転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ

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第3章 真相

20話 初代国王の王妃

目を覚ますと、天井。

見覚えのある模様。柔らかな寝具。
鼻腔をくすぐる、ほのかなラベンダーの香り。

(⋯⋯あれ?ここ屋敷?昨日は宿にいたはずなのに、なんで⋯⋯?それに頭痛い⋯⋯)

重く痺れるような頭を押さえながら起き上がると、ちょうど扉がノックされた。

「ミナ、起きましたか?」

「⋯⋯レオンさん?」

扉が開き、彼はいつもの穏やかな笑みを浮かべて立っていた。

(昨日確かに彼と会ったのは覚えてる。そこまでは覚えてるのに、その先が霞んでる。なんでだろう)

「よかった。具合はどうですか?」

昨夜の冷たさも強引さも、今は跡形もない。ただ優しい声だけが響く。

「⋯⋯大丈夫です。でも、どうやって帰ったのか、覚えてなくて」

「あの後、ミナが倒れてしまったので、私が屋敷までお連れしました」

「倒れた⋯⋯?」

(倒れたことなんて一度もないのに。あの時だって、別に体調が悪かったわけじゃ⋯⋯)

胸の奥に、正体の分からない違和感だけが残る。昨夜を思い出そうとすると、霧の幕がかかったように曖昧になる。

「無理はだめですよ。朝食を持ってきますね」

「私、自分で食堂まで——」

「いけません。ここで待っていてください」

そう言い残し、彼は部屋を出ていった。

(なんだかレオンさん、いつもと違う感じだった⋯⋯それに——)

私の体には、微かに誰かの魔力の残滓が残っていた。

(⋯⋯これ、私の魔力じゃない)

腕や脚を確かめても、外傷はない。けれど不気味なざわめきは胸に居座り続けた。

何かがおかしい。それだけは確かだった。





それからは、レオンに外出を禁じられ、自分で契約した部屋は解約したと知らされた。

今日は大学が創立記念日で休講。図書院のバイトの日でもある。

支度をしようと部屋を出た瞬間——

「ミナ、どこへ行くんです?」

(まただ、やっぱり監視されてる⋯⋯)

私が扉を開けたその瞬間に現れる。

「今日バイトがあるのを忘れてて⋯⋯今から行けばまだ間に合うので」

そう言った途端、レオンの表情がわずかに固まった。

「ミナ。まだ体調が万全ではありません。仕事なんて、とんでもない」

「大丈夫です。三日間ずっと休んでましたし、昨日だって散歩も──」

「散歩と仕事は違います。無理をして倒れたらどうするんですか?」

「どうするって、本当になんともないんです」

昨日も外出しようとすると止められた。結局、敷地内の散歩は許可されたが、ここまで制限されると違和感を感じる。

体調の問題ではなく、外に出ることそのものを止めたいようにも思えた。

「同僚にも迷惑がかかるので、やっぱり行かないと」

「いけません。私から休みの連絡は入れておきますから」

「でも——」

「ミナ」

その声は、これまでの柔らかさとはまるで違った。
低く、鋭く、有無を言わせない響きがあった。

一瞬、心臓が跳ねる。

「わ、わかりました。ならせめて自分で連絡を——」

「ミナは、ここにいればいいんですよ」

さっきまでの厳しさが嘘みたいな優しい言い方。だけどその奥に、なにか別の意図が潜んでいるような声。

もう反論できなかった。

「いい子ですね。では私は少し外に出ます。夕方には戻りますので、屋敷で待っていてくださいね」

そう言い残し、彼は屋敷を後にした。





「いい子で待てって⋯⋯何すればいいの⋯⋯」

「ご当主様は、屋敷内であれば何をしてもよいと仰っていました。書庫でも行かれますか?」

背後からメイドのエラが声をかけてきた。

「わ、びっくりした」

「申し訳ありません。ご当主様とお話し中でしたので、邪魔にならぬよう後ろでお待ちしておりました」

「い、いえ、大丈夫です。それより書庫に行ってもいいんですか?」

てっきり、安静にと言われると思っていたので、驚いた。

「もちろんでございます。案内いたします」

差し出された笑顔はいつも通りだったが、どこか監視にも似たものも感じた。






広大な書庫に足を踏み入れると、自然と息が漏れた。

「これは、家にある本棚の域を超えてる⋯⋯」

壁一面の本。魔術書、歴史書、難しそうな専門書ばかり。

「ここにあるものなら全部読んでもいいんですか?」

「そのようにことづかっています」

「わかりました。ありがとうございます」

(本当に暇すぎるけど、専門書は読む気になれない⋯⋯もっと簡単な内容の本がいいなあ)

隅からどんな本があるのか見ていくうちに、棚の端に置かれた古い童話集が目に入った。

(『アストリア建国物語』か⋯⋯つまり初代国王夫妻の話)

王妃、ユリ・クサナギの名が頭をよぎる。

(あのメモ、ずっと気になってたんだよね。なにか分かるかもしれないし、読んでみよう)

私は椅子に座って、ページを開いた。

──王は妃を深く愛し、夫妻は国民に愛され、国を導いた。
──二人の結婚記念日は今でも祝日、良い夫婦の日の起源。

どれも有名な話ばかりだった。

「特にこれといった情報もなかったなあ。流石に童話からわかることなんてなにも──」

そう呟いた瞬間、視界に違和感が滑り込んだ。

宴の場面。初代王妃が食事をしている絵。

他の人物はスプーンとフォークなのに、王妃だけが、二本の細い棒を持っている。

(⋯⋯え?これ⋯⋯お箸?)

反射的に絵を近づける。どこからどう見ても、箸。

(この国にお箸なんてない。いや、昔は主流だったとか?でも、仮に昔は使っていたとしても、他の人は使っていない。なんで王妃だけ⋯⋯?)

その時、扉がノックされた。

「ミナ様、夕食の準備が整いました」

「⋯⋯あの、エラさん、一つ聞きたいことあるのですが⋯⋯」

絵本を開いたまま振り返る。

「この王妃様が持ってる細い棒⋯⋯なんですか?」

エラは軽く覗き込み、あっさり答えた。

「これは、初代王妃様がよく使われていた食具だと伝わっています。王妃様は異国出身の方でして、食事の際は必ずそれで召し上がっていたそうですよ」

(異国⋯⋯)

「どこの国かは⋯⋯?」

「それがまったく分からないんです。何百年前の話でもありますし」

そしてエラは思い出したように続けた。

「ちなみに、その食具はハシと呼ばれていたらしいです。子どもの頃、博物館で見ました」

(ハシ⋯⋯)

頭が真っ白になる。

典型的な日本人女性の名前。お箸。異国出身。

もしかして──

『王妃は、日本人だった』

そう確信した瞬間、背筋に鳥肌が走った。

(⋯⋯あのノート。ユリ・クサナギを調べろって書いたのは誰なんだろう。調べることで何か分かるの⋯⋯?)

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