僕達は大人になれない

チャロコロ

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村人

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 その日は始業式ということもあり、学校は昼で終わった。クラスメイトは思っていたより遥かに僕に対して友好的に接してくれ、心配していた排他的な空気は皆無だった。
 帰宅すると重い荷物を持たされた様な疲労感に襲われて、ベッドに飛び込んだ。
 慣れない通学路に慣れない学校、友達、制服……。大したことは何もしていないが、緊張程疲れるものはないのではないか、そう思わせるくらいに身体は疲弊していた。
 
 ぼんやりとした頭で、のそのそと時計に腕を伸ばした。
 もう5時になろうとしている。いつの間にか眠ってしまっていたようだ。1階に意識を傾けるが人の気配はない。父さんはまだ帰宅していないようだ。
 眠り過ぎた。このままだと夜も眠れないだろう。カーテンを乱暴にどけて窓を開けてみる。太陽は半分くらい顔を隠してしまっている。あと30分くらいで日没だろうか。
 それまで運動がてら村を探索してみるとするか。
 庭に出ると、あてもなく家の前に続く坂道を上ってみることにした。
 道路といっても幅員は5メートルくらいだろうか、決して広い道とは言えないが、そこから枝のように分かれている道は更に細くなる。場所によっては車1台通るのがやっとだ。
 この村は一つの集落のようになっており、この坂道を中心に民家が密集している形になる。高校行きのバス停がこの道を下った先にあることから考えても、ここが双宝村のメインストリートになるのだろう。
 坂道を上り始めてすぐに、老婆が民家の前で農具を倉庫に片づけているところに出くわした。
 彼女は僕に気がついていない様子だったが、このまま挨拶をしないのも失礼だと思い、
 「こんばんわ」
と笑顔で挨拶をしておいた。
 1年間ここで暮らしていくのに、今後顔を合わせることもあるだろう。田舎は特に人間関係が大切だ。
 それに父さんの評判を下げないためにも、ここはしっかりと礼儀を重んじるべきだろう。
 挨拶をされた老婆は不思議そうな顔でこちらを見ていた。見知らぬ若い男が声をかけてきたことに不審感を抱いているのかも知れない。それとも僕の笑顔が不自然に引きつっているのだろうか?
 「あそこの家に引っ越してきました。君島正夫の息子です。これからよろしくお願いし
 ます」 
 僕はあわてて自分の家を指差した。
 これなら耳が遠い老婆も理解できるだろう。
 だが、彼女は口をぽかんと開けたまま茫然とした顔をしたかと思うと、梅干しを食べた時の様に顔のパーツの全てを中心に寄せ集めて、長い時間の経過と共にできた皺顔を更に深い皺だらけにすると、両手を合わせて皮膚を擦り切らんとばかりに拝み始めた。
 「……、……」
 強く眼を瞑りながら口をせわしく動かし、必死に何かを呟いているが声が小さくて訊き取ることができない。
 「しっ、失礼します」
 念仏でも唱えているのだろうか。
 老婆の口角からは涎が垂れ始め、それを拭う様子もない。いや、歳も歳だ。認知症で僕のことを誰かと勘違いしているのかも知れない。勝手に会話を切り上げると彼女に背中を向けて、再度歩き始めようとした時だった。
 「ソッチニイクンカ」
 背後から重く低い声が響き、振り返ると同時に後退りした。
 老婆は拝むのをやめ、直立不動で僕の顔を見据えていたのだ。
 皺に埋もれて窪み、濁りきった小さな瞳は、僕の一挙手一投足を見逃さまいとしている。
 「え?あっ、あの……」
 どう応えていいのか、或いは訊けばいいのか分からず口篭もってしまう。
 ソッチニイクンカ……。ソッチ?そっち……。
 そっちに行くのか?
 老婆の言葉を文章として変換するのに、些かの時間を要した。老婆の言う『そっち』とは何を示しているのだろうか?僕の行く先に何かがあるとでもいうのだろうか。
 老婆に訊いてみようか……。
 彼女の様子とそっと窺う。
 相変わらずこちらを見詰め続ける混濁しきった眼は、どう見ても尋常ではない。
 やっぱりこの人に訊くのは……。
 そう思ったや否や、彼女に背を向けて足早に歩き出した。
 10歩くらい歩みを進めたところで、ふいに背後にねっとりとした気配を感じて思わず足を止めた。
 何だ……。
 まごまごしている間に、背中を擦られた感触がしたので、驚きのあまり咄嗟に振り返った。
 「うわっ!」
 驚きのあまり、心臓が飛び跳ねた。
 顔がぶつかりそうなくらいに近い距離で老婆がこちらをジトリと見つめていたのだ。
 老婆は驚愕した様子の僕には全く頓着していない様子で、真っ直ぐに向けた視線を決してずらそうとはしない。
 いや、問題はそこではない。足音も立てずにどうやって背後に忍び寄ってきたのだろうか?僕が気付かなかっただけか?
 「申し訳ねえなあ」
 彼女はそれだけ言うと、ゆっくりと家に戻っていった。
 「え?あの、ちょっと……」
 腰の曲がった老婆の後ろ姿を見送ることしかできなかった。そこから放たれる雰囲気はこちらの問いに応えることを強固に拒否しているように感じた。
 坂を上った先に何かがあるというのか……。
 それに老婆は何について謝っていたのだろうか。
 引き返そうかとも思ったが、老婆の一言だけで戻るのも何か釈然としない。
 確かにこの村に入った時に何とも言えない違和感を覚えたが、それ以降は何かを感じることはなかった。単なる考え過ぎだろう。
 僕は進むことにした。
 坂道を上っていくと、大きさの大小は当然あるものの、民家が道に沿って佇んでいた。
 ある民家の横を通り過ぎようとした時、オレンジ色の灯りが灯った。暗くなってきたので灯りを点けたのだ。すると、それが合図であったかのように他の民家もぽとぽとと灯りを灯し始めた。僕にはそれが幻想的に感じ、思わず足を速めた。
 この光景を見下ろせば、とても綺麗な風景が楽しめるのはないかと思ったのだ。息を切らしながらしばらく歩くと突如民家が途切れ、一面に広大な田畑が広がっていた。
 更に100メートルくらい歩みを進めたとこで村を見下ろしてみると、集落一帯が淡い灯りを灯しており、小さいながらも、確かに生命が存在していることを自然に教えてくれているようだった。
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