いきなり有能になった俺の主人は、人生を何度も繰り返しているらしい

一花みえる

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3章

3-14

 話し合いの後、晩餐会が開かれることになった。メリッサ嬢とハンス伯爵は地元の名産を持ってきており、普段は食べられない食材が使われていた。今日は祝いの席でもあるので、領民たちにも酒と料理が振る舞われる。ノア様は晩餐会ではなく領民たちへの配給に回っていたので、そこでも多くの領民に賞賛の声をかけられていた。
 今までぐうたらしていて不安要素でしかなかったノア様が、三都同盟の立役者になるとは。前回の戦いでも活躍したことも相まって、領民たちのノア様に対する評価はかなり高いものになっていた。ノア様も声をかけてくる人たちに対して丁寧に対応をしており、まさしくそれは俺が望んでいた立派な次期領主の姿だった。
「ロード、本当に素晴らしい仕事をされましたね!」
「ありがとう、ローザ。そう言ってくれて嬉しいよ」
「儂の作った刀の調子はどうだい?」
「ヤコフ、君のおかげでベルリアンを守ることができた。本当にありがとう」
「ろーど、ぼくもおおきくなったら、ろーどをお守りする!」
「頼りになるなあ、ミカエル。期待しているね」
 一人一人の名前を呼び、時間をかけて会話をする。以前だったら領民の前に出ることさえなかったのに。隣でせっせと料理を配膳しながら、その成長ぶりに感動を覚える。おそらく数ヶ月前までは領民の名前すら覚えていなかっただろう。
 これなら俺が何かしなくても特に大きな問題は起きないだろう。
 そうやって一瞬、油断をしたのがいけなかったのかもしれない。俺は群衆に紛れた刃物の光に気づくことができなかった。
「ロード・キャンベル……お許しを」
「え?」
 一瞬の静寂、そして誰かの悲鳴が響き渡った。あたり一面に血の匂いが溢れてくる。
「ぐ、っ……、あ」
 ノア様のくぐもった声が聞こえてきた。反射的にそちらを見ると、フルーレ司祭の握った刃物が、深々とノア様の腹部に突き刺さっていた。フルーレ司祭の目は、最後に見た時よりも正気を失っているように見える。ギラギラとしているくせに、焦点が定まっていない。ノア様は、何が起きたか理解できていない顔で呆然と自分の腹部に刺さっているナイフを見下ろしていた。
 薄く開かれた口元から、血が一筋垂れてくる。音もなく地面に一滴垂れた瞬間、それまで麻痺していた感覚が一気に戻ってきた。
「ノア様!」
 すかさず剣を抜いたが、ここにはかなりの人がいる。下手に動いて領民に危害が及んでしまったら大変だ。しかし俺が今、一番守らないといけないのは、ノア様しかいない。事の大きさに気づいた領民たちはその場から急いで逃げ始めた。きっともうわかっているのだろう。大聖堂の司祭よりも、次期領主の方が自分たちにとって大切だということを。
 どうする、殺すか。
 しかし俺は今まで一度も人を殺したことがない。戦いに出たことはあるが、人を切ったことさえないのだ。しかも相手は幼い頃から世話になってきたフルーレ司祭だ。そう簡単に命を奪うことなんて、果たして俺にできるのだろうか。
 でも悩んでいる間にノア様の命が危なくなっていく。
(くそ、なんで動かないんだ……!)
 自分の手が恐怖で震えていることがわかった。人に剣を向けることが、これほどまでに恐ろしいだなんて。
「神の御心を、どうして理解されないのですか」
「は……?」
「私が各都市に送った予言さえあなたは覆した……やはり邪神に取り憑かれている、私が今祓って差し上げましょう」
「よ、げん……そうか、だから、っ」
 震える手で、ノア様は口元の血を拭う。そしてベッタリと血まみれになった手で、フルーレ司祭の手首を掴んで。
「だったらぼくの、かちだ」
 ばち! と大きな音を立てて、フルーレ司祭の体が一瞬発光した。そのまま煙を上げながら倒れていく。ようやくナイフから手が離れ、ノア様はその場で膝から崩れ落ちた。騒ぎに気づいた兵士たちがフルーレ司祭を縛り上げ、地下の監禁室へと運んでいく。抱き上げたノア様は青白い顔をして、苦しそうに呼吸をしていた。
 腹部に刺さったナイフは、抜くと一気に血液が溢れて失血してしまう。だから、この状態で傷を癒さなければならない。ノア様には絶対に使うなと言われていたが、彼を失ってしまうこと以上に恐れるものなんてあるだろうか。
 俺は、絶対に、ノア様を死なせない。自分の魔力が尽きようとも、何があっても守り抜いてみせる。怪我の様子を見ながら精神を集中させて光魔法を発動する。まずは出血の原因になっている内臓の治癒からだ。ナイフに沿って魔力を流していき、少しずつ内臓の傷を癒していく。
 出血量が落ち着くまで光魔法を使い続け、ようやく傷口が薄くなってきた。左手で光魔法を発動させながら、右手で傷口を広げないようゆっくりとナイフを抜いていく。出血量を最小限に抑えるため、内臓の傷と外傷の二箇所を同時に癒やし続ける。こんなにも長時間連続で光魔法を使ったことは一度もない。光魔法は他の魔法よりも魔力を多く使用する。だから長く使うことはできないが、今はそんなことを頭の中から抜け落ちていた。
 ただノア様を守りたい。その一心で魔法を使い続けていると、次第に左鎖骨の痣が熱を帯び始めた。それと同時に目の奥がチカチカと瞬き始める。体の中に何か熱いものが流れ込んできて、一瞬でも気を抜くと意識が持っていかれそうな感覚になったが、それでも構わずに光魔法を使い続けた。
「じょ、しゅあ……」
「ノア様! よかった、意識が戻ったんですね!」
「ごめん、ぼく」
「無理に話さないでください。すぐ医者を呼びます」
 ぐったりと体の力が抜けたノア様を抱き上げ、屋敷まで運ぶ。光魔法は外傷などを癒すことはできるが失った血液などは補えない。また刃物による感染症の心配もある。医者が到着するまでの間、少しでも清潔な場所で休んでもらいたい。
 なるべく体を揺らさないよう、しかしできる限り早く屋敷へと急ぐ。その途中、フルーレ司祭を監禁部屋まで連れて行ったレオと遭遇した。彼もまたこの事態に驚いているらしく、顔色が悪くなっていた。
「ジョシュア、ロードは大丈夫なのか!?」
「光魔法で傷は塞いだ。悪いが医者を呼んでくれ」
「わ、わかった!」
 そのまま駆け出しそうなレオが、ふとこちらを向いて俺をじっと見た。そして怪訝そうな顔で口を開いた。
「お前、目の色ってそんなだったか?」
「は? 目の色?」
「光の加減かな、金色に見えるんだ。お前もフルーレ司祭に何かされたのか?」
 思い当たることがなく黙っていると、レオは「悪い、気にしないでくれ」と言って去っていった。痣が熱を帯びていることといい、目の色といい、どうやら俺の体に何かしらの変化が起きているらしい。
 だが今は俺のことよりもノア様の方が大事だ。
 自分の体に込み上げる熱に気づかないよう、ノア様の私室に繋がる階段を駆け上がった。
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