117 / 276
雨の海【1月長編】
17
しおりを挟む
「みゃああああああ!」
遠くからおみの泣き声が聞こえてくる。白波の向こう、小さな人影が浮かび上がっては消えていく。ほとんど説明も無くたぎさんの背中に括り付けられ、気づいたら沖の方まで連れていかれていた。
俺はそんなおみをただ眺めることしか出来ず、おきつさんとおいちさんに挟まれて浜辺に座っていた。どうやらここは三女神のプライベートビーチのようで、俺たち以外には誰もいない。そんな穏やかで静かな場所に、おみの間抜けな泣き声が響き渡っていた。
「ぴゃあああああ!」
「あらあら、すごい声ね」
「たぎ姉様、スパルタだからな」
「大丈夫かなぁ……」
小さな人影は何度も倒れては、また起き上がって波に乗ろうとしている。きっとおみが泣きわめいてもたぎさんは止めないのだろう。
確かにスパルタだ。
「たぎちゃんもサーフィンを始めたばかりの頃は何回も失敗したのよぉ。何度も練習して、今ではどんな波にでも乗れちゃうの」
「神様でも失敗するんですね」
「当たり前だ。私たちの母も引きこもったりしたんだ」
宗像三女神の母といえば、つまり天照大御神のことか。確かに言われてみればどの神様も何かしら困難に出会い、そこから様々なことを学んでいっている。
おみもこのサーフィンで何かを得てくれたらいいんだけど。
「ぴああああ!」
「室生さんは、おみちゃんのことが本当に大切なのねぇ」
「それは、まぁ」
「そういうおきつ姉様も心配性だろう? 年末年始はいつも手伝いの眷属を送ってくれる」
「今年は大丈夫だったんですか?」
年が明けて一週間ほどだが、初詣には多くの人が訪れたのだろう。今でも一日の半分は祈祷に応えるため、おいちさんの姿を見ることが出来ない。
そんな中、わざわざ俺たちを招いてくれたのは何か理由があるんだろうか。
「今年も多かったよ。年明けから休む暇もなくなかった」
「それじゃあ俺たち、お邪魔だったんじゃ」
送迎だけではなく、宗像の観光案内までしてくれた。毎食作ってくれたし、今もこうして海に連れて来てくれている。
もしかしたら、すごく無理をしているんじゃないだろうか。そんなことを心配していたが。
「癒しが欲しかった」
「は?」
返ってきたのは、あまりにも人間らしい答えだった。
「年末年始、私はとても頑張った。だから癒しが欲しかったのだ」
「それが、おみ?」
「そうだ。見ていてあれほど癒されるそんざいがあるか?」
いや、ない。
走り回ったり転んだり泣いたりと目を離せないけれど、やっぱり一緒に居ると心が穏やかになる。確かにおみの存在は周りを癒しているのだ。
「あとはね、おいちちゃん、おみちゃんに教えたかったのよ」
「何をですか?」
「まあ、なんだ。あの子に親はいない。私たちとは違う生まれ方をしたからな」
「ああ……」
おみは、人の願いから生まれた。だから人がおみの親であり、それと同時におみの力を恐れている。何があっても絶対に味方でいてくれる「親」という存在が、おみにはいないのだ。
それでも。
「お前がいる。室生殿」
「俺、ですか」
「私たちの姿を見て、家族ってこういうものと教えたかったのよ、おいちちゃんは」
その言葉を聞いて、胸の奥がじんと熱くなる。そうか、俺はおみの家族なんだ。血は繋がっていないし、人と神というかけ離れた存在だけど。
確かに、俺たちは、家族なんだ。
「私達も海の者。何かあればいつでも頼れ」
「ありがとうございます、助かります」
「お礼はおみの写真でいいぞ」
「か、考えておきます」
そんな風に三人で話している間も、おみは波の上で七転八倒していた。果たして本当に波乗りに成功するのか。
それは、まさしく神のみぞ知るのだろう。
遠くからおみの泣き声が聞こえてくる。白波の向こう、小さな人影が浮かび上がっては消えていく。ほとんど説明も無くたぎさんの背中に括り付けられ、気づいたら沖の方まで連れていかれていた。
俺はそんなおみをただ眺めることしか出来ず、おきつさんとおいちさんに挟まれて浜辺に座っていた。どうやらここは三女神のプライベートビーチのようで、俺たち以外には誰もいない。そんな穏やかで静かな場所に、おみの間抜けな泣き声が響き渡っていた。
「ぴゃあああああ!」
「あらあら、すごい声ね」
「たぎ姉様、スパルタだからな」
「大丈夫かなぁ……」
小さな人影は何度も倒れては、また起き上がって波に乗ろうとしている。きっとおみが泣きわめいてもたぎさんは止めないのだろう。
確かにスパルタだ。
「たぎちゃんもサーフィンを始めたばかりの頃は何回も失敗したのよぉ。何度も練習して、今ではどんな波にでも乗れちゃうの」
「神様でも失敗するんですね」
「当たり前だ。私たちの母も引きこもったりしたんだ」
宗像三女神の母といえば、つまり天照大御神のことか。確かに言われてみればどの神様も何かしら困難に出会い、そこから様々なことを学んでいっている。
おみもこのサーフィンで何かを得てくれたらいいんだけど。
「ぴああああ!」
「室生さんは、おみちゃんのことが本当に大切なのねぇ」
「それは、まぁ」
「そういうおきつ姉様も心配性だろう? 年末年始はいつも手伝いの眷属を送ってくれる」
「今年は大丈夫だったんですか?」
年が明けて一週間ほどだが、初詣には多くの人が訪れたのだろう。今でも一日の半分は祈祷に応えるため、おいちさんの姿を見ることが出来ない。
そんな中、わざわざ俺たちを招いてくれたのは何か理由があるんだろうか。
「今年も多かったよ。年明けから休む暇もなくなかった」
「それじゃあ俺たち、お邪魔だったんじゃ」
送迎だけではなく、宗像の観光案内までしてくれた。毎食作ってくれたし、今もこうして海に連れて来てくれている。
もしかしたら、すごく無理をしているんじゃないだろうか。そんなことを心配していたが。
「癒しが欲しかった」
「は?」
返ってきたのは、あまりにも人間らしい答えだった。
「年末年始、私はとても頑張った。だから癒しが欲しかったのだ」
「それが、おみ?」
「そうだ。見ていてあれほど癒されるそんざいがあるか?」
いや、ない。
走り回ったり転んだり泣いたりと目を離せないけれど、やっぱり一緒に居ると心が穏やかになる。確かにおみの存在は周りを癒しているのだ。
「あとはね、おいちちゃん、おみちゃんに教えたかったのよ」
「何をですか?」
「まあ、なんだ。あの子に親はいない。私たちとは違う生まれ方をしたからな」
「ああ……」
おみは、人の願いから生まれた。だから人がおみの親であり、それと同時におみの力を恐れている。何があっても絶対に味方でいてくれる「親」という存在が、おみにはいないのだ。
それでも。
「お前がいる。室生殿」
「俺、ですか」
「私たちの姿を見て、家族ってこういうものと教えたかったのよ、おいちちゃんは」
その言葉を聞いて、胸の奥がじんと熱くなる。そうか、俺はおみの家族なんだ。血は繋がっていないし、人と神というかけ離れた存在だけど。
確かに、俺たちは、家族なんだ。
「私達も海の者。何かあればいつでも頼れ」
「ありがとうございます、助かります」
「お礼はおみの写真でいいぞ」
「か、考えておきます」
そんな風に三人で話している間も、おみは波の上で七転八倒していた。果たして本当に波乗りに成功するのか。
それは、まさしく神のみぞ知るのだろう。
14
あなたにおすすめの小説
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
側妃は捨てられましたので
なか
恋愛
「この国に側妃など要らないのではないか?」
現王、ランドルフが呟いた言葉。
周囲の人間は内心に怒りを抱きつつ、聞き耳を立てる。
ランドルフは、彼のために人生を捧げて王妃となったクリスティーナ妃を側妃に変え。
別の女性を正妃として迎え入れた。
裏切りに近い行為は彼女の心を確かに傷付け、癒えてもいない内に廃妃にすると宣言したのだ。
あまりの横暴、人道を無視した非道な行い。
だが、彼を止める事は誰にも出来ず。
廃妃となった事実を知らされたクリスティーナは、涙で瞳を潤ませながら「分かりました」とだけ答えた。
王妃として教育を受けて、側妃にされ
廃妃となった彼女。
その半生をランドルフのために捧げ、彼のために献身した事実さえも軽んじられる。
実の両親さえ……彼女を慰めてくれずに『捨てられた女性に価値はない』と非難した。
それらの行為に……彼女の心が吹っ切れた。
屋敷を飛び出し、一人で生きていく事を選択した。
ただコソコソと身を隠すつもりはない。
私を軽んじて。
捨てた彼らに自身の価値を示すため。
捨てられたのは、どちらか……。
後悔するのはどちらかを示すために。
夫が妹を第二夫人に迎えたので、英雄の妻の座を捨てます。
Nao*
恋愛
夫が英雄の称号を授かり、私は英雄の妻となった。
そして英雄は、何でも一つ願いを叶える事が出来る。
そんな夫が願ったのは、私の妹を第二夫人に迎えると言う信じられないものだった。
これまで夫の為に祈りを捧げて来たと言うのに、私は彼に手酷く裏切られたのだ──。
(1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります。)
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。