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    首都への空襲が行われてから、坂口は慌ただしく山を降りていった。大きな社があるためだ。私に「絶対に無理をするな」と何度も念押しをするものだから、おみが不思議そうにしていた。
    そんなに心配しなくても私はもう無理が出来ない。いや、だからか。おみを守るためなら何でもしそうだと思われたのだろう。そしてそれは事実である。
「しゅーう、おそら、とりさん」
「鳥さん?」
「ほら」
    畑に水をやっていると、おみが泥だらけの指を空に向けた。私もつられて上を見る。そこには隊列を組んで飛んでいく戦闘機があった。
    形からして本国のものではない。こんなところを飛ぶなんて初めて見た。それは当たり前の話で、私と坂口が常に結界を張っていたからだ。そのためこの山は存在を消すことができていた。
    しかし、上空を戦闘機が飛んでいるということは。もしかして。
「おみ、あれは鳥さんではありませんよ」
「そなの?」
「ええ。あれは飛行機です」
「はえー」
    おみが大きな目をぱちぱちさせた。 おみは初めて見るのか。私も見慣れているわけではいなから驚いたけれど、次男の修二からたまに話は聞いていた。
    しかし、そうか。
    ついにここも。
「おみ、お水をあげたら家に入りましょう」
「うぃ」
「手を洗ったら抱っこしてあげます」
「やったー!」
    尻尾を振って大喜びしながら井戸へと向かっていく。その後ろ姿を見送りながら、先日の話を思い返していた。
    神風を起こすために、おみを利用する。それが政府の希望だ。しかしそれは何があっても許すことは出来ない。
    かつて我が国へ元の国が攻め込んできた際、突然の暴風雨に救われたという話がある。その時にとある龍神が泣いたから雨風が訪れたと噂が流れたのだ。確かにおみはその時まだ生まれたばかりであり、今よりも泣く頻度も多かっただろう。
     しかし、それは間違いだ。おみが誰かのために泣くことは一度もない。自分が悲しくて、寂しくて、辛くて、泣くのだ。おみにはまだ他者のために心を砕いて涙を流すことを知らないのだ。
「だというのに、今更神風だなんて……」
    馬鹿げている。そんな伝説にすがることしか出来ないなんて。本当に切羽詰まっているんだな。
    私も人のことを言えないが。
「しゅーうー!    手洗ったよー!」
「はい、いい子ですね」
「ぎゅー」
    遠くで聞き慣れない戦闘機の音がした。坂口がいない今、私に出来ることはなるべく強い結界を張ることだけ。
    そして、おみが不安にならないようすること。
    世界中を巻き込んだ戦争の前に私はあまりに無力だ。
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