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霧時雨【10月長編】
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ひとしきり大泣きし、その後半べそのままなんとか蕎麦を平らげたおみと二人でまたしても参道をブラブラと歩く。まだ鼻をすすっているが、空は快晴のまま心地よい秋空だった。
やっぱりこの場所に来て、霊力が高まっているんだ。その証拠が肩まで伸びた髪と、成長した体、それからこの天気だ。
おみが泣いてもこの場所に雨が降らない。多少のコントロールが出来るようになっているのか。はたまたどこか別の場所が土砂降りになっているのか。俺には分からないが、少なくとも普段のおみとは明らかに違う。
「涼太、あれ何?」
おみが指さしたのは、参道に面した屋台だった。中で食べられるところはないようで、完全に食べ歩き用として売っているんだろう。
ほわりと甘い香りが漂ってくる。食欲がぐっと刺激された。
「お焼きだよ。中に色々入ってるんだ」
「お焼き……」
たらりとヨダレが垂れている。よかった、食い意地は変わらないか。
「どれがいい? 惣菜が入ってるのもあるし、これは甘いみたいだ」
「甘いの! 甘いのがいい!」
「はいはい。じゃあぜんざいお焼きにしようか」
ここはぜんざい発祥の地と言われている。だから歩いているとたくさんの甘味処が目に入っていた。甘いものが大好きなおみにとっては天国のような場所だろう。
「ぜんざいお焼き二つください」
「はいよ! あっついから気をつけな!」
「ありがとうございます」
気のいい店主が、豪快に笑う。手のひらが分厚くて、長年お焼きを作り続けてきた職人の手だった。
必死に背伸びをしながら覗き込もうとしているおみに気づいたのか、少し驚いた顔をしたあとににこりと笑った。
「坊主、旅行かい?」
「りょ、こう、です」
「そうかい。来月も来るんだろ?」
「うん、あ、いや、はい」
人見知りなおみは、そう答えると俺の後ろにピャっと隠れてしまう。腰の当たりをぎゅっと掴まれているのが分かる。確かにこの店主、見た目はデカくて怖いかもしれないけど優しい人だよ。大丈夫だよ。
「兄ちゃんも大変だな」
「いや、そんな」
「来月はもっと気を使うだろうから、今のうちに楽しんどけ」
「ありがとうございます、あはは……」
どうやら俺とおみがどういう存在か気づいたらしい。一体何者なんだ。このおじさん。
そんなこんなで、焼きたてのお焼きを手に入れることができた。おまけだ、と言われておまけにもう一つつけてもらう。ほら、やっぱり優しい。
おみに手渡すと、ほわほわした顔で受け取っていた。そのまま食べると絶対に口の中が大変なことになる。一体どうするのだろうと見ていたら、思い切りかぶりつく直前に「あつっ……」と呟いて何度も息を吹きかけていた。
成長しているんだなぁ。
「いただきまーす」
「いただきます」
お焼きといえば、中にきんぴらなど惣菜が入っているものばかりだ。でもこれは小豆ということで期待も高まってしまう。
半分に割ってみると、ほわりと湯気が立ち上がった。しっとりとした粒あんがぎっしりと詰められている。小豆一つ一つがツヤツヤと輝いていた。
そろそろ大丈夫だろうと思い、俺もおみに倣ってぱくりとかぶりつく。まだ熱くて湯気が立っていたが、食べられない熱さではない。
口いっぱいに小豆の甘さが広がってくる。外側の皮はパリッとしていて、しかしどこか柔らかさもある。噛めば噛むほど素朴な甘さが滲み出てきて、とても美味しかった。
「あひゅ、っ、あちゅい!」
「あんまり慌てて食べるなよ」
「はふー……美味しい!」
「よかったな」
口の端に餡子をつけたまま、おみは美味しそうにお焼きを食べていく。こうも見事な食べっぷりだと作った人も喜ぶだろう。
おみは、あっという間に一つ食べ終わった。おまけにもらった分もあげると、パクパク食べ始める。今度はほどよい熱さになっていたようで、火傷もせずに無言で食べている。
頬がパンパンになるまで詰め込み、ゆっくりと咀嚼している。なんだかリスみたいだ。
「おいしかったー!」
「食べるの早いな」
「美味しいから」
ぺろりと二つ平らげたのに、それでもまだ物足りなさそうにしている。どれだけ食べるんだ。元々よく食べる方ではあるが、体が大きくなったせいかいつも以上に食いしん坊になっていた。
「半分食べるか?」
「えっ、でも」
「俺は結構食べたから」
「んむー……じゃあ、食べる」
「うん」
一瞬、本当に一瞬だが遠慮しようとした。だが食欲には勝てなかったのか俺の食べかけを受け取り、ぱくぱく二口で食べ終わってしまった。これまた見事な食べっぷりである。
そうか、成長しているから口が大きくなっているんだ。普段だったらもう少し時間がかかるはずだろう。それでも、満足そうな顔は変わらない。
もしお焼きのCMを作るなら是非ともおみを採用して欲しい。こんなにも美味しそうにお焼きを食べる姿は今まで見たことがない。
「おいしいー! 涼太、ありがとう!」
「どういたしまして」
「涼太と一緒だったら、何倍も美味しい!」
「うん……俺もだよ」
お焼きよりも柔らかく、温かい頬を撫でる。嬉しそうに笑うおみとまた手を繋いで、陽だまりの中をのんびりと歩き始めた。
やっぱりこの場所に来て、霊力が高まっているんだ。その証拠が肩まで伸びた髪と、成長した体、それからこの天気だ。
おみが泣いてもこの場所に雨が降らない。多少のコントロールが出来るようになっているのか。はたまたどこか別の場所が土砂降りになっているのか。俺には分からないが、少なくとも普段のおみとは明らかに違う。
「涼太、あれ何?」
おみが指さしたのは、参道に面した屋台だった。中で食べられるところはないようで、完全に食べ歩き用として売っているんだろう。
ほわりと甘い香りが漂ってくる。食欲がぐっと刺激された。
「お焼きだよ。中に色々入ってるんだ」
「お焼き……」
たらりとヨダレが垂れている。よかった、食い意地は変わらないか。
「どれがいい? 惣菜が入ってるのもあるし、これは甘いみたいだ」
「甘いの! 甘いのがいい!」
「はいはい。じゃあぜんざいお焼きにしようか」
ここはぜんざい発祥の地と言われている。だから歩いているとたくさんの甘味処が目に入っていた。甘いものが大好きなおみにとっては天国のような場所だろう。
「ぜんざいお焼き二つください」
「はいよ! あっついから気をつけな!」
「ありがとうございます」
気のいい店主が、豪快に笑う。手のひらが分厚くて、長年お焼きを作り続けてきた職人の手だった。
必死に背伸びをしながら覗き込もうとしているおみに気づいたのか、少し驚いた顔をしたあとににこりと笑った。
「坊主、旅行かい?」
「りょ、こう、です」
「そうかい。来月も来るんだろ?」
「うん、あ、いや、はい」
人見知りなおみは、そう答えると俺の後ろにピャっと隠れてしまう。腰の当たりをぎゅっと掴まれているのが分かる。確かにこの店主、見た目はデカくて怖いかもしれないけど優しい人だよ。大丈夫だよ。
「兄ちゃんも大変だな」
「いや、そんな」
「来月はもっと気を使うだろうから、今のうちに楽しんどけ」
「ありがとうございます、あはは……」
どうやら俺とおみがどういう存在か気づいたらしい。一体何者なんだ。このおじさん。
そんなこんなで、焼きたてのお焼きを手に入れることができた。おまけだ、と言われておまけにもう一つつけてもらう。ほら、やっぱり優しい。
おみに手渡すと、ほわほわした顔で受け取っていた。そのまま食べると絶対に口の中が大変なことになる。一体どうするのだろうと見ていたら、思い切りかぶりつく直前に「あつっ……」と呟いて何度も息を吹きかけていた。
成長しているんだなぁ。
「いただきまーす」
「いただきます」
お焼きといえば、中にきんぴらなど惣菜が入っているものばかりだ。でもこれは小豆ということで期待も高まってしまう。
半分に割ってみると、ほわりと湯気が立ち上がった。しっとりとした粒あんがぎっしりと詰められている。小豆一つ一つがツヤツヤと輝いていた。
そろそろ大丈夫だろうと思い、俺もおみに倣ってぱくりとかぶりつく。まだ熱くて湯気が立っていたが、食べられない熱さではない。
口いっぱいに小豆の甘さが広がってくる。外側の皮はパリッとしていて、しかしどこか柔らかさもある。噛めば噛むほど素朴な甘さが滲み出てきて、とても美味しかった。
「あひゅ、っ、あちゅい!」
「あんまり慌てて食べるなよ」
「はふー……美味しい!」
「よかったな」
口の端に餡子をつけたまま、おみは美味しそうにお焼きを食べていく。こうも見事な食べっぷりだと作った人も喜ぶだろう。
おみは、あっという間に一つ食べ終わった。おまけにもらった分もあげると、パクパク食べ始める。今度はほどよい熱さになっていたようで、火傷もせずに無言で食べている。
頬がパンパンになるまで詰め込み、ゆっくりと咀嚼している。なんだかリスみたいだ。
「おいしかったー!」
「食べるの早いな」
「美味しいから」
ぺろりと二つ平らげたのに、それでもまだ物足りなさそうにしている。どれだけ食べるんだ。元々よく食べる方ではあるが、体が大きくなったせいかいつも以上に食いしん坊になっていた。
「半分食べるか?」
「えっ、でも」
「俺は結構食べたから」
「んむー……じゃあ、食べる」
「うん」
一瞬、本当に一瞬だが遠慮しようとした。だが食欲には勝てなかったのか俺の食べかけを受け取り、ぱくぱく二口で食べ終わってしまった。これまた見事な食べっぷりである。
そうか、成長しているから口が大きくなっているんだ。普段だったらもう少し時間がかかるはずだろう。それでも、満足そうな顔は変わらない。
もしお焼きのCMを作るなら是非ともおみを採用して欲しい。こんなにも美味しそうにお焼きを食べる姿は今まで見たことがない。
「おいしいー! 涼太、ありがとう!」
「どういたしまして」
「涼太と一緒だったら、何倍も美味しい!」
「うん……俺もだよ」
お焼きよりも柔らかく、温かい頬を撫でる。嬉しそうに笑うおみとまた手を繋いで、陽だまりの中をのんびりと歩き始めた。
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