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玲央side
しおりを挟む*玲央side**
『なんでよ、てめぇは俺の言うことを素直に聞くんだよ』
『兄貴とこうして普通にしてんの、嫌じゃねーから』
はっ、と息が漏れれば笑わずにはいられない。
『そうなったら、どうなんだよ』
『誰が俺の世話、するんだよ……っ』
あぁ、本当に、本当にお前ってやつは。
『お前って、本当、』
ばっかじゃねぇの。
正直な話、俺は謝罪を口にするつもりは一生ない。
どんなに小虎が俺を兄貴として認めようが、いまさら謝罪の言葉を口にして許しを請うつもりはない。
「玲央」
「あ?」
ヤリ部屋のカーテンが開かれる。そいつはすぐに中に入ってカーテンを閉めた。
俺は咥えていた煙草を灰皿に押し付け、新しいものにすぐ火をつける。
「相変わらずくっせぇな、この部屋はよ」
「てめぇの兄貴の店だろうが、んで、なんの用だよ――豹牙」
名前を呼ばれた豹牙はニヤリと笑う。その気持ち悪さに舌打ちをすれば、やつは脱ぎ捨てた俺の服を投げつけた。
「来いよ。今、司が面白いことしてっから」
「はぁ?」
司が面白いことだぁ?
んなの毎回、毎回、俺にはクソつまんねーことだろうが。
行く気もなく煙草を吸いつづけていれば、豹牙はカーテンに手を伸ばした。
「司がさぁ、襲ってんだよ――小虎を」
「――あ?」
小虎。その名前に反応した俺がさぞ可笑しかったのだろう。豹牙はカーテンにかけた手を離すと、着替えを待ってやると目で訴えた。胸糞悪い。
それから着替えてヤリ部屋から出れば、相も変わらず馬鹿たちがダンスフロアで狂ったように遊んでいる。
喫煙、飲酒、セックス、暴力。未成年がやるにはリスクの高いそれが平然と、そこには存在していた。
そしてその頂点に、俺はいる。
実質この県内の頂点は俺ではなく――司だが。
カツ、カツ。靴底が床に響く。
スタッフルームまで来た豹牙が俺を促す。中に入れば司どころか、小虎もいなかった。
「で? なんの用だよ」
「いやー、まぁ色々、な」
スタッフルームに通された時点で分かっていた。司がいるのはオーナールーム。防音効果が施された、簡単に言ってしまえば司と豹牙だけのヤリ部屋だ。
だから俺は振り返り、扉を背に微笑む豹牙を睨んでやったのだ。
「玲央、お前さぁ、小虎のことどーすんだよ」
「どうって? 世話してやってんだろ?」
「そうじゃねぇだろ。――わざわざ不良として暴力見せつけて、なにしてんだって聞いてんだよ」
ピクリと眉が動いた。ポーカーフェイスも気取ってられねぇのか、俺は。
今度こそ殺意を込めて睨んでやれば、怯みもしない豹牙が鼻で笑う。
「ブラックマリアのゲームを見せるにはまだ、早かったんじゃねぇの?」
「早い早くねぇの問題か? アイツに教えてやったんだろうが。――てめぇが盲信している兄貴はそんなやつじゃねぇ、ってな」
はっ。喉の奥からクソみたいな息が漏れる。
笑える自分が一番〝笑えてくる〟。
「信じられるか? アイツはよ、ずっと俺に殴られてたってのに簡単に心開いてんだぜ? そんなに兄貴が好きなのかよって話だろ。はっ、ばっかみてぇ」
「……」
そう、馬鹿だ。馬鹿みたいなんだ。
俺がアイツに「俺を許すな」と言ったのは、俺自身が許しを請うつもりがないからだ。
いまさら許しを乞うほど図太くはないし、なにより――俺が謝ればきっと、アイツは許してしまうだろう。
それじゃあ意味がない。俺が奮ってきた暴力の罪は、そんな一瞬で片付くような問題ではない。
今だってアイツの行動に苛立ちを覚えることもある。もし理性が消えかけたら殴るかもしれない。そんな危うい状態で暮らしているのだ。世話を、しているのだ。
なのにアイツは「許したりしない」なんて口にしながら、必死に俺と家族ごっこをしようと生きている。
暴力に怯えているのではない、俺からの拒絶を怯えている。――ただ頑なに、俺との兄弟ごっこを心から待ち望んでいる。
「……だからってよ、幻滅させてどーすんだ」
「幻滅させなきゃ意味ねぇんだよ。アイツは俺に理想を求めすぎだ」
「……はっ、面倒くせぇ性格」
呆れたように笑う豹牙をまた睨めば、やつは軽く肩を竦めた。
「なぁ、じゃあなんで小虎が望んだことは一々してやってんだよ」
「はぁ? んなのアイツが言ったからだろうが」
「だから。わざわざそれを聞いてやる理由を聞いてんだろ?」
「……はっ」
マジ、胸糞わりぃ。
こうやって自分でも触れたくねぇ場所に、この兄弟はとことん踏み込んできやがる。
そのくせそれを悪いとは思っていない。だからなおさら――質が悪い。
「アイツが俺に兄貴面かませっつったからだよ。それ以上の理由なんて、必要か?」
「――……へぇ」
やけになったわけではない。ただ言ってやらなきゃ引かない豹牙がうざくて言ってやったのだ。
それが本心か嘘かくらいは豹牙にだって分かっているんだろう。だからやつはニヤニヤと、不愉快な笑みを浮かべている。
「いつからそんな弟思いになったんだよ、きめぇ」
「てめぇはうぜぇけどな」
年下のくせしてたいそうな口ぶりをする豹牙に返してやれば、やつは笑いながら扉を開けた。
廊下に出て行くその背を追えば、今度こそオーナールームの前に立つ。
「けどよ、俺が見た限りじゃあ」
「あ?」
オーナールームの扉のノブを掴んだ豹牙が、こちらを見ずに口を開く。
「お前が思ってるほど、弱くはねぇと思うぜ――小虎はよ」
フッ。緩んだ豹牙の口元がすぐ視界から消える。
やつが扉を開けて中に入ったからだ。
むしゃくしゃする。心の中をかき乱されたようで、いい気分ではない。
あぁ、こんなときにアイツの顔なんか見たらきっと、眉間にしわが寄る。そしてそんな俺の顔を見たアイツは必死に取り繕うのだろう。
――兄貴、どうした? なんて、眉を下げて言うのだろう。
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