転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ

文字の大きさ
6 / 21
出会い

6話 引越し

しおりを挟む
荷造りはすぐに終わった。

かなりの箱の数だったので一日がかりになると思っていたが、作業は驚くほど早く片づいていった。

なぜなら──

「レオンさん、この方たちは⋯⋯?」

「私の屋敷で働いている使用人たちです。あとは彼らに任せてください」

「し、使用人⋯⋯?」

屈強な男たちと落ち着いた雰囲気の女性たちが、無駄のない動きで家具や箱を運び出し、部屋の隅に残った小物まで丁寧にまとめていく。私が慌てて礼を言おうとすると、

「お気になさらず。ご当主様のご命令ですから」

と微笑んだ。

「ご当主様⋯⋯?」

なぜこれほど多くの人が、自然にレオンさんの指示に従っているのか。不思議に思う間もなく、作業はあっという間に終わってしまったのだ。







日が中天を過ぎ、街路樹の影が長く伸びる頃。

「では、私たちは先に屋敷へ向かいましょうか」

馬車がゆるやかに走り出す。夏の昼下がりの王都は、商人の呼び声と香ばしい焼き菓子の匂いが入り混じり、人々の活気で満ちている。

「レオンさんのお宅はどのあたりにあるんですか?」

「第一区です」

「一区?!?!」

思わず目を見開いた。

王都は第一区から第六区まで分かれていて、数字が下がるほど土地も身分も下がっていく。なかでも第一区は、王族やそれに並ぶ存在しか住めない特別な区域だ。

(レオンさんって一体どれだけすごい言語学者なの?もしかして、実はものすごい資産家とか?でも、資産家だとしても第一区に住めるとは思えない⋯⋯)

やがて馬車は白い大理石の大門をくぐり、さらに奥へと進んだ。

広大な庭園を囲む高い石壁の内側には、何層にもわたる回廊や並木道が続き、要所ごとに見張り台を備えた小門がいくつもある。そこには屈強な衛兵たちが立ち、鋭い眼差しで馬車を見つめていた。

一人目の衛兵は銀色の胸当てに槍を携えていた。レオンさんを見るや黙って槍を引き、深々と敬礼した。そして、私を見て一瞬だけ驚いたような表情をした。

二つ目の門では、黒衣の兵が現れたが、やはりレオンさんに軽く頭を下げるだけで道を開ける。

三つ目の門──そこには青白く輝く結界が張られ、外界と邸宅を隔てる最後の防壁のようだった。衛兵長らしき人物が一歩進み出ると、レオンさんはわずかに手を上げただけで、結界が音もなく解けていく。

「も、ものすごい厳重な警備ですね」

思わず声が漏れた。

「あなたのためですよ」

「私のため⋯⋯?どういうことですか?」

「時期にわかります」

にこりと微笑み、それ以上は語らなかった。





やがて馬車は、柔らかな芝生が広がる中央庭園を抜け、白亜の建物へと到着した。玄関前には上品な制服を身に着けた数人の従者が整列し、一斉に深く頭を下げる。

「お帰りなさいませ、ご当主様、ミナ様」

その響きは、まるで宮殿の謁見を告げる合図のようだった。

「こ、こんにちは⋯⋯。はじめまして」

(この人たちもレオンさんに雇われている人たちなのかな)

「ただいま。出迎えありがとう。今からミナを部屋に案内するから、その間に食事の用意をしてもらえるかな」

レオンさんは近くにいた一番年長の執事らしき人物にそう指示した。

「かしこまりました。ミナ様、何かございましたら私どもにいつでもお申しつけください」

「は、はい。ありがとうございます」

大勢の人に一斉に頭を下げられるなんて初めてで、どう反応していいか分からない。

それに、胸の奥に、微かな違和感のようなざわめきが残る。豪奢な屋敷の空気か、それとも人々の視線か、その正体は掴めない。

「ミナさん、では部屋に案内しますね」

「え、あ、は、はい!」

こうして私はレオンさんの後についていった。







「では、この部屋を自由にお使いください」

「ここですか!?」

案内された部屋は、広さも調度も私の想像を遥かに超えていた。淡い水晶色の壁、光を受けてきらめく魔導灯。どれも私好みのものばかりだ。大きな窓の外には手入れの行き届いた庭が広がり、王都の王宮さえ望める。

「あ、これって──」

私はある一つの家具に目を留めた。

「もうお気づきになりましたか。本当に家具がお好きなんですね」

そこにあったのは、以前フリーマーケットへ行く途中に見かけた高級家具店のドレッサーだった。

「これ、私のために⋯⋯?」

「もちろんです。ミナさんの引っ越し祝いにと思いまして。お気に召しましたか?」

「それはもちろん嬉しいのですが、その⋯⋯なんといいますか⋯⋯」

「部屋が狭かったでしょうか。もしそうなら別の部屋に──」

「そ、そんなわけないです!本当に嬉しくて、感動してるんですけど、あ、あのレオンさん。先ほどからずっと聞きたいことがあるのですが⋯⋯!」

「なんでしょう?」

レオンさんは本当に、何も特別なことだとは思っていない様子だ。

「まず、確認したいのですが、ここはレオンさんのお屋敷なんですよね?」

「はい」

「王都の中心、しかもこんな大きな敷地に住むのは、普通の人じゃ難しいと思うのですが⋯⋯。大変失礼なのですが、一体何者なのでしょう⋯⋯」

(ここまできたら、正体を確かめないと不安だ。こんなにも大きいと、危ない仕事をしている可能性もある⋯⋯)

「以前にもお伝えしましたが、私は言語学者です」

「言語学者⋯⋯その、私は外国から来たので、この国の階級制度に詳しくないのですが、何か⋯⋯その⋯⋯言語学者の中でもすごい方なのでしょうか?
私の国でも言語学者様は素晴らしい職業ではありますが、王都の一等地区に住める職業ではなくて⋯⋯その⋯⋯」

(私の聞き方が下手すぎたかもしれない。もっといい言い方あるはずだ)

「階級のことですか?階級ならば、私は公爵位です」

「え、え?!」

公爵──国の防衛や外交、広大な領地の統治を任される最高位の貴族。王に次ぐ権威を持つ存在だ。

(やばい。頼る人間違えた。一刻も早くここから出ないと)

「た、大変申し訳ありません。私のような一般庶民が、このような公爵様の屋敷に住まわせていただくなんて⋯⋯その、存じ上げなくて⋯⋯今からでも──」

「ミナさん」

レオンさんの顔から、先ほどまでの笑顔が消えた。

「あなたはここに住むと約束したではありませんか」

真っ直ぐに目を見てそう告げる彼。その視線に胸がどくりと鳴った。

「いや、しかし⋯⋯」

(ただの一般人が、何の関係もないのに公爵家にお世話になるって、そんなことあっていいのかな)

「ミナさん。あなたと話すのはとても楽しいですし、ずっと続けたいくらいですが、この話題はここで終わりにしましょう」

その笑顔からなんとも言えない威圧感を感じた。

申し訳なさと胸の奥の熱が入り混じる中、私は深く頭を下げた。

「わ、わかりました。では、次の家が見つかるまでの間、よろしくお願いいたします」

「もちろんです」

すると突然、レオンさんが私を抱きしめた。

「あ、あの⋯⋯どうかされましたか?」

(びっくりした⋯⋯心臓に悪い⋯⋯!)

「これから一緒に暮らすので、挨拶です」

「⋯⋯い、いきなりだからびっくりしました」

「申し訳ありません。あまりに嬉しくてつい。以後、気をつけます」

だが、私は気づかなかった。

彼がどれほど喜びに満ちた顔をしていたのかを。

そして、その小さな声も。

「⋯⋯ようやく帰ってきた」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

最高魔導師の重すぎる愛の結末

甘寧
恋愛
私、ステフィ・フェルスターの仕事は街の中央にある魔術協会の事務員。 いつもの様に出勤すると、私の席がなかった。 呆然とする私に上司であるジンドルフに尋ねると私は昇進し自分の直属の部下になったと言う。 このジンドルフと言う男は、結婚したい男不動のNO.1。 銀色の長髪を後ろに縛り、黒のローブを纏ったその男は微笑むだけで女性を虜にするほど色気がある。 ジンドルフに会いたいが為に、用もないのに魔術協会に来る女性多数。 でも、皆は気づいて無いみたいだけど、あの男、なんか闇を秘めている気がする…… その感は残念ならが当たることになる。 何十年にも渡りストーカーしていた最高魔導師と捕まってしまった可哀想な部下のお話。

じゃない方の私が何故かヤンデレ騎士団長に囚われたのですが

カレイ
恋愛
 天使な妹。それに纏わりつく金魚のフンがこの私。  両親も妹にしか関心がなく兄からも無視される毎日だけれど、私は別に自分を慕ってくれる妹がいればそれで良かった。  でもある時、私に嫉妬する兄や婚約者に嵌められて、婚約破棄された上、実家を追い出されてしまう。しかしそのことを聞きつけた騎士団長が何故か私の前に現れた。 「ずっと好きでした、もう我慢しません!あぁ、貴方の匂いだけで私は……」  そうして、何故か最強騎士団長に囚われました。

この世界に転生したらいろんな人に溺愛されちゃいました!

キムチ鍋
恋愛
前世は不慮の事故で死んだ(主人公)公爵令嬢ニコ・オリヴィアは最近前世の記憶を思い出す。 だが彼女は人生を楽しむことができなっかたので今世は幸せな人生を送ることを決意する。 「前世は不慮の事故で死んだのだから今世は楽しんで幸せな人生を送るぞ!」 そこからいろいろな人に愛されていく。 作者のキムチ鍋です! 不定期で投稿していきます‼️ 19時投稿です‼️

無表情な黒豹騎士に懐かれたら、元の世界に戻れなくなった私の話を切実に聞いて欲しい!

カントリー
恋愛
「懐かれた時はネコちゃんみたいで可愛いなと思った時期がありました。」 でも懐かれたのは、獲物を狙う肉食獣そのものでした。by大空都子。 大空都子(おおぞら みやこ)。食べる事や料理をする事が大好きな小太した女子高校生。 今日も施設の仲間に料理を振るうため、買い出しに外を歩いていた所、暴走車両により交通事故に遭い異世界へ転移してしまう。 ダーク 「…美味そうだな…」ジュル… 都子「あっ…ありがとうございます!」 (えっ…作った料理の事だよね…) 元の世界に戻るまで、都子こと「ヨーグル・オオゾラ」はクモード城で料理人として働く事になるが… これは大空都子が黒豹騎士ダーク・スカイに懐かれ、最終的には逃げられなくなるお話。 小説の「異世界でお菓子屋さんを始めました!」から20年前の物語となります。

今日も学園食堂はゴタゴタしてますが、こっそり観賞しようとして本日も萎えてます。

柚ノ木 碧/柚木 彗
恋愛
駄目だこれ。 詰んでる。 そう悟った主人公10歳。 主人公は悟った。実家では無駄な事はしない。搾取父親の元を三男の兄と共に逃れて王都へ行き、乙女ゲームの舞台の学園の厨房に就職!これで予てより念願の世界をこっそりモブ以下らしく観賞しちゃえ!と思って居たのだけど… 何だか知ってる乙女ゲームの内容とは微妙に違う様で。あれ?何だか萎えるんだけど… なろうにも掲載しております。

英雄の可愛い幼馴染は、彼の真っ黒な本性を知らない

百門一新
恋愛
男の子の恰好で走り回る元気な平民の少女、ティーゼには、見目麗しい完璧な幼馴染がいる。彼は幼少の頃、ティーゼが女の子だと知らず、怪我をしてしまった事で責任を感じている優しすぎる少し年上の幼馴染だ――と、ティーゼ自身はずっと思っていた。 幼馴染が半魔族の王を倒して、英雄として戻って来た。彼が旅に出て戻って来た目的も知らぬまま、ティーゼは心配症な幼馴染離れをしようと考えていたのだが、……ついでとばかりに引き受けた仕事の先で、彼女は、恋に悩む優しい魔王と、ちっとも優しくないその宰相に巻き込まれました。 ※「小説家になろう」「ベリーズカフェ」「ノベマ!」「カクヨム」にも掲載しています。

主人公の義兄がヤンデレになるとか聞いてないんですけど!?

玉響なつめ
恋愛
暗殺者として生きるセレンはふとしたタイミングで前世を思い出す。 ここは自身が読んでいた小説と酷似した世界――そして自分はその小説の中で死亡する、ちょい役であることを思い出す。 これはいかんと一念発起、いっそのこと主人公側について保護してもらおう!と思い立つ。 そして物語がいい感じで進んだところで退職金をもらって夢の田舎暮らしを実現させるのだ! そう意気込んでみたはいいものの、何故だかヒロインの義兄が上司になって以降、やたらとセレンを気にして――? おかしいな、貴方はヒロインに一途なキャラでしょ!? ※小説家になろう・カクヨムにも掲載

冗談のつもりでいたら本気だったらしい

下菊みこと
恋愛
やばいタイプのヤンデレに捕まってしまったお話。 めちゃくちゃご都合主義のSS。 小説家になろう様でも投稿しています。

処理中です...