入れ替わった彼女

チャロコロ

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現実 1

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 だが例えクラス会に行ったとしても、彼女に会うことはできない。
 青春時代に出逢い、二度と会うことができないであろう想い人が最上級に美化されるのは当然だ。
 婚約した琴音(ことね)には申し訳ないと思いつつ、茫然と中学時代を思い返しながら帰宅した。
 マンションに着いて玄関を開けるが、中は真っ暗闇だった。
 琴音は来ていないようだ。
 スイッチを押して灯りを点けると、テーブルの上には焼き魚にポテトサラダ、野菜炒めが置き手紙と共に置いてあった。
 置き手紙には「ご飯とみそ汁もあります。温めて食べてください」と丁寧な字がしたためられている。
 幼い時に親を亡くした家庭環境が影響しているのかどうかは分からないが、琴音は大学生とは思えないくらいしっかりしていた。
 自分と2歳しか変わらないとはいえ、学生時代の自分の幼稚さ具合を考えると、彼女は人間的に良くできており、関心させられることが多々あった。
 出会った時から料理はできるし、片づけもできる。
 それに何より、気が利くのだ。
 コーヒーが欲しいと思ったら「コーヒー飲みますか?」と訊いてくるし、部屋が散らかりだしたらいつの間にか片づけてある。風呂の湯を入れようとしたら、既に入れてある。
 彼女との付き合いはまだ長くないが、私の生活形態を理解して先を呼んで行動しているのだ。
 社会に出ている自分よりずっと優秀であることは間違いない。
 結婚したら妻が別人のようになった、という話はよく聞く。
 琴音も例外ではないかも知れない。しかし、私はそれでいいと思う。
 人間なんてものは完璧な訳がない。まだ付き合いが浅いので、彼女が普段より力を入れて家事を行っているだろうことも分かっている。
 例え彼女が気の強い女性に変わって尻に敷かれるようなことになっても、それはそれで面白い。
 テーブル上にある料理を電子レンジに入れた後にコンロの火を点けてみそ汁を温める。
 疲労がピークに達しているので食事がなければシャワーを浴びて寝るところだったが、せっかく作ってくれた料理に手を付けなければ失礼だ。
 それに琴音の味付けは絶妙だ。料理を見ると食欲が甦ってきた。
 睡眠時間のことを考えて食事を早めに食べ終えると、シャワーを浴びて布団に入った。
 寝室の電気を消して携帯電話でニュースを見ながら佐々木からの電話を思い出す。
 昔の友達の声を聞くと気持ちが中学生に戻っていく。
 最後にクラス会をしたのは確か高校を卒業して1年後だったはずだ。
 田畑が広がる田園風景と、遠くに小さな山が連なる田舎町が私が高校時代まで暮らした故郷だった。
 県堺に位置する町は、遮る建物がないので冬は冷たい風が大きな音を立てて自由奔放に暴れており、しばしば快適な睡眠を妨害するほどだった。
 近所を歩いていると、必ずと言っていいくらい近くに住む親戚連中や町内の人間が声を掛けてきた。
 小学生の時までは何とも思っていなかったが、中学生になると次第に煩わしいと感じるようになり、高校を卒業する頃にはうんざりして、故郷を出たい思いでいっぱいになっていた。
 思春期には他の生徒と同じで、親や学校、社会に対する不満がじわじわと身体を覆い尽くし、それがピークになった時には誰に対しても反抗的な思いを根底に持っていた。
 あの時の私は、どんなに暑くてもスーツを着て満員電車に乗る大人達を嘲笑していた。
 ハンカチで一所懸命汗を流しながら下着が透けたワイシャツで歩いている姿を覚めた感情で見ていた。
 あんな風にはなりたくねえな、そんなことを思いながら通学していた。何が面白いんだよ。
 つまらなそうな人生だな。
 ワイシャツの首元にあるネクタイの結び眼は1日中リールで繋がれた犬と同じように、雇い主に奴隷のように使われ、理不尽な上司や客に言いたい放題言われても我慢のみを繰り返して生きた屍となす契りを交わしている。
 朝早く起きて会社に出勤すると、ひたすらストレスゲージを上げながら帰宅して寝るだけの生活なのだろう。
 俺はサラリーマンに何かなりたくない。スーツなんか着たくない。特別なことや好きなことを仕事にしよう。そんなことばかりを考えていた。
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