とら×とら

篠瀬白子

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女装 2

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カメラのうしろに置かれた二つのテーブルには、女性モデルと男性モデルが分かれて座っていた。
男性モデルの中で平然と煙草を吸いながら雑誌を見ている玲央を見つけたとき、不覚にも安堵してしまったのは秘密にしておこう。

……それよりも、女性モデルからの視線が痛い。
とりあえずセミロングのウィッグで顔を隠すように俯いていると、女性モデルたちと一緒にいた一人の男性が近づいてきた。


「匡子さん、今日はよろしくお願いします」
「あら五十嵐さん、こちらこそよろしくね。あぁそうそう、今回のパートナーの話だけど、事前に話していた通り、玲央は面倒な性格でね、撮影前に慣れてもらうためにもコトちゃんはこちらでお借りしていいかしら?」
「はい、もちろんです。コト、匡子さんたちに迷惑かけないようにしなさい」


会話の流れから恐らくマネージャー的存在だろう男の言葉に、とりあえず頷いておく。
それを見た二人が一言二言会話をすると、俺は匡子さんに背中を支えられながら玲央のほうへ向かった。


「玲央、隆二。今日二人のパートナーになったコトちゃんよ。挨拶しなさい」


そう言った匡子さんの言葉に、隆二さんは席から立ち、玲央は面倒くさそうに視線だけをこちらに向けてきた。
今は相手が俺だからいいものの、それでいいのか玲央。

と、思っていたのも束の間、隆二さんは俺に気づいた瞬間、口元を隠して笑いだした。玲央は完璧にこちらへ顔を向け、目を丸くしている。


「今日はよろしくお願いします。隆二です。こっちが玲央……少し面倒な性格だけど、俺もいるし、安心して?」


などと笑いながら言ってくる隆二さん。差し出された手はあえて触れず、深く深く頭を下げておく。……女性モデルの視線が痛い。

未だ驚く玲央のほうへもペコリと頭を下げると、匡子さんはニコニコとしながら俺を隆二さんと玲央のあいだに座らせてきた。いやいやいや、視線が、視線が痛いですって。

というか今回のこと、玲央も隆二さんも知らなかったんだ。


「コトちゃん、だっけ? なにか飲む?」
「……」


この状況をさっそく楽しんでいるのか、隆二さんは微笑みながらペットボトルを指さしている。
うしろから匡子さんが「好きなの飲んでいいのよ~」と言うので、首を横に振り、自分でお茶を取った。

――と、いうよりも。先ほどから女性モデルの視線が痛い。それに加えて今回のようなケースは珍しいのか、男性モデルたちも俺のことを観察し始めたのだ。

なんだか急に緊張してしまい、お茶に口をつけるもあまり飲み込めない。

……女性モデルの人たち、綺麗な人ばっかりだなぁ。
男性モデルの人たちもタイプの違うイケメンばっかだし……俺、明らかに場違いだよな?

今さら怖気ついたのか、こっそり息をつく俺の背中を匡子さんが優しく撫でる。


「大丈夫よコトちゃん、あなたは玲央と隆二に身も心も預けなさい。あとは二人が上手くやるわ」
「……」


その優しさは嬉しいけれど、なんだか胸の奥がモヤモヤする。
ちらりと横目で見た玲央は、少しだけ眉をひそめて煙草を吸っていた。

そうして不安を抱えながらも、ついに撮影は始まってしまった。
見覚えのあるカメラマンが撮影場所に現れた瞬間、彼は辺りを眺め、少しだけ眉をひそめてカメラの前に立った。

匡子さんに背中を押され、隆二さんに手を引かれ、俺は未知の世界へと足を踏み入れたのだった。


「俺のこと、今は本当のお兄ちゃんだって思えば大丈夫だからな」


移動中に隆二さんが耳打ちする。
その言葉に少しだけ体が軽くなり、俺は静かに頷いた。

隆二さんが手を離さずにカメラの前に立つ。
ここにきてやっとパニックに陥った頭で隆二さんの手を強く握ると、彼は優しく微笑みながら俺の腰に手を添えた。


「コト、俺に腕をからめて?」


少し密着した隆二さんが呟く。藁にもすがる思いで腕をからめると、あまりの変な動きに隆二さんが笑った。
パシャッ。シャッターの音がして、思わず振り返りそうになる俺の首を、隆二さんが優しく止める。
はたから見ると女性の髪に指を通す男性だが、その動きを自然にできる隆二さんがすごい。さすがモデルなだけあると感心してしまい、思わず笑った。


「うん、やっぱりコトは笑ってるほうが可愛いな」


そう言って、いつもデスリカで見せてくれるあの笑顔を俺に向ける。
……やっぱり、隆二さんはお兄ちゃんって感じがするなぁ。なんか、安心する。

それから隆二さんに言われる、されるがままになっていると、いつのまにか撮影は終わっていた。
とりあえず撮影が終わったことによる安心で息をつき、テーブルのほうへ戻った瞬間、俺に刺さる視線の刺は増していた。
た、確かに隆二さんにまかせっきりで、異様にくっついてはいたが……ここまでとは。
緊張とは違う感情で再び体が固まる。ギクシャクと席に戻れば、とんでもなく不機嫌そうな玲央様が降臨していた。


「お疲れ隆二、さすがね」
「いえ、でも西さんは納得してませんでしたね」
「……そうね」


などと横でされる会話も右から左へ。
今の俺はギロリとこちらを睨む玲央しか視界に入りません。

モデルが変わった状態で撮影はつづくが、玲央はずっと不機嫌なままだ。
おまけにカメラマンの様子も時間が経つにつれ、なぜか険悪となっている。
撮影に慣れたはずのモデルたちは怖い顔をするカメラマンに萎縮してしまい、それを見たカメラマンはさらに怒気をはらむ。延々とつづく悪循環。
匡子さんをはじめとしたスタッフの顔色も悪くなるばかりだ。

それでもなんとか外での撮影が終わりを迎え、次はスタジオへ移動らしい。
匡子さんは来たときと同じ車に俺を乗せてくれた。おかげでその間だけは気を抜けたが、次はいよいよ玲央と……か。
車内が重い空気に包まれていることに気づけずに、俺は不機嫌な玲央を想像して一人ゾッとしていた。


「……玲央、言わなくても分かるな?」
「あぁ」


スタジオについて準備を終えたカメラマンが、やはり不機嫌なまま玲央を睨む。
ついて早々この空気の中で撮影か……二重で緊張するのだが。

こちらを見た玲央の目に、思わず唾を飲む。こ、こわい。
そんな俺を見かねて匡子さんが背中を押してくれるが、それでも俺の緊張は解けずにいる。

玲央のやつ……なんでこんなに不機嫌なんだよ。
しかもなにも話して来ないし。いや、まぁ、俺は声出せないけど、なんつーか、もっとこう……。

玲央の不機嫌が移ってしまったのか、ブツブツ考え事をしながら歩いていると、突然足を引っ張られた。いや、なにかのコードに引っ掻けたようだ。
倒れる! そう思って目を瞑った瞬間、よく知っている香りが鼻腔をくすぐった。


「……あ」
「……前見て歩け」


倒れる俺を助けてくれたのは、玲央だった。
でもやっぱりその顔は少し不機嫌なままで、俺の身体を支える手はすぐに離れていく。
思わず伸びそうになった手の存在に気づき、俺はスカートの裾を握りしめた。

一般家庭の居間をイメージしたセットに靴を脱いでお邪魔する。用意されたファーだらけのスリッパを穿いて前を見ると、玲央がソファーに座りながらこちらを見ていた。
ゆっくり、ゆっくりと近づいていく。玲央の前までくると、珍しく俺が玲央を見下ろせた。


「……」
「……」


隆二さんのように誘導する気はないのか、俺の目を真っ直ぐ見つめる玲央の瞳は険しい。
おもむろに、玲央の手が俺の手に触れる。驚いて体をビクつくかせた瞬間、なにかを床に叩きつける音がスタジオに響いた。


「止めだ、止めっ! お前らやる気があんのか!? なんなんだこれはっ!」


そう怒鳴りつけるのは、怖い顔をしたカメラマンである。
彼はスタジオを見回したあと、こちらを睨んできた。


「玲央、俺はお前ならまかせられると思ったんだがな。とんだ期待外れだ」
「……」


その言葉に玲央は口を閉ざし、拳を握りしめる。
思わず手を伸ばしそうになると、カメラマンは俺の名を呼んで来た。


「おいお前。コトっつったか? 今回の事情は知ってるがな、お前それでもモデルのつもりか?
いいか、俺は今日、恋人同士を撮るために来たんだよ。兄妹を撮りにきたんじゃねぇ、恋人だ」


真髄な瞳で見つめられながら立ち尽くす。
先ほどの隆二さんとのことを、このカメラマンは見抜いていたのだ。


「服だけ撮るならマネキンで十分だ。どうして生身の人間で撮るか、考えてからカメラの前に立てっ!」
「……っ」


キンっとスタジオ内に響く大声に体が震える。
そんな俺を一瞥したカメラマンは、頭のうしろを掻きながら「休憩だ! 休憩っ!」と言い、スタジオから出て行った。

立ち尽くす俺のもとに、早足で匡子さんが近づいてきた。


「……ごめんなさいね、少し、休憩しましょう?」


背中に触れる彼女の手の温かさに、俺は静かに頷いた。

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