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知る権利
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「教室の前で足音が止まった。全員の視線がドアに集中した。暗いながらも必死に眼を
凝らしたが、いつまでもドアが開く様子はない。
教室内が安堵の声を上げ出した時だった。縷々子さんは入って来なかったのではなか
った。既に入りこんでいたんだよ。
薄青い光がホタルのように微かに光を放ったかと思うと、教卓の横に彼女は立ってい
た。本来なら死んだはずの彼女が現れたことでパニックになるところだが、全員の視線
は彼女の胸元に集中した。
縷々子さんの腕には、赤ちゃんがいたんだ」
「赤ちゃん?縷々子さんは死んでたんじゃなかったんですか?」
驚愕のあまり、鈴原は早口で捲し立てた。
「生きていたんですか?」
三嶋先生が遠慮深げな視線を投げかける。
「……」
佐々木は首を捻りながら応えた。
「縷々子さんが登校していた頃には既に妊娠していた。その時には妊娠初期で誰も彼女
が妊娠していたことに気付かなかったが、不登校中に子供を産んだって考えるのが普通
だろう。
俺も必死にそう信じようとした……。でも、おかしいんだ。どう考えてもおかしいん
だよ」
佐々木を落ち着かせるように、三嶋先生はゆっくりと話した。
「でも、それって。あっ、担任の先生には伺ったんですか?訊きづらいかも知れないで
すけど。縷々子さんが自殺したって言ったのは担任の先生だったんですよね?それは彼
女の妊娠を隠すために付いた嘘かも知れませんよ」
「それはできません」
「どうしてですか?」
「担任教師は狂ったような声を出して教室を飛び出すと、そのまま失踪してしまいまし
た。後日教頭が教師の自宅に行くと、何もかも置きっぱなしで生活感のある状態のまま
本人だけがいなくなっていたそうです」
「縷々子さんっていうのは何か特殊な能力みたいなものを持っていたんですか?」
鈴原は素朴な疑問を訊ねた。
「少なくとも彼女を呼びだした女子生徒がいなくなるまでは、何一つ変な現象はなかっ
た。だが、卒業式の時に現れた彼女はもうこの世の人間ではなかったと思う。いや、も
しかしたら……」
佐々木が顎に手をやり、眉間に皺を寄せた。54年前の記憶を必死に手繰り寄せているのだろう。空気が淀んだような思い沈黙が、鈴原の心臓を苦痛に動かした。
「今思うと、縷々子さんは女子生徒に呼び出されて、その2人を消した時には既に死ん
でいたんじゃないかと思うんだ。
その日彼女は朝学校に来ていなかったはずなんだ。
それで消えた女子生徒の怒りが爆発したんだよ。
それを知ってか知らずか、何故か縷々子さんは最後の授業中にひょこっと教室に顔を
出したんだ。普段通りといった様子で。
授業をしていた教師も一言二言声を掛けたが、彼女はまるで何も聞こえていないかの
よう な反応で自分の席に座っていた。
当時はどの先生も縷々子さんをまるで犯罪者のように 扱っていたから、彼女の反応
を訝しがる様子もなく授業を再開した。
でも俺は、その時縷々子さんに強烈な違和感を覚えたんだ。言葉では説明できない
が、そう……何か変な気配というか……」
同じ教室で江藤縷々子という女子生徒と当たり前のように3年間を過ごした佐々木。
後に縷々子さんが高校に棲みつく霊として語り継がれることになるなど、彼は思ってもいなかった。
だが、佐々木は話さなければならないと思った。
それが自分なりの償いであると。
それに、眼の前にいる3人には知る権利と義務がある。
凝らしたが、いつまでもドアが開く様子はない。
教室内が安堵の声を上げ出した時だった。縷々子さんは入って来なかったのではなか
った。既に入りこんでいたんだよ。
薄青い光がホタルのように微かに光を放ったかと思うと、教卓の横に彼女は立ってい
た。本来なら死んだはずの彼女が現れたことでパニックになるところだが、全員の視線
は彼女の胸元に集中した。
縷々子さんの腕には、赤ちゃんがいたんだ」
「赤ちゃん?縷々子さんは死んでたんじゃなかったんですか?」
驚愕のあまり、鈴原は早口で捲し立てた。
「生きていたんですか?」
三嶋先生が遠慮深げな視線を投げかける。
「……」
佐々木は首を捻りながら応えた。
「縷々子さんが登校していた頃には既に妊娠していた。その時には妊娠初期で誰も彼女
が妊娠していたことに気付かなかったが、不登校中に子供を産んだって考えるのが普通
だろう。
俺も必死にそう信じようとした……。でも、おかしいんだ。どう考えてもおかしいん
だよ」
佐々木を落ち着かせるように、三嶋先生はゆっくりと話した。
「でも、それって。あっ、担任の先生には伺ったんですか?訊きづらいかも知れないで
すけど。縷々子さんが自殺したって言ったのは担任の先生だったんですよね?それは彼
女の妊娠を隠すために付いた嘘かも知れませんよ」
「それはできません」
「どうしてですか?」
「担任教師は狂ったような声を出して教室を飛び出すと、そのまま失踪してしまいまし
た。後日教頭が教師の自宅に行くと、何もかも置きっぱなしで生活感のある状態のまま
本人だけがいなくなっていたそうです」
「縷々子さんっていうのは何か特殊な能力みたいなものを持っていたんですか?」
鈴原は素朴な疑問を訊ねた。
「少なくとも彼女を呼びだした女子生徒がいなくなるまでは、何一つ変な現象はなかっ
た。だが、卒業式の時に現れた彼女はもうこの世の人間ではなかったと思う。いや、も
しかしたら……」
佐々木が顎に手をやり、眉間に皺を寄せた。54年前の記憶を必死に手繰り寄せているのだろう。空気が淀んだような思い沈黙が、鈴原の心臓を苦痛に動かした。
「今思うと、縷々子さんは女子生徒に呼び出されて、その2人を消した時には既に死ん
でいたんじゃないかと思うんだ。
その日彼女は朝学校に来ていなかったはずなんだ。
それで消えた女子生徒の怒りが爆発したんだよ。
それを知ってか知らずか、何故か縷々子さんは最後の授業中にひょこっと教室に顔を
出したんだ。普段通りといった様子で。
授業をしていた教師も一言二言声を掛けたが、彼女はまるで何も聞こえていないかの
よう な反応で自分の席に座っていた。
当時はどの先生も縷々子さんをまるで犯罪者のように 扱っていたから、彼女の反応
を訝しがる様子もなく授業を再開した。
でも俺は、その時縷々子さんに強烈な違和感を覚えたんだ。言葉では説明できない
が、そう……何か変な気配というか……」
同じ教室で江藤縷々子という女子生徒と当たり前のように3年間を過ごした佐々木。
後に縷々子さんが高校に棲みつく霊として語り継がれることになるなど、彼は思ってもいなかった。
だが、佐々木は話さなければならないと思った。
それが自分なりの償いであると。
それに、眼の前にいる3人には知る権利と義務がある。
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