松書房、ハイセンス大衆雑誌編集者、林檎君の備忘録。

中谷 獏天

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第29章 青少年と病院と。

2 少年と雑誌。

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『すまないが、流石に』
「はい、ココでお待ちしていますね」

 何もかも、トントン拍子でした。

 刑事さんが既に無線で住所を知らせており、僕らが着いた頃には包囲網が敷かれ。
 近隣の方には、暫く外に出ないで欲しい、と。

 そして刑事さんが差出人の家の前に向かうと、大きな物音がしたそうで。
 警察だと名乗りを上げると、父親の方は家の裏手の窓から逃げ出そうとしており、何故か母親の方は警察へ電話をし始め。

 その隙に、長女の方、手紙の差出人が家の戸を開け放ったそうで。
 父親の方は窓から飛び降りた後、逮捕、母親は抵抗らしい抵抗をしなかったそうです。

『ふむ』

「あの、刑事さん、何か引っ掛かる事でも?」

『いや、多分だが、奥方の方が少しね』
「酒ですか?又は薬物か何か」

『コレは憶測なので、書かないで欲しいんだが』
「はい」

『何度か、そうした者と関わった事が有るんだが。どうやら、奥方は……』

 境界知能。
 平均的では無いけれど、手帳を発行される事の無い者。

 そうした論文が、先ずは警察へと優先的に公開されたそうで。

「境い目の方、ですか」
『あぁ、大概の善悪の区別は付く。だが、追い詰められると常軌を逸する行動を取る場合が有る、そうだ』

「ですけど、僕でもあまりに追い詰められたら」
『その、追い詰められ方も、幾ばくか他とは違うのだよ』

 問題を解決する能力が低く、僕らが解決出来る事も、境い目の方には難しいそうで。
 時に道徳的な行動を無視し、主に隠す行動が多いそうで。

「でも、手帳は発行されていないんですよね」
『だが、だからこそ、補佐も無いままに他と同じ様に過ごし、見逃されてしまう』

「それでも、境い目の全ての方が」
『あぁ、だが彼女は……』
『良いですか、中を見た事を話しても』

『あぁ、既に君には見えているのか、そうか』
『他にも遺体が有りました、箱詰めや缶詰めの中に、その殆どは嬰児です』

『すまないね、女性に、ましてや未婚の』
『いえ、大丈夫です、私は避妊法も知っていますから』

《林檎君、息をしようか》
「すみません、つい忘れてました」
『あぁ、いや、私の方こそすまないね。つい、すっかり慣れているとばかり、そう思い込んでしまっていた』

「いえ、あの、ですけど何故」
『きっと彼女が話すでしょう、自分が手紙を送ったのだと、警官に話していましたから』
《何故、林檎君の居る松書房にしなかったのだろうね、そうすれば》
『成程、彼女は敢えて騒ぎにしたかったのだろう。松書房では、上手く立ち回られてしまうかも知れなかった』

「成程」
『いや、憶測だがね』

 ですが、刑事さんの勘は当たりました。
 この一連の取材に対し、彼女は受けてくれたのです。



《宜しく、お願いします》
「先ずは、この写真の方について、宜しいですか」

《はい》

 彼は、私の兄でした。
 まだ幼かった私ですが、母方の祖父母が亡くなるまでは、何も問題は無かった様に思います。

「お兄さん、だったんですね」
《はい、私が4才の頃、兄が5才で。祖父母が、亡くなりました》

 交通事故でした。
 そして次第に家は荒れ、兄は、私に飲み物や食べ物を与えてくれました。

 自分が死んでしまうのも構わず、私にばかり。

 「ほら、食べて良いんだよ」
 《おにいちゃんのは?》

 「もう食べたから大丈夫、美味しかったよ、お食べ」
 《うん》

 私は喜んで食べていました。
 兄の分まで。

「憶測ですが、きっと、2人分は無かったかと」

《はい》

 お腹が空いていた事ばかり覚えていますが、どの位経ったのか、兄が動かなくなり。

 久し振りに帰って来た父と母は、お土産を広げていました。
 そして動かなくなる兄を持ち上げると、兄の首が、手足が落ちました。

「暑い夏場、でしたか」
《はい》

 父と母は喧嘩をして、直ぐに箱に詰め始めました。
 そして胴体は近くの空き地に、頭は神社の外の植え込みに。

「何故、ご存知なのでしょう」
《父が言っていたんです》

 お前は失敗が多いから、俺が全部やったんだ。
 空き地に埋めたのも、神社の外に埋めたのも、全部俺だ。

 母は私に食べ物を与える事で手一杯で、家の事が手付かずのまま。
 そこで父は怒り、母は謝り、私は食べ物を欲しがりました。

 そうして、その日から暴力と暴言は始まりました。

「それまでは無かったんですね」
《はい》

 私は何故、急に父と母が変わってしまったのか分かりませんでした。
 かろうじて食べ物はくれますが、禄にお風呂にも入れて貰えず、私は外に出なくなりました。

 幼いながらも恥ずかしかったんです。
 汚れた衣服も、臭う自分も。

 「くっせぇな本当」

 私を風呂に入れず、けれど自分達は銭湯へ。
 そして私を笑い者にする。

 『本当に、ふふふ』

 母も、笑っていたんです。
 臭い、汚いって。

「では、学校へは」
《引っ越しをさせられたんです、入学前に》

 そうして学校へ行く機会も無く、けれども私が邪魔になり、外で働かせる為に風呂に入れられ。
 私は、化粧をさせられ夜の街に出されました。

 ですが、良い人ばかりでした。
 事情を尋ねてくれて、飲み物や食べ物をくれた、そして何度か施設へと行く事になりました。

「では、住まいは別に」
《今は、ですが何度も戻され、その度に母の腹は膨らみ》

 いつの間にか凹んでいた。

 思い返せば小さい頃からそうでした、何度も、何度も。
 まるで何事も無かった様に、誰も居なかった様に。

「施設の方は」
《何度か、ですが残念だったと泣く母を、誰も疑いませんでした》

 そして言い包めるのは父の特技。
 以前の汚い部屋は怪しい男に入られ、暫くして戻ると荒らされており、怖くなって長い間家を空けていた。

 そう言い逃れ。
 ある時は母のせいにし、ある時は私のせいに。

 そうやって何軒も移り住んでは、お腹の事も何もかも誤魔化していた。

「いつ、ご遺体を」
《月経が来た13の頃でした》

 お前は畜生腹だから、男と何かすれば同じ事が起こるぞ。
 父はそう言って、母は横でさも真剣な顔で頷いていました。

 そして私は、家へ戻らない事に決めました。

「それでも、今回は戻ってらしたんですよね」

《出す場所を、間違えてしまったのかも知れない、そう思い悩んでの事でした》

 きっと、松書房では穏便に済まされてしまうだろう。
 ですから、あの雑誌社に送り、ずっと待っていたんです。

「あの、つかぬ事をお伺いするんですが、空き地に本を供えられましたか?」

《はい、ですが罪になるとは知らず》
「いえ、回収するつもりでしたなら、罪にはなりませんよ。どの様に供えられたんしょうか」

《件の見開きを開いて、とも思いましたが、空き地近くの電池に立て掛ける様に供えました。兄も、私も怖がりですから》

「そうですか、因みにですが、あの写真は」
《私が掃除させられた時に、見付けました。兄の品は、写真以外は無かったので、私が隠し持っていたんです》

「その時は」
《いえ、普通でした》

 ですが私が再び掃除で呼ばれた後、首が消えていたんです。

「変化したんですね」
《私は責められている様で、恐ろしくなったんです、とても怖くなった》

 兄弟姉妹達が供養されないまま、家の中に居る事を黙っていた。
 元は兄が死んだ事も、何もかも、全て。

「精神が正常でも、おかしくても、変化はとても怖くなるんだそうです。どんなにおかしい場合でも、変える事が怖くて堪らない、だから人は規則を作って、その中で敢えて生きているんだそうです」

《流石、愛される林檎さん、ですね》

「僕、読者の方に、そんな風に」
《あ、私は違うんです。すみません、怖い事が苦手で、ですけど友達が良い話だけを読んで聞かせてくれるんです。私、まだ字が苦手で、きちんと読めないので》

「慣れですよ慣れ、それと怖くない刊も特集号で出し。すみません、つい、知って頂いているとは思わず嬉しくて」

《犯罪者でも、ですか》
「はい、読んで後悔して頂ければ幸いですし、改心して頂けたら先生と諸手を上げて大喜びです。ですけど、アナタは何の罪も犯していない筈ですよ」

《いえ、私は、知っているのに黙って》
「相手は大人2人、しかも片方は口が上手い。警察に突き出しても下手に言い逃れをされては、寧ろアナタが害されてしまっていたかも知れない、僕はそう思います」

《でも、兄の事さえ、誰かに言えていれば》
「お掃除を手伝わされていたんですよね、そして殴られてもいた、なのにアナタは本を手に家に戻った。何故ですか」

《私が、死ねば》
「空き地に、本が開かれて置いて有ったそうです。もしかすれば、アナタを助ける為に、ご兄妹が開いて置いたのかも知れませんよ」

 ごめんなさい。
 私にもっと、度胸が有れば。

 私に。

《ごめんなさい、巻き込んでごめんなさい、迷惑を掛けてごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!》



 彼女は、共犯の罪を負う事は無く、無罪となりました。

 ですが無罪判決へ不服申し立てを行い、幾ばくかの罪を償う刑期を与えられ。
 今は、刑務所で元気に過ごしているそうです。

《罰を、きっと彼は望んでいなかったと思うけどね》
『はい、遺骨からも念は特に有りませんでした。彼女が掃除や整理をした事で、供養をしたも同然かと』

「ですけど、僕らには見えませんから。見えないなりに、過分でも、生きる為に何かしたかったんですよ」

 お葬式同様、供養、償いは生きる者が生きる為に行う事。
 ですから。

《僕は、林檎君の爪でも入れて貰おうかな》
『なら私は髪の毛でお願いします』
「何だか、僕も連れて行かれてしまいそうなんですが」

《見たいんじゃなかったかい、霊が》
『幾らでも向こうで見せて差し上げますが』
「生憎と現世で見たいだけですし、確認さえ出来れば十分ですし」

《それはほら、ひょいと三途の川を戻れば良いじゃないか》
『林檎さんなら出来ますよきっと、知恵が有るんですから』
「その知恵は現世で、生きる為だけに有効活用させたいんですが」

《仕方無い》
『今日は、いなり寿司が良いです、色んな種類が有ると聞きました』
「良いですね、買いに行きましょう」



 空き地に落ちている本を、決して読んではいけない。
 その本に憑いた霊が、アナタの真横に。

《だから、落ちてるのは読んじゃダメだって、神宮寺さんが》
「そうだよ、バッチいかもだし」
「あのオッサン、自分が捨てた本を読まれるのが、恥ずかしいだけだろ」
『見ろよ、女の』
《おい坊主達、今度は何してる》

《あ、神宮寺さん》
「逃げろー!」
『変態だー!!』
《また、変に馬鹿騒ぎしやがって》
「ふふふ」

《俺、止めたんだけど》
「うん、本当だよ」
《はぁ、だがコッチの方が余っ程ダメだ。良いな、捨てるぞ》

《うん》
「あ、少し残念なんだ」

《この本にはな、女の霊が憑いてんだ》
《えっ》

《子供に覗き見されて、それが悔しくて死んだ女の霊だ》
《神宮寺さん、怖いよ、止めてよ》
「ふふふ、本当に怖がってるけど、半分疑ってる」

《信じないなら、真夜中に窓を少し開けて外を覗いてみろ、きっと目が合うぞ》
《もー!神宮寺さんのバカー!!》
「ふふふ」

《何で、子供は叫んで逃げるかね》
「負け犬の遠吠え、だね、ふふふ」

《どうだ、頭も揃って、妹も無事だ》
「うん、ありがとう、本当にありがとう」



 例え無惨に死のうとも、決して恨まぬ霊も居る。
 だが疎かにはしてはいけない、例え罪を逃れても。

 霊は幾らでも居るのだから。

『お願い、許して、ごめんなさい』

 「許さない」  《許せない》  『絶対に許さない』
   『苦しめ』  「苦しめ」 《死んでも苦しめ》

 霊を祓う者が居る様に、霊を集める者も居る。
 浮かばれぬ霊となったモノ、誰も供養せぬモノ、そうした霊を集め。

 《何でお前なんかが生きている》 「許さない」 『絶対に許さない』

「許してくれ、アイツが悪いんだ全部、アイツがっ、許してくれっ」

 『苦しめ』  「苦しめ」  《子供の数だけ苦しめ》

 誰かが誰かを恨ませ、憂さを晴らさせている、かも知れない。
 恨まれる事はするな、決して。

『私は、もしかすれば悪の道へ、片足を突っ込んでしまったのかも知れない。思わずスッとしてしまったよ』
『生きる者が生きる為に憂さを晴らす様に、死した者が冥土へ行く為に憂さを晴らす、同じ事かと』

『まぁ、コレが最も穏便な解決方法、であるなら仕方が無い』
『憑き殺さず憂さを晴らさせるには、はい、コレが最適かと』

『なら、仕方が無いね』
『はい』

 憂さを晴らすべき相手が既に居ないのなら。
 恨まれて然るべき相手に、その霊は恨みを晴らすかも知れない。

 だが仕方が無い、自業自得、仕方の無い事。
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