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5.ラパロマ
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形のないものに名前をつけるとしたら、それは一体どういう時だろうか。目に見えることもない、手で触れることもできない。香りもなければ色もない。そういうものに名前をつけるなんて。かつて「愛」というものを見つけた人はすごいと思う。あんな曖昧で誰にも何にもわからないものに、一つの概念を与えたのだから。
俺には到底できないな、と思ったのは薔薇園で話をした後に自室に戻ったはいいがなぜか一睡もできずに夜が明けてしまった時だった。
「眠てぇ……」
ぼんやりする頭を抱えて、重たい瞼を無理やりこじ開ける。体がだるくて仕方がない。部屋に戻ったのはそこまで遅い時間ではなかった。日付が変わる数時間前だったし、むしろ普段よりもゆっくりできるくらいの余裕はあった。
でも、ベッドに横たわって目を閉じるとなぜか瞼の裏がやけに眩しいのだ。それはベッドサイドのランプを消し忘れたからとか、やけに月が明るいからとか、カーテンを閉め忘れたからとか、そういうことではない。鼻の奥に残った甘い薔薇の香りが肺にまで潜り込んできて、クラクラと脳みそが溶けてしまいそうだった。
だんだん東雲色に染まっていく空を見ながら、もしかしたらあの時間は全て夢だったのではないかと思った。確かに俺は、彼と打ち解けられたらいいと願っていた。もっと知りたいとも思っていた。どうか彼の送る日々が、美しく輝かしいものであるようにと。そう祈っていた。でもまさかあんな、執事である俺が、主人である彼に、あんな対応をしてしまったなんて。
「……どんな顔で会えばいいんだよ」
今までどんな風に接していたかわからなくなる。無意識のうちに「家庭教師」や「執事」の顔を作って、その役を演じていたのだろうか。でもまあ、それが仕事だったし、あるべき姿だと思っていた。その目に見えない仮面があるから、俺は、いや俺たちは主人の前に立つことができる。そこに「ヴィンチェンツォ・ドメーニコ」という個人は必要ない。
だというのに彼は、ディヴィッドは、俺に俺であってくれと言った。敬語なんて使わないで、名前を呼んで、もっと近くに寄って欲しい。執事とか、家庭教師とか、ノールズ家の次期当主とか関係なくて。一人の個人として、ちゃんと見て欲しいと言われた。そして彼が望んでいるのは、そうやって自分の抱えているものを開け放して、そして。
「愛されたい、なんて。……ロマンスの読みすぎはどっちだよ」
体を起こして大きくため息をつく。ああ、ニコチンが欲しい。昨日は忙しくて煙草を吸う暇がなかった。別に中毒というわけではないが、こうも疲れているとどうしても吸いたくなる。適当に留めたままだった寝間着のボタンを外して服を着替える。今日は何を着ようか。いつも通り、いつも通り。こうして仕事の服を着ると嫌でも気持ちが切り替わる。はずだ。
一番着慣れたネイビーのモーニング・コートに袖を通す。すぐに汚れてしまうとわかっているけれど、こうしたかっちりとした服装をすることで俺もちゃんと「執事」と「家庭教師」になれる気がした。ストライプの入ったのシャツだって同じことだけど、やはりこれが一番しっくりくる。ライラック色のタイを巻いて、ベストの中にしまいこむ。今日は少し寒いだろうか。屋敷を走り回っていれば汗だくになって結局脱いでしまうけれど、朝くらいはきちんとした格好で居たいのだけれど。
鏡の前でどこにも汚れがないことを確かめて、履き慣れたチャコーブルラウンのダブルモンクに足を入れる。紐をしっかりと結んで、解けないようにした。最後にチェストに置いていた細身の眼鏡をかけた。
寝癖でぐしゃぐしゃになった髪を手櫛で撫で付けるが、相変わらずふわふわとして綺麗にまとまらない。しょうがないから後ろで結んで、クマを隠すために今日は眼鏡を外さないでおこうと思った。うん、これはひどい。肌の色が白いせいもあるけれど、誰が見ても俺が寝不足だと気づいてしまうだろう。
眼鏡をすれば多少は誤魔化せるだろうか。ああ、せめて今日くらいはおとなしく授業を受けて欲しいな。また屋敷中を走り回るなんて、今の俺には流石に無理だ。
「さて、今日も頑張るか」
最後にもう一度、鏡を覗き込む。
うん、大丈夫。ちゃんといつも通りの顔だ。アリーチェには、寝る前に本を読んでいたら夜更かしをしてしまった、とでも言っておこう。それに明後日は初めての休暇だ。今日と明日頑張れば久しぶりにのんびりできる。
今はなんだか、ディヴィッドに会いたいような会いたくないような、不思議な気持ちだった。顔を見たいけれど、見たら見たでどんな顔をすればいいかわからない。困ったなぁ。なんでだろう。どうしてこうも、彼のことを考えたら?が緩んでしまうんだ。悩んでいるはずなのに、それが全てディヴィッドのことだと思うと胸の奥がくすぐったくてならない。
鏡に映る締まりのない顔を見て、これではいかんと両頬でパチンと叩く。それでもまだヘニャヘニャと口元は緩んでしまい、面白いほど自分が浮かれていることをいやでも自覚した。
「やべ、時間だ」
急がないと朝食を食いっぱぐれてしまう。頭の中に渦巻いている形にならない感情を無理やり脇に追いやって、俺は廊下に出た。
うん、今日もいい天気だ。きっといい日になるだろう。まだ眠たくて重たい瞼をこすって、大きく伸びをした。
***
「おはようございます、ディヴィッド様」
ドアを三回ノックして声をかける。もう起きているだろうか。昨日はちゃんと眠れただろうか。この部屋に入って、ドアを締め切るまでは今まで通り「主人」と「家庭教師」という関係を保たなくてはいけない。だからもどかしいと思いながらもこうして敬語を使い、ディヴィッド様、と呼ばなければならない。
早く開けて欲しいと思うのに、なぜか返事は聞こえなかった。
「ディヴィッド様?」
まだ眠っているのだろうか。それとも聞こえていないのだろうか。いや、普段からこうやって朝の挨拶をしているのだ。俺の声が届いていないなんてことはないだろう。
はて、一体どうしたんだ。まだ眠っているとかならいいんだけど。昨日夜遅くまで外に出ていたから、風邪でも引いてしまったのだろうか。もしそうだとしたら大変だ。
「デイィヴィッド様、開けますよ」
こういう時のため、俺にはマスターキーが与えられている。とは言っても、ディヴィッドが中から鍵をかけることはほとんどない。毎晩俺が外から部屋をかけているし、外出される時も俺が施錠している。
ただ朝に関してはディヴィッドが先に起きて開錠しているから、こうやってわざわざマスターキーを使う必要はないのだ。だからこれは珍しい。どんなに眠くても寝ぼけながら鍵を開け、それからまたベッドに戻って惰眠をむさぼる。それが常なのに。何かベッドから出られないことでもあったのだろうか。
「ディヴィッド様……? 起きていらっしゃいますか?」
「ヒック、ぐす……っ」
「ちょ、ちょっと! どうしたんですか!?」
「ヴィ、ヴィンスぅ……ひぐっ、ぐすっ」
部屋を見てみると、分厚いカーテンは閉じられたままで、光はどこにもなかった。昨晩俺が炊いた香がかすかに残り、甘い残り香が鼻の奥をくすぐる。部屋の様子はどこも変わっていない。それなのに、俺の耳にはディヴィッドの啜り泣きが伝わって来た。
慌ててベッドの方を見ると、毛布が大きく盛り上がっている。そこから泣き声が聞こえてくるから、おそらくディヴィッドはそこで泣いているのだろう。しやくり上げるたびに毛布の山も上下する。
朝食を乗せていたワゴンを入り口のところに放置して、俺は急いで駆け寄った。昨日の夜も散々泣いていたし、今朝もなぜか泣いている。本当、一体、どうしたというんだ。何がそんなに悲しいんだ。昨日あれほど距離を縮めたというのに、それでもまだ足りないというのか。
「おい、ディヴィッド。どうした」
「ヴィンス、僕……っ、体、変になっちゃった……!」
「変って、どうしたんだよ。腹でも痛いのか」
「ううん、違う、そうじゃなくて……っ、朝起きたら、その、濡れてて」
「濡れてた?」
「そう」
毛布をめくっていいかと尋ね、なぜか恥ずかしそうに頷くのを確認してそっと体をあらわにさせた。濡れている、というから粗相をしたのかと思っていた。しかしもうこの年齢だ。さすがにそれはないだろう。それにただの粗相だったらこれほどまでに動揺するはずはない。
だとしたら、果たして。そう思いながら毛布を引き剥がして見る。そうしてようやく、彼の言っていたことがわかった。むわりと青臭い匂いが鼻をつく。男だったら誰でも知っているだろうそれを、まさかこんな形で知るなんて思いもよらなかった。
「こ、これ……何かな、朝起きたらこんな感じになってて……」
「なるほど……ええと、まあ、そうか」
「勝手に納得するなよ……! ねえ、これ何、僕変な病気どかじゃあないよな?」
病気なんかじゃあない。むしろとても健康で、健全だ。確かにディヴィッドは声変わりもしていないし、身長もまだまだ低い。
普段こんなこと考えないけれど、多分俺もこんな感じだったんだろう。親からは何も聞かされていないけれど、もしかしたらディヴィッドみたいに泣きじゃくっていたかもしれない。よく覚えていないけれど、まあこれは確かに驚くよな。
「大丈夫だ。お前、今までこういうこと一度もなかったんだな」
「ない。なあ、これなに? 白くてベトベトして……」
「あー、まあ、詳しくは後で教えるから……シャワー、浴びてこい。その間に着替え出しとくから」
「わかった……ねえ、下着も汚れちゃったんだけど」
きっと洗濯女中はこんなこと気にもしないだろうけれど、思春期真っ只中なディヴィッドのことだ、たとえそんなことわかっていても恥ずかしいだろう。
「いいよ、それ、俺が洗うから」
「ありがと……ヴィンス」
「おう。ほら、もう泣くな」
クシャクシャと髪を撫でる。昨日はあんなに気恥ずかしくて、躊躇していたのに。そんなこと気にならないくらいに俺もディヴィッドも動揺していた。何とかして落ち着かせたいという気持ちと、泣き顔は見たくないという気持ちがないまぜになって自然と髪を撫でていたけれど、指先に絡まる柔らかい感覚にふと胸の奥がほぐれていく。
確認するとシーツも汚れてしまったらしく、もう面倒臭いから本人ごとまとめて風呂場に連れて行こう。さすがに体は洗ってやれないが、シャワーを浴びている間にすぐ近くにある洗い場でシーツなんかを洗濯すればいいだろう。そのまま干してしまえば、こんなにいい天気だ、きっと夜までには乾くはずだ。
そう思って、ディヴィッドの体にシーツを巻きつけた。
「ディヴィッド、暴れるなよ?」
「え? 何、うわっ! ちょっと、ヴィンス!」
「痛ッ! 暴れるなって言ったろ!」
「待って、今僕汚れてるって……!」
「うるせぇなぁ。精通くらい誰だってあるんだよ。それに男同士だろ、そんなの恥ずかしがるなって」
「でも……汚れるよ」
「いいよ。これも仕事だ」
突然口ごもったのをいいことにシーツでぐるぐる巻きにして一気に抱きかかえる。小さくて軽い体だ、俺の腕にすっぽりと収まってしまう。
もっと暴れるかと思ったけれど意外にもおとなしくしてくれたおかげでさっさと風呂場まで連れて行けた。せっかくの朝食は冷めてしまったけれど、後でアリーチェに作り直してもらおう。昨日に引き続き迷惑をかけてしまうけれど、事情を言えばわかってくれるだろう。
「よしよし、落ち着いたか?」
「うん……まあ」
「そうか。あっ、外に出るから俺のことちゃんと呼ぶんだぞ?」
「わかってるよ……ヴィンチェンツォ」
「?」
なぜか急に元気が無くなってしまい、どうしたのだろうかと顔を覗き込む。でもふいと逸らされてしまい表情はよく見えなかった。また泣いているのかと思ったけれど嗚咽は聞こえてこない。
まあ、泣いていないのならいいだろう。抱きかかえた小さな体が驚くほど熱くて、そうか、子供体温を持つくらい俺の主人は幼かったのかと改めて思った。でも、それもきっと今日までだ。これからディヴィッドはどんどん成長していく。身長も伸びるだろうし、声も低くなるだろう。
そうしたらこんな風に抱きかかえる事もできなくなる。むしろ逆に、その腕で女性を抱くのだ。どこの誰かもわからない、まだ見たことのない女性を抱くのだ。
彼が精通を迎えたということは、きっとこれから結婚の話も出てくるはずだ。今はもう昔みたいに政略結婚なんて行われていないけれど、それでもやはり社交界というのは存在する。そこに赴いてどこかの令嬢と出会い、恋に落ち、結婚するのだろう。
その時にも俺は、ディヴィッドの隣にいて、ずっと支えるのだろうか。そうだといい。いや、そうなんだろうけれど。ああ、でも。
「ヴィンチェンツォ?」
「あ……いや、何でもないですよ。大丈夫です」
「本当?」
「ええ。本当です」
少しだけ、嫌だと思った。彼が、ディヴィッドが、誰か知らない女性を抱くことが。そうして俺の知らない新しい家庭を築いていくことが。なぜか、おかしな話だけど、嫌だと思った。
そんなこと考えてもどうしようもないし、どうにもならないのに。さっさと汚れたシーツごとこの得体の知れない感情も洗い流してしまいたい。ディヴィッドに気づかれてしまう前に、早く全てを洗い流して、またいつもの関係に戻りたいと思ってしまった。
汚れたシーツや下着を全て洗い終え、干し終わった頃にディヴィッドもシャワーを浴びてやってきた。濡れたままの髪の毛がぺしゃんと垂れている。まるで水浴びをした後の子犬のようだ。こんな朝っぱらからバスローブを着ていることに本人もどこか居心地が悪そうだ。
俺も朝から一仕事をして既に汗だくだし、メガネがずるりと落ちてしまいそうになる。適当に結んだ髪も首に張り付いて気持ちが悪かった。まあでも、きっと俺よりもディヴィッドの方がよほど気持ちが悪かっただろう。しかも何が起きたのかわかっていないのだから、なおさらだ、
「ヴィンチェンツォ、あの」
「さっぱりしましたか?」
「うん。あと、その……ごめんなさい」
「何がですか」
「洗濯とか全部してもらって」
「いいって言ったでしょう? これも仕事のうちです」
「仕事、か」
「ええ。貴方の身の回りをお世話することが私の仕事です。だから貴方は何もお気になさらず」
まだ何か言いたそうな顔をしていたけれど言葉が出てこなかったのか、大人しく頷いたディヴィッドに笑いかける。もう大丈夫だから、と頭を撫でてやりたかったけれどそれは叶わず、とにかく早く部屋に戻ろうと言った。
二人きりになればまだ少しは話しやすいだろうか。それに朝食が冷え切ったまま残されている。あれもどうにかしないと。作り直すにしてもらうしても、俺はエリザベス様にこのことを報告しないといけない。きっとディヴィッドは嫌がるだろう。それでもこういうことは逐一報告しないといけないようになっている。
昨晩何時に寝て、寝つきは良かったかどうか、朝は何時に起きて何を食べたか、何を学んで授業態度はどうだったか。些細なことでも全てエリザベス様の耳に入るようにしておかないといけない。それが執事としての俺の仕事だった。
「さあ、部屋に戻りましょう。このままだと風邪を引いてしまいますよ」
「うん……ありがと」
「いいえ。なんてことありませんよ」
きっと温かいお湯に当たったせいだろうけれど、瞳がいつもよりも濃くなっている。昨日といい今朝といい、どうにも涙目を見ることが多い。普段全くそんな顔をしないくせに、ここ最近すぐに目元をぐしゃぐしゃにする。
それほど俺に心を開いてくれているのであればいいが。やはり誰かの泣き顔、というのはあまり心臓によろしくない。
二人で廊下を歩いている間も彼はずっと無言で、俯きながら歩いていた。綺麗なつむじを見下ろしながら、さてどうしたものかと頭を悩ませた。あまり変に励ましてもプライドを傷つけてしまうだろう。かと言って普段通りにしてしまうと「構ってくれない!」と拗ねてしまう。思春期というのはどうにも難しい。まあでも、だいたい何をしたら彼がどう思うかはわかってきた。これは一つの成長かもしれない。
「ディヴィッド様」
だから、今彼に何が必要かも、なんとなくだけどわかる気がする。不必要なほどの慰めではなく、素っ気ないほどの日常さでもない。
多分、きっと、今の彼にはこれが必要だ。
「大丈夫ですよ」
湿った髪を、タオル越しに撫でる。周りに誰もいないことを確認して、少しだけ乱暴にかき混ぜた。
「わぷっ」
「ほら、水が垂れてる」
「ちょ、ちょっと! 乱暴すぎじゃない!?」
「そうですか? ディヴィッド様が油断しているのが良くないのではないでしょうか」
「うわあ! ヴィ、ヴィンス! やっぱり怒ってるだろ!?」
「まさか。それにほら。駄目ですよ、ディヴィッド様」
跪いてタオルで完全に周り方の視線を遮る。?を真っ赤にしたディヴィッド様が、キョトンとした顔でこちらを見ていた。
「まだ二人きりじゃあないんだから。もう少し我慢しろよ」
「ううっ……!」
囁くようにそう言うと、ますます?は赤くなり、耳の端まで一気に熱を持った。甘えたくなるのは分かるけれど、一応約束は約束だ。もう少しだけ我慢してもらわないと。その代わり部屋に戻ったらいくらでもわがままを聞いてやろう。
その感情が、果たして「家庭教師」や「執事」として正しいものかはわからない。分からないし、もう考えないことにした。そうじゃないと何もできなくなるからだ。昨晩ディヴィッドと話をして、人が人を思うことや愛情について考えていた。
もしもこの、俺がディヴィッドに抱く感情が「愛情」だとしたら。それは、正しいものなのだろうか。どこまでが「敬愛」で、どこからが「愛情」なんだろう。どれも同じなように思えるけれど、でもどこか、何かが違う気がする。
「ヴィンチェンツォの馬鹿……」
「はいはい。そうですね」
「もう!」
それまでの泣きそうだった顔は何処へやら。年相応の砕けた表情を見せてくれて、俺はホッと胸を撫でおろした。以前だったらきっと取り繕って、変に大人っぽい顔をしただろう。でも今はそうではなく、作り上げた皮の一枚下にある彼本来の顔を見せてくれたことが、俺とディヴィッドの関係性がそれほどまでに近くなった証拠で、やはり少し、嬉しかった。
***
部屋について、急いで服を着替えさせ、冷めてしまった朝食を食べ終わる頃にはもう午前中は終わりそうな時間になっていた。中途半端な時間に食事をしたから昼食はいらないと言っていたので、代わりに今日の間食は甘いものではなくサンドイッチかスコーンにしてもらうようにしようと思い、エリザベス様と話すついでにアリーチェにそう伝えておくことにする。結局午前中は授業もできず、俺もこの後用事が出来てしまったから、仕方がないので図書館で過ごしておいてくれと言った。
自分一人で勉強していてくれ、なんて言ったところでどうせやらないに決まっている。そもそもある程度のことはもう学び終わっているから必要以上に勉強をすることもないのだ。
「なあ、ヴィンス」
「なんだ」
「んー、いや。呼んだだけ」
「はぁ?」
ポケットに入れていた小さな手帳に今朝のことを書き込んでいると、椅子に座って足をぶらぶらさせているディヴィッドが退屈そうに声をかけてきた。機嫌はもうすっかり戻ったようで、むしろこの辺にポッカリできてしまった手持ち無沙汰な時間を退屈しているようだ。
冷めてしまった紅茶を飲みながら机に突っ伏している姿を見ると、普段と何も変わらない。むしろどこか幼く見える。でも、もう彼はただの幼い少年ではない。俺と同じ、大人の男性に少しずつ変わっていくのだ。今日その最初の一歩を迎えたわけだけど、本人にはその自覚はなさそうだ。
(それを教えるのが俺、だなんて)
仕方がない、これも仕事だ。他の人にはできない仕事だし、ある意味光栄なことでもある。ただ昨日の今日で、自分自身彼に対して複雑な感情を抱いているのだから、なんとかして平静を装わなければいけない。
いや、そもそも仕事なんだからそんなこと考える必要ないのだ。平成を装うとか、冷静でいなければとか、仕事の頭に切り替えようとか。それはつまり、もっと私的な、プライベートなことを期待したり考えているから自分を律しないといけないわけだ。それ自体が間違っていることは、自分でもよくわかっているのに。
「ヴィーンースー」
「はーい」
「ふふーん」
「ったく、なんだよ」
でも、こうやって。親しげに名前を呼び、それに対して返事をしただけで嬉しそうに笑う顔を見て。執事と主人という堅苦しい壁を作れるほど、俺は立派な人間ではなかった。ただただその声が愛おしい。ただただその笑顔が愛おしい。
俺もつい、頬を緩めてしまう。早くエリザベス様のところへ行き、アリーチェにも話をしないといけないのに。なぜか離れ難いと思ってしまい、だらだらとメモを取るふりをしてここに居座ってしまう。これじゃいけない。仕事は仕事だ。たとえ居心地が良くてもやるべきことはやらなくては。
「じゃあちょっと出てくるから。図書館で好きな本でも読んでてくれ」
「わかった。いつ戻ってくる?」
「いつも通りだよ。午後の授業になったらまた来るから」
「そっか……わかった。早く帰ってきてね」
そんな、まるで恋人を待つ少女のようなことを言うものだから。俺はぐっと息を飲んで急いでドアを開けた。いつまでもここにいたら俺はどんどん駄目になる。今はまだ「仕事だから」と言い聞かせられているけれど、それもいつまでもつかわからない。
不躾だとわかっているがバタンと勢いよくドアを閉めて、大きく深呼吸をする。早く帰ってきて、だなんて。俺の帰る場所はここじゃあない。少なくとも、ここはディヴィッドの部屋だ。俺は仕事のためにここにきて、必要なことを教えて、そして仕事が終われば自分の部屋に戻るのだ。
帰る場所じゃあ、ないのに。
「帰りたい、と思うのは、なんだって言うんだよ……」
ぐしゃりと前髪を握りしめる。メガネを外して一度大きく頬を叩き、ちゃんと執事の顔ができるようにぐっと背筋を伸ばした。
俺がしっかりしなければ。ディヴィッドはまだ子供で、感情のまま行動と取ってしまう。だからそれに流されてはいけない。彼をあるべきところ導くのが俺の仕事だ。それを、私利私欲のために使うなんて。そんなの主権乱用だ。
俺は一体、彼をどこに導きたいのだろう。それさえちゃんと分かっていないのに。こんなんじゃ執事失格だ。私欲を殺し、ただひたすら主人のためにこの身を削る。それが俺に課せられた使命だというのに。
それなのに、俺の瞼の裏にはディヴィッドの泣き顔がこびりついて離れない。不安げに揺れるバイオレットの瞳、目尻に溜まった大きな涙、嗚咽をこらえて震える唇。肌は柔らかく、まだ子供と言ってもおかしくないのに。なぜかそれらは、今にも花咲きそうな生娘のように思えた。
「バカか、俺は」
相手は紛れもなく男で、ましてや俺の主人だ。こんなこと思ってはいけない。何があっても。こんな感情、間違っているのだ。
無性に何かを蹴り飛ばしたくて、でもそこには何もなくて、仕方がないから自分の抱く邪な感情を吐き出すように足を蹴り上げる。いつもより早歩きでエリザベス様のお部屋へと向かった。
「失礼します。ヴィンチェンツォです。エリザベス様はいらっしゃいますか」
屋敷の中で最も日当たりの良い部屋が、エリザベス様のお部屋だった。普段から外部との連絡は全てエリザベス様が行なっている。首都で行われる社交界やパーティーのお手紙に返事をしたり、本邸とのやりとりをしたり、先代のリチャード様が書かれた論文の整理などを行なっている。もちろんお年を召されているから全てご自身で、というのは難しいため使用人が手伝いはするが、職務のほとんどは彼女を通してでないと行えない。
そのため、ディヴィッド様にやや厳しいと思われるような態度を取られるのもこのためだ。ノールズ家という名前に課せられた重みは、生半可なものではない。何百年と続いてきた家系であり、過去を辿れば王家との関係もある。決して恥ずかしいことをしてはいけない。傷をつけては、汚してはいけない。その思いが強いため、ディヴィッドにも「良き当主」になって欲しいと願っているのだ。
そしてそのために俺が専属の執事、そしてこの屋敷にいる間は家庭教師として任命されたわけだ。つまるところディヴィッドがエリザベス様の望む「良き当主」になれるかどうかは、俺の腕にかかっていると言っても過言ではない。
そんな多忙なエリザベス様だが、果たして今はお手すきだろうか。なかなか返ってこない返答になぜか緊張する。俺はいつも、彼女と話すとき背筋が普段の何倍も伸びるのだ。
「ああ、どうぞ。鍵は開いていますよ」
「はい。失礼します」
一度息を吸って、それから落ち着くためにゆっくりと吐き出す。毎晩報告のために訪れているというのに、なぜか今日は一段と緊張する。
重たいドアを開けて、中に入る。ディヴィッドと同じ作りなのに、こちらは燦々と陽の光が差し込んでいた。レースのカーテン越しには中庭の薔薇園がよく見える。窓を開けているためか満開の薔薇が香り高く風に乗って漂ってきた。
「珍しいですね、この時間に貴方が来るなんて。ディヴィッドに何かありましたか」
「ええ。しかし悪い報告ではありません」
「あら。それは良いことですね」
ノールズ家にとっては、それはそれは嬉しい報告だろう。これでようやく彼は「男」になり、後継を作れるようになった。きっとこのことは本邸のジョージ様にも伝わるだろう。
ただ俺の心境は複雑だった。それが悟られないよう、なるべく感情を乗せないように心がけながら口を開く。ただ淡々と、事実だけを伝えるために。
「今朝、ディヴィッド様が精通を迎えました。本人は動揺しておりましたが、今は落ち着いております」
「まあまあ、それは良かったわ。やっとあの子も大人になったのね」
「そうですね。しかし本人に自慰を含めた性知識が不足しており、今回のことも病気ではないかと勘違いしておりました。これに関しては私の指導不足です。申し訳ありません」
「いいんですよ。不必要に制欲を刺激する必要もありません。これから教えていけばいいでしょう」
とはいえ、ディヴィッドは図書館でかなりのラブロマンスを読んでいた。そこである程度の知識は得られているのではないか、と思ったが、もしかしたらそれらが偏っている可能性もある。
描かれたフィクションは、現実よりも美しく見える。そして、汚いところも全て綺麗に修飾されるのだ。
「ヴィンチェンツォ、今日はどのような予定でしたか?」
「本日は午前中にヴァイオリン、午後はギリシャ語の予定です」
「そうですか。それらは全て明日に回してください」
「は、ですが」
ただでさえ予定は遅れている。それなのに全て後回しにするなんて。一体何を考えているのだろう。そしてその空いた時間に、俺は一体何をするのだろう。
なんだか嫌な予感がした。こういう予感は当たるのだ。悲しいことに。
「ディヴィッドももうすぐパブリック・スクールに入学します。貴方もそうしたら本邸に戻るでしょう。そうしたら誰も、あの子に教えてあげる人は居なくなってしまいます」
「パブリック・スクールでおかしな知識を得る前に、ということですか」
「そうよ。取り返しがつかなくなる前に、きちんと教育しておいて欲しいのですよ」
「何を……ですか」
「私ではできないこと、です」
ディヴィッドと同じバイオレットの瞳が、パチリと瞬いた。そこには長い間ずっとこの家を守り、決して絶やすことなく、ただ繁栄のみを願っていた強い意志があった。
その色に俺が勝てるはずもなく、拒絶できるわけもなく、告げられる言葉にただ力なく頷くだけだった。
***
一体どんな顔で待っているだろうかと思い部屋を訪れてみると、ディヴィッドは想像して居た通りしょんぼりとした表情で椅子に座っていた。シャワーを浴びたおかげで普段はあらゆる方向に向いているブルネットの髪はしんなりとしている。だがそれが、まるで叱られた後の子犬みたいに見えてなんだか気持ちが落ち着かない。
だってこんなの、子供そのものじゃあないか。いくら普段は大人びて対等な口を聞こうとしても、結局蓋を開ければただの十二歳の少年だ。自分の体に起きた生理現象に驚き、動揺し、泣き出してしまうのだから。そんな幼い体に今から俺が教えるのは、大人としての手ほどきだ。
「ディヴィッド、戻ってたんだな」
「うん……なんか、本を読んでもあんまり面白くなくて」
「そうか」
「ヴィンスは? リズおばあちゃんと何か話して来たんだろ?」
「ああ……今日の授業について、だ」
午後は午後でやることが決まっていた。しかしそれらを全て取り止めて指示されたのは、あまりにも重たい内容だった。
「いいか、今から俺が教えるのはお前にとって必要不可欠なことだ」
「今までの授業だって必要なんじゃないの?」
「そうだけど。それよりももっと大切なんだよ。その、これからの人生において」
「んん? よくわからないけれどヴィンスがそう言うなら」
ベッドに移動しろと言って、ちゃんとドアに鍵がかかっていることを確認した。誰かが入ってくることもないだろうけれど、念のためだ。カーテンもきっちりと閉める。部屋の電気を消す必要はないはずだけど、なんだか眩しいのも恥ずかしくてスイッチをオフにする。
ベッドサイドの小さなランプだけを点けて、不思議そうに足をぶらつかせるディヴィッドに近づいた。床に跪いて視線を合わせる。少しだけ垂れた目尻が不安そうに揺れていた。
「まず、今朝お前が驚いていたことを説明する」
「あ、ああ。あれね。大丈夫だって言ってたけど」
「本当に大丈夫だよ。男なら誰でも迎えるものだ」
「ヴィンスも?」
「そうだ。あれは夢精と言って、簡単に言うと大人になった証拠なんだよ」
「大人……?」
そんなことを言われても驚くだけだろう。だからそっと手を取って、俺の喉元に触れさせる。小さくて熱い手が首筋をなぞった。
「ほら、俺の喉には膨らみがあるだろう? 声もお前より低い」
「うん。本当だ」
「お前にもこれができるようになる。声も低くなって、身長も伸びる。もしかしたら髭も生えるかもしれないな」
「お父様みたいになるってこと?」
「ああ、そうだな」
興味深そうに俺の喉仏を撫でる。少しくすぐったくて背中がぞわりと粟立った。俺は体質的にそこまで髭は生えないのであまりいい例にはなれないけれど、でもトトやマッテオを見るとわかりやすいだろう。
だから、何も恐ろしいことはない。みんなが通る道だ。最初は少しビックリするけど怖がらなくていい。そう言ってやると、ディヴィッドは安心したように表情を和らげた。
「それで……今後、また今朝みたいなことがあるかもしれない。それは自然現象だから怖がることはないんだけど」
「そっか……でもシーツとか汚しちゃうのは嫌だな」
「ああ。だからちゃんと自分で処理をするんだよ」
「自分で?」
「そう」
なぜだか妙に緊張していた。まさかディヴィッドにこんなことを教えることになるなんて。やり方はわかるけれど、人に施すのは初めてだ。ちゃんとできるだろうか、という心配よりも、もっと他に、これを教えることで彼が自分の元から離れていってしまうような気がして、どこか恐ろしかった。
大人になる、精通を迎えるということは女を抱けるようになるということだ。子供を作るために、彼は今後女を抱くだろう。その方法を今から俺は教えるのだ。それが、どれほど恐ろしいか。ようやく築き上げたこの関係が壊れてしまいそうな気がして、もうこのまま一緒に逃げ出したくなる。
でも、そんなことできるはずもなく。
「一回しか、しないからな」
「え、うん」
俺は立ち上がって、ベッドに乗り上げた。ディヴィッドを後ろから抱え込むようにして座る。腕にすっぽり収まるほど体は小さくて、髪から漂う甘いシャンプーの香りに理性が揺さぶられて、奥歯を噛み締めて必死に冷静を装った。
ディヴィッドはまだ十二歳だし、これからパブリック・スクールに入る。そこを卒業した頃にきっと婚約をするだろう。そして大学を卒業と同時に結婚、というのがおそらくノールズ家の考えだと思う。今までもそうだったから、例えばディヴィッドが留学をしたいなどと言わない限りはきっとそうなるだろう。
だからそれまでの間、いたずらに誰かと関係を結ばないように。俺は今から性欲を処理する方法を教えるのだ。そう、ただそれだけ。それだけのことだ。あくまでこれは授業の一環で、必要なものなのだ。そして俺にしかできない。だから、それ以上の意味はここにはない。
「痛かったら言えよ」
「わ、わかった」
指先まで冷え切って、かすかに震える指先でディヴィッドの太ももを撫でる。剥き出しになった素肌は柔らかく、これがもうすぐしたら硬く逞しいものになるのだろうかと思う。そう考えるとこの柔らかさを知っているのはこの世で俺だけなのかと気づき、それだけでなぜか優越感がひどく湧き上がってきた。スルスル撫でていると最初はくすぐったそうに動いていたディヴィッドが、突然びくりと体を震わせた。
内腿の付け根あたりを指先でくすぐると、面白いくらい体が跳ね上がる。ベッドからずり落ちないようにしっかりと抱え込んで、体をぎゅっと、隙間が生まれないくらい強く抱きしめた。
それから少しずつ、きわどいところを撫で始める。皮膚が薄くて神経が通っているところ。そこを優しく羽でなぞるように触れていく。ディヴィッドの呼吸が面白いくらいに乱れていくのが分かった。
「なに、これ……っ、なんか、体が変だよ」
「変じゃねぇよ。ほら、ちゃんと覚えるんだぞ」
「うん、うん、わかった、ねえヴィンス」
「なんだよ」
「腰のところ、むずむずする……」
俺の腰に擦り付けてくるから、滲み出た生唾を必死に飲み込む。いやいや、俺が理性を手放してどうする。しっかりしなければ。怖かったら握りしめていいからと言って、下着ごと履いていたものを脱がせてやる。俺はなんともないように振る舞うけれど、きっとディヴィッドにとっては予想外のことだったのだろう。驚いたような、非難めいた声が耳に届いた。
羞恥心で小さな悲鳴をあげたけれど、落ち着かせるために髪を撫でてやり軽くキスをする。耳元で何度も大丈夫だから、と言っていると、まだ幼く小さな熱がかすかに芯を持ち始めていることに気がついた。
手を伸ばして軽く撫でてやる。それだけなのに指先は先走りでどんどん濡れていった。手のひらに収まるくらい、まだ幼いものだけれど。それでもこれが、いつかは立派なものになるのか。女性を抱いて、色も変わって、野生めいた腰付きで性を注ぎ込むのか。
そう思うと、なんだか無性に腹が立った。どうして、とか。そんなことを考える余裕はもう俺には存在していなかった。
「んぁ、っ、あ、なに、これ…?…っ!」
「寝ている間もこうなってたんだよ、お前のこれ」
「そ、んなの、っ、ふぁ、あっ、しら、ないっ!」
「寝ている間だからな。ほら、こうやって手でしごいていくと大きくなるだろう?」
「ほ、ほんとだ、っ……あっ、や、そこ、変、ビリビリする……っ」
先端のところを指で引っ掻いてやると、面白いくらいに質量が増した。完全に勃ち上がったそれに先走りをまぶしながらゆっくりと手で上下させてやる。
ほんの少しだけ色づいて、まだ何も知らないその熱をこれから俺が様々なものを教え込んでいくのかと思うと、それだけでこちらの腰もずくりとうずく。自分の呼吸が浅く、不規則になっていることには気づかないままだった。
「はっ、あー、っ、ぅあ、あっ……」
「声、我慢するなよ」
「だってこん、な、んあ、はずかしいっ、って」
「俺しか聞いてないんだから。ほら」
相手いた手を口に入れて無理やり唇をこじ開ける。ねっとりとした咥内を指先でかき混ぜると、唾液が手首まで伝っていく。グチュリと大きな水音がする。誰もいない部屋にはディヴィッドの荒い息づかいと、どんどん大きくなる水音と、バカみたいに鳴る俺の鼓動だけが響いていた。
「ん、う、あ、ああっ、……っ、ひっ、う」
「息吸え、ちゃんと」
「ひゃ、むりぃ、っ、んっ……っ、は、ぁ」
「大丈夫だから」
何が大丈夫なんだよ、と自分で自分に舌打ちをする。本当はこんな風にただ手で与えるだけでは足りない。もっと、もっとたくさん触れたい。だらだらと唾液を流し続けているその小さな唇を貪りたい。きっちりと着込んだままの服を全て剥ぎ取って、その下にある肌に吸い付きたい。
ああ、ダメだ。こんなの絶対にダメだ。だって俺は、ディヴィッドの執事で、家庭教師で、これはただ授業の一環なんだから。そんなことまで教える必要はない。このまま絶頂まで持っていき、それで「この子種を女性に注ぎ込めば子供ができる」というところまで教えれば俺の仕事は終わりだ。
腕の中で跳ね上がる小さな体を抱きしめる。その間もずっと右手は動かし続け、左手で口の中をかき混ぜる。最初は力の入っていた体も今ではすっかりとろけてしまい、俺にもたれかかっていた。
「ヴィ、ヴィンス」
「……っ」
涙で湿った声で俺の方を向く。涙で潤み、色が濃くなった瞳はまるで熟れた果実のようで、早くその熟成を迎えさせてくれと訴えていた。まだ幼い、花咲くには早い花だと思っていたのに。
その奥に秘められていたのはどこまでも俺を魅了する強烈な色香だった。
「も、もっと」
「な、っにを」
泣き出しそうな、それでも請い願うような。囁くように、ディヴィッドは俺の名前を呼んだ。
「ヴィンス……もっと、して」
「……っ、くそっ」
それまで必死に耐えていた俺の理性が、少しだけ切れた。奥歯を噛み締めて息を飲む。これくらいならまだ許されるだろうか。どこまでなら、俺は「家庭教師」という立場を保てるだろうか。
いや、もうこんなことを考えている時点で保てていないのだろう。もういい。それでもいい。だってここには俺とディヴィッドしかいないのだから。二人だけの秘密だ。誰も知らない。だったら。
「ちょっと、痛いかもしれないからな」
「へっ、え、何、っ、んあぁ!?」
シャツのボタンを乱暴に外して、露わになった肌に唇を寄せる。首筋に鼻先を寄せて、甘い香りのする肌を強く吸い上げた。
「あ、ああっ、あ……っ、あっ……!」
びくりと大きく体が震えて、右手に生暖かい感触が伝わって来た。どうやらちゃんと達することができたらしい。そんなこと見なくてもすぐにわかったけれど、俺はまだ手を動かし続けていた。
左手で浮かび上がった乳首をこねまわす。決して気持ちよくはないだろうけれど、達した衝撃がまだ続いているのか気持ち良さそうに声をあげた。まだ外を知らない、何も知らない小鳥が鳴くように。ディヴィッドは、甘い声で啼いた。
普段はあんなに生意気なくせに。
普段はあんなに偉そうなくせに。
こうやって、俺の手で。あられもない姿を見せて、喘ぐことしかできないなんて。俺が今、まさにこの手で、何も知らず純粋な体に痕を残しているなんて。
ゴクリ、と生唾を飲み込んだ。
「うっ、も、ダメ、やだ、刺激が、っあ、強い、だめ……やだ、あ、っ、ああっ、あぅ……っ」
服にしがみついてきて、張り裂けそうな声でディヴィッドは叫んだ。それと一緒に熱い飛沫が手にかかる。これ以上はもう何も出ないのか、少しずつ強度を失っていく。それにつられてディヴィッドもぐったりと体の力を抜いていった。必死に息を吸い込んでいるけれど、口の端から垂れている唾液はぬぐいきれないようだ。白い肌が薔薇色に染まっている。まだ幼い肌は、それでも確かに色香に包まれていて、このままずっと触れていたらあっという間に飲み込まれてしまいそうだった。
乱れたままの呼吸を整えることもせず、緩やかに目を閉じていた。白くて柔らかい肌には、俺が噛み付いた赤いあとが付いている。これのどこか、情操教育だ。俺は何を教えたんだ。
ただ自分が抱いている浅ましい感情に、気がついただけじゃあないか。
「……こうやって、自分で処理するんだ。それで結婚相手が決まったら、セックスをする」
「セックス……?」
「そう。これを、女性の胎内に入れるんだ。そうしたら子供ができる。わかるか? だから誰とでもそういうことをしたら駄目なんだよ」
「……うん、でもそれって」
何か言いたそうだった。俺は少しだけ、その先を想像できた。女性とだったら駄目なら、男性だったら。それならどうなんだ。きっとディヴィッドはそう言いたいのだろう。
パブリック・スクールに入ると確かにそういう風習はあるだろう。それが伝統で、慣習だというのなら俺は否定しない。もちろんそういうことが原因で問題を起こすのは良くないが、決められた期間の、閉ざされた空間での話だ。そこにいる間だけ、とちゃんと割り切って考えられるのなら別にいいと思う。
そこはもう俺が何か言える立場ではない。人生の中で唯一自分の好きにできる時間だ。だから、お前の好きにしろと。そう言いたい。
でも本当は違う。本当は誰にもこんな姿を見せて欲しくない。こうして快楽を与えるのは、俺の手だけであってほしい。ああ、これを人は、なんというのだろう。嫉妬だろうか、独占欲だろうか、それとも見苦しい執着だろうか。
ただ少しだけ距離が近づいただけで、たったそれだけでこんなにも浮かれてしまって。教育の一貫で触れただけなのにこんなにも惚れ込んでしまって。
なんて、みっともない。
(最低だ……俺は)
手に残る粘っこい白濁を見つめながら、自分の中に生まれた罪悪感に絶望した。
「……授業は、これで終わりだ」
「え、うん……わかった」
「疲れただろ。今日はもう休め。夕飯はここに持ってくるから」
「ありがと。ねえ、ヴィンス」
「ん?」
へにゃりと笑ったディヴィッドは、今までよりも少しだけ大人っぽい、色のある表情をしていた。
「気持ちよかった、すごく」
「……っ、そう、かよ」
それから急いで服を着せて、俺は急いで部屋を後にした。しっかりと反応している熱に気づかれたくなかったからだ。誰にも会わないことを願いながら便所に行き、それから立て続けに二回抜いた。
その間、ずっと頭の中にディヴィッドの顔があって、それにもまた絶望した。俺が泣く理由なんてどこにもないのに。なぜか目からは涙が溢れて止まらない。
手のひらに広がる白濁の青臭さに気持ちが悪くなって、でもそのくせ先ほどの情事を思い出してうっすらと反応しつつある自身の熱に呆れてしまう。
「くそっ……なんなんだよ……っ」
でも、後数週間したらディヴィッドはこの館からいなくなる。そうしたら俺も、当分顔を見ることはなくなるだろう。パブリック・スクールで戯れのような情事を知り、それらか婚約者を見つけ、結婚する。そうやって子孫を残していくのが彼の仕事だ。
俺はその手助けをするだけ。きっと俺のことなんて忘れる。だからもう、こんな風に傷ついたり泣いたりすることもないのだ。そうわかっているのに。
自分以外の手がその肌に触れることが嫌だった。自分以外の人を見つめることが嫌だった。自分以外が彼を抱くことが嫌だった。
こんなこと決して願ってはいけないのに。どうして俺は、ああ、どうして。こんなにも。
「好き、なんだろう」
こんな感情に気づきたくなかった。ただの勘違いであって欲しかった。そうしたらいくらでも笑い飛ばしたのに。
こんなの、もう、笑えない。
大きく吐き出したため息は、涙で重たく湿っていた。
俺には到底できないな、と思ったのは薔薇園で話をした後に自室に戻ったはいいがなぜか一睡もできずに夜が明けてしまった時だった。
「眠てぇ……」
ぼんやりする頭を抱えて、重たい瞼を無理やりこじ開ける。体がだるくて仕方がない。部屋に戻ったのはそこまで遅い時間ではなかった。日付が変わる数時間前だったし、むしろ普段よりもゆっくりできるくらいの余裕はあった。
でも、ベッドに横たわって目を閉じるとなぜか瞼の裏がやけに眩しいのだ。それはベッドサイドのランプを消し忘れたからとか、やけに月が明るいからとか、カーテンを閉め忘れたからとか、そういうことではない。鼻の奥に残った甘い薔薇の香りが肺にまで潜り込んできて、クラクラと脳みそが溶けてしまいそうだった。
だんだん東雲色に染まっていく空を見ながら、もしかしたらあの時間は全て夢だったのではないかと思った。確かに俺は、彼と打ち解けられたらいいと願っていた。もっと知りたいとも思っていた。どうか彼の送る日々が、美しく輝かしいものであるようにと。そう祈っていた。でもまさかあんな、執事である俺が、主人である彼に、あんな対応をしてしまったなんて。
「……どんな顔で会えばいいんだよ」
今までどんな風に接していたかわからなくなる。無意識のうちに「家庭教師」や「執事」の顔を作って、その役を演じていたのだろうか。でもまあ、それが仕事だったし、あるべき姿だと思っていた。その目に見えない仮面があるから、俺は、いや俺たちは主人の前に立つことができる。そこに「ヴィンチェンツォ・ドメーニコ」という個人は必要ない。
だというのに彼は、ディヴィッドは、俺に俺であってくれと言った。敬語なんて使わないで、名前を呼んで、もっと近くに寄って欲しい。執事とか、家庭教師とか、ノールズ家の次期当主とか関係なくて。一人の個人として、ちゃんと見て欲しいと言われた。そして彼が望んでいるのは、そうやって自分の抱えているものを開け放して、そして。
「愛されたい、なんて。……ロマンスの読みすぎはどっちだよ」
体を起こして大きくため息をつく。ああ、ニコチンが欲しい。昨日は忙しくて煙草を吸う暇がなかった。別に中毒というわけではないが、こうも疲れているとどうしても吸いたくなる。適当に留めたままだった寝間着のボタンを外して服を着替える。今日は何を着ようか。いつも通り、いつも通り。こうして仕事の服を着ると嫌でも気持ちが切り替わる。はずだ。
一番着慣れたネイビーのモーニング・コートに袖を通す。すぐに汚れてしまうとわかっているけれど、こうしたかっちりとした服装をすることで俺もちゃんと「執事」と「家庭教師」になれる気がした。ストライプの入ったのシャツだって同じことだけど、やはりこれが一番しっくりくる。ライラック色のタイを巻いて、ベストの中にしまいこむ。今日は少し寒いだろうか。屋敷を走り回っていれば汗だくになって結局脱いでしまうけれど、朝くらいはきちんとした格好で居たいのだけれど。
鏡の前でどこにも汚れがないことを確かめて、履き慣れたチャコーブルラウンのダブルモンクに足を入れる。紐をしっかりと結んで、解けないようにした。最後にチェストに置いていた細身の眼鏡をかけた。
寝癖でぐしゃぐしゃになった髪を手櫛で撫で付けるが、相変わらずふわふわとして綺麗にまとまらない。しょうがないから後ろで結んで、クマを隠すために今日は眼鏡を外さないでおこうと思った。うん、これはひどい。肌の色が白いせいもあるけれど、誰が見ても俺が寝不足だと気づいてしまうだろう。
眼鏡をすれば多少は誤魔化せるだろうか。ああ、せめて今日くらいはおとなしく授業を受けて欲しいな。また屋敷中を走り回るなんて、今の俺には流石に無理だ。
「さて、今日も頑張るか」
最後にもう一度、鏡を覗き込む。
うん、大丈夫。ちゃんといつも通りの顔だ。アリーチェには、寝る前に本を読んでいたら夜更かしをしてしまった、とでも言っておこう。それに明後日は初めての休暇だ。今日と明日頑張れば久しぶりにのんびりできる。
今はなんだか、ディヴィッドに会いたいような会いたくないような、不思議な気持ちだった。顔を見たいけれど、見たら見たでどんな顔をすればいいかわからない。困ったなぁ。なんでだろう。どうしてこうも、彼のことを考えたら?が緩んでしまうんだ。悩んでいるはずなのに、それが全てディヴィッドのことだと思うと胸の奥がくすぐったくてならない。
鏡に映る締まりのない顔を見て、これではいかんと両頬でパチンと叩く。それでもまだヘニャヘニャと口元は緩んでしまい、面白いほど自分が浮かれていることをいやでも自覚した。
「やべ、時間だ」
急がないと朝食を食いっぱぐれてしまう。頭の中に渦巻いている形にならない感情を無理やり脇に追いやって、俺は廊下に出た。
うん、今日もいい天気だ。きっといい日になるだろう。まだ眠たくて重たい瞼をこすって、大きく伸びをした。
***
「おはようございます、ディヴィッド様」
ドアを三回ノックして声をかける。もう起きているだろうか。昨日はちゃんと眠れただろうか。この部屋に入って、ドアを締め切るまでは今まで通り「主人」と「家庭教師」という関係を保たなくてはいけない。だからもどかしいと思いながらもこうして敬語を使い、ディヴィッド様、と呼ばなければならない。
早く開けて欲しいと思うのに、なぜか返事は聞こえなかった。
「ディヴィッド様?」
まだ眠っているのだろうか。それとも聞こえていないのだろうか。いや、普段からこうやって朝の挨拶をしているのだ。俺の声が届いていないなんてことはないだろう。
はて、一体どうしたんだ。まだ眠っているとかならいいんだけど。昨日夜遅くまで外に出ていたから、風邪でも引いてしまったのだろうか。もしそうだとしたら大変だ。
「デイィヴィッド様、開けますよ」
こういう時のため、俺にはマスターキーが与えられている。とは言っても、ディヴィッドが中から鍵をかけることはほとんどない。毎晩俺が外から部屋をかけているし、外出される時も俺が施錠している。
ただ朝に関してはディヴィッドが先に起きて開錠しているから、こうやってわざわざマスターキーを使う必要はないのだ。だからこれは珍しい。どんなに眠くても寝ぼけながら鍵を開け、それからまたベッドに戻って惰眠をむさぼる。それが常なのに。何かベッドから出られないことでもあったのだろうか。
「ディヴィッド様……? 起きていらっしゃいますか?」
「ヒック、ぐす……っ」
「ちょ、ちょっと! どうしたんですか!?」
「ヴィ、ヴィンスぅ……ひぐっ、ぐすっ」
部屋を見てみると、分厚いカーテンは閉じられたままで、光はどこにもなかった。昨晩俺が炊いた香がかすかに残り、甘い残り香が鼻の奥をくすぐる。部屋の様子はどこも変わっていない。それなのに、俺の耳にはディヴィッドの啜り泣きが伝わって来た。
慌ててベッドの方を見ると、毛布が大きく盛り上がっている。そこから泣き声が聞こえてくるから、おそらくディヴィッドはそこで泣いているのだろう。しやくり上げるたびに毛布の山も上下する。
朝食を乗せていたワゴンを入り口のところに放置して、俺は急いで駆け寄った。昨日の夜も散々泣いていたし、今朝もなぜか泣いている。本当、一体、どうしたというんだ。何がそんなに悲しいんだ。昨日あれほど距離を縮めたというのに、それでもまだ足りないというのか。
「おい、ディヴィッド。どうした」
「ヴィンス、僕……っ、体、変になっちゃった……!」
「変って、どうしたんだよ。腹でも痛いのか」
「ううん、違う、そうじゃなくて……っ、朝起きたら、その、濡れてて」
「濡れてた?」
「そう」
毛布をめくっていいかと尋ね、なぜか恥ずかしそうに頷くのを確認してそっと体をあらわにさせた。濡れている、というから粗相をしたのかと思っていた。しかしもうこの年齢だ。さすがにそれはないだろう。それにただの粗相だったらこれほどまでに動揺するはずはない。
だとしたら、果たして。そう思いながら毛布を引き剥がして見る。そうしてようやく、彼の言っていたことがわかった。むわりと青臭い匂いが鼻をつく。男だったら誰でも知っているだろうそれを、まさかこんな形で知るなんて思いもよらなかった。
「こ、これ……何かな、朝起きたらこんな感じになってて……」
「なるほど……ええと、まあ、そうか」
「勝手に納得するなよ……! ねえ、これ何、僕変な病気どかじゃあないよな?」
病気なんかじゃあない。むしろとても健康で、健全だ。確かにディヴィッドは声変わりもしていないし、身長もまだまだ低い。
普段こんなこと考えないけれど、多分俺もこんな感じだったんだろう。親からは何も聞かされていないけれど、もしかしたらディヴィッドみたいに泣きじゃくっていたかもしれない。よく覚えていないけれど、まあこれは確かに驚くよな。
「大丈夫だ。お前、今までこういうこと一度もなかったんだな」
「ない。なあ、これなに? 白くてベトベトして……」
「あー、まあ、詳しくは後で教えるから……シャワー、浴びてこい。その間に着替え出しとくから」
「わかった……ねえ、下着も汚れちゃったんだけど」
きっと洗濯女中はこんなこと気にもしないだろうけれど、思春期真っ只中なディヴィッドのことだ、たとえそんなことわかっていても恥ずかしいだろう。
「いいよ、それ、俺が洗うから」
「ありがと……ヴィンス」
「おう。ほら、もう泣くな」
クシャクシャと髪を撫でる。昨日はあんなに気恥ずかしくて、躊躇していたのに。そんなこと気にならないくらいに俺もディヴィッドも動揺していた。何とかして落ち着かせたいという気持ちと、泣き顔は見たくないという気持ちがないまぜになって自然と髪を撫でていたけれど、指先に絡まる柔らかい感覚にふと胸の奥がほぐれていく。
確認するとシーツも汚れてしまったらしく、もう面倒臭いから本人ごとまとめて風呂場に連れて行こう。さすがに体は洗ってやれないが、シャワーを浴びている間にすぐ近くにある洗い場でシーツなんかを洗濯すればいいだろう。そのまま干してしまえば、こんなにいい天気だ、きっと夜までには乾くはずだ。
そう思って、ディヴィッドの体にシーツを巻きつけた。
「ディヴィッド、暴れるなよ?」
「え? 何、うわっ! ちょっと、ヴィンス!」
「痛ッ! 暴れるなって言ったろ!」
「待って、今僕汚れてるって……!」
「うるせぇなぁ。精通くらい誰だってあるんだよ。それに男同士だろ、そんなの恥ずかしがるなって」
「でも……汚れるよ」
「いいよ。これも仕事だ」
突然口ごもったのをいいことにシーツでぐるぐる巻きにして一気に抱きかかえる。小さくて軽い体だ、俺の腕にすっぽりと収まってしまう。
もっと暴れるかと思ったけれど意外にもおとなしくしてくれたおかげでさっさと風呂場まで連れて行けた。せっかくの朝食は冷めてしまったけれど、後でアリーチェに作り直してもらおう。昨日に引き続き迷惑をかけてしまうけれど、事情を言えばわかってくれるだろう。
「よしよし、落ち着いたか?」
「うん……まあ」
「そうか。あっ、外に出るから俺のことちゃんと呼ぶんだぞ?」
「わかってるよ……ヴィンチェンツォ」
「?」
なぜか急に元気が無くなってしまい、どうしたのだろうかと顔を覗き込む。でもふいと逸らされてしまい表情はよく見えなかった。また泣いているのかと思ったけれど嗚咽は聞こえてこない。
まあ、泣いていないのならいいだろう。抱きかかえた小さな体が驚くほど熱くて、そうか、子供体温を持つくらい俺の主人は幼かったのかと改めて思った。でも、それもきっと今日までだ。これからディヴィッドはどんどん成長していく。身長も伸びるだろうし、声も低くなるだろう。
そうしたらこんな風に抱きかかえる事もできなくなる。むしろ逆に、その腕で女性を抱くのだ。どこの誰かもわからない、まだ見たことのない女性を抱くのだ。
彼が精通を迎えたということは、きっとこれから結婚の話も出てくるはずだ。今はもう昔みたいに政略結婚なんて行われていないけれど、それでもやはり社交界というのは存在する。そこに赴いてどこかの令嬢と出会い、恋に落ち、結婚するのだろう。
その時にも俺は、ディヴィッドの隣にいて、ずっと支えるのだろうか。そうだといい。いや、そうなんだろうけれど。ああ、でも。
「ヴィンチェンツォ?」
「あ……いや、何でもないですよ。大丈夫です」
「本当?」
「ええ。本当です」
少しだけ、嫌だと思った。彼が、ディヴィッドが、誰か知らない女性を抱くことが。そうして俺の知らない新しい家庭を築いていくことが。なぜか、おかしな話だけど、嫌だと思った。
そんなこと考えてもどうしようもないし、どうにもならないのに。さっさと汚れたシーツごとこの得体の知れない感情も洗い流してしまいたい。ディヴィッドに気づかれてしまう前に、早く全てを洗い流して、またいつもの関係に戻りたいと思ってしまった。
汚れたシーツや下着を全て洗い終え、干し終わった頃にディヴィッドもシャワーを浴びてやってきた。濡れたままの髪の毛がぺしゃんと垂れている。まるで水浴びをした後の子犬のようだ。こんな朝っぱらからバスローブを着ていることに本人もどこか居心地が悪そうだ。
俺も朝から一仕事をして既に汗だくだし、メガネがずるりと落ちてしまいそうになる。適当に結んだ髪も首に張り付いて気持ちが悪かった。まあでも、きっと俺よりもディヴィッドの方がよほど気持ちが悪かっただろう。しかも何が起きたのかわかっていないのだから、なおさらだ、
「ヴィンチェンツォ、あの」
「さっぱりしましたか?」
「うん。あと、その……ごめんなさい」
「何がですか」
「洗濯とか全部してもらって」
「いいって言ったでしょう? これも仕事のうちです」
「仕事、か」
「ええ。貴方の身の回りをお世話することが私の仕事です。だから貴方は何もお気になさらず」
まだ何か言いたそうな顔をしていたけれど言葉が出てこなかったのか、大人しく頷いたディヴィッドに笑いかける。もう大丈夫だから、と頭を撫でてやりたかったけれどそれは叶わず、とにかく早く部屋に戻ろうと言った。
二人きりになればまだ少しは話しやすいだろうか。それに朝食が冷え切ったまま残されている。あれもどうにかしないと。作り直すにしてもらうしても、俺はエリザベス様にこのことを報告しないといけない。きっとディヴィッドは嫌がるだろう。それでもこういうことは逐一報告しないといけないようになっている。
昨晩何時に寝て、寝つきは良かったかどうか、朝は何時に起きて何を食べたか、何を学んで授業態度はどうだったか。些細なことでも全てエリザベス様の耳に入るようにしておかないといけない。それが執事としての俺の仕事だった。
「さあ、部屋に戻りましょう。このままだと風邪を引いてしまいますよ」
「うん……ありがと」
「いいえ。なんてことありませんよ」
きっと温かいお湯に当たったせいだろうけれど、瞳がいつもよりも濃くなっている。昨日といい今朝といい、どうにも涙目を見ることが多い。普段全くそんな顔をしないくせに、ここ最近すぐに目元をぐしゃぐしゃにする。
それほど俺に心を開いてくれているのであればいいが。やはり誰かの泣き顔、というのはあまり心臓によろしくない。
二人で廊下を歩いている間も彼はずっと無言で、俯きながら歩いていた。綺麗なつむじを見下ろしながら、さてどうしたものかと頭を悩ませた。あまり変に励ましてもプライドを傷つけてしまうだろう。かと言って普段通りにしてしまうと「構ってくれない!」と拗ねてしまう。思春期というのはどうにも難しい。まあでも、だいたい何をしたら彼がどう思うかはわかってきた。これは一つの成長かもしれない。
「ディヴィッド様」
だから、今彼に何が必要かも、なんとなくだけどわかる気がする。不必要なほどの慰めではなく、素っ気ないほどの日常さでもない。
多分、きっと、今の彼にはこれが必要だ。
「大丈夫ですよ」
湿った髪を、タオル越しに撫でる。周りに誰もいないことを確認して、少しだけ乱暴にかき混ぜた。
「わぷっ」
「ほら、水が垂れてる」
「ちょ、ちょっと! 乱暴すぎじゃない!?」
「そうですか? ディヴィッド様が油断しているのが良くないのではないでしょうか」
「うわあ! ヴィ、ヴィンス! やっぱり怒ってるだろ!?」
「まさか。それにほら。駄目ですよ、ディヴィッド様」
跪いてタオルで完全に周り方の視線を遮る。?を真っ赤にしたディヴィッド様が、キョトンとした顔でこちらを見ていた。
「まだ二人きりじゃあないんだから。もう少し我慢しろよ」
「ううっ……!」
囁くようにそう言うと、ますます?は赤くなり、耳の端まで一気に熱を持った。甘えたくなるのは分かるけれど、一応約束は約束だ。もう少しだけ我慢してもらわないと。その代わり部屋に戻ったらいくらでもわがままを聞いてやろう。
その感情が、果たして「家庭教師」や「執事」として正しいものかはわからない。分からないし、もう考えないことにした。そうじゃないと何もできなくなるからだ。昨晩ディヴィッドと話をして、人が人を思うことや愛情について考えていた。
もしもこの、俺がディヴィッドに抱く感情が「愛情」だとしたら。それは、正しいものなのだろうか。どこまでが「敬愛」で、どこからが「愛情」なんだろう。どれも同じなように思えるけれど、でもどこか、何かが違う気がする。
「ヴィンチェンツォの馬鹿……」
「はいはい。そうですね」
「もう!」
それまでの泣きそうだった顔は何処へやら。年相応の砕けた表情を見せてくれて、俺はホッと胸を撫でおろした。以前だったらきっと取り繕って、変に大人っぽい顔をしただろう。でも今はそうではなく、作り上げた皮の一枚下にある彼本来の顔を見せてくれたことが、俺とディヴィッドの関係性がそれほどまでに近くなった証拠で、やはり少し、嬉しかった。
***
部屋について、急いで服を着替えさせ、冷めてしまった朝食を食べ終わる頃にはもう午前中は終わりそうな時間になっていた。中途半端な時間に食事をしたから昼食はいらないと言っていたので、代わりに今日の間食は甘いものではなくサンドイッチかスコーンにしてもらうようにしようと思い、エリザベス様と話すついでにアリーチェにそう伝えておくことにする。結局午前中は授業もできず、俺もこの後用事が出来てしまったから、仕方がないので図書館で過ごしておいてくれと言った。
自分一人で勉強していてくれ、なんて言ったところでどうせやらないに決まっている。そもそもある程度のことはもう学び終わっているから必要以上に勉強をすることもないのだ。
「なあ、ヴィンス」
「なんだ」
「んー、いや。呼んだだけ」
「はぁ?」
ポケットに入れていた小さな手帳に今朝のことを書き込んでいると、椅子に座って足をぶらぶらさせているディヴィッドが退屈そうに声をかけてきた。機嫌はもうすっかり戻ったようで、むしろこの辺にポッカリできてしまった手持ち無沙汰な時間を退屈しているようだ。
冷めてしまった紅茶を飲みながら机に突っ伏している姿を見ると、普段と何も変わらない。むしろどこか幼く見える。でも、もう彼はただの幼い少年ではない。俺と同じ、大人の男性に少しずつ変わっていくのだ。今日その最初の一歩を迎えたわけだけど、本人にはその自覚はなさそうだ。
(それを教えるのが俺、だなんて)
仕方がない、これも仕事だ。他の人にはできない仕事だし、ある意味光栄なことでもある。ただ昨日の今日で、自分自身彼に対して複雑な感情を抱いているのだから、なんとかして平静を装わなければいけない。
いや、そもそも仕事なんだからそんなこと考える必要ないのだ。平成を装うとか、冷静でいなければとか、仕事の頭に切り替えようとか。それはつまり、もっと私的な、プライベートなことを期待したり考えているから自分を律しないといけないわけだ。それ自体が間違っていることは、自分でもよくわかっているのに。
「ヴィーンースー」
「はーい」
「ふふーん」
「ったく、なんだよ」
でも、こうやって。親しげに名前を呼び、それに対して返事をしただけで嬉しそうに笑う顔を見て。執事と主人という堅苦しい壁を作れるほど、俺は立派な人間ではなかった。ただただその声が愛おしい。ただただその笑顔が愛おしい。
俺もつい、頬を緩めてしまう。早くエリザベス様のところへ行き、アリーチェにも話をしないといけないのに。なぜか離れ難いと思ってしまい、だらだらとメモを取るふりをしてここに居座ってしまう。これじゃいけない。仕事は仕事だ。たとえ居心地が良くてもやるべきことはやらなくては。
「じゃあちょっと出てくるから。図書館で好きな本でも読んでてくれ」
「わかった。いつ戻ってくる?」
「いつも通りだよ。午後の授業になったらまた来るから」
「そっか……わかった。早く帰ってきてね」
そんな、まるで恋人を待つ少女のようなことを言うものだから。俺はぐっと息を飲んで急いでドアを開けた。いつまでもここにいたら俺はどんどん駄目になる。今はまだ「仕事だから」と言い聞かせられているけれど、それもいつまでもつかわからない。
不躾だとわかっているがバタンと勢いよくドアを閉めて、大きく深呼吸をする。早く帰ってきて、だなんて。俺の帰る場所はここじゃあない。少なくとも、ここはディヴィッドの部屋だ。俺は仕事のためにここにきて、必要なことを教えて、そして仕事が終われば自分の部屋に戻るのだ。
帰る場所じゃあ、ないのに。
「帰りたい、と思うのは、なんだって言うんだよ……」
ぐしゃりと前髪を握りしめる。メガネを外して一度大きく頬を叩き、ちゃんと執事の顔ができるようにぐっと背筋を伸ばした。
俺がしっかりしなければ。ディヴィッドはまだ子供で、感情のまま行動と取ってしまう。だからそれに流されてはいけない。彼をあるべきところ導くのが俺の仕事だ。それを、私利私欲のために使うなんて。そんなの主権乱用だ。
俺は一体、彼をどこに導きたいのだろう。それさえちゃんと分かっていないのに。こんなんじゃ執事失格だ。私欲を殺し、ただひたすら主人のためにこの身を削る。それが俺に課せられた使命だというのに。
それなのに、俺の瞼の裏にはディヴィッドの泣き顔がこびりついて離れない。不安げに揺れるバイオレットの瞳、目尻に溜まった大きな涙、嗚咽をこらえて震える唇。肌は柔らかく、まだ子供と言ってもおかしくないのに。なぜかそれらは、今にも花咲きそうな生娘のように思えた。
「バカか、俺は」
相手は紛れもなく男で、ましてや俺の主人だ。こんなこと思ってはいけない。何があっても。こんな感情、間違っているのだ。
無性に何かを蹴り飛ばしたくて、でもそこには何もなくて、仕方がないから自分の抱く邪な感情を吐き出すように足を蹴り上げる。いつもより早歩きでエリザベス様のお部屋へと向かった。
「失礼します。ヴィンチェンツォです。エリザベス様はいらっしゃいますか」
屋敷の中で最も日当たりの良い部屋が、エリザベス様のお部屋だった。普段から外部との連絡は全てエリザベス様が行なっている。首都で行われる社交界やパーティーのお手紙に返事をしたり、本邸とのやりとりをしたり、先代のリチャード様が書かれた論文の整理などを行なっている。もちろんお年を召されているから全てご自身で、というのは難しいため使用人が手伝いはするが、職務のほとんどは彼女を通してでないと行えない。
そのため、ディヴィッド様にやや厳しいと思われるような態度を取られるのもこのためだ。ノールズ家という名前に課せられた重みは、生半可なものではない。何百年と続いてきた家系であり、過去を辿れば王家との関係もある。決して恥ずかしいことをしてはいけない。傷をつけては、汚してはいけない。その思いが強いため、ディヴィッドにも「良き当主」になって欲しいと願っているのだ。
そしてそのために俺が専属の執事、そしてこの屋敷にいる間は家庭教師として任命されたわけだ。つまるところディヴィッドがエリザベス様の望む「良き当主」になれるかどうかは、俺の腕にかかっていると言っても過言ではない。
そんな多忙なエリザベス様だが、果たして今はお手すきだろうか。なかなか返ってこない返答になぜか緊張する。俺はいつも、彼女と話すとき背筋が普段の何倍も伸びるのだ。
「ああ、どうぞ。鍵は開いていますよ」
「はい。失礼します」
一度息を吸って、それから落ち着くためにゆっくりと吐き出す。毎晩報告のために訪れているというのに、なぜか今日は一段と緊張する。
重たいドアを開けて、中に入る。ディヴィッドと同じ作りなのに、こちらは燦々と陽の光が差し込んでいた。レースのカーテン越しには中庭の薔薇園がよく見える。窓を開けているためか満開の薔薇が香り高く風に乗って漂ってきた。
「珍しいですね、この時間に貴方が来るなんて。ディヴィッドに何かありましたか」
「ええ。しかし悪い報告ではありません」
「あら。それは良いことですね」
ノールズ家にとっては、それはそれは嬉しい報告だろう。これでようやく彼は「男」になり、後継を作れるようになった。きっとこのことは本邸のジョージ様にも伝わるだろう。
ただ俺の心境は複雑だった。それが悟られないよう、なるべく感情を乗せないように心がけながら口を開く。ただ淡々と、事実だけを伝えるために。
「今朝、ディヴィッド様が精通を迎えました。本人は動揺しておりましたが、今は落ち着いております」
「まあまあ、それは良かったわ。やっとあの子も大人になったのね」
「そうですね。しかし本人に自慰を含めた性知識が不足しており、今回のことも病気ではないかと勘違いしておりました。これに関しては私の指導不足です。申し訳ありません」
「いいんですよ。不必要に制欲を刺激する必要もありません。これから教えていけばいいでしょう」
とはいえ、ディヴィッドは図書館でかなりのラブロマンスを読んでいた。そこである程度の知識は得られているのではないか、と思ったが、もしかしたらそれらが偏っている可能性もある。
描かれたフィクションは、現実よりも美しく見える。そして、汚いところも全て綺麗に修飾されるのだ。
「ヴィンチェンツォ、今日はどのような予定でしたか?」
「本日は午前中にヴァイオリン、午後はギリシャ語の予定です」
「そうですか。それらは全て明日に回してください」
「は、ですが」
ただでさえ予定は遅れている。それなのに全て後回しにするなんて。一体何を考えているのだろう。そしてその空いた時間に、俺は一体何をするのだろう。
なんだか嫌な予感がした。こういう予感は当たるのだ。悲しいことに。
「ディヴィッドももうすぐパブリック・スクールに入学します。貴方もそうしたら本邸に戻るでしょう。そうしたら誰も、あの子に教えてあげる人は居なくなってしまいます」
「パブリック・スクールでおかしな知識を得る前に、ということですか」
「そうよ。取り返しがつかなくなる前に、きちんと教育しておいて欲しいのですよ」
「何を……ですか」
「私ではできないこと、です」
ディヴィッドと同じバイオレットの瞳が、パチリと瞬いた。そこには長い間ずっとこの家を守り、決して絶やすことなく、ただ繁栄のみを願っていた強い意志があった。
その色に俺が勝てるはずもなく、拒絶できるわけもなく、告げられる言葉にただ力なく頷くだけだった。
***
一体どんな顔で待っているだろうかと思い部屋を訪れてみると、ディヴィッドは想像して居た通りしょんぼりとした表情で椅子に座っていた。シャワーを浴びたおかげで普段はあらゆる方向に向いているブルネットの髪はしんなりとしている。だがそれが、まるで叱られた後の子犬みたいに見えてなんだか気持ちが落ち着かない。
だってこんなの、子供そのものじゃあないか。いくら普段は大人びて対等な口を聞こうとしても、結局蓋を開ければただの十二歳の少年だ。自分の体に起きた生理現象に驚き、動揺し、泣き出してしまうのだから。そんな幼い体に今から俺が教えるのは、大人としての手ほどきだ。
「ディヴィッド、戻ってたんだな」
「うん……なんか、本を読んでもあんまり面白くなくて」
「そうか」
「ヴィンスは? リズおばあちゃんと何か話して来たんだろ?」
「ああ……今日の授業について、だ」
午後は午後でやることが決まっていた。しかしそれらを全て取り止めて指示されたのは、あまりにも重たい内容だった。
「いいか、今から俺が教えるのはお前にとって必要不可欠なことだ」
「今までの授業だって必要なんじゃないの?」
「そうだけど。それよりももっと大切なんだよ。その、これからの人生において」
「んん? よくわからないけれどヴィンスがそう言うなら」
ベッドに移動しろと言って、ちゃんとドアに鍵がかかっていることを確認した。誰かが入ってくることもないだろうけれど、念のためだ。カーテンもきっちりと閉める。部屋の電気を消す必要はないはずだけど、なんだか眩しいのも恥ずかしくてスイッチをオフにする。
ベッドサイドの小さなランプだけを点けて、不思議そうに足をぶらつかせるディヴィッドに近づいた。床に跪いて視線を合わせる。少しだけ垂れた目尻が不安そうに揺れていた。
「まず、今朝お前が驚いていたことを説明する」
「あ、ああ。あれね。大丈夫だって言ってたけど」
「本当に大丈夫だよ。男なら誰でも迎えるものだ」
「ヴィンスも?」
「そうだ。あれは夢精と言って、簡単に言うと大人になった証拠なんだよ」
「大人……?」
そんなことを言われても驚くだけだろう。だからそっと手を取って、俺の喉元に触れさせる。小さくて熱い手が首筋をなぞった。
「ほら、俺の喉には膨らみがあるだろう? 声もお前より低い」
「うん。本当だ」
「お前にもこれができるようになる。声も低くなって、身長も伸びる。もしかしたら髭も生えるかもしれないな」
「お父様みたいになるってこと?」
「ああ、そうだな」
興味深そうに俺の喉仏を撫でる。少しくすぐったくて背中がぞわりと粟立った。俺は体質的にそこまで髭は生えないのであまりいい例にはなれないけれど、でもトトやマッテオを見るとわかりやすいだろう。
だから、何も恐ろしいことはない。みんなが通る道だ。最初は少しビックリするけど怖がらなくていい。そう言ってやると、ディヴィッドは安心したように表情を和らげた。
「それで……今後、また今朝みたいなことがあるかもしれない。それは自然現象だから怖がることはないんだけど」
「そっか……でもシーツとか汚しちゃうのは嫌だな」
「ああ。だからちゃんと自分で処理をするんだよ」
「自分で?」
「そう」
なぜだか妙に緊張していた。まさかディヴィッドにこんなことを教えることになるなんて。やり方はわかるけれど、人に施すのは初めてだ。ちゃんとできるだろうか、という心配よりも、もっと他に、これを教えることで彼が自分の元から離れていってしまうような気がして、どこか恐ろしかった。
大人になる、精通を迎えるということは女を抱けるようになるということだ。子供を作るために、彼は今後女を抱くだろう。その方法を今から俺は教えるのだ。それが、どれほど恐ろしいか。ようやく築き上げたこの関係が壊れてしまいそうな気がして、もうこのまま一緒に逃げ出したくなる。
でも、そんなことできるはずもなく。
「一回しか、しないからな」
「え、うん」
俺は立ち上がって、ベッドに乗り上げた。ディヴィッドを後ろから抱え込むようにして座る。腕にすっぽり収まるほど体は小さくて、髪から漂う甘いシャンプーの香りに理性が揺さぶられて、奥歯を噛み締めて必死に冷静を装った。
ディヴィッドはまだ十二歳だし、これからパブリック・スクールに入る。そこを卒業した頃にきっと婚約をするだろう。そして大学を卒業と同時に結婚、というのがおそらくノールズ家の考えだと思う。今までもそうだったから、例えばディヴィッドが留学をしたいなどと言わない限りはきっとそうなるだろう。
だからそれまでの間、いたずらに誰かと関係を結ばないように。俺は今から性欲を処理する方法を教えるのだ。そう、ただそれだけ。それだけのことだ。あくまでこれは授業の一環で、必要なものなのだ。そして俺にしかできない。だから、それ以上の意味はここにはない。
「痛かったら言えよ」
「わ、わかった」
指先まで冷え切って、かすかに震える指先でディヴィッドの太ももを撫でる。剥き出しになった素肌は柔らかく、これがもうすぐしたら硬く逞しいものになるのだろうかと思う。そう考えるとこの柔らかさを知っているのはこの世で俺だけなのかと気づき、それだけでなぜか優越感がひどく湧き上がってきた。スルスル撫でていると最初はくすぐったそうに動いていたディヴィッドが、突然びくりと体を震わせた。
内腿の付け根あたりを指先でくすぐると、面白いくらい体が跳ね上がる。ベッドからずり落ちないようにしっかりと抱え込んで、体をぎゅっと、隙間が生まれないくらい強く抱きしめた。
それから少しずつ、きわどいところを撫で始める。皮膚が薄くて神経が通っているところ。そこを優しく羽でなぞるように触れていく。ディヴィッドの呼吸が面白いくらいに乱れていくのが分かった。
「なに、これ……っ、なんか、体が変だよ」
「変じゃねぇよ。ほら、ちゃんと覚えるんだぞ」
「うん、うん、わかった、ねえヴィンス」
「なんだよ」
「腰のところ、むずむずする……」
俺の腰に擦り付けてくるから、滲み出た生唾を必死に飲み込む。いやいや、俺が理性を手放してどうする。しっかりしなければ。怖かったら握りしめていいからと言って、下着ごと履いていたものを脱がせてやる。俺はなんともないように振る舞うけれど、きっとディヴィッドにとっては予想外のことだったのだろう。驚いたような、非難めいた声が耳に届いた。
羞恥心で小さな悲鳴をあげたけれど、落ち着かせるために髪を撫でてやり軽くキスをする。耳元で何度も大丈夫だから、と言っていると、まだ幼く小さな熱がかすかに芯を持ち始めていることに気がついた。
手を伸ばして軽く撫でてやる。それだけなのに指先は先走りでどんどん濡れていった。手のひらに収まるくらい、まだ幼いものだけれど。それでもこれが、いつかは立派なものになるのか。女性を抱いて、色も変わって、野生めいた腰付きで性を注ぎ込むのか。
そう思うと、なんだか無性に腹が立った。どうして、とか。そんなことを考える余裕はもう俺には存在していなかった。
「んぁ、っ、あ、なに、これ…?…っ!」
「寝ている間もこうなってたんだよ、お前のこれ」
「そ、んなの、っ、ふぁ、あっ、しら、ないっ!」
「寝ている間だからな。ほら、こうやって手でしごいていくと大きくなるだろう?」
「ほ、ほんとだ、っ……あっ、や、そこ、変、ビリビリする……っ」
先端のところを指で引っ掻いてやると、面白いくらいに質量が増した。完全に勃ち上がったそれに先走りをまぶしながらゆっくりと手で上下させてやる。
ほんの少しだけ色づいて、まだ何も知らないその熱をこれから俺が様々なものを教え込んでいくのかと思うと、それだけでこちらの腰もずくりとうずく。自分の呼吸が浅く、不規則になっていることには気づかないままだった。
「はっ、あー、っ、ぅあ、あっ……」
「声、我慢するなよ」
「だってこん、な、んあ、はずかしいっ、って」
「俺しか聞いてないんだから。ほら」
相手いた手を口に入れて無理やり唇をこじ開ける。ねっとりとした咥内を指先でかき混ぜると、唾液が手首まで伝っていく。グチュリと大きな水音がする。誰もいない部屋にはディヴィッドの荒い息づかいと、どんどん大きくなる水音と、バカみたいに鳴る俺の鼓動だけが響いていた。
「ん、う、あ、ああっ、……っ、ひっ、う」
「息吸え、ちゃんと」
「ひゃ、むりぃ、っ、んっ……っ、は、ぁ」
「大丈夫だから」
何が大丈夫なんだよ、と自分で自分に舌打ちをする。本当はこんな風にただ手で与えるだけでは足りない。もっと、もっとたくさん触れたい。だらだらと唾液を流し続けているその小さな唇を貪りたい。きっちりと着込んだままの服を全て剥ぎ取って、その下にある肌に吸い付きたい。
ああ、ダメだ。こんなの絶対にダメだ。だって俺は、ディヴィッドの執事で、家庭教師で、これはただ授業の一環なんだから。そんなことまで教える必要はない。このまま絶頂まで持っていき、それで「この子種を女性に注ぎ込めば子供ができる」というところまで教えれば俺の仕事は終わりだ。
腕の中で跳ね上がる小さな体を抱きしめる。その間もずっと右手は動かし続け、左手で口の中をかき混ぜる。最初は力の入っていた体も今ではすっかりとろけてしまい、俺にもたれかかっていた。
「ヴィ、ヴィンス」
「……っ」
涙で湿った声で俺の方を向く。涙で潤み、色が濃くなった瞳はまるで熟れた果実のようで、早くその熟成を迎えさせてくれと訴えていた。まだ幼い、花咲くには早い花だと思っていたのに。
その奥に秘められていたのはどこまでも俺を魅了する強烈な色香だった。
「も、もっと」
「な、っにを」
泣き出しそうな、それでも請い願うような。囁くように、ディヴィッドは俺の名前を呼んだ。
「ヴィンス……もっと、して」
「……っ、くそっ」
それまで必死に耐えていた俺の理性が、少しだけ切れた。奥歯を噛み締めて息を飲む。これくらいならまだ許されるだろうか。どこまでなら、俺は「家庭教師」という立場を保てるだろうか。
いや、もうこんなことを考えている時点で保てていないのだろう。もういい。それでもいい。だってここには俺とディヴィッドしかいないのだから。二人だけの秘密だ。誰も知らない。だったら。
「ちょっと、痛いかもしれないからな」
「へっ、え、何、っ、んあぁ!?」
シャツのボタンを乱暴に外して、露わになった肌に唇を寄せる。首筋に鼻先を寄せて、甘い香りのする肌を強く吸い上げた。
「あ、ああっ、あ……っ、あっ……!」
びくりと大きく体が震えて、右手に生暖かい感触が伝わって来た。どうやらちゃんと達することができたらしい。そんなこと見なくてもすぐにわかったけれど、俺はまだ手を動かし続けていた。
左手で浮かび上がった乳首をこねまわす。決して気持ちよくはないだろうけれど、達した衝撃がまだ続いているのか気持ち良さそうに声をあげた。まだ外を知らない、何も知らない小鳥が鳴くように。ディヴィッドは、甘い声で啼いた。
普段はあんなに生意気なくせに。
普段はあんなに偉そうなくせに。
こうやって、俺の手で。あられもない姿を見せて、喘ぐことしかできないなんて。俺が今、まさにこの手で、何も知らず純粋な体に痕を残しているなんて。
ゴクリ、と生唾を飲み込んだ。
「うっ、も、ダメ、やだ、刺激が、っあ、強い、だめ……やだ、あ、っ、ああっ、あぅ……っ」
服にしがみついてきて、張り裂けそうな声でディヴィッドは叫んだ。それと一緒に熱い飛沫が手にかかる。これ以上はもう何も出ないのか、少しずつ強度を失っていく。それにつられてディヴィッドもぐったりと体の力を抜いていった。必死に息を吸い込んでいるけれど、口の端から垂れている唾液はぬぐいきれないようだ。白い肌が薔薇色に染まっている。まだ幼い肌は、それでも確かに色香に包まれていて、このままずっと触れていたらあっという間に飲み込まれてしまいそうだった。
乱れたままの呼吸を整えることもせず、緩やかに目を閉じていた。白くて柔らかい肌には、俺が噛み付いた赤いあとが付いている。これのどこか、情操教育だ。俺は何を教えたんだ。
ただ自分が抱いている浅ましい感情に、気がついただけじゃあないか。
「……こうやって、自分で処理するんだ。それで結婚相手が決まったら、セックスをする」
「セックス……?」
「そう。これを、女性の胎内に入れるんだ。そうしたら子供ができる。わかるか? だから誰とでもそういうことをしたら駄目なんだよ」
「……うん、でもそれって」
何か言いたそうだった。俺は少しだけ、その先を想像できた。女性とだったら駄目なら、男性だったら。それならどうなんだ。きっとディヴィッドはそう言いたいのだろう。
パブリック・スクールに入ると確かにそういう風習はあるだろう。それが伝統で、慣習だというのなら俺は否定しない。もちろんそういうことが原因で問題を起こすのは良くないが、決められた期間の、閉ざされた空間での話だ。そこにいる間だけ、とちゃんと割り切って考えられるのなら別にいいと思う。
そこはもう俺が何か言える立場ではない。人生の中で唯一自分の好きにできる時間だ。だから、お前の好きにしろと。そう言いたい。
でも本当は違う。本当は誰にもこんな姿を見せて欲しくない。こうして快楽を与えるのは、俺の手だけであってほしい。ああ、これを人は、なんというのだろう。嫉妬だろうか、独占欲だろうか、それとも見苦しい執着だろうか。
ただ少しだけ距離が近づいただけで、たったそれだけでこんなにも浮かれてしまって。教育の一貫で触れただけなのにこんなにも惚れ込んでしまって。
なんて、みっともない。
(最低だ……俺は)
手に残る粘っこい白濁を見つめながら、自分の中に生まれた罪悪感に絶望した。
「……授業は、これで終わりだ」
「え、うん……わかった」
「疲れただろ。今日はもう休め。夕飯はここに持ってくるから」
「ありがと。ねえ、ヴィンス」
「ん?」
へにゃりと笑ったディヴィッドは、今までよりも少しだけ大人っぽい、色のある表情をしていた。
「気持ちよかった、すごく」
「……っ、そう、かよ」
それから急いで服を着せて、俺は急いで部屋を後にした。しっかりと反応している熱に気づかれたくなかったからだ。誰にも会わないことを願いながら便所に行き、それから立て続けに二回抜いた。
その間、ずっと頭の中にディヴィッドの顔があって、それにもまた絶望した。俺が泣く理由なんてどこにもないのに。なぜか目からは涙が溢れて止まらない。
手のひらに広がる白濁の青臭さに気持ちが悪くなって、でもそのくせ先ほどの情事を思い出してうっすらと反応しつつある自身の熱に呆れてしまう。
「くそっ……なんなんだよ……っ」
でも、後数週間したらディヴィッドはこの館からいなくなる。そうしたら俺も、当分顔を見ることはなくなるだろう。パブリック・スクールで戯れのような情事を知り、それらか婚約者を見つけ、結婚する。そうやって子孫を残していくのが彼の仕事だ。
俺はその手助けをするだけ。きっと俺のことなんて忘れる。だからもう、こんな風に傷ついたり泣いたりすることもないのだ。そうわかっているのに。
自分以外の手がその肌に触れることが嫌だった。自分以外の人を見つめることが嫌だった。自分以外が彼を抱くことが嫌だった。
こんなこと決して願ってはいけないのに。どうして俺は、ああ、どうして。こんなにも。
「好き、なんだろう」
こんな感情に気づきたくなかった。ただの勘違いであって欲しかった。そうしたらいくらでも笑い飛ばしたのに。
こんなの、もう、笑えない。
大きく吐き出したため息は、涙で重たく湿っていた。
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