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駆け引き 4
しおりを挟む「れ、お……今、なん、て」
「二度は言わねぇよ、馬鹿トラ」
ぐっ。兄貴の、玲央の長い指が鼻を摘まむ。息苦しさに暴れれば、すぐに指は離れていった。
「本当、お前って馬鹿だな」
「はぁ?」
「馬鹿すぎて――」
離れていったはずの指が、俺の服の襟を掴む。そのまま下に曳かれてしまえば、鎖骨のほうまであらわになった。
驚いている間もなく――、
「――いっ!?」
俺は、また玲央に噛まれた。しかも以前より、絶対深い。
みちみちと肉が叫ぶ。プツッと皮の切れる音がした。じわりと、涙と血が浮かぶ。
玲央の熱い舌がそこを舐めれば、ピリッと痛みが走る。
「目が離せねぇな」
「……なんっ」
どこか満足げな笑みを浮かべる玲央が顔を上げれば、その口元につく血にすら目が行ってしまう。
だけど玲央がそれを舐め取るから……なんだか、気持ち悪くていやらしい。無駄に、いやらしい。
「おら、顔赤くしてねぇでカシスト戻れ。どうせ司にからかわれてたんだろ」
「……あ、う」
ぐしゃぐしゃ。玲央が俺の頭を撫でる。つい先ほどまで俺の皮膚に触れていたその唇で、煙草をくわえた。
なにかが抜けていく。力、なのか、気、なのか。よく分からないなにかが、抜けていく。
はぁー。深いため息をついて部屋から出れば、廊下でニヤニヤしている司さんと豹牙先輩がいた。え、ちょ。
「いっ、いつから……っ?」
「えー? 最初から?」
ニコリ。頬に痣を作った司さんが笑った。眼鏡の奥で光ったぞ、キランって目が光ったぞ。
「良かったねぇ、小虎くん。君のだぁーい好きなお兄ちゃんと和解で・き・て!」
「……ども」
「テンション低いぞー! さっきみたいにてめぇの骨は拾ってやる! みたいなテンションではい!」
「アリガトウゴザイマス」
疲労が思いっきり顔に出た。やばい、司さんのテンションがめちゃくちゃうざい。
この人の玲央いわく「性悪」という部分を見てしまったからか、余計うざい。
「おい、今日は帰るから風呂……」
「あ、玲央」
部屋からひょっこりと玲央が顔を出してきた。かと思えば、一瞬で歪む。
そんな玲央が面白いのか、司さんと豹牙先輩が一層笑みを深くした。
「お前が我慢しねぇっつうなら、俺も同じように我慢しねぇ。けど最後まで世話はしてやる。それが俺の償いだ」
「馬鹿すぎて――目が離せねぇな」
「「はっ」」
ニヤついたままの二人が玲央の真似をして、最後に息を合わせて鼻で笑った。俺はその姿に笑いそうになったが、玲央がいるので必死に堪えておく。
しかし暴君玲央がそんな二人を許すはずもなく――。
「あ? んだよ」
「おい、玲央まさか……」
無言のまま近寄って、豹牙先輩の胸倉を掴んだ玲央に司さんが顔を青くする。その手が玲央の腕を掴むその前に――。
「んぐっ!?」
――玲央は、豹牙先輩にキスしやがったのである。うげぇ。
すぐに離れた玲央の唇が「への字」に曲がる。気持ち悪いならするなよ、意味分からん。
「玲央、てめぇ……」
「あぁ? てめぇこそ人の弟に同じことしたんだからあいこだろうが」
眼鏡の奥で光る司さんの目が怖い。それでも怯むなんてこと、玲央がするはずもなく。
ポン。ふいに肩が叩かれた。見上げればあくどい笑みを浮かべた豹牙先輩――まさか。
「んーっ!」
その、まさかである。
豹牙先輩はそれはそれは熱烈なキスをかましてきやがった。顎を掴まれているせいでろくな抵抗もできずにいれば、玲央の舌打ちが聞こえた気がして、豹牙先輩が離れていく。
見れば、玲央が豹牙先輩の後頭部を掴んで引き上げたらしい。それでも豹牙先輩は「してやったり」みたいな顔で笑っている。もう一度、玲央が舌打ちをこぼした。
つーか俺、司さんにファーストキス奪われるわ豹牙先輩にキスされるわで散々だな、ちくしょう。
ガシッ。「え?」なにかが後頭部を掴む。嫌な予感がしたその瞬間――。
「――っ!?」
玲央が……俺にキスしてきやがったのである。
唇が離れた瞬間、俺はペッペッと吐き出した。ついでに吐き気も催してきたぞ、うげえ。
「んだその反応、うぜぇ」
「あぁ? どこの世界に兄弟でキスするやつがいんだよ、気持ちわりぃ」
げんなりとしたまま玲央を睨めば、やつはいたって平然な顔つきで豹牙先輩たちを顎でさす。
「こいつら、兄弟でセックスしてんぞ?」
「――は?」
ギギギ。ぎこちない動きで豹牙先輩たちを見る。
堂々と人に言えることではない。むしろ非難されるだろうその対象である二人なのに、なぜか司さんは笑顔で手を振ってるし、豹牙先輩は普通にしている。
「……」
背徳などみじんも感じられない二人を見て、俺は必ずこの秘密を死守しようと心に決めたのであった。
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