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告白 5
しおりを挟むどぷりと浸かった意識がゆっくりと覚醒した。まどろむ世界に目を開くと、つい先ほどまで見上げていた天井とは違うものが見える。
「……れお……?」
掠れている声で名を呼ぶと、すぐ横にいたはずの玲央から返事はない。ぼやける視界にもどかしさを感じて、何度か目を擦ってもう一度開くと、なぜか違う部屋にいた。
先ほどまでいた部屋はリゾートホテルを彷彿とさせたが、今いる場所は古き良き日本を思わせる和風な造りとなっている。
意味が分からず首を傾げる俺に、近くの襖が音を立てて開いた。
「起きたか」
「玲央……あの、ここどこ?」
玲央が着ている黒の浴衣に服が変わったわけではないことを思いながら、こちらに近づく玲央に疑問を投げかける。玲央はくすりと微笑みながら、起き上がる俺の近くに腰を下ろした。
「昨日とは違う部屋だ。今日はここに泊まって、明日の昼にはここを発って家に戻る」
「……えと、昨日?」
違う部屋、ということにも引っかかる。けれども昨日という言葉にオウム返しする俺に、玲央は分かり切った顔で微笑んだ。
「気絶したんだよ、お前」
と、不敵な笑みで衝撃の事実を教えてくれた玲央から思わず目を逸らす。なにも間違ってはいないのだろうけれど、急激な羞恥心にそうせざるを得ない。けれど玲央はそれさえも分かっていたのか、くつくつと喉を鳴らしながら俺の頭をぐしゃりと撫でる。
「ご感想は?」
「……穴があったら入りたい」
「へぇ、そりゃ見ものだな」
と、軽口をこぼす玲央にふて腐れて目を戻すと、とろりと甘い笑みを浮かべる端正な顔が目の前に。
「んっ」
唇と唇を合わせただけの可愛いキスに思わず目を瞬く。たったこの一瞬で昨日のことが鮮明に蘇り、恥ずかしいやらなにやら沸々と思い立つが、俺の口は緩やかに笑みを刻む。
あぁ、夢じゃないんだなぁ。
玲央に勧められ、備え付けのひのき風呂に浸かって軽く身を洗う。鏡に映る自分の体の随所には赤い花が咲いていた。その上から閉じ込めるように歯型がうっすらと残っており、それを目にしただけで浮上する自分のお手軽さについ目を伏せる。
はっきり言って気持ちが良かった。
あの行為の正当性や生産性など分からないし、むしろ非難されることであるのに、それでも尽きることのない欲望に溶けてしまう感覚は、玲央にすべてを委ねる感覚はこの上ない幸福だった。
はじめての行為に恐怖を覚えないこの揺るがない信頼が、とくん、と緩やかな音を立てながら俺の胸で脈打つことが、こんなにも嬉しい。
「ごめん、玲央」
「気にすんな」
風呂から上がり、優しい味付けの朝食を済ませたあと、俺は玲央の背中につけた傷の手当てをしていた。
黒の浴衣を腰まで脱いだ広い背中に、くっきりと残る爪の痕はまるで獣のそれだ。消毒液を染みこませたガーゼで爪痕をなぞる。痛がる素振りのない玲央に安堵の息をつきながら、大きめの絆創膏を貼った。
「でも、匡子さんに怒られるかもしれない……ごめんなさい」
「小虎」
食い下がる俺の方へ振り返った玲央が、嬉しそうに微笑む。
そのまま顔を近づけたかと思うと、鼻先をかぷりと噛んできた。
「謝んなくていい。俺はお前が気持ち良かったなら嬉しいし、そのうえでの傷ならむしろ興奮する」
「……こう、ふん」
「あぁ、誰かさんが発情したみたいにな?」
「う、」
痛いところを突かれた気がして顔を逸らすと、顎を掴んだ玲央の手が無理に正面へ向かせる。
「目を逸らすな。自分が欲情した男の顔をちゃんと見ろ」
「……れ、お……」
まるで昨夜の続きのような、まとわりつく色の滲む雰囲気に目が眩む。だけど一度でも経験した自分の頭はいくぶん冷静のようで。
「……玲央は……良かったの? ……い、かなく、て……」
あぁだけど羞恥心には勝てずに目を伏せる俺に、こちらを見つめていた獣は「は?」と、間抜けな声を漏らした。
しかしそれも一瞬のことで、丸く見開いていた目がゆったりと弧を描き、口元は緩やかに牙を覗かせる。
「お前、昨日はじめてイッただろ?」
「え?」
「精通、まだだったんだろ?」
「…………そう、だけど」
別に隠していたつもりもないし、昨日の自分が欲情している云々を語るときもそれを匂わせていた自覚はある。けれど素面のときに改められると、なんとも言えない気恥ずかしさに襲われてしまう。
そんな俺の気持ちを分かり切っているだろう玲央は、自分の下唇を真っ赤な舌で一舐めすると、俺の耳にゆるく牙を突き立てた。
「安心しろよ、お前が寝てる間に楽しませてもらった。たっぷり……な?」
「――なんっ!?」
驚く俺の声がうるさかったのか、玲央が顎を掴んでいた手で口を塞いだまま上半身を遠ざけた。
もごもご喚く俺を楽しそうに見ている玲央が、馬鹿トラ、といつものように軽口を叩いてようやっと手を離す。
「真に受けんな。冗談に決まってんだろ」
「……じゃ、じゃあやっぱり玲央は、」
自分一人だけ気持ち良さに溺れてしまった気がして怯む俺に、しかし玲央は笑うのだった。
「そうだな、じゃあ……」
すぅっと伸びてきた玲央の手が、俺の頬を撫で、首筋をくすぐり、鎖骨を滑り、胸元を手の平でゆったりと撫で上げる。
「お前がもう少し上手に誘えたら、そのときはこの身体の隅々で俺を楽しませろ」
そうして戻ってきた手がまた俺の顎を掴み、ぐっと近づいた獣の瞳がこちらを覗き込む。
「それまではせいぜい俺に可愛がられてな、馬鹿トラ」
「ん……っ」
なんて恐ろしく甘い台詞を口にするのだろうか。そう冷静に受け取る自分とは別に、期待してしまう自分がいることを否定できないまま降り注ぐキスに身を委ねると、そんな俺の腰に手を回す玲央にまた、愛おしさが増してしまう。
あぁもう、重症だ。
結局。なんやかんやと流されて、昨夜の件について軽くかわされてしまえば俺に立場はなく、黒と灰色の縞模様の浴衣姿のまま、備え付けのキッチンにあったグリーンティーを作る。
ついでに冷蔵庫にあった醤油団子も一緒に、ベランダのソファでゆるりと煙草を吸う玲央の元へ運び、それらをテーブルへ並べるとなんだか昨日とは違う贅沢な空間が出来上がった。
「やっぱり日本人だからかな、和風な感じのほうが落ち着くかも」
「気に入ったか?」
「うん、昨日もすごく良い部屋だけど、今日も嬉しい。ありがとう、玲央」
「どういたしまして」
お礼を言えば返事がくる。当たり前のことかもしれない会話ひとつがこそばゆい。
俺は玲央の隣に腰を下ろして、さっそく醤油団子を口に運んだ。醤油本来の味を引き出した、甘すぎず辛すぎない素朴な味わいにホッと肩から力が抜ける。
食べ物のすごいところは、お腹だけでなく心も満たしてくれることじゃないかと、漠然と思った。
玲央が勘違いして作ってくれたあのオムライスは確かにしょっぱかったのだけど、あのときはちょっと動揺しながら食べていたのだけど、だけどじんわりと心を温めてくれたことは事実だった。
「……そう、なりたいな」
「は?」
「え? あ、ううん、ごめん。独り言」
「……」
つい口から漏れてしまった言葉を飲み込むように、醤油団子をもう一つ口に運ぶ。少し慌てて咀嚼する俺を横目で見ていた玲央が、手を伸ばして俺の頭をぐしゃりと撫でた。
それだけで、たったそれだけでなぜか全てが認めてもらえたような気がして、緩む口元を隠すこともせず目を伏せる。
こう、なりたい。
言葉でも、行動でも、他のなんでもないたったひとつのシンプルな、それでいて気持ちが満たされていくような、そんな安心を誰かに知ってもらいたい。
じわりじわりと膨らむ願望が堪らなく嬉しいなんて、以前は知らなかった感情が当たり前のように芽生えるこの幸せが心地いいなぁ。
「お前、卒業したらどうするつもりだ」
「え?」
なんて、一人勝手に盛り上がる俺に声を掛けてきた玲央の方へ顔を向けると、なんだか罰の悪そうな表情を浮かべる姿がぽつり。
少し状況を飲み込めず固まっていた俺だが、すぐに口を開くと同時に、玲央が声を出す。
「お前が言い出すまで待つべきなんだろうが、養う者としてお前の進路は聞いておきたい」
「……あ、えと……うん、その」
なんだ、これ。なんだこれは。
好きって気持ちや愛おしいって気持ちなら自覚してからどんどん増していって、もうこれ以上ないんじゃないかってくらいでいっぱいなのに、恥ずかしいと嬉しいで顔がどんどん赤くなる。
好きな人であって、兄であって、愛してる人であって、家族である人。
なんというか、幸せが二つ一気に押し寄せてくるような、そんな錯覚。
真っ赤に茹る俺を不審な目つきで見ている玲央に、ついに口を一文字に閉ざす。
「なに馬鹿面晒してんだお前」
「ぐ……っ」
しかし容赦ない一言で、無意識に止めていた呼吸を取り戻した俺が俯くと、そんな俺の頭を玲央がぐしゃぐしゃと撫でてきた。
「無理に聞くつもりはねぇよ。だから、焦んな」
「……えと……はい」
「なんで敬語なんだよ」
馬鹿トラ。なんて軽口を叩きながらくつくつ笑う玲央の手が、ますます俺の髪を乱す。
気持ちいいなぁと目を伏せたくなるその前に、そうっと顔を上げた。
「いま、は……まだ、言えない」
「へぇ」
「でも、ちゃんと言います。ちゃんと、この気持ちが形になったら、報告するって約束します」
やっぱり顔はまだ赤いまま、だけど玲央の目を見つめながらそう言うと、優しさの浮かぶ瞳を細めながら一言、待ってる、と兄は返事をくれた。
――結論から言うと、旅行は楽しかった。それもすごく、楽しかった。
他愛ない話をしたり、屋外の足湯で癒されたり、美味しい料理に舌鼓を打ったり、熱の篭ったイタズラをされて慌てふためいたり、事あるごとに俺に触れ、抱きしめ、幸せそうに匂いを嗅いだり甘噛みしてくる玲央がやっぱり好きだなぁなんて、実感しちゃったり。
帰りは道の駅やら物産館に寄って、みんなのお土産を買う時間も楽しかった。どうしても人目を引く玲央はどこに行っても注目の的だったけれど、はぐれないようにと腕を掴まれ、知らずの内に手が繋がれていた頃にはもうすっかり俺も浮かれていたと思う。
会計のレジで「仲がよろしいのですね」と微笑むスタッフの女性に慌てる俺が面白かったのか、玲央がくつくつと笑っていたのも良い思い出として残しておこう。ちょっと癪だが。
そうして突然はじまった旅行だが、やっぱり終わってしまうと少し寂しいもので。
帰りの道でくたくたになってしまった俺の荷物まで持って、部屋の鍵を開けてしまう玲央に付いていくのがやっとだ。ほんの二日帰っていなかった部屋の匂いを嗅いで、なんだかデジャブを感じてしまうが、あぁでもやっぱり、家が一番安心するなぁ。
けれどこの場所に戻ってきたことで訪れる日常に、少しだけ寂しさを感じるのも不思議な気分だ。
「おかえり、玲央」
「お前もな、小虎」
大量の荷物を玄関先の廊下に置いた玲央に声をかけると、振り向いた玲央に笑われてしまった。なんだかちょっと悔しい気持ちになっていると、玲央はさっさと靴を脱いでしまう。
同じように靴を脱いで荷物を持つと、やっぱり俺より多く荷物を持っていた玲央の背中が旅行前より頼もしく見えた。
「玲央、ありがとう。また……旅行、つれてって欲しい……です」
尻すぼみになる俺の声に笑う玲央が、こちらを振り返ってニヤリと悪い顔をする。
「当たり前だろ」
なんて、頼もしくてもやっぱり抜けきらない自信を見せるその態度ひとつにも、どうしてか喜ぶ自分がいるのもまた事実で。
あぁこの人を好きになれて良かったと、俺も思わず微笑んでしまうのだった。
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