転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ

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第2章 魔法学校編

19話 迎えにきた男

思いの外、カフェで長居してしまった。宿に着くころには、街はすっかり夜の色に染まっていた。

街灯が石畳をぼんやり照らし、風の音だけが静かに響く。

ここは、かつて家が見つかるまでの間、一時的に泊まっていた宿だ。

第六区に位置し、格安のため、もちろん個室ではない。

だが、ちょうど次の引っ越し先もここから徒歩数分のところにあり、引っ越す前に周辺の最新の治安状況を調べるには最適な場所だ。

ここは一部屋に二段ベッドが二つ、最大四人が泊まれる共同部屋がいくつも並んでいる。

安い分、部屋を共にする人間次第で安眠できるかどうかが決まるが、知らない人の話を聞くのは楽しかった。特に観光シーズンの今は、いつも満室のはずだった。

受付で名前を告げる。

「予約していたミナ・タカハシです」

「は、はいっ!ご用意できております!」

(なんでこんなに慌ててるんだろう?そんな威圧的に言ったつもりはないんだけどな⋯⋯)

受付の青年は汗ばんだ手で鍵を差し出してきた。声が、かすかに震えている。

「こ、こちらお部屋の鍵でございます」

「ありがとうございます。あの、今日宿泊される方はあまりいないんですか?」

「え、えっと⋯⋯本日は空きが多くてですね、お部屋もタカハシ様お一人です!」

「そうなんですか?珍しいですね」

(まあ、静かに眠れるならラッキーかな)

古びた木の階段を上がるたび、靴音がやけに響く。

(今日は疲れたし、早く寝よう)

鍵を差し込み、扉を閉める。

重い鞄を床に置いて、深呼吸をした──そのとき。

────コン、コン。

「ん⋯⋯誰?あ、もしかして受付に何か忘れたのかも」

控えめなノック音。

部屋の外は静かで、足音ひとつ聞こえない。

「はーい、今出ます」

扉を少し開けた瞬間──

ガンッ!

強い衝撃とともに扉が押し開けられた。男の影が、雪崩れ込むように部屋に入ってきた。

「っ、ちょ、何──」

反射的に防御魔法を発動する。だが、その光は一瞬でかき消えた。

「ミナ。今のは感心しませんよ。誰か確認もせずに扉を開けるとは。無防備なところは相変わらずだ」

低く、よく知る声。

その声を聞いた瞬間、心臓がひゅっと縮んだ。

「っ⋯⋯レオンさん!?」

目の前に立つ彼は、いつもの穏やかな微笑みを浮かべていた。

「お迎えに上がりました」

「な、なんでここに⋯⋯」

「ミナが外泊するとの報告を受けました。ただ、私は許可していません」

「いや⋯⋯それは⋯⋯」

「それは?なんですか?」

目は笑っているが、言葉から威圧感を感じた。それに、なぜか変に意識してしまい、目が見られない。

「その、実は、今日はいつもと違うところで寝て、リフレッシュしたいなと思って⋯⋯」

「なら、一緒に今度旅行へ行きましょう。今日は帰りましょうね」

まるで子どもを諭すような口ぶり。

私の言葉に耳を貸す気配もない。まるで「帰ることは絶対だ」と告げているようだった。

穏やかな声なのに、指先には逃がさない圧がある。掴まれた手首が、少しだけ痛い。

(⋯⋯レオンさん怒ってる?たしかに直接言わずに外泊しようとしたけど、明日には帰るってメイドさん達には伝えたはずなのに)

「今日の夕食は何がいいですか?」

「あ、あの!ちゃんと話を聞いてください!」

「聞いたら帰りますか?」

「そういうわけでは──」

「なら、屋敷でミナの好きな料理を食べながらお話ししましょう」

「食べ物で釣るなんて、私のこと何歳だと思ってるんですか」

本当は少し靡きそうになったけれど、それは言えない。

「では、今度ミナの好きな家具屋に行きましょう。好きなものをなんでも買って差し上げます。ですので、今日は──」

「だから、何度も言いますが、今日は帰りません!」

自分でも、どうして帰りたくないのか分からなくなってきた。だが、私の話に聞く耳を持ってくれないレオンさんにはすごく腹が立つ。

「なぜ?」

「この辺りに次に住む家が見つかったんです!引っ越す前に、周辺の地域の雰囲気を見てみたくて。
いつまでもお世話になるのはご迷惑ですし、実は契約ももう済んでるので、私はあの屋敷から──」

「⋯⋯思い出したのか」

「え?」

低く、どこか自分に言い聞かせるような小さな声。レオンさんの表情が、見たこともないほど無機質になった。

(い、今の言い方、少し棘があったかな⋯⋯)

レオンさんは黙って私を見ていた。沈黙が痛い。視線が鋭くて、喉が乾く。

「あの、今のは私の言い方が少し──」

「だから、ミナを自由にさせるのは早い、そう言ったんだ。さて、これからどうしましょうかね?」

彼は前髪を指先でかき上げ、ほんのわずかに息を吐いた。

「え?」

「こんなに私のことを振り回せるのは、あなたくらいだ。いっそ、殺してしまいたいくらいに」

冗談めかした声音なのに、その目だけは一切笑っていなかった。

「こ、ころ⋯⋯」

「──ああ、大丈夫、殺しはしない。殺さなくて済むように、今いろいろ手を打っていますから」

さらりと告げると、レオンさんは私を抱き寄せ、子どもをあやすみたいに頭を撫でた。吐き出された言葉と、その優しすぎる仕草の落差が、かえって異常さを際立たせる。

「早く私のものにならないかな」

「あ、あ、あの⋯⋯」

喉の奥からどうにか声を押し出したときには、もう頬を伝って涙がこぼれていた。

「ミナ、泣いているんですか?これはいけない。やっぱり、怖いことは全部忘れてしまったほうがいいですね」

耳元でそう囁く声だけが、妙に優しくて温かかった。

彼が私の目線までしゃがむ。

「ミナ、少しだけ我慢して」

彼が一歩、近づく。

私が逃げようとした瞬間、体が──動かなかった。

(な、に⋯⋯これ?拘束魔法?)

視界が揺れる。

レオンさんの手のひらが、そっと私の目を覆った。

「大丈夫。怖くない。少し眠くなるだけだ」

耳元で優しく囁く。

そして、次の瞬間、世界がすっと遠のいていった。

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