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「ごめんください」
怖々入った白百合亭であるが、受付に人がいない。他の場所で仕事をしているのだろうか?
取り敢えず、宿の従業員が来るまで建物の観察でもしておこう。
そうして辺りを見回すが、壁も、床も、天井も、ボロボロになっているような場所は無い。隅々まで掃除が行き届いている様は好感すら持てるくらいだ。
これなら布団がダニだらけなんてこともないはず。
料金が安目な宿としては当たりだと思う。
ということは、このプラス面を消し飛ばすだけの何かが他にあるということだ。
「はいはい。ごめんなさいね。ちょっと立て込んでいたから。あら、イイ男。いらっしゃい、あたしが女将のリリーよ」
うわー、濃いいの来たー!!!
年齢的には五十歳前後だと思う。
真っ赤な髪に、二メートルを超える長身。その長身をはち切れんばかりの筋肉で覆っている。そんな体に着けられたフリル付きのエプロンはまあ似合わないことこの上ない。
範馬●●郎とピ●モンを足して2で割ったような感じの風貌だ。
そんな顔で真っ赤な口紅を付けているのが自称『女将』のリリーだった。
正直、性別はどちらか分からない。
「宿泊ということでいいのかしら?それとも食事に来ただけ?」
「あ、えっと、その、取り敢えず、料金について聞かせてもらえますか?」
「ええ、いいわよ。宿泊は一泊二食付きで銅貨五枚ね。食事は一食銅貨一枚で出しているわ。どう?良心的な料金でしょう?」
「そうですね」
確かに料金は良心的な価格だ。
一泊二食付きで他の宿の素泊まりと同じ値段なのだから。
だからこそ余計に怖い。この目の前の人物が。
どう考えてもこのリリーこそ、この宿が忌避されている理由そのものだろうから。
「それで、どうするの?まさか料金を聞いただけで帰るなんて言わないでしょうね?」
料金設定を聞いた俺が少し思案していると、リリーがそう告げてきた。
それまで穏やかな表情だったものを一変させて鬼のような表情で。
「・・・食事をお願いします」
オーガみたいな顔をしてただでさえ圧迫感を感じるリリーだ。そんなリリーに凄まれてはこのまま帰るのは難しかった。
断ると地獄の果てまで追って来そうだし。
正直、今こっちを見ている眼が獲物を狙う眼のようで怖い。マジで食われそう。
取り敢えず、食事をしてここを離れよう。食事を取る時間としては微妙な時間ではあるけど、泊まるのはありえないからな。
正直、こんな獲物を狙うような眼で見てくる人物と一つ屋根の下で過ごすのは怖過ぎる。まだ野宿の方がましだ。
野宿なんてしたことないけど。
「それじゃあこっちへ来て。すぐに用意するから」
俺は先導するリリーにおとなしく付いて行く。食堂は少し奥に入った所にあった。
「適当に座ってて」
食堂に着くとリリーは厨房へと向かった。
俺は出口に近い椅子に腰掛けて待つ。
正直、食事には期待していない。
流通の未発展な世界の田舎町なのだ。調味料類は少ないはず。
その上、作るのがあのオーガもどきでは美味い物を期待する方がおかしい。
ただ、暫く後で漂ってきた肉を焼く匂いはとても美味そうなものだった。
「お待たせ。さあ、召し上がれ」
リリーが運んできた料理をテーブルへと並べていく。
俺の前に並んだ食事は、パン、焼いた肉と付け合わせの温野菜、それとスープだった。
「いただきます」
俺は最初にスープを木のスプーンで掬って口に運んだ。
あ、美味い。
多分、使われている調味料は塩だけ。それだけなのに十分美味しいと感じる。使われている食材の味をしっかりと引き出しているからなのだろう。
肉にしても、調味料は塩だけで、他には数種類のハーブが使われているくらい。なのに凄く美味しい。
俺は誰が作っただとかは忘れて食事に夢中になり、それらをすぐに食べきってしまった。
「ごちそうさまでした」
「どうだった。お口には合ったかしら?」
「はい。美味しかったです」
料理は文句無く美味しかった。
「そう。それはよかったわ。食後のデザートなんていかが?」
「デザートですか?」
確かこの世界では甘味は高級品だったはず。
そんなものを出せば一食が銅貨一枚なんて無理だ。
もしかして、デザートを頼むと高額な料金を請求するぼったくりの店に変わるのか?
「そう。食後のデザートにあたしなんてどうかしら?」
リリーはそう言うと、覆い被さるように俺の肩をがっしりと掴んできた。
そのまま押し倒されそうになるのを何とか堪え、リリーの手首を掴み返す。
「いらねえよ!!!絶対にいらねえ!!!」
俺は迫りくる化け物の顔を躱しながらそう叫ぶ。
ガチムチのオーガもどきがデザートになる訳ねえだろ!!!デザートって言うなら美少女持って来いやボケ!!!
俺はリリーの手を肩から引き剥がすと、そのまま押し返す。
これで完全にはっきりした。この『白百合亭』が敬遠されるのはこのオーガもどきの所為だ。
あの冒険者たちが宿を教えるだけでニヤニヤしていた訳だよ。
このオーガもどきに襲われるからだ。最悪の嫌がらせだよ!!!
「あら、あたしの力に対抗出来るなんて将来有望ね。でも、使い方はなっちゃいないわ。その体のポテンシャルを上手く生かしきれてない。そこのところもあたしが手取り足取り教えてあげるわよ」
「結構です!!!」
俺はリリーの腹へと全力で蹴りを放つ。
だが、その蹴りは一瞬にして俺の手を振り解いたリリーによって掴み取られ、掴み取られた足で操られるように、俺は体を反転させられて床へと押し付けられる。
そして、そんな俺の上にリリーがのしかかってくると、ろくに身動きが取れなくなった。
「遠慮しなくていいわよ」
「う」
リリーの手が俺の尻を撫で回す。
ズボンの上から撫でられているのだが、物凄く気持ち悪い。
全身を襲う寒気が半端ない。
「うひゃああ」
手が、手が中に入ってきたー!!!
リリーの手がズボンと下着を潜り抜けて素肌を触りだす。
そのあまりの不快感に変な声が漏れていた。
「ああ、いい体ね。張りがあってすべすべ。本当に若い子っていいわ。それに、声も可愛い。どんどん鳴かせたくなるわ」
リリーに蹂躙される尻肉。
俺はそんな状況から脱出しようと懸命に足掻く。
腕立ての要領で体を持ち上げるも押し潰され、肘撃ちしようとしても防がれる。極められた足が骨折することも覚悟の上で力を込めても振り解くことすら出来ない。
どれだけ足掻こうとも一向に抜け出せなかった。
最早俺が取れるのは一つしかない。
「いやー!!!誰か助けてー!!!」
あらん限りの声を張り上げ助けを呼んだ。
今の状況を他人に見られたくないなんて言ってられない!!!貞操の危機なのだから!!!
どっちの危機かは分からないけどね!!!
「叫んでも誰も来ないわよ。何しろこの宿の外壁には『消音』の魔道具を使っているから建物の外に声なんて聞こえないもの」
助けを呼ぶ俺を嘲笑うかのようにリリーが告げてくる。
そんな絶望的な状況に俺は泣きたくなってきた。
だってまだ『不幸解放』と言ってもいないのに不幸な目にあっているのだから。
心なしか『不幸ゲージ』の溜まる速度も上がった気がするし、一体どうなっているんですか神様!!!
「こらー!何してるの!」
バキャン。
甲高い声が聞こえたと同時に何かが割れる音がしてお酒らしき液体が降ってきた。
その瞬間リリーの拘束が緩む。
俺はその隙を逃さずに全力でリリーを振り解くとすぐにリリーから遠ざかった。
それから俺を窮地から救ってくれた人物に目を向ける。
その人物は真っ赤な髪の十歳くらいの美少女だった。
天使だ!!!マジで天使だよ!!!
見た目だけでも天使と思えるけど、俺を貞操の危機から救ってくれたのだからなおのことそう思える。今までロリには興味無かったけど紳士たちの仲間入りしそうなくらいだ。
その子は割れて尖った酒瓶をリリーに突き付けながら口を開く。
「お客さんをおそっちゃダメって言ったでしょ!お母さん!」
うん?お母さん?え、マジで?この子リリーの子供?嘘だろ!髪の毛以外完全に別の生き物じゃん!!!
俺は天使が口にした言葉をどうしても受け入れられない。二人に血縁関係があるなど冗談にも程がある。
あ、そうか。養子だな。養子。髪の毛の色は偶々一緒だっただけだろ。うん。そうに違いない。
「えー、そんなこと言ったってイイ男なら食べたくなるに決まっているじゃない」
「そんなのダメに決まっているでしょ!お母さんのせいでどれだけお客さんが逃げていったと思ってるの!お母さんのことがうわさになっているから新しいお客さんもほとんど来ないし・・・。このままだともうやっていけないよ」
「大丈夫よ。蓄えはまだまだ有るもの」
「そういう問題じゃないの!!!もういい。私ここ出ていく。住み込みで働ける所探すか、無くても孤児院にでも行くことにするから。バイバイお母さん」
「そんな!待って!!!それだけはやめて!!!お願いよ!出ていかないでサーシャ!!!お母さんを一人にしないで!!!もうお客さんを襲ったりしないから!!!」
「・・・本当に?もうお客さんをおそわない?」
「うん。襲わない。だからお願い。出ていかないで」
「・・・分かった。約束を守っている限りは出ていかない。けど、もし約束破ってお客さんをおそったら出ていくからね」
「うん。約束。サーシャがいなくなったらお母さん生きていけないもの」
「お母さん!!!」
「サーシャ!!!」
抱き合う二人の瞳に涙がって、いやいや、何で感動もののホームドラマみたいな雰囲気になってるの?おかしいから!その流れはおかしいから!!!もうしないって約束で済む話じゃないから!!!
それに、襲っちゃいけない対象がお客さんだけになっているのもダメだからね!!!他の人を襲うこと自体やっちゃいけないことだよ!!!確実にトラウマものだからね!!!
この世界には女が男を性目的で襲うのを罰する法律は無いけどさ。
俺は声を出さずに目の前の二人に突っ込む。
そんな俺はメイスと盾の装備もばっちりの完全戦闘モード。他の荷物も回収出来ているし逃げる準備は万端なんだけど、肝心の出入口が二人に塞がれているので待機中です。
「あ、そうだ。お客さん」
俺を放置していたことに気付いたサーシャちゃんがこちらを向いてくる。
「ごめんなさい。お母さんがめいわくをかけて。ほら、お母さんもあやまって」
「ごめんなさいね。イイ男はどうしても食べたくちゃうの。旦那が死んじゃってからは特にね」
サーシャちゃんに促されてリリーも謝ってくるのだが、その眼はまだ俺のことを狙ってそうに見える。
「あの、おわびに宿代をただにしますから泊まっていってください」
「え、それはちょっと・・・」
天使のようなサーシャちゃんの申し出だが、それはちょっと違うと思うのですよ。
お詫びで只にすると言っても、襲って来る人と同じ屋根の下で過ごすのは勘弁してほしい。
むしろ、治安維持に当たってる兵士に突き出して牢屋に入れてもらいたいところである。
まあ、罰する法律が無いから無理なんだけど。
そんなこの世界の刑法については置いておいて、やはり襲って来る人間と同じ場所にはいたくない。正直、野宿の方が安心出来ると思う。
サーシャちゃんはリリーの『お客さんを襲わない』って約束を信じているのかもしれないけど、俺には一切信じられないのだから。
「ダメですか?」
サーシャちゃんはうるうるした瞳で見上げてくる。
あまりの可愛さに一瞬受け入れてしまいそうになった。
ふう、危ない。危ない。
ここはしっかりと拒否することを伝えておくか。
「いや、襲ってくる人間と一緒の場所に泊まりたくはないから。まだ野宿の方がまし」
「えっ?野宿なんておそってくれって言ってるようなものですよ?やめたほうがいいと思いますけど・・・。物取りとか、人さらいとか、あと、男の人がすきな男の人からもおそわれると思いますけど。お客さんみたいに若くてかっこいい人なら・・・。それに、外だとお母さんを見はることもできないし・・・」
おう、なんてこった。外は危険が一杯だ。
因みに、この世界には同性を性目的で襲うことも取り締まる法律は無い。あるのは男が女を犯すことを罰するものだけだ。
そうだよな。野宿って無防備な状態だよ。日本基準で野宿でも大丈夫だろうと思ってしまってた。
「・・・そうだ。お母さんのことが怖いなら私が一緒に寝てあげる」
お願いします!!!
・・・じゃねえよ、俺!!!
ふう、危ない危ない。変態の道を一直線に進むところだった。よく口にせずに踏み止まったよ。
「ダメよサーシャ!!!男なんてみんな獣なのよ!!!そんなことをしたらサーシャが襲われるわ!!!」
『男は獣』ってあんたが言うな。男を襲う獣のくせして。
まあ、俺はあんたと違って襲いませんけど。そこまで獣じゃないから。
サーシャちゃんが性的な対象として見るには成長が足りてないのもあるし。
期待しても精々添い寝だよ。エロいことは求めてないって。
「うー、だったらどうすればいいの?このままだとお客さんにめいわくをかけただけで終わっちゃうのに・・・」
「サーシャ・・・」
サーシャちゃんはそう言うと唇を噛みしめて涙を流した。
その姿は見ているこっちがいたたまれなくなってくる。
「・・・あのさ、サーシャちゃんの隣の部屋って空いてる?そこなら声も聞こえるだろうし、何かあったら助けに来てくれないかな」
俺は意を決してサーシャちゃんにそう告げた。
親の不始末を何とかしようと懸命になっている美少女を泣かせたままでいることは出来なかったから。
正直、この宿に泊まるのは滅茶苦茶怖いけどね!!!
「・・・はい!はい!空いてます!!!何かあった時は絶対に行きます!!!任せてください!!!」
サーシャちゃんは涙を拭うと笑顔でそう答えた。
言ってよかったな。
俺はサーシャちゃんの笑顔を見てそう思う。やっぱり子供にあんな顔をさせちゃダメだ。
それから宿に泊まる手続きを済ませる。
サーシャちゃんは只にしてくれるって言うけど、後が怖いのでちゃんと料金は支払うことにした。
取り敢えず、銀貨一枚分、五泊の予定だ。うーん、切がいいから五泊にしたんだけど長過ぎたかな?
夕食は先程食べたので後は部屋で休むだけ。
安宿ながらシャワー室があると言うけど怖すぎるので使う気は無い!!!
「それじゃあ、お休み」
「お休みなさい」
俺はサーシャちゃんに挨拶をしてサーシャちゃんの部屋の隣の部屋へと入る。
そして、部屋のカギを掛けて何度も確認してから、部屋にあるテーブルなどの備品や手持ちの荷物でバリケードを作った。
これは侵入防止のためというより、鳴子の代わりみたいなものだ。あのオーガもどきに即席のバリケードなど意味が無いだろうし。
それから俺はベッドへと入り眠りについた。
メイスをしっかりと握り締めて。
怖々入った白百合亭であるが、受付に人がいない。他の場所で仕事をしているのだろうか?
取り敢えず、宿の従業員が来るまで建物の観察でもしておこう。
そうして辺りを見回すが、壁も、床も、天井も、ボロボロになっているような場所は無い。隅々まで掃除が行き届いている様は好感すら持てるくらいだ。
これなら布団がダニだらけなんてこともないはず。
料金が安目な宿としては当たりだと思う。
ということは、このプラス面を消し飛ばすだけの何かが他にあるということだ。
「はいはい。ごめんなさいね。ちょっと立て込んでいたから。あら、イイ男。いらっしゃい、あたしが女将のリリーよ」
うわー、濃いいの来たー!!!
年齢的には五十歳前後だと思う。
真っ赤な髪に、二メートルを超える長身。その長身をはち切れんばかりの筋肉で覆っている。そんな体に着けられたフリル付きのエプロンはまあ似合わないことこの上ない。
範馬●●郎とピ●モンを足して2で割ったような感じの風貌だ。
そんな顔で真っ赤な口紅を付けているのが自称『女将』のリリーだった。
正直、性別はどちらか分からない。
「宿泊ということでいいのかしら?それとも食事に来ただけ?」
「あ、えっと、その、取り敢えず、料金について聞かせてもらえますか?」
「ええ、いいわよ。宿泊は一泊二食付きで銅貨五枚ね。食事は一食銅貨一枚で出しているわ。どう?良心的な料金でしょう?」
「そうですね」
確かに料金は良心的な価格だ。
一泊二食付きで他の宿の素泊まりと同じ値段なのだから。
だからこそ余計に怖い。この目の前の人物が。
どう考えてもこのリリーこそ、この宿が忌避されている理由そのものだろうから。
「それで、どうするの?まさか料金を聞いただけで帰るなんて言わないでしょうね?」
料金設定を聞いた俺が少し思案していると、リリーがそう告げてきた。
それまで穏やかな表情だったものを一変させて鬼のような表情で。
「・・・食事をお願いします」
オーガみたいな顔をしてただでさえ圧迫感を感じるリリーだ。そんなリリーに凄まれてはこのまま帰るのは難しかった。
断ると地獄の果てまで追って来そうだし。
正直、今こっちを見ている眼が獲物を狙う眼のようで怖い。マジで食われそう。
取り敢えず、食事をしてここを離れよう。食事を取る時間としては微妙な時間ではあるけど、泊まるのはありえないからな。
正直、こんな獲物を狙うような眼で見てくる人物と一つ屋根の下で過ごすのは怖過ぎる。まだ野宿の方がましだ。
野宿なんてしたことないけど。
「それじゃあこっちへ来て。すぐに用意するから」
俺は先導するリリーにおとなしく付いて行く。食堂は少し奥に入った所にあった。
「適当に座ってて」
食堂に着くとリリーは厨房へと向かった。
俺は出口に近い椅子に腰掛けて待つ。
正直、食事には期待していない。
流通の未発展な世界の田舎町なのだ。調味料類は少ないはず。
その上、作るのがあのオーガもどきでは美味い物を期待する方がおかしい。
ただ、暫く後で漂ってきた肉を焼く匂いはとても美味そうなものだった。
「お待たせ。さあ、召し上がれ」
リリーが運んできた料理をテーブルへと並べていく。
俺の前に並んだ食事は、パン、焼いた肉と付け合わせの温野菜、それとスープだった。
「いただきます」
俺は最初にスープを木のスプーンで掬って口に運んだ。
あ、美味い。
多分、使われている調味料は塩だけ。それだけなのに十分美味しいと感じる。使われている食材の味をしっかりと引き出しているからなのだろう。
肉にしても、調味料は塩だけで、他には数種類のハーブが使われているくらい。なのに凄く美味しい。
俺は誰が作っただとかは忘れて食事に夢中になり、それらをすぐに食べきってしまった。
「ごちそうさまでした」
「どうだった。お口には合ったかしら?」
「はい。美味しかったです」
料理は文句無く美味しかった。
「そう。それはよかったわ。食後のデザートなんていかが?」
「デザートですか?」
確かこの世界では甘味は高級品だったはず。
そんなものを出せば一食が銅貨一枚なんて無理だ。
もしかして、デザートを頼むと高額な料金を請求するぼったくりの店に変わるのか?
「そう。食後のデザートにあたしなんてどうかしら?」
リリーはそう言うと、覆い被さるように俺の肩をがっしりと掴んできた。
そのまま押し倒されそうになるのを何とか堪え、リリーの手首を掴み返す。
「いらねえよ!!!絶対にいらねえ!!!」
俺は迫りくる化け物の顔を躱しながらそう叫ぶ。
ガチムチのオーガもどきがデザートになる訳ねえだろ!!!デザートって言うなら美少女持って来いやボケ!!!
俺はリリーの手を肩から引き剥がすと、そのまま押し返す。
これで完全にはっきりした。この『白百合亭』が敬遠されるのはこのオーガもどきの所為だ。
あの冒険者たちが宿を教えるだけでニヤニヤしていた訳だよ。
このオーガもどきに襲われるからだ。最悪の嫌がらせだよ!!!
「あら、あたしの力に対抗出来るなんて将来有望ね。でも、使い方はなっちゃいないわ。その体のポテンシャルを上手く生かしきれてない。そこのところもあたしが手取り足取り教えてあげるわよ」
「結構です!!!」
俺はリリーの腹へと全力で蹴りを放つ。
だが、その蹴りは一瞬にして俺の手を振り解いたリリーによって掴み取られ、掴み取られた足で操られるように、俺は体を反転させられて床へと押し付けられる。
そして、そんな俺の上にリリーがのしかかってくると、ろくに身動きが取れなくなった。
「遠慮しなくていいわよ」
「う」
リリーの手が俺の尻を撫で回す。
ズボンの上から撫でられているのだが、物凄く気持ち悪い。
全身を襲う寒気が半端ない。
「うひゃああ」
手が、手が中に入ってきたー!!!
リリーの手がズボンと下着を潜り抜けて素肌を触りだす。
そのあまりの不快感に変な声が漏れていた。
「ああ、いい体ね。張りがあってすべすべ。本当に若い子っていいわ。それに、声も可愛い。どんどん鳴かせたくなるわ」
リリーに蹂躙される尻肉。
俺はそんな状況から脱出しようと懸命に足掻く。
腕立ての要領で体を持ち上げるも押し潰され、肘撃ちしようとしても防がれる。極められた足が骨折することも覚悟の上で力を込めても振り解くことすら出来ない。
どれだけ足掻こうとも一向に抜け出せなかった。
最早俺が取れるのは一つしかない。
「いやー!!!誰か助けてー!!!」
あらん限りの声を張り上げ助けを呼んだ。
今の状況を他人に見られたくないなんて言ってられない!!!貞操の危機なのだから!!!
どっちの危機かは分からないけどね!!!
「叫んでも誰も来ないわよ。何しろこの宿の外壁には『消音』の魔道具を使っているから建物の外に声なんて聞こえないもの」
助けを呼ぶ俺を嘲笑うかのようにリリーが告げてくる。
そんな絶望的な状況に俺は泣きたくなってきた。
だってまだ『不幸解放』と言ってもいないのに不幸な目にあっているのだから。
心なしか『不幸ゲージ』の溜まる速度も上がった気がするし、一体どうなっているんですか神様!!!
「こらー!何してるの!」
バキャン。
甲高い声が聞こえたと同時に何かが割れる音がしてお酒らしき液体が降ってきた。
その瞬間リリーの拘束が緩む。
俺はその隙を逃さずに全力でリリーを振り解くとすぐにリリーから遠ざかった。
それから俺を窮地から救ってくれた人物に目を向ける。
その人物は真っ赤な髪の十歳くらいの美少女だった。
天使だ!!!マジで天使だよ!!!
見た目だけでも天使と思えるけど、俺を貞操の危機から救ってくれたのだからなおのことそう思える。今までロリには興味無かったけど紳士たちの仲間入りしそうなくらいだ。
その子は割れて尖った酒瓶をリリーに突き付けながら口を開く。
「お客さんをおそっちゃダメって言ったでしょ!お母さん!」
うん?お母さん?え、マジで?この子リリーの子供?嘘だろ!髪の毛以外完全に別の生き物じゃん!!!
俺は天使が口にした言葉をどうしても受け入れられない。二人に血縁関係があるなど冗談にも程がある。
あ、そうか。養子だな。養子。髪の毛の色は偶々一緒だっただけだろ。うん。そうに違いない。
「えー、そんなこと言ったってイイ男なら食べたくなるに決まっているじゃない」
「そんなのダメに決まっているでしょ!お母さんのせいでどれだけお客さんが逃げていったと思ってるの!お母さんのことがうわさになっているから新しいお客さんもほとんど来ないし・・・。このままだともうやっていけないよ」
「大丈夫よ。蓄えはまだまだ有るもの」
「そういう問題じゃないの!!!もういい。私ここ出ていく。住み込みで働ける所探すか、無くても孤児院にでも行くことにするから。バイバイお母さん」
「そんな!待って!!!それだけはやめて!!!お願いよ!出ていかないでサーシャ!!!お母さんを一人にしないで!!!もうお客さんを襲ったりしないから!!!」
「・・・本当に?もうお客さんをおそわない?」
「うん。襲わない。だからお願い。出ていかないで」
「・・・分かった。約束を守っている限りは出ていかない。けど、もし約束破ってお客さんをおそったら出ていくからね」
「うん。約束。サーシャがいなくなったらお母さん生きていけないもの」
「お母さん!!!」
「サーシャ!!!」
抱き合う二人の瞳に涙がって、いやいや、何で感動もののホームドラマみたいな雰囲気になってるの?おかしいから!その流れはおかしいから!!!もうしないって約束で済む話じゃないから!!!
それに、襲っちゃいけない対象がお客さんだけになっているのもダメだからね!!!他の人を襲うこと自体やっちゃいけないことだよ!!!確実にトラウマものだからね!!!
この世界には女が男を性目的で襲うのを罰する法律は無いけどさ。
俺は声を出さずに目の前の二人に突っ込む。
そんな俺はメイスと盾の装備もばっちりの完全戦闘モード。他の荷物も回収出来ているし逃げる準備は万端なんだけど、肝心の出入口が二人に塞がれているので待機中です。
「あ、そうだ。お客さん」
俺を放置していたことに気付いたサーシャちゃんがこちらを向いてくる。
「ごめんなさい。お母さんがめいわくをかけて。ほら、お母さんもあやまって」
「ごめんなさいね。イイ男はどうしても食べたくちゃうの。旦那が死んじゃってからは特にね」
サーシャちゃんに促されてリリーも謝ってくるのだが、その眼はまだ俺のことを狙ってそうに見える。
「あの、おわびに宿代をただにしますから泊まっていってください」
「え、それはちょっと・・・」
天使のようなサーシャちゃんの申し出だが、それはちょっと違うと思うのですよ。
お詫びで只にすると言っても、襲って来る人と同じ屋根の下で過ごすのは勘弁してほしい。
むしろ、治安維持に当たってる兵士に突き出して牢屋に入れてもらいたいところである。
まあ、罰する法律が無いから無理なんだけど。
そんなこの世界の刑法については置いておいて、やはり襲って来る人間と同じ場所にはいたくない。正直、野宿の方が安心出来ると思う。
サーシャちゃんはリリーの『お客さんを襲わない』って約束を信じているのかもしれないけど、俺には一切信じられないのだから。
「ダメですか?」
サーシャちゃんはうるうるした瞳で見上げてくる。
あまりの可愛さに一瞬受け入れてしまいそうになった。
ふう、危ない。危ない。
ここはしっかりと拒否することを伝えておくか。
「いや、襲ってくる人間と一緒の場所に泊まりたくはないから。まだ野宿の方がまし」
「えっ?野宿なんておそってくれって言ってるようなものですよ?やめたほうがいいと思いますけど・・・。物取りとか、人さらいとか、あと、男の人がすきな男の人からもおそわれると思いますけど。お客さんみたいに若くてかっこいい人なら・・・。それに、外だとお母さんを見はることもできないし・・・」
おう、なんてこった。外は危険が一杯だ。
因みに、この世界には同性を性目的で襲うことも取り締まる法律は無い。あるのは男が女を犯すことを罰するものだけだ。
そうだよな。野宿って無防備な状態だよ。日本基準で野宿でも大丈夫だろうと思ってしまってた。
「・・・そうだ。お母さんのことが怖いなら私が一緒に寝てあげる」
お願いします!!!
・・・じゃねえよ、俺!!!
ふう、危ない危ない。変態の道を一直線に進むところだった。よく口にせずに踏み止まったよ。
「ダメよサーシャ!!!男なんてみんな獣なのよ!!!そんなことをしたらサーシャが襲われるわ!!!」
『男は獣』ってあんたが言うな。男を襲う獣のくせして。
まあ、俺はあんたと違って襲いませんけど。そこまで獣じゃないから。
サーシャちゃんが性的な対象として見るには成長が足りてないのもあるし。
期待しても精々添い寝だよ。エロいことは求めてないって。
「うー、だったらどうすればいいの?このままだとお客さんにめいわくをかけただけで終わっちゃうのに・・・」
「サーシャ・・・」
サーシャちゃんはそう言うと唇を噛みしめて涙を流した。
その姿は見ているこっちがいたたまれなくなってくる。
「・・・あのさ、サーシャちゃんの隣の部屋って空いてる?そこなら声も聞こえるだろうし、何かあったら助けに来てくれないかな」
俺は意を決してサーシャちゃんにそう告げた。
親の不始末を何とかしようと懸命になっている美少女を泣かせたままでいることは出来なかったから。
正直、この宿に泊まるのは滅茶苦茶怖いけどね!!!
「・・・はい!はい!空いてます!!!何かあった時は絶対に行きます!!!任せてください!!!」
サーシャちゃんは涙を拭うと笑顔でそう答えた。
言ってよかったな。
俺はサーシャちゃんの笑顔を見てそう思う。やっぱり子供にあんな顔をさせちゃダメだ。
それから宿に泊まる手続きを済ませる。
サーシャちゃんは只にしてくれるって言うけど、後が怖いのでちゃんと料金は支払うことにした。
取り敢えず、銀貨一枚分、五泊の予定だ。うーん、切がいいから五泊にしたんだけど長過ぎたかな?
夕食は先程食べたので後は部屋で休むだけ。
安宿ながらシャワー室があると言うけど怖すぎるので使う気は無い!!!
「それじゃあ、お休み」
「お休みなさい」
俺はサーシャちゃんに挨拶をしてサーシャちゃんの部屋の隣の部屋へと入る。
そして、部屋のカギを掛けて何度も確認してから、部屋にあるテーブルなどの備品や手持ちの荷物でバリケードを作った。
これは侵入防止のためというより、鳴子の代わりみたいなものだ。あのオーガもどきに即席のバリケードなど意味が無いだろうし。
それから俺はベッドへと入り眠りについた。
メイスをしっかりと握り締めて。
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