不幸つき異世界生活

長岡伸馬

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 三人組との飲み比べの翌日、俺は朝食を食べるとすぐに冒険者ギルドに向かった。
 目当ては当然強面の冒険者三人組。彼らの狩場を教えてもらわないといけないからな。
 冒険者ギルドに着いて建物の中を見回すとすぐに三人は見付かった。

「おはようございます」
「あ、ああ」
「ひょっとして二日酔いですか?」
「そうだよ」
「見りゃわかんだろ」
「あ、お姉さん酔い覚まし持って来てくれ」
「はーい。三人分ですね」

 そうしてテーブルに突っ伏すようにしていた三人の前に運ばれてきた三つのコップが置かれた。
 その中には紫がかった濃い緑色の液体が満たされ、強烈な青臭さが漂ってくる。
 三人はコップを掴むと深呼吸をし、一気にその液体を喉に流し込んだ。

「ぐぁあああ、くそまじい」
「ふおおお」
「んぐぐ、ぷはあ。何度も思うが、この味は何とかならねえかな」
「あの、それってそんなに不味いのですか?」
「あん?お前も飲んで来たんじゃねえのか?」
「いえ。そんなもの飲んでいませんけど」

 酔っていないのだから酔い覚ましなど必要ないし。

「何?お前あれだけ飲んで二日酔いにならなかったのか?」
「はい。二日酔いにはなってないです。酔ってすらいないので」
「マジで?」
「嘘だろ」
「あれだけ飲んで酔わねえとか酒への冒涜じゃねえか」

 酒への冒涜か。まあ、そうかもな。
 お酒は酔うために作られる。
 しかし、俺はいくら飲んでも酔うことは無い。飲む度にお酒を無価値にしていくのだから、大量に飲めば冒涜とも言えるだろう。

「こんなことなら飲ますんじゃなかったな」
「だな。酒が勿体ねえ」
「こいつに奢った分、俺たちで飲んだ方がよかったぜ」

 俺もそうしてくれた方がよかったよ。美味しくないというか、不味いとさえ思っている物を飲み続けた訳だから。

「それにしても、酔わねえ体質とはな」
「二日酔いにならないのは羨ましいけどよ」
「ああ。それだけだ。酒を飲んでも酔えないなんて」
「「「不幸な人生だよな」」」
「・・・」

 三人から滅茶苦茶同情の目で見られてる。
 お酒で酔えないってそこまでのことなの?俺にとっては不幸でも何でもないんだけど。
 むしろ、こんなことで不幸な人生認定されることの方が凹む。
 ただでさえ、不幸の襲来が確定していて、『不幸な人生』という言葉を否定出来ないのに。

「あの、狩場を教えてくれるという話は・・・」
「分かってる分かってる。教えてやるよ」
「約束だしな」
「この後、俺らについて来ればいい」

 よかった。約束はちゃんと守られるようだ。これで収入がアップするはず。
 俺と酔いのさめた三人は、連れ立ってギルドを後にした。



 街を出た俺たちは多くの冒険者が向かう森へとやって来た。

「さてと、どっちに行く?」
「俺はこっちだな」
「なら、俺はこっちにするか」
「じゃあ、俺はこっちだな」

 全員バラバラの方向を指さしているのでここからはソロで進むのかと思っていたら、三人はじゃんけんを始めた。

「よし!俺の勝ちだ。じゃあ、こっちだな」

 じゃんけんに勝ったのはゲランだった。俺たちはゲランの指していた方向へ進むことに。
 話を聞いてみると、これは狩りの時にいつも行っていることらしい。じゃんけんに勝った者が一番運がいいだろうから、そいつについて行くことで獲物にありつける可能性が上がると思っているようだ。ちなみに、じゃんけんに勝った者は他の二人から酒を一杯奢ってもらえるんだとか。
 そうして、雑談しつつ俺たちは森の奥に進んでいく。途中、獲物の手掛かりとなる足跡とか、獣道とかの見かたを丁寧に教えてくれながら。
 道中に生えている薬草などは全部譲ってくれるし、やはりこの三人、根はいい人たちなんだな。
 そんなことを改めて思いながら更に森の奥へと進んでいく。

「結局、狩場ってのは獲物が集まる場所のことだ」
「それは何処かというと、餌がある場所と、水がある場所だな」
「今日は木の実がよくなっている場所を一か所教えてやる。そこは猪とか熊なんかがよく来るな」
「行けば必ずいるって訳じゃねえけどよ。まあ、それは他の場所でも一緒だ。だからそんな場所を複数知っておく必要がある」
「他の場所は自分で探せよ。自分で狩場を見つけられるようにならなきゃ冒険者としてやっていけないからよ」
「はい」

 狩場となるのは餌がある場所と、水がある場所か。言われてみれば納得。
 それからしばらく周囲を観察しながら森の奥へ奥へと進んでいく。周りの地形も起伏が激しくなり、森というより、山といった方がいい場所を探索し始めた頃、目的の狩場に辿り着いた。

「お、いたぞ。熊だ」

 ザウバがそう言って指し示した方を見ると、確かに熊がいた。遠目なのではっきりとは分からないが、体長が二メートルを超えているのは間違いない。熊は落ちているドングリのような木の実を貪っていた。

「お前はここにいろよ。狩場は教えてやるが、見付けた獲物まで譲る気はねえからよ」
「そう言うことだ。大人しく見学してな」
「はい」

 三人はそう告げると風下から熊に近付いて行く。気付かれないようにしながらも、するすると木々を抜けて行く様は流石ベテランと思わせる動きだ。そうして、熊に十二分に近づいたところでアルドとザウバが飛び出した。
 当然ながら、熊は飛び出してきた二人に攻撃を仕掛けていく。二人はそれを躱しながら交互に小刻みな攻撃を繰り返す。その攻撃には熊を仕留めようという意思は感じられない。むしろ、熊の注意を引き付け隙を作ろうとしているようだ。
 そうして、アルドとザウバの二人に翻弄され続けた熊は苛立たしげに後ろ足で立ち上がって威嚇してきた。
 その、熊の動きが止まった一瞬をついてゲランが懐に飛び込む。
 ゲランは、熊がゲランの動きに気付くよりも早く熊の胸元に剣を突き刺し、素早く離脱した。
 ゲランが離脱した後、熊の胸元から鮮血が勢いよく噴き出していく。しばらくして、熊は枯れ葉を巻き上げながら崩れ落ちた。

 パン。パン。パン。

 アルド、ザウバ、ゲランが集まり片手でお互いにハイタッチをしている。
 俺もその場に向かうことにした。

「お見事でした。かなりの大物なのにあっさり仕留めるなんて」
「おう」
「ありがとよ」
「これで今日も祝杯を挙げられる」

 やっぱり今日も飲むのか。昨日、しこたま飲んで二日酔いになったってのに。

「今からあの熊を解体するのですか?」
「いや、ここでは内臓を抜くだけだ。解体はギルドの連中に任せるさ。あと、内臓抜くのももうしばらくあいつの様子を見てからになる」
「あんな状態でも確実に死んでいるとは言えねえからよ」
「死に掛けの獣を侮ると痛い目を見るぜ。だからお前もまだ近付くなよ」
「はい」

 だからこんな倒した熊から離れた場所にいるのか。確実に死んだと思えるまで気を抜かない。その慎重さが彼らをここまで生き延びさせてきたのだろうな。

 それから、十分くらい三人は熊に近付くことはなかった。その間、周辺で木を切り倒したり、蔦を探してきたりしていた。
 三人はそれらが終わってからようやく熊に近付いた。当然ながら熊は既に息絶えている。
 三人は慣れた手つきで内臓を取り出すと、売り物になる部分を袋に詰める。金にならない部分は捨てていくみたいだ。
 その後、周辺で確保した丈夫な木に蔦で熊の足を括り付けて、アルドとザウバが持ち上げた。

「じゃあ、俺たちはこれで帰るな」
「はい。今日はありがとうございました」
「なあに、借りを返しただけさ」
「お前も獲物を見付けられることを祈ってるぜ」
「はい。ありがとうございます」

 軽く手を上げて街へと戻っていく三人を見送ると、俺は獲物を求めて森の奥に進んだ。
 三人に教えてもらった獲物の手掛かりとなる足跡や獣道、生えている植物などに注意しながら。



「そろそろ引き返すか。日が沈むと門が閉まるし」

 日が沈むと街の門は閉ざされる。そうなると街の外で野宿になってしまうからこの辺りで引き返そう。
 俺は森の奥というか、山の奥に進むのを止め、街へ戻ることにした。

「はあー、今のところ成果はこれだけか」

 三人と別れてからかなりの時間うろついていたけど、これまでの成果は薬草類を多目に採取出来た以外に成果は無い。多少珍しい薬草も混じってはいるけど、これではよくて銅貨が五枚ってところだろう。日当としてはあまりに少ない。

「帰りに何かあればいいんだけど」

 俺は帰り道で獲物に遭遇することを期待しながら歩いていく。
 来る時とは違った場所を、獲物の手掛かりとなる足跡や獣道がないか、どんな植物が生えているのか確認しつつ進む。
 そうしてしばらく歩いていると、木の実が生った木を見付けた。りんごみたいな実が生った木だ。

「お、果物か。あれも売り物になるかな?まあ、取り敢えず、一個食べてから決めるか」

 幾つか鳥が食べているものがあるから、多分、毒は無いと思う。
 俺は手の届くものを一つもぎ取り、匂いを嗅いでみる。匂いはりんごみたいな見た目に反してマンゴーだった。

「見た目がりんごなのに匂いはマンゴーか。まあ、ここは地球じゃないし、未知の果物くらいあるよな。さて、味はどうだろう?」

 俺は手にした実を袖で拭ってから噛り付いた。

「うん、美味い。味は柿みたいだ」

 味と食感は柿が一番近いかな。糖度が高く、文句無く美味い。これなら間違いなく売り物になると思う。
 そう思った俺は、持っていた袋が一杯になるまで実を採っていった。

「よし。袋も一杯になったし、帰るとするか」

 収穫した果物で一杯になった袋を持って歩くのだ。この状態では探索するのは難しい。俺はこれ以上探索するのは止め、街に向かうことにする。
 今いる場所はそこそこ標高が高く、傾斜地の為、木々が多く生えていても街の位置は確認出来る。俺はここから街に向かって一直線に進むことにした。そうすれば道に迷うことは無いから。
 そうして、暫く歩いていると、水が流れる音が聞こえてくる。それも、かなり激しいやつが。

「近くに滝でもあるのかな?」

 ドン。

 俺が水の音について考えていると、突然、横からの衝撃を受けて吹っ飛ばされた。
 俺は状況を確認しようと、衝撃が襲ってきた方を向く。すると、猪がこちらに狙いを定めて走り出そうとしていた。

 まずい!

 俺は立ち上がって回避しようと、手をついて体を起こそうとした。

 ボコ。

 俺が手をついた場所がえぐれて、再び体勢を崩してしまう。
 土がえぐれた先を見れば急な斜面になっており、そのすぐ先は崖だった。

「待て待て、場所を考えろ!」

 突っ込んでくる猪を止めようと口からそんな言葉が出てくるが、所詮獣。言葉が通じるはずもない。
 俺は突っ込んできた猪と共に崖下に転落した。

「うわあああああ」

 地面までの高さはビルの十階くらい。そんな高さから落下するのだ。怖いなんてもんじゃない。
 このチートボディーなら死なないんじゃないかなとは思う。だからといって、それで恐怖が和らぐ訳ではないのだ。

 ドシャン!

 落下から数秒後、俺は派手に土砂を巻き上げながら河原に叩き付けられていた。

「・・・うん。ちゃんと生きてるな」

 改めてこのチートボディーの性能を確かめられたよ。
 何しろ、地面に叩き付けられた時の衝撃は、柔道でちょっと強めに投げられたのと同じくらいだったのだから。
 当然、体は無事。骨折どころか、打ち身すら無い。
 俺と一緒に落下した猪は即死していたのにね。まあ、そっちの方が普通だと思うけど。

「さて、結果的に猪をゲットしたことだし、ちゃんと持って帰ろう」

 俺は拙い手つきで猪の腹を裂き、内臓を取り出した。そして、内臓を適当な場所に捨てると、本体を川の水で念入りに洗っていく。さすがに血まみれの猪を担いで帰る気にはならないから。猪はそのまま暫く水にさらしておくことにする。
 その間に、俺は一緒に落ちた果物を入れていた袋を確認する。残念なことに果物は全て割れるか、潰れるかしていた。

「はあー、全滅か。あの高さから落ちたら仕方ないよな。まあ、代わりに猪が手に入ったからよしとしよう」

 五十個くらいの果実と、七十キロ程の猪だ。普通に考えると猪の方が価値が高い。果物は猪を誘き寄せる餌だったと思っておこう。猪が襲い掛かってきたのも、この果物の匂いを嗅ぎつけたからだと思うし。

「うーん、これ売り物にはならないけど、捨てるのは勿体ないよな。宿に持って帰ってサーシャちゃんに渡してみるか」

 割れたり、潰れたりしている果物は売り物にはならない。けど、食べられなくなった訳ではない。甘味の少ない世界だけにこのまま捨てるのは勿体なく思えた。
 俺は猪と一緒に、売り物にならない果物も持って帰ることにした。



 俺は街に帰ると、すぐに冒険者ギルドに猪を持ち込んだ。
 それを買い取ってもらった代金は、採取していた薬草類と合わせて、銀貨二枚と銅貨が十七枚になった。今までで一番の収入だよ。
 先に帰って酒を飲んでいた三人組からも祝福されたっけ。
 一緒に祝杯をあげないかと言われたのは断った。
 割れたり、潰れたりしている果物を持っているから早目に渡したいし、おっさんたちと飲んでもいいことは何も無いんだから。

「ただいま」
「あ、おかえりなさい、レイジお兄ちゃん。・・・お兄ちゃんすごくいいにおいがする。どうしたの?」
「今日、森で果物を見付けたから採ったんだけど、途中で全部割れたり、潰れたりしちゃってね。売り物にならないから持って帰ったんだ。こんなのだけど、よかったら食べる?」
「あ、ルトの実だ!わたし大好き。本当に食べていいの?」

 この果物は『ルトの実』か。サーシャちゃんの反応から、かなり好まれている果物のようだ。

「うん。割れたり、潰れたりしているやつだけでごめんね」
「ううん。そんなことないよ。なかなか手に入らないから食べられるだけでもうれしい。いいにおいだし、ものすごくおいしそう。ありがとう、レイジお兄ちゃん!」
「どういたしまして」
「これ台所で切ってくる」
「うん」

 あんな売り物にならない果物で喜んでくれるなんて。サーシャちゃんは本当にええ子やね。

「私は甘い匂いを纏ったレイジ君の方がおいしそうだと思うわ」
「うわああああ!」

 リリーが後ろから囁きながら尻を触ってきた。
 俺はすぐさま裏拳を振るうけど、リリーに命中させることは出来なかった。

「やっぱり俺を襲う気か!サーシャちゃんが見ていなければやっていいと思っているのか!この外道め!!!」

 リリーはサーシャちゃんと『お客を襲わない』と約束した。それを破ればサーシャちゃんはこの宿を出ていくはめになる。それを分かっていながらこの外道は!!!ばれなければいいと思っているのか!!!

「あら、私は襲う気なんかないわよ。スキンシップをしただけだもの。食事処ではよくあることじゃない」
「・・・」

 確かに、冒険者ギルド内の飲食スペースでは給仕のお姉さんたちがしょっちゅうお尻を触られていた。その後、触った奴の脳天にトレイをぶちかましていたけど。
 この世界には『セクシャルハラスメント』という言葉さえ無いくらい、この手の迷惑行為がダメなことだと認識されていないのだ。程度にもよるが、尻を触られるくらい自分で如何にかしろという考えの方が主流だ。
 だからといって、許される行為ではない。
 俺は判定を仰ぐべく、騒ぎを聞きつけて戻ってきたサーシャちゃんの方に向き直った。

「・・・セーフなのかな?」

 残念なことにサーシャちゃんの判定はセーフらしい。くそっ、セクハラという言葉すらまだ無いこの世界が恨めしい。一線を越えない行為は全てセーフになってしまうのだから。
 サーシャちゃんの判定を聞いたリリーはほくそ笑んでいるし。あれはどう見ても悪魔のほくそ笑みだよ。これから先、堂々とセクハラしてくるのが目に見えている。

 それにしても、今回の件で俺ははっきり思った。リリーに背後から近付かれるのは、崖から落ちるより遥かに怖いと。
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