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現実と夢
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いつも通りの時間の電車に乗った。空を厚い雲が覆っているので電車も白い光を放っている。目覚めは良かったが、他の乗客は皆一様に暗い表情をしている。
今日はいつもより空いているな。空いていると言っても空席ができる程ではないので、吊革に掴まって電車の動きに逆らうことなく揺れている。
見飽きた風景に目を向けながら軽いあくびをする。
朝日が昇るにはまだ早い時間だ。中の灯りが反射して窓ガラスに乗客が写っている。
ぼんやりしながら窓ガラス越しの車内を見ると、思わず息を飲んだ。
私以外の乗客の顔に靄がかかって、顔が全く写っていない。
吊革に掴まっているサラリーマンも、席に座っている女子高生や居眠りしている老人までもがモザイクのように濃い霞で覆われている。
驚いて電車内に顔を向けるが、違和感はない。当然顔もついている。横に立っていた若い女性が不快そうに私を睨む。
勘違いか……。顔を戻した。今度は急な眠気が襲ってくる。睡眠導入剤を飲んだ時のように頭がクラクラすると瞼が重くなる。
両膝がくの字に折れてはっと目を開ける。いかんいかん、落ちてしまったようだ。
顔を上げると背筋が凍った。窓に写っている乗客全員が私を見つめている。
そうか、異様な動きをしたせいで訝しがっているのか。思わず顔が赤くなる。もう一度窓越しに様子を伺うと、氷水を頭からぶっかけられた様な悪寒が全身を覆う。
さっきまでいたはずの乗客が一人もいない。
私が乗車してから駅には停車していないはずだ。反射的に車内を見ると、目の前に顔があり驚愕する。
さっきまで隣にいた若い女性じゃない。どこかで見た顔だ。
彼女は皮肉な笑みを浮かべている。
「あっ、あんたは?」
「ひどいじゃない?」
「えっ?」
彼女は質問に応えない。
「私のこと覚えてないの?」
嘲笑したままだ。
「……」
返事に窮してしまう。会ったことのある女性であることは間違いない。が、どうしても思い出せない。沈黙が続いた。彼女が痺れを切らした。
「何で忘れたのっ!」
天変地異でも起きたような声が車内に響き渡り、思わず後ずさりする。さっきまでの高い声と全然違う。
「ホントに思い出せないの?私が誰か分からないの?どうして?ねえどうして?冗談でも許さない から!あんた何考えてるのよ!あんなに尽くしたのに!あんなに近くにいたのに!毎日毎日あんた を見てたのよ!私以上にあんたのこと分かってる人間なんかいないんだからね!ねえっ?ねえねえ ねえねえねえねえねえねえっ!」
発狂した彼女の声に呼応するように電車がぐにゃぐにゃと歪み始め、次第に立っていることができなくなる。
彼女の迫力は自然の力を遥かに凌駕しているかのようだ。
彼女の怒声は止まらないどころか、強く大きくなっていく。それに比例して激しい耳鳴りが急襲して内容まで届いてこない。耳鳴りからくる激しい頭痛を抑えるために床に手を置くと、ドロリとした柔らかい泥を掴んだような感触がした。
視線を向けると手が真っ赤に染まり、その血が指先から連動するように粘膜状の血塊に変化していく。
「あっ、ああー!ああー!」
私はパニックのあまり声にならない声を上げた。
その声に木霊する声が彼女から大音量に発せられる。血塊が全身に転移して化け物のようになった時、彼女は笑顔で呟いた。
「私は……よ。忘れないでね」
大きく眼を見開いた。軽い呼吸を繰り返している。
今のが夢だと分かるのに時間が掛かった。
夢の中だと非現実的なことも現実のこととして完全に許容する。しかも目が覚めた途端、みるみる夢の内容を忘れる
今日はいつもより空いているな。空いていると言っても空席ができる程ではないので、吊革に掴まって電車の動きに逆らうことなく揺れている。
見飽きた風景に目を向けながら軽いあくびをする。
朝日が昇るにはまだ早い時間だ。中の灯りが反射して窓ガラスに乗客が写っている。
ぼんやりしながら窓ガラス越しの車内を見ると、思わず息を飲んだ。
私以外の乗客の顔に靄がかかって、顔が全く写っていない。
吊革に掴まっているサラリーマンも、席に座っている女子高生や居眠りしている老人までもがモザイクのように濃い霞で覆われている。
驚いて電車内に顔を向けるが、違和感はない。当然顔もついている。横に立っていた若い女性が不快そうに私を睨む。
勘違いか……。顔を戻した。今度は急な眠気が襲ってくる。睡眠導入剤を飲んだ時のように頭がクラクラすると瞼が重くなる。
両膝がくの字に折れてはっと目を開ける。いかんいかん、落ちてしまったようだ。
顔を上げると背筋が凍った。窓に写っている乗客全員が私を見つめている。
そうか、異様な動きをしたせいで訝しがっているのか。思わず顔が赤くなる。もう一度窓越しに様子を伺うと、氷水を頭からぶっかけられた様な悪寒が全身を覆う。
さっきまでいたはずの乗客が一人もいない。
私が乗車してから駅には停車していないはずだ。反射的に車内を見ると、目の前に顔があり驚愕する。
さっきまで隣にいた若い女性じゃない。どこかで見た顔だ。
彼女は皮肉な笑みを浮かべている。
「あっ、あんたは?」
「ひどいじゃない?」
「えっ?」
彼女は質問に応えない。
「私のこと覚えてないの?」
嘲笑したままだ。
「……」
返事に窮してしまう。会ったことのある女性であることは間違いない。が、どうしても思い出せない。沈黙が続いた。彼女が痺れを切らした。
「何で忘れたのっ!」
天変地異でも起きたような声が車内に響き渡り、思わず後ずさりする。さっきまでの高い声と全然違う。
「ホントに思い出せないの?私が誰か分からないの?どうして?ねえどうして?冗談でも許さない から!あんた何考えてるのよ!あんなに尽くしたのに!あんなに近くにいたのに!毎日毎日あんた を見てたのよ!私以上にあんたのこと分かってる人間なんかいないんだからね!ねえっ?ねえねえ ねえねえねえねえねえねえっ!」
発狂した彼女の声に呼応するように電車がぐにゃぐにゃと歪み始め、次第に立っていることができなくなる。
彼女の迫力は自然の力を遥かに凌駕しているかのようだ。
彼女の怒声は止まらないどころか、強く大きくなっていく。それに比例して激しい耳鳴りが急襲して内容まで届いてこない。耳鳴りからくる激しい頭痛を抑えるために床に手を置くと、ドロリとした柔らかい泥を掴んだような感触がした。
視線を向けると手が真っ赤に染まり、その血が指先から連動するように粘膜状の血塊に変化していく。
「あっ、ああー!ああー!」
私はパニックのあまり声にならない声を上げた。
その声に木霊する声が彼女から大音量に発せられる。血塊が全身に転移して化け物のようになった時、彼女は笑顔で呟いた。
「私は……よ。忘れないでね」
大きく眼を見開いた。軽い呼吸を繰り返している。
今のが夢だと分かるのに時間が掛かった。
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