転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ

文字の大きさ
6 / 73
第1章 出会い

6話 引っ越し

荷造りはすぐに終わった。

かなりの箱の数だったので一日がかりになると思っていたが、作業は驚くほど早く片づいていった。

なぜなら──

「レオンさん、この方たちは⋯⋯?」

「私の屋敷で働いている使用人たちです。あとは彼らに任せてください」

「し、使用人⋯⋯?」

屈強な男たちと落ち着いた雰囲気の女性たちが、無駄のない動きで家具や箱を運び出し、部屋の隅に残った小物まで丁寧にまとめていく。私が慌てて礼を言おうとすると、

「お気になさらず。ご当主様のご命令ですから」

と微笑んだ。

「ご当主様⋯⋯?」

なぜこれほど多くの人が、自然にレオンさんの指示に従っているのか。不思議に思う間もなく、作業はあっという間に終わってしまった。







日が中天を過ぎ、街路樹の影が長く伸びる頃。

「では、私たちは先に屋敷へ向かいましょうか」

馬車がゆるやかに走り出す。夏の昼下がりの王都は、商人の呼び声と香ばしい焼き菓子の匂いが入り混じり、人々の活気で満ちている。

「レオンさんのお宅はどのあたりにあるんですか?」

「第一区です」

「一区?!?!」

思わず目を見開いた。

王都は第一区から第六区まで分かれていて、数字が下がるほど土地も身分も下がっていく。なかでも第一区は、王族やそれに並ぶ存在しか住めない特別な区域だ。

(レオンさんって一体どれだけすごい言語学者なの?もしかして、実はものすごい資産家とか?でも、資産家だとしても第一区に住めるとは思えないけど⋯⋯)

馬車は白い大理石の大門をくぐり、さらに奥へと進む。

広大な庭園を囲む高い石壁の内側には、何層にもわたる回廊や並木道が続き、要所ごとに見張り台を備えた小門がいくつもある。そこには屈強な衛兵たちが立ち、鋭い眼差しで馬車を見つめていた。

「も、ものすごい厳重な警備ですね」

思わず声が漏れた。

「あなたのためですよ」

「私のため⋯⋯?」

(どういうことだろう)

「じきにわかります」

にこりと微笑み、それ以上は語らなかった。





やがて馬車は、芝生が広がる中央庭園を抜け、白亜の建物へと到着した。玄関前には上品な制服を身に着けた数人の従者が整列し、一斉に深く頭を下げる。

「お帰りなさいませ、ご当主様、ミナ様」

その響きは、まるで宮殿の謁見を告げる合図のようだった。

「こ、こんにちは⋯⋯」

(この人たちもレオンさんに雇われている人たちなのかな)

「ただいま。出迎えありがとう。今からミナを部屋に案内するから、その間に食事の用意をしてもらえるかな」

レオンさんは近くにいた一番年長の執事らしき人物にそう指示した。

「かしこまりました。ミナ様、何かございましたら私どもにいつでもお申しつけください」

「は、はい。ありがとうございます」

大勢の人に一斉に頭を下げられるなんて初めてで、どう反応していいか分からない。

それに、胸の奥に、微かな違和感のようなざわめきが残る。豪奢な屋敷の空気か、それとも人々の視線か、その正体は掴めない。

「ミナさん、では部屋に案内しますね」

「あ、は、はい!」

こうして私はレオンさんの後についていった。







「では、この部屋を自由にお使いください」

「ここですか!?」

案内された部屋は、広さも調度も私の想像を遥かに超えていた。淡い水晶色の壁、光を受けてきらめく魔導灯。どれも私好みのものばかりだ。大きな窓の外には手入れの行き届いた庭が広がり、王都の王宮さえ望める。

「これって──」

私はある一つの家具に目を留めた。

「もうお気づきになりましたか。本当に家具がお好きなんですね」

そこにあったのは、以前フリーマーケットへ行く途中に見かけた高級家具店のドレッサーだった。

「これ、私のために⋯⋯?」

「もちろんです。ミナさんの引っ越し祝いにと思いまして。お気に召しましたか?」

「それはもちろん嬉しいのですが、その⋯⋯なんといいますか⋯⋯」

「部屋が狭かったでしょうか。もしそうなら別の部屋に──」

「そんなわけないです!本当に嬉しくて、感動してるんですけど、あ、あのレオンさん。先ほどからずっと聞きたいことがあるのですが⋯⋯!」

「なんでしょう?」

レオンさんは本当に、何も特別なことだとは思っていない様子だ。

「まず、確認したいのですが、ここはレオンさんのお屋敷なんですよね?」

「はい」

「王都の中心、しかもこんな大きな敷地に住むのは、普通の人じゃ難しいと思うのですが⋯⋯。大変失礼ですが、レオンさんは一体何者なのでしょう⋯⋯か?」

(ここまできたら、正体を確かめないと不安だ。こんなにも大きいと、危ない仕事をしている可能性すらある⋯⋯)

「以前にもお伝えしましたが、私は言語学者です」

「言語学者⋯⋯その、私は外国から来たので、この国の階級制度に詳しくないのですが、何か⋯⋯その⋯⋯言語学者の中でもすごい方なのでしょうか?
私の国でも言語学者様は素晴らしい職業ではありますが、王都の一等地区に住める職業ではなくて⋯⋯その⋯⋯」

「階級のことですか?階級ならば、私は公爵位です」

「えぇ?!」

公爵──国の防衛や外交、広大な領地の統治を任される最高位の貴族。王に次ぐ権威を持つ存在だ。

(やばい。頼る人間違えた。一刻も早くここから出ないと)

「た、大変申し訳ありません。私のような一般庶民が、このような公爵様の屋敷に住まわせていただくなんて⋯⋯その、存じ上げなくて⋯⋯今からでも──」

「ミナさん」

レオンさんの顔から、先ほどまでの笑顔が消えた。

「あなたはここに住むと約束したではありませんか」

真っ直ぐに目を見てそう告げる彼。その視線に胸がどくりと鳴った。

「いや、しかし⋯⋯」

(ただの一般人が、何の関係もないのに公爵家にお世話になるって、そんなことあっていいの?)

「ミナさん。あなたと話すのはとても楽しいですし、ずっと続けたいくらいですが、この話題はここで終わりにしましょう」

その笑顔からなんとも言えない威圧感を感じた。

申し訳なさと胸の奥の熱が入り混じる中、私は深く頭を下げた。

「わ、わかりました。では、次の家が見つかるまでの間、よろしくお願いいたします」

「もちろんです」

すると突然、レオンさんが私を抱き寄せた。

「あ、あの⋯⋯どうかされましたか?」

(びっくりした⋯⋯心臓に悪い⋯⋯!)

「これから一緒に暮らすので、挨拶です」

「⋯⋯いきなりだからびっくりしました」

「申し訳ありません。あまりに嬉しくてつい。以後、気をつけます」

だが、私は気づかなかった。

彼がどれほど喜びに満ちた顔をしていたのかを。

そして、その小さな声も。





「⋯⋯ようやく帰ってきた」

あなたにおすすめの小説

ストーカーから逃げ切ったのも束の間、転移後はヤンデレ騎士団に殺されかけている現実!

由汰のらん
ファンタジー
ストーカーから逃げていたある日、ハルは異世界に召喚されてしまう。 しかし神官によれば、どうやらハルは間違って召喚された模様。さらに王子に盾ついてしまったことがきっかけで、ハルは国外追放されてしまう。 さらに連行されている道中、魔族に襲われ、ハルの荷馬車は置き去りに。 そのさなか、黒い閃光を放つ騎士が、ハルに取引を持ちかけてきた。 「貴様の血を差し出せ。さすれば助けてやろう。」 やたら態度のでかい騎士は、なんとダンピールだった! しかしハルの血が特殊だと知った騎士はハルを連れ帰って? いっそ美味しい血と癒しを与えるダンピール騎士団のセラピストを目指します!

居酒屋の看板娘でしたが、歌の治癒魔法が覚醒して王女に戻されました〜幼い頃に出会った側近様と紡ぐ恋〜

丸顔ちゃん。
恋愛
生まれてすぐに誘拐され、死んだとされた王女── その赤子は、実は平民街にひっそりと置き去りにされていた。 病弱な父に拾われ、居酒屋の看板娘として育ったミリア。 白い小花を髪に挿し、歌うことが大好きな少女。 自分の歌に“治癒の力”が宿っていることなど知らずに、 父と平民仲間に囲まれ、穏やかな日々を送っていた。 ある日、市場にお忍びで来ていた皇太子とその側近が、ミリアの歌声を耳にする。 皇太子は“王族にしかない魔力の波動”を感じ、 側近は幼い頃の祭りで出会った白い小花の少女を思い出し、胸がざわつく。 その直後、父が危篤に。 泣きながら歌ったミリアの声は奇跡を起こし、治癒魔法が覚醒する。 「どうして平民の私に魔力が……?」 やがて明かされる真実── ミリアこそ、行方不明になっていた王女その人だった。 王宮に迎えられ、王女としての生活が始まる。 不安と戸惑いの中、そばにいてくれるのは、 幼い頃に一目惚れし、今も変わらず彼女を見つめる皇太子の側近。 「今度こそ、君を見失わない」 歌姫王女として成長していくミリアと、 彼女を支え続ける側近の、優しくて温かい恋の物語。

英雄の可愛い幼馴染は、彼の真っ黒な本性を知らない

百門一新
恋愛
男の子の恰好で走り回る元気な平民の少女、ティーゼには、見目麗しい完璧な幼馴染がいる。彼は幼少の頃、ティーゼが女の子だと知らず、怪我をしてしまった事で責任を感じている優しすぎる少し年上の幼馴染だ――と、ティーゼ自身はずっと思っていた。 幼馴染が半魔族の王を倒して、英雄として戻って来た。彼が旅に出て戻って来た目的も知らぬまま、ティーゼは心配症な幼馴染離れをしようと考えていたのだが、……ついでとばかりに引き受けた仕事の先で、彼女は、恋に悩む優しい魔王と、ちっとも優しくないその宰相に巻き込まれました。 ※「小説家になろう」「ベリーズカフェ」「ノベマ!」「カクヨム」にも掲載しています。

魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました【完結】

iru
恋愛
第19回 恋愛小説大賞エントリーしています。ぜひ1票お願いします。 小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。 両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。 両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。 しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。 魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。 自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。 一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。 初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。 恋人になりたいが、年上で雇い主。 もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。 そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。 そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。 レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか? 両片思いのすれ違いのお話です。

異世界は『一妻多夫制』!?溺愛にすら免疫がない私にたくさんの夫は無理です!?

すずなり。
恋愛
ひょんなことから異世界で赤ちゃんに生まれ変わった私。 一人の男の人に拾われて育ててもらうけど・・・成人するくらいから回りがなんだかおかしなことに・・・。 「俺とデートしない?」 「僕と一緒にいようよ。」 「俺だけがお前を守れる。」 (なんでそんなことを私にばっかり言うの!?) そんなことを思ってる時、父親である『シャガ』が口を開いた。 「何言ってんだ?この世界は男が多くて女が少ない。たくさん子供を産んでもらうために、何人とでも結婚していいんだぞ?」 「・・・・へ!?」 『一妻多夫制』の世界で私はどうなるの!? ※お話は全て想像の世界になります。現実世界とはなんの関係もありません。 ※誤字脱字・表現不足は重々承知しております。日々精進いたしますのでご容赦ください。 ただただ暇つぶしに楽しんでいただけると幸いです。すずなり。

異世界から来た娘が、たまらなく可愛いのだが(同感)〜こっちにきてから何故かイケメンに囲まれています〜

恋愛
普通の女子高生、朱璃はいつのまにか異世界に迷い込んでいた。 右も左もわからない状態で偶然出会った青年にしがみついた結果、なんとかお世話になることになる。一宿一飯の恩義を返そうと懸命に生きているうちに、国の一大事に巻き込まれたり巻き込んだり。気付くと個性豊かなイケメンたちに大切に大切にされていた。 そんな乙女ゲームのようなお話。

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

混血の私が純血主義の竜人王子の番なわけない

三国つかさ
恋愛
竜人たちが通う学園で、竜人の王子であるレクスをひと目見た瞬間から恋に落ちてしまった混血の少女エステル。好き過ぎて狂ってしまいそうだけど、分不相応なので必死に隠すことにした。一方のレクスは涼しい顔をしているが、純血なので実は番に対する感情は混血のエステルより何倍も深いのだった。