転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ

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第2章 魔法学校編

12話 訓練場

――そして、あっという間に数ヶ月が過ぎ、試験の日がやってきた。

「じゃあ、行ってきます」

「ミナなら絶対に大丈夫です。自分を信じてください」

「ありがとうございます。レオンさんもお仕事頑張ってください」

王立大学の門をくぐりながら、これまで勉強した内容を思い返す。

まだ安定はしていないが、なんとか中級魔法が使えるくらいには成長した。

(いよいよだ)

王立大学は貴族の推薦入学が主で、全体の九割以上を占めている。

大学としては、高額な寄付金を払える貴族を大量に受け入れつつ、入学後のクラス分けテストで実力に応じた教育を行う――そういう仕組みらしい。

そう考えると、一般市民の自分が推薦を受けてここに立っているのは本当に幸運だと思った。

(あとは⋯⋯落ち着いて、やるだけ)

会場に案内され、長机に座る。ざわめいていた空間が監督官の声で一気に静まり返った。

「これより入学試験を始めます」

机の上に置かれた問題用紙を開く。魔力理論、魔法史、計算問題。

すべて、レオンさんと繰り返し勉強してきた範囲だった。

(落ち着け、私)

震える手でペンを走らせる。

必死で頭を回転させ、教わったことを思い出す。難しい問題もあったが、まったく分からないわけではない。呼吸を整えながら、なんとか最後まで埋め切った。

「時間です。皆さん、ペンを置いてください」

答案が回収され、肩の力が抜ける。思わず深く息を吐いた。

(終わった⋯⋯!正直、手応えはある!)

次は魔力の適性検査。広間に案内され、一人ずつ前へと呼ばれる。

中央には水晶のような装置が据えられ、そこに手をかざすと魔力の流れが数値化される仕組みだ。

レオンさんに適性検査は必ず通ると言われてたけど、やっぱり緊張するものはする。

「次、受験番号354番」

「はい!」

呼ばれて前に出る。監督官の視線を背に感じながら、水晶にそっと手を置いた。

一瞬、冷たい感覚が掌を走り、すぐに光が広がる。

「⋯⋯適性値、クリア」

監督官が淡々と告げた。

「あ、ありがとうございます⋯⋯!」

胸を撫で下ろして席に戻ると、全身の力が抜けていく。

(⋯⋯よかった。とりあえず、全部終わった)

もちろん、結果はまだ分からない。けれど、不思議と後悔はなかった。

(あとは信じるだけだ)

こうして、私の王立大学入学試験は幕を閉じた。











そして、数日後。

「ミナ様、お手紙が届いております」

エラが差し出した封筒には、王立大学の紋章が刻まれていた。

(合否通知だ⋯⋯緊張する⋯⋯!)

胸の高鳴りを押さえきれず、部屋で封を切る。

一度ぎゅっと目を瞑ってから、意を決して手紙を開いた。

「やった!合格だ!!本当に合格してる!」

震える手で「合格」と書かれた文字をなぞりながら、こみ上げる歓喜を抑えきれなかった。

私は駆け出すようにレオンさんの私室へ向かおうとした。

その時、執事のエドガーさんが廊下の端から声をかけてきた。

「ミナ様、そのご様子だと合格なさったのですね」

足を止めた瞬間、胸の奥で弾けそうだった喜びが、言葉になってこぼれた。

「はい!そうなんです!」

「さすがでございます」

丁寧に頭を下げられると、照れくさくて視線を泳がせてしまう。

「ありがとうございます!あの、レオンさんは私室に……?」


「ご当主様は、ただいま訓練場にいらっしゃいます」

「ああ、そうだったんですね……」

勢いのまま報告しに行くつもりだった熱が、行き場を失ってしぼんでいく。

「どうかなさいましたか?」

問われて、私は慌てて笑顔を作った。

「いえ……今すぐお伝えしたかったんですけど、お仕事なら仕方ありませんね」

「でしたら、訓練場へ向かわれてはいかがでしょう」

さらりと言われて、思わず言葉に詰まる。

「レオンさんの職場に?でも、それって迷惑じゃないですか?」

訓練場、と聞いただけで肩が少し固くなる。大勢の視線を浴びるのは、正直得意じゃない。

けれどエドガーさんは、迷いのない顔で言い切った。

「ご当主様がミナ様を迷惑と思うはずがございません。むしろ喜ばれるでしょう」

「そ、そうですかね……?」

半信半疑のまま聞き返すと、エドガーさんは微笑みを深めた。

「はい。それに、訓練場は屋敷からすぐでございます。では、ぜひ、こちらも一緒に」

言い終えるより早く、差し出されたのは小ぶりの手土産だった。
 
「は、はい。分かりました」

柔らかな微笑みに押し切られるように、私はそれを受け取って頷いていた。

 




訓練本部の門に着き、威圧感のある石造りの建物を見上げる。

「あ⋯⋯入る方法聞くの忘れた。関係者用通行証も持ってない。私ってこういうとこあるんだよね。計画性が皆無。とりあえず、誰かに聞いてみよう」

ひとまず周囲を見渡し、門を警備している兵士に声をかけることにした。

「すみません。私、ミナ・タカハシと申します。総団長レオン様にお会いしたくて参ったのですが」

兵士は怪訝そうに頭からつま先まで私を眺め、鼻を鳴らした。

「は?総団長?またかよ」

「また⋯⋯?」

問い返すと間もなく、兵士は呆れたように肩をすくめる。

「総団長に会いたいって押しかける女はよくいるんだ。悪いが帰ってくれ」

「いえ、私は本当に屋敷の方から預かったものがあって⋯⋯」

「じゃあ、証明書か何かあるのか?ないだろ?」

必死に訴えても、兵士は鼻で笑うばかりだった。

(まあ、この人の言う通りだ。証明書なしで通れる方がセキュリティ的に問題だよね。ただ言い方が少し腹が立つけど)

「そうですね、すみません、お邪魔しました。また出直します」

踵を返そうとした、その時。

「何を騒いでいる」

館内から鎧姿の騎士が現れた。鋭い視線を向けると、兵士が慌てて説明する。

「副団長!お疲れ様です!実は、この女が総団長に会いたいなどと申しており⋯⋯」

その瞬間、騎士の表情が一変した。目を見開き、信じられないものを前にしたように膝をつく。

「⋯⋯み、ミナ様!?お久しぶりでございます!」

「えっ⋯⋯え?」

周囲の兵士たちが一斉にざわめき、冷たい視線が一転して畏怖と敬意に変わっていく。

「私、第一騎士団副団長のアルベルトと申します」

「第一騎士団⋯⋯あ、ルーク団長さんのところの、ですよね?」

(うわ、気まずい⋯⋯前に第一騎士団に保護されて、脱走しようとしたんだった。あの時この方もいたっけ⋯⋯)

「はい。総団長はただいま第一騎士団の指導中です」

「そうなんですね。なら、今日は帰ります。これ、皆さんでどうぞ」

手土産を差し出すと、アルベルトは慌てて首を振る。

「い、いえ!それはミナ様から直接お渡しになるべきかと!」

「しかし⋯⋯」

「訓練場までご案内します。どうぞ」

「えっ、訓練を見学できるんですか?!」

思わず声が弾む。

「もちろんです」

騎士団員の訓練なんて、ファンタジー映画の世界でしか見たことない。

(これはかなりテンションが上がる!)

「ありがとうございます!」

「私も、ミナ様の笑顔を久しぶりに拝見できて⋯⋯嬉しいです」

アルベルトの瞳は、涙がにじむほど感極まっていた。

「えっと⋯⋯ありがとうございます⋯⋯?」

(やっぱり、あのときこの方も詰め所にいたのかも⋯⋯?)




廊下を並んで歩きながら、私は口を開く。

「レオンさんって、今は団員の指導中なんですよね?前に事務仕事ばかりだって言ってたから、ちょっと意外で」

アルベルトは微笑を浮かべて頷く。

「確かに、それも事実です。昔は王国の情勢も不安定で、総団長自ら前線に立たれることも多かったのですが、近年は戦も減り、事務仕事の比重が大きいですね。それもこれも、総団長に敵う敵勢力がいないからなんですけどね」

「なるほど⋯⋯」

(言い換えれば、強すぎて国の情勢まで安定させたと言うことか⋯⋯どれだけ強いんだろう)

「今日のように団員を直接指導されるのは、年に一度の特別な機会です」

「アルベルトさんも、レオンさんに教わったことがあるんですか?」

「もちろん。団員時代も、今も学ぶことは多いです」

「レオンさんって教え方が優しくて、すごく分かりやすいですよね」

アルベルトの肩がぴくりと震えた。

「⋯⋯や、優しい?」

「はい。何度間違えても怒らないし、根気よく教えてくださって。私が受験を頑張れたのは、レオンさんのおかげなんです」

一瞬言葉を失ったアルベルトは、咳払いをして取り繕った。

「⋯⋯そ、そうですか。確かに、団長の指導は実りが多いですね」






そうして軽く雑談を交わしているうちに、私たちは訓練場に到着した。

石畳の広いそこへ足を踏み入れた瞬間、思わず息を呑む。

整然と並んだ数百人の騎士たち。その前に立つのは――レオンさん。

だが、その姿は私の知る「穏やかで優しい先生」とは別人のようだった。

「何をしている。もう何度目だ。一度言われたことができないなら、指導する意味がない。辞めろ」

低く鋭い声が訓練場を突き抜け、空気を震わせる。冷徹な眼差しが、一切の隙を許さない。

(この人は誰⋯⋯?)

(しかも、いま一度言われたことができないなら指導する意味がないって言った?じゃあ、私は一体どうなるの?もしかして、心の中で失望されてた⋯⋯?)

唖然とする私に、不意にレオンさんの視線が向いた。

次の瞬間、厳しい表情がほどけ、優しい笑みが浮かぶ。

「⋯⋯ミナ?」

彼は迷わず駆け寄り、その場で私を抱きしめた。

「なぜここに?」

「え、えっと⋯⋯入試のことに関して報告がしたいことがあって。でもお仕事中ですし、すぐ帰ります。これ、皆さんで食べてください」

抱きしめられた体を押し返すように差し出した手土産に、レオンさんは目を細める。

「ミナがわざわざ⋯⋯ありがとうございます」

その言葉を合図にしたかのように、訓練場にいた全員の騎士たちが一斉に膝をつき、頭を垂れた。

私は息を呑み、ただ立ち尽くした。

(⋯⋯なにこれ)

「あ、あの、みなさん顔をあげてください。レオンさんも、やめるよう言ってください」

「仕事は終わりましたので、一緒にお茶をしましょう」

「あの、ちゃんと聞いてます?それに、絶対まだ指導中ですよね――」

私の肩を包み込むように抱き寄せ、レオンさんはそのまま私を総団長室へと連れていった。

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