁ、そんな事で」
《ごめんなさい》

 寝込む度、私はいつも謝っていた。
 手間を掛けさせてごめんなさい、面倒な子供でごめんなさい。

 いつも、そう思いながら謝っていた。

 でも、母親にも限度が有る。
 その日、私は超えてしまった。

「アンタなんか産まなきゃ良かった!!」

 怖くて動けなくて。
 頭が真っ白になった。

 息をするのも怖くて、小さく息をしてたと思う。

 どうしたら良いとか。
 何て言えば良いかとか、何も考えられなかった。

 そしてその後は、夢の中の出来事の様だった。



『奥様、やってしまいましたね』

 私は使用人でした。

「何よ、たかが」
『家政婦にも義務が有るんですよ。もし問題が有った場合、適切な介入、適切な場所へ訴え出る義務が』

「コレは、偶々」
『いいえ、知恵熱を出される度、アナタは苛立ち当たり散らした』

「子供も居ない女が、躾けに口を」
『いいえ、当たり散らす事と躾けは違います。さ、お嬢様、安全な場所へ参りましょう』

 その子は小さく震え。
 呼吸は浅く、ほぼ硬直している状態。

 あまりの恐怖から、母親から視線を逸らす事が出来ず。
 いつもの様に私に抱き着く、そんな反応も全く見られなかった。

「ちょっと」
『アナタには接近禁止命令、養育費の支払い、母親教室への強制参加の要請。若しくは、強制労働所での労働が課せられます』

「何でよ!!」
『人としての範囲を超えた行いをしたからです、では、失礼します』

「待ちなさいよ!私の子よ!!」

 なら、大切にすれば良かっただけ。
 威嚇せず、当たり散らさず、褒める時は褒める。

 その当たり前が出来無いから、親として不適格だ、と言われているのに。

『足払いで勘弁して差し上げます、コレ以上は暴行罪でも起訴しますよ』

 その女の中で、子供の価値と罪状、それと経歴が天秤に掛けられ直ぐに傾いたのか。
 崩れ落ちたまま、もう動く事は無かった。

《そ、どうしたんだ》

 幾ら学が有ろうとも。
 どれだけ立場が有ろうとも。

 賢くないモノは、どうしても存在してしまう。
 そして、その被害を最も受けるのは、子供。

『お分かりになりませんか、学園の教授ともあろうお方が』

《とうとう》
『予見出来ていたなら早々に切り離すべきでした、学園の教授夫妻とて、結局は学だけ。学だけでは賢さにも、思い遣りにも、優しさにも繋がらないのですね』

 学だけの無能な父親。
 産み育てた称号が欲しかっただけの、男と世間と張り合いたいだけの母親。

 決定的な事が起きるまでは、どうしても介入が出来無かった。
 だからこそ、ココまで掛かってしまった。

 けれど、もう大丈夫。
 もう、安全な場所で過ごせる。

《その子は》
『安全な場所で保護します、では』

《ぁあ、お前!何をした!!何をしたんだ!!》

 何処までも愚かだ。
 経歴に天秤が傾いただけの、下らない反応。

「違う!私は!!」
『もう大丈夫、アナタは何も悪くない。アナタのお母さんは、元から壊れていた、アナタは生きていても良いんですよ』



 いつから泣いていたのかは分からない。
 けれど、安心して、一気に涙が溢れてきたのは良く覚えている。

《でも、お母さんが》
『狂人の言う事を真に受けてはなりません、アレは随分と前から、壊れていたんです。壊れた楽器から出る音は、所詮は壊れた楽器の音色。壊れたヴァイオリンの音と、ヴァイオリンの音は違います、全く違うのですよ』

《でも、お母さんは》
『学を教えるだけ、音階で言うレの音だけは、正しく出せたかも知れませんが。アレは壊れたヴァイオリン、しかもその殆どが正常な音を出せない、アレはヴァイオリンでは無いのです』

《私が、また、知恵熱を出したから》
『ヴァイオリンなら、喜んで音楽を奏でます。豊かな感受性、思い遣りを持つアナタの為に、ヴァイオリンは安らかな音楽を奏でます。アレは壊れたヴァイオリン、音楽を奏でる資格は無い、アレは壊れたヴァイオリン。アナタは新しい楽団に向かいます、壊れた楽器の音符が集まる場所に、アナタの仲間が居る場所へ』

 そうして私は、施設へと預けられ。

 私もだよ、でも大丈夫、アレは壊れたヴァイオリンだから。
 と、枕元で誰かに言われた事だけは、耳に残っていた。

 そして幾日か知恵熱を出し、収まると。
 私は花や折り紙、手紙に囲まれていた。

《コレって》
「お祝いやお見舞いだよ、ココで初めての知恵熱だからお祝い、大変そうだからお見舞い」

《ありがとう》

 初めての知恵熱でお祝いをする。
 皆が労ってくれたり、お祝いの言葉を言ってくれる。

 そんな習慣が有るだなんて、本当に知らなかった。
 物心付いた時から、既にアレらは仕事に没頭し、様子を見に来る事も無かった。

 常に傍に居たのは、家政婦。

 そして、その家政婦は私がお腹に居る頃から心配し。
 ずっと、あの家で私を見守ってくれていた。

 けれど。

『私が居れば、アレらを思い出してしまうでしょう。コレからの為、新しい場所に馴染む為、今度は大きくなったら会いましょう』

 それから成人するまで、手紙のやり取りすら叶わなかった。
 でも、会えたその人は、相変わらず同じ姿だった。



『あぁ、あの子の事かい。あの子は私の娘、宿星だよ』

 オリアス。
 本の悪魔、子供の為の悪魔。

 それは分かるんですが。

「それでも、流石に不老不死は」
『早とちりだねぇ、あの子がまだ10代の頃の事だ。子供には大人に見えても、あの子はまだ、成人すら過ぎちゃいなかっただけだよ』

「あぁ、失礼しました」
『いやいや。どうだい、お嬢ちゃん、養護員の者にも金だけじゃないのが居るワケだけれど。まだ、親身になってくれる大人なんて本当はそう居ない、と。まだ、そう思うのかね』

 凄い事を思ってたんですね。
 だからオリアスが施設で話を聞いて回れ、と。

 成程。

「ううん、ごめんなさい」
『愚か者には賢くなる事は辛い事だ、けどね、先延ばしにしたって何も良い事なんて無いんだよ。いつか、その分だけ損をする事になる、その分だけ不幸に見舞われどうしようもなくなる。なんせ知恵が無いからね、蟻地獄の様に泥沼に嵌り続け、苦しむ事になるだけだ』

 私はヒナちゃんに頼まれ、リコリスちゃんの様子を見に、と。
 それがまぁ、こうなったんですが。

 無駄な事って、実はそう無いんですよね。
 特にココは。

「あ、あの、蟻地獄を見た事は有りますかね」

「ううん、無い、けど」
「じゃあ見に行ってみて、泥沼に嵌ってみましょうか」
『あぁ、良い案だね。さ、案内してやろう』

「あの、どう、しますかね」

「行って、みたいです」
「あ、はい、宜しくお願いします」
『あいよ』

 リコリスちゃん。
 私も賢くないので、その辛さは分かりますが。

 誰かを傷付けてから後悔するよりは、ずっと良いですよ。
 他人を傷付けるか、自分も他人も傷付けるか、ですから。
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