58 / 109
第二章 そして舞台の幕が開く
57話 ゴールテープと赤い花
しおりを挟む「君って、」
石造りの建物内は、薄暗い。所々に置かれている灯りがなければ、歩くのもままならなかっただろう。中に人気はなく、恐ろしく静かだ。
唯一響くのは、自分たちの足音だけ。建物の雰囲気に飲まれているのか、誰もが口を閉ざしていた。
そんな中、ぽつりとルーファスが声を漏らす。視線を向けると、彼もこちらを見ていた。君、とは私を指していたのだろう。私に何か言いたいことでもあるのだろうか。
なに? と聞き返すも、彼は難しい顔をして黙り込む。言いよどむとは、珍しい。いつもあれだけ軽口を叩くというのに、一体どうしたのか。
人が近くにいると話しづらいことだろうか。少し速度を落とし、彼へ近づく。左右を歩くメアリーたちも察したようで、私たちから距離をとってくれた。
もう一度彼へ視線を向ける。無言で先を促すと、彼はどこか緊張した面持ちで口を開いた。
「君は、あぁいう男が好みなのか?」
「はい?」
思いもよらない言葉に、私は素っ頓狂な声を上げる。何か重要な話でもあるのかと思った矢先に、これだ。予想外の質問に、訝し気にルーファスを見る。
「いや、ジュード……さっきの男には、やけに好意的なように見えたからね」
「うーん? まぁ、好印象な人ではあると思うわよ?」
にっこりと笑みを浮かべて尋ねる彼に、私はジュードとのやり取りを思い出す。
美しい外見に、友好的な態度。女性への気遣いもあり、いわゆるモテるタイプの男性だ。まだ少ししか話しておらず、詳細は不明だが、第一印象が良いのは事実だ。
とはいえ、好みかと言われると首を傾げてしまう。芸能人をかっこいいと思うような感覚だろうか。例えファンと呼べるほどではなくとも、この俳優かっこいいな、と思うことはある。私がジュードに抱く感覚としては、それが適当か。中身も知らない状態で、好きも嫌いもないだろう。
「好みかと聞かれると、分からないわ。まだ少ししか話していないし、性格が分からないもの」
「そういうものか。君は一目惚れとかしないタイプかい?」
「したことないわね」
前世でも一目惚れをした経験はなかった。顔の良さが、必ずしも恋へ発展するとは限らない。
もちろん、かっこいいと思う相手はいた。その上で、好きになるかどうかはその人の中身次第だ。
この傾向は、キャバクラで働き始めてから強くなった。世の中には色んな人がいる。どんなに顔が良くても、ろくでもない人間はいるものだ。
「大体、顔が良いだけならあなたがいるでしょう」
「え?」
そう、本当に顔の良さだけなら、ルーファスも十分美しい。なお、中身については触れないものとする。
「あなたもオーウェンも、一般的に美形と言われるタイプでしょう? ジュード様も確かに美しい容姿をしていたけれど、それだけで好きにはならないわよ。
それなら、私はあなたにもオーウェンにも恋をしていなければ可笑しいじゃない」
だが、そうではない。二人ともいい人だと思っているけれど、それが恋だとは思わない。
結局のところ、好きになるにはそれなりの理由が必要なのだ。言葉にできないような何か。それがかみ合ってはじめて、恋になるのだと思う。一目惚れと聞くとロマンティックだと思うけれど、私には向いていないようだ。
「……そうか」
「ルーファス?」
口元を抑え視線を外す彼に、私は首を傾げる。てっきり、「俺の顔はお気に召したようだね」とか言って笑うものだと思っていた。この男は謙遜というものを知らないのだ。それに見合うだけのものを持っているため、何も言えないけれど。
ルーファスは、外見のみでなく実力も一級品だ。それに見合う努力もしている。それで自信がなければ、ある意味嫌味ともいえるだろう。そういう意味では、バランスが取れているのかもしれない。
「聖女様、そのあたりで勘弁してあげてください。存外、その男にも可愛いところがあるのですよ」
「オーウェン!」
少し前を歩くオーウェンが振り返る。彼が告げた言葉に、ルーファスは声を荒げた。それを見て、オーウェンは声を上げて笑う。この二人は互いに仲が良い。言葉がなくとも通ずる何かがあるのだろう。
「ふふ、お二方は仲がよろしいようですね」
「えぇ、遠慮のないやり取りが、より仲の良さを感じさせますね」
メアリーとヘレンは二人の姿を見てのんびりと笑っている。気の置けない間柄、というのだろうか。ルーファスたちは、互いにあまり遠慮がない。言いたいことを我慢せず言えるというのは、仲が良いからこそできることだろう。
「さて、おふざけはここまでにして。どうやら分岐点のようです」
オーウェンの言葉に、意識が切り替わる。
彼らの側に近づくと、その先は二つの道に分かれていた。分岐点には、美しい彫刻が施された柱がある。草花を意識しているのだろうか。モチーフのついた柱は、芸術品のような美しさだ。
その柱には、ある文が彫られている。
「『いかなるときも冷静に、それを尊ぶ者は右へ。たゆまぬ努力を惜しまない、それを尊ぶ者は左へ』
学園長がおっしゃっていた、君に合う方へ進むとはこのことか」
ルーファスの声が、静かな廊下に響く。
おそらくだが、これは個々の考え方についての問いではないだろう。寮監による合否判定がある以上、明確な答えがあるはずだ。
「進んだ先で、何かを持って帰ると言っていたわね? それを合否判定者に見せるということは、どちらの道に進んだか分かる物を置いているはず。
そして合否判定ができるのなら、明確な基準がある。個人の価値観、それを当てはめるべきではないでしょうね」
私の呟きに、ルーファスは口元を緩ませる。そのまま視線をこちらへ寄越すと、「ではどちらだと?」微笑みながらそう問いかけた。
「オーウェンは右、私たちは左よ」
「ふむ、異論はないな。俺も同意見だ」
微笑む顔は自信に満ちている。ならば、私の選択も間違いではないだろう。互いに頷き合うと、三人の方へ視線を向けた。
「これは宝石言葉をもとにした問題だろう。タンザナイトの宝石言葉は、高貴や冷静。スピネルの宝石言葉は、努力や発展だ。これなら個人の価値観など関係なく、合否の判断がつく」
「なるほど。その考えならば客観的な合否判定も可能か。
聖女様やルーファスの予想通りであれば、誰が判定しても明確な合否を決められる。自分もその案に賛成だ」
オーウェンが同意すると、メアリーたちも頷いた。特段異論はないようだ。私たちは互いに頷き合い、二手に分かれた。最後の問題、その終わりはすぐそこにある。
「お、戻ってきたか」
全員で再度合流し、建物の外へ出る。中が暗かったせいか、外の日差しが眩しく思えた。木々が生い茂る森の中だ、本来なら眩しく思うことはないだろう。建物内がどれほど暗かったのか、改めて実感した。
「よし、持ってきたものを見せてもらおうか?」
よいしょ、と声を出しながら立ち上がるトラヴィスに、やる気という文字はない。本当に切り株に座ったままだったのかと、一周回って感心した。普通生徒がいる前でそこまでだらけることができるだろうか。共に待っていたのは、学生のジュードだというのに。
そんなことを考えながら、全員で手を差し出す。全員の手に乗っているのは細身のバングルだ。オーウェンのバングルが金、私たちのバングルは銀でできている。
バングルに特段の飾りはない。金ないし銀のプレートでできたシンプルなバングルだ。いくつか窪みがあるものの、それ以外は何の特徴もない。
「ん、問題ないな。全員合格だ。そのバングルはお前たち自身の物になる。無くすんじゃないぞ」
「トラヴィス先生、このバングルは一体……?」
ヘレンが緊張の面持ちで口を開く。その瞳はきらきらと輝いていた。彼女の興味は今、このバングルに注がれている。熱量が伝わったのか、トラヴィスは苦笑しながら答えた。
「それはお前たちを補助する物だ。要は、魔術行使の手助けをする補助道具だな。人によって何を使うかは様々だが、学園では一律バングルを使用する」
卒業した魔術師は、杖や剣、ロッドなど、様々な物を使用している。もちろんバングルを使用する者もいるが、護身のために持つ武器と兼ねる者が多い。
だが、ここは学園。基本的に危険物の持ち込みは認められない。それもあり、武器になるものを持たせずに済むよう、バングルを支給するのだそうだ。
「あくまでも、ここは魔術学園だからな。魔術の実力を伸ばすための場所。常時武器を携行させるわけにはいかない。そういった理由でバングルが支給されるんだ」
三年間は使うものだから、大切にするように。その言葉に、全員で頷いた。
何はともあれ、これでオリエンテーションは終了だ。
「お前たちは無事合格。今日はもう自由時間だ。お茶でもしてくるといい。アクランドは何やら美味しそうな物を持っているしな?」
トラヴィスの目が、私が持つ水色の箱へ移動する。先ほど学園長から頂いたお菓子だ。せっかくいただいたものだし、トラヴィスの言うとおりお茶にでもしよう。
トラヴィスとジュードへ挨拶をし、私たちは森を出ることにした。オリエンテーションが無事終了したこともあり、気持ちがすっかり軽くなる。
和やかに談笑しつつ歩いていると、どこからか声が聞こえてきた。その声に続いて、木の葉を揺らす音が響く。
「そろそろ他の皆様も最終課題に向かわれるのでしょうか」
「時間的には人が来てもおかしくないですね」
メアリーとヘレンは穏やかに笑い合う。それに、私は返事を返すことができなかった。オーウェンとルーファスも同様だ。
「オーウェン、ルーファス、警戒を」
「お任せください」
「任せてくれ」
私の指示に、速やかに二人が返事をする。それを聞き、メアリーとヘレンは弾かれたようにこちらを見た。
説明をしたいところだが、どうやらその余裕はなさそうだ。
甲高い悲鳴を合図に、私たちは走り出す。一拍ほど遅れて、メアリーとヘレンも駆け出した。
距離はそう遠くない。耳に届いた悲鳴に、急かす心を抑えながら足を動かす。
「ジェイミー!」
木々を抜け、たどり着いた直後のこと。止める隙もなく、視界に赤い花が舞う。
倒れる金と、駆け寄る青。その姿は、まるで物語の一幕を観るようだった。
1
あなたにおすすめの小説
【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。
猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。
復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。
やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、
勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。
過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。
魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、
四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。
輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。
けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、
やがて――“本当の自分”を見つけていく――。
そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。
※本作の章構成:
第一章:アカデミー&聖女覚醒編
第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編
第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編
※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位)
※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。
転生したので推し活をしていたら、推しに溺愛されました。
ラム猫
恋愛
異世界に転生した|天音《あまね》ことアメリーは、ある日、この世界が前世で熱狂的に遊んでいた乙女ゲームの世界であることに気が付く。
『煌めく騎士と甘い夜』の攻略対象の一人、騎士団長シオン・アルカス。アメリーは、彼の大ファンだった。彼女は喜びで飛び上がり、推し活と称してこっそりと彼に贈り物をするようになる。
しかしその行為は推しの目につき、彼に興味と執着を抱かれるようになったのだった。正体がばれてからは、あろうことか美しい彼の側でお世話係のような役割を担うことになる。
彼女は推しのためならばと奮闘するが、なぜか彼は彼女に甘い言葉を囁いてくるようになり……。
※この作品は、『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。
転生したら悪役令嬢になりかけてました!〜まだ5歳だからやり直せる!〜
具なっしー
恋愛
5歳のベアトリーチェは、苦いピーマンを食べて気絶した拍子に、
前世の記憶を取り戻す。
前世は日本の女子学生。
家でも学校でも「空気を読む」ことばかりで、誰にも本音を言えず、
息苦しい毎日を過ごしていた。
ただ、本を読んでいるときだけは心が自由になれた――。
転生したこの世界は、女性が希少で、男性しか魔法を使えない世界。
女性は「守られるだけの存在」とされ、社会の中で特別に甘やかされている。
だがそのせいで、女性たちはみな我儘で傲慢になり、
横暴さを誇るのが「普通」だった。
けれどベアトリーチェは違う。
前世で身につけた「空気を読む力」と、
本を愛する静かな心を持っていた。
そんな彼女には二人の婚約者がいる。
――父違いの、血を分けた兄たち。
彼らは溺愛どころではなく、
「彼女のためなら国を滅ぼしても構わない」とまで思っている危険な兄たちだった。
ベアトリーチェは戸惑いながらも、
この異世界で「ただ愛されるだけの人生」を歩んでいくことになる。
※表紙はAI画像です
悪役令嬢が美形すぎるせいで話が進まない
陽炎氷柱
恋愛
「傾国の美女になってしまったんだが」
デブス系悪役令嬢に生まれた私は、とにかく美しい悪の華になろうとがんばった。賢くて美しい令嬢なら、だとえ断罪されてもまだ未来がある。
そう思って、前世の知識を活用してダイエットに励んだのだが。
いつの間にかパトロンが大量発生していた。
ところでヒロインさん、そんなにハンカチを強く嚙んだら歯並びが悪くなりますよ?
ヒロインしか愛さないはずの公爵様が、なぜか悪女の私を手放さない
魚谷
恋愛
伯爵令嬢イザベラは多くの男性と浮名を流す悪女。
そんな彼女に公爵家当主のジークベルトとの縁談が持ち上がった。
ジークベルトと対面した瞬間、前世の記憶がよみがえり、この世界が乙女ゲームであることを自覚する。
イザベラは、主要攻略キャラのジークベルトの裏の顔を知ってしまったがために、冒頭で殺されてしまうモブキャラ。
ゲーム知識を頼りに、どうにか冒頭死を回避したイザベラは最弱魔法と言われる付与魔法と前世の知識を頼りに便利グッズを発明し、離婚にそなえて資金を確保する。
いよいよジークベルトが、乙女ゲームのヒロインと出会う。
離婚を切り出されることを待っていたイザベラだったが、ジークベルトは平然としていて。
「どうして俺がお前以外の女を愛さなければならないんだ?」
予想外の溺愛が始まってしまう!
(世界の平和のためにも)ヒロインに惚れてください、公爵様!!
乙女ゲームのヒロインに転生したのに、ストーリーが始まる前になぜかウチの従者が全部終わらせてたんですが
侑子
恋愛
十歳の時、自分が乙女ゲームのヒロインに転生していたと気づいたアリス。幼なじみで従者のジェイドと準備をしながら、ハッピーエンドを目指してゲームスタートの魔法学園入学までの日々を過ごす。
しかし、いざ入学してみれば、攻略対象たちはなぜか皆他の令嬢たちとラブラブで、アリスの入る隙間はこれっぽっちもない。
「どうして!? 一体どうしてなの~!?」
いつの間にか従者に外堀を埋められ、乙女ゲームが始まらないようにされていたヒロインのお話。
偉物騎士様の裏の顔~告白を断ったらムカつく程に執着されたので、徹底的に拒絶した結果~
甘寧
恋愛
「結婚を前提にお付き合いを─」
「全力でお断りします」
主人公であるティナは、園遊会と言う公の場で色気と魅了が服を着ていると言われるユリウスに告白される。
だが、それは罰ゲームで言わされていると言うことを知っているティナは即答で断りを入れた。
…それがよくなかった。プライドを傷けられたユリウスはティナに執着するようになる。そうティナは解釈していたが、ユリウスの本心は違う様で…
一方、ユリウスに関心を持たれたティナの事を面白くないと思う令嬢がいるのも必然。
令嬢達からの嫌がらせと、ユリウスの病的までの執着から逃げる日々だったが……
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる