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第4章 名前のない関係
38話 事件の顛末
屋敷に戻ると、使用人たちが慌ただしく動き出した。
けれどレオンは誰にも指示を出さず、私の手を取って一直線に階段を上がる。
廊下の突き当たり。
「あ、あのそっちは」
私の部屋——ではない。レオンの私室の扉の前で立ち止まる。
「え……私も入るんですか?」
返事はなく、扉が静かに閉まる音だけがした。鍵が掛かる気配。金属が噛み合う、かすかな音。
(……ん?)
そして、振り返るより先に、背後からレオンの手が伸びてきて、私のコートを脱がせた。
「れ、レオンさん……?」
肩からふわりと重みが抜ける。
(な、なに……?)
レオンは私の前に立ったまま、何も言わずに手を伸ばしてくる。襟元。ボタン。指先が迷いなく、順番に外していく。
「えっ、え、待って……!」
「拒否するなら、拘束魔法を使います」
レオンは淡々と私のシャツを肩から下ろした。
布が滑り落ちる音がやけに大きい。
私は咄嗟に腕で胸元を隠す。
「そ、そんな!拒否するに決まってます!」
「恥ずかしがる必要はありません」
そう言いながら、レオンはまず私の手首を取る。
あの痣があった場所。もう治っているが、そこに視線が刺さる。
(傷を……確認してる……?)
指先が手首をなぞった。撫でるというより、確かめるみたいに。
「痛みは?」
「……ないです」
次に、レオンの手が私の腹へ移った。港で殴られた場所だ。ここも痣になっている。
「これは?」
「こ、これはちょっと殴られちゃいまして……でも見た目ほど痛くなくて、意外と大丈夫というか、なんというか……」
「チッ」
(い、いま、舌打ちした……?)
レオンさんが苛立っているのが分かる。
彼は手を私の腹に当て、回復魔法を流し込む。
じわっと温かさが広がって、打撲の痛みが薄れていく。
「……すごい……痛みが──」
その後、私の体を一通り確認すると、レオンは口を開いた。
「ミナ」
私がびくっと反応すると、レオンは動きを止めた。
一拍置いて、低い声で言う。
「私は、あなたが傷つくのが耐えられない」
「すみません、今回は私が本当に──」
レオンは自分の上着を私にかけ、その上から抱きしめた。そして怪我をしていた場所を、一つひとつ撫でていく。
「あなたの手足が動かないようにして、この部屋に閉じ込める。そうすればミナは怪我をすることもなく、私と幸せに永遠に暮らせる。もちろん、私がすべてお世話します。どうですか?こんな世界は?」
「あ、あの……」
(どうしよう、目が本気だ)
「でも、それをしないのは——なぜだかわかりますか」
「え……?」
「あなたが、それを望んでいないのが分かっているからです」
レオンは私の頬に触れ、目元の赤みを親指でそっと撫でた。
「でも、次にこんなことがあれば、私は自分がどうするか分からない」
そう呟いたあと、レオンの腕が私を引き寄せる。
抱きしめられた。
ぎゅっと。強く、逃げられないくらい。
「心配しました」
(どうしよう、自分の心臓の音が耳まで響いてくる)
「……すみません」
「ミナ。二度と勝手な行動はしないでください。あなたが傷つくと、私は正気を保てなくなる」
名前を呼ばれて、私は小さく頷いた。
「……はい。この度はご迷惑をおかけしました⋯⋯」
レオンはようやく息を吐くように、私の頭を撫でた。
子どもをあやすみたいに、優しく。
(レオンさん、本当に私を心配しているように見える。やっぱり、私のことを好きで──)
「それと、今までは黙って見逃していましたが、これから深夜の無断外出は禁止します」
レオンは少しだけ距離を取って、私の顔を覗き込んだ。
「やっぱり気づいてました……?」
私はとぼけて言ってみたけれど、彼の表情は真剣そのものだった。
「す、すみません⋯⋯これからは必ず、事前にお伝えしてから行動します⋯⋯」
レオンはそれ以上何も言わず、もう一度、私を抱きしめ、小さく呟いた。
「私を、ずっと優しいままの私でいさせてください」
そして後になって、セシルとディラン、そして騎士団から、事件の顛末を聞かされた。
ヴァイス商会は大規模な不正取引と背任行為が露見し、一斉摘発されたらしい。名簿に名を連ねていた貴族たちはまとめて爵位を剥奪され、所領は没収。
ヴァイス商会の会長と幹部も拘束され、表舞台から姿を消した。
一部は国外追放――表向きは「自ら望んだ隠居」と発表されたが、実際には社交界から跡形もなく消えたという。
カイは現在取り調べを受けていて、生きているとのことだ。
だが、レオンに消された人間たちの行方だけは、最後まで伏せられた。こちらから尋ねても、返ってくるのは曖昧な返答だけで、生きている可能性は低い、と悟るしかなかった。
そしてセシルの父親も、本来なら巻き添えを食って終わっていたはずだった。
けれど現実は逆だった。事件直後に凍結されていた契約は次々と再開され、なかには以前より好条件へ書き換えられた取引さえある。
新しい得意先まで増え、セシルの家は、以前にも増して繁盛しているという。
けれどレオンは誰にも指示を出さず、私の手を取って一直線に階段を上がる。
廊下の突き当たり。
「あ、あのそっちは」
私の部屋——ではない。レオンの私室の扉の前で立ち止まる。
「え……私も入るんですか?」
返事はなく、扉が静かに閉まる音だけがした。鍵が掛かる気配。金属が噛み合う、かすかな音。
(……ん?)
そして、振り返るより先に、背後からレオンの手が伸びてきて、私のコートを脱がせた。
「れ、レオンさん……?」
肩からふわりと重みが抜ける。
(な、なに……?)
レオンは私の前に立ったまま、何も言わずに手を伸ばしてくる。襟元。ボタン。指先が迷いなく、順番に外していく。
「えっ、え、待って……!」
「拒否するなら、拘束魔法を使います」
レオンは淡々と私のシャツを肩から下ろした。
布が滑り落ちる音がやけに大きい。
私は咄嗟に腕で胸元を隠す。
「そ、そんな!拒否するに決まってます!」
「恥ずかしがる必要はありません」
そう言いながら、レオンはまず私の手首を取る。
あの痣があった場所。もう治っているが、そこに視線が刺さる。
(傷を……確認してる……?)
指先が手首をなぞった。撫でるというより、確かめるみたいに。
「痛みは?」
「……ないです」
次に、レオンの手が私の腹へ移った。港で殴られた場所だ。ここも痣になっている。
「これは?」
「こ、これはちょっと殴られちゃいまして……でも見た目ほど痛くなくて、意外と大丈夫というか、なんというか……」
「チッ」
(い、いま、舌打ちした……?)
レオンさんが苛立っているのが分かる。
彼は手を私の腹に当て、回復魔法を流し込む。
じわっと温かさが広がって、打撲の痛みが薄れていく。
「……すごい……痛みが──」
その後、私の体を一通り確認すると、レオンは口を開いた。
「ミナ」
私がびくっと反応すると、レオンは動きを止めた。
一拍置いて、低い声で言う。
「私は、あなたが傷つくのが耐えられない」
「すみません、今回は私が本当に──」
レオンは自分の上着を私にかけ、その上から抱きしめた。そして怪我をしていた場所を、一つひとつ撫でていく。
「あなたの手足が動かないようにして、この部屋に閉じ込める。そうすればミナは怪我をすることもなく、私と幸せに永遠に暮らせる。もちろん、私がすべてお世話します。どうですか?こんな世界は?」
「あ、あの……」
(どうしよう、目が本気だ)
「でも、それをしないのは——なぜだかわかりますか」
「え……?」
「あなたが、それを望んでいないのが分かっているからです」
レオンは私の頬に触れ、目元の赤みを親指でそっと撫でた。
「でも、次にこんなことがあれば、私は自分がどうするか分からない」
そう呟いたあと、レオンの腕が私を引き寄せる。
抱きしめられた。
ぎゅっと。強く、逃げられないくらい。
「心配しました」
(どうしよう、自分の心臓の音が耳まで響いてくる)
「……すみません」
「ミナ。二度と勝手な行動はしないでください。あなたが傷つくと、私は正気を保てなくなる」
名前を呼ばれて、私は小さく頷いた。
「……はい。この度はご迷惑をおかけしました⋯⋯」
レオンはようやく息を吐くように、私の頭を撫でた。
子どもをあやすみたいに、優しく。
(レオンさん、本当に私を心配しているように見える。やっぱり、私のことを好きで──)
「それと、今までは黙って見逃していましたが、これから深夜の無断外出は禁止します」
レオンは少しだけ距離を取って、私の顔を覗き込んだ。
「やっぱり気づいてました……?」
私はとぼけて言ってみたけれど、彼の表情は真剣そのものだった。
「す、すみません⋯⋯これからは必ず、事前にお伝えしてから行動します⋯⋯」
レオンはそれ以上何も言わず、もう一度、私を抱きしめ、小さく呟いた。
「私を、ずっと優しいままの私でいさせてください」
そして後になって、セシルとディラン、そして騎士団から、事件の顛末を聞かされた。
ヴァイス商会は大規模な不正取引と背任行為が露見し、一斉摘発されたらしい。名簿に名を連ねていた貴族たちはまとめて爵位を剥奪され、所領は没収。
ヴァイス商会の会長と幹部も拘束され、表舞台から姿を消した。
一部は国外追放――表向きは「自ら望んだ隠居」と発表されたが、実際には社交界から跡形もなく消えたという。
カイは現在取り調べを受けていて、生きているとのことだ。
だが、レオンに消された人間たちの行方だけは、最後まで伏せられた。こちらから尋ねても、返ってくるのは曖昧な返答だけで、生きている可能性は低い、と悟るしかなかった。
そしてセシルの父親も、本来なら巻き添えを食って終わっていたはずだった。
けれど現実は逆だった。事件直後に凍結されていた契約は次々と再開され、なかには以前より好条件へ書き換えられた取引さえある。
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