転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ

文字の大きさ
40 / 73
第4章 名前のない関係

40話 答えのでない夜

あれから、アレクの言葉が頭から離れず、結局カリナとご飯に行く約束も断ってしまった。

『兄上はなぜあなたの記憶を書き換えずに、消したと思いますか?』

帰りの馬車の中でも、屋敷の廊下を歩く間も、その声だけが耳の奥で反響している。

(書き換えるんじゃなくて、消した⋯⋯)

部屋に戻り、椅子に座った。

「記憶を書き換えるってのは、作られた記憶に差し替えるってこと⋯⋯」

(たしかに、なんで今まで疑問に思わなかったんだろう。レオンさんなら、それくらい簡単にできるはずだ)

なのに、彼はそれをしなかった。

私が元の世界に戻らないように、日本語の本まで解読した人だ。だったら最初から、私の頭の中まで綺麗に整えて、疑いようもない形で従わせればいいはずなのに。

(でも、やらなかった。それとも、何か理由があってできなかっただけ?)

答えは出ない。胸の奥のざわつきだけが居座って、眠気を追い払う。

結局そのまま夜が明けてしまった。





次の日。

いつも通り大学へ行ったが、講義中は全く集中できなかった。

休み時間、私はセシルを捕まえて、できるだけ自然な顔を作った。

「ねえ、セシル。変な質問していい?」

「どうしたの? ミナちゃん。何かあった?」

「もし、セシルの好きな人に対して、記憶を書き換えるか、消すかできるとしたら、どっちを選ぶ?」

セシルは眉を寄せた。

「そんなの、どっちも嫌だよ」

「……例えばの話だとしたら?」

セシルは私を一度まっすぐ見て、それから少しだけ視線を外した。

「うーん。状況によって変わると思うけど……まず、書き換えるって、自分の都合のいい記憶を作るってことだよね?」

「うん」

「それで、消すっていうのは、自分に都合の悪い記憶……たとえば、好きな人が元カノを忘れられないとか、そういうのを消すってこと?」

「まあ、そんな感じ」

セシルは少し考えてから、肩をすくめた。

「私なら、書き換えって答えるかも。実用的なのは、そっちだから」

「どういうこと?」

「だって、相手を望む方向に誘導できるから。関係を築きたいなら、いちばん手っ取り早いかなって」

なるほど、と頷きかけて――私はそこで止まった。セシルが続けたからだ。

「……とは言っても、後味は最悪だよね」

「どういうこと?」

「たとえどんなに好きって言われても、それって言わせた言葉になっちゃう。本当の気持ちじゃない。信じたいのに、心の底から信じられなくなると思う」

「たしかに……」

「だから、うーん……前言撤回。どう転ぶかは分からないけど、相手の意思だけは奪いたくないから、消す方を選ぶかな。そのうえで、好きになってもらえるように努力するしかない。まあ、記憶を触る時点で最低なんだけどね」

(意思を奪いたくない……)

セシルが、今度はまっすぐ私を見た。

「ミナちゃん、何かあったの?」

「えっと、ちょっと考え事があってさ。でも大丈夫」

嘘は下手だ。でも、セシルは追及しなかった。最後にぽん、と肩を叩く。

「ミナちゃんが何に悩んでるのか、私には全部はわからない。でも、わからないうちは無理に結論を出さなくていいと思うよ。ただ、自分がどうしたいかだけは見失わないで。気持ちに嘘をつくと、いちばん最後に苦しくなるの、自分だから」

「⋯⋯ありがとう」

セシルの言葉が、胸の奥にじわりと広がった。








翌朝。
目を開けた瞬間、頭の奥に鉛が沈んでいるみたいに重かった。
夜更けまで眠れず、同じところをぐるぐる回っていた。アレク王子の囁き。セシルの言葉。レオンのこと。

結局、私には分からなかった。

だったら――確かめるしかない。

これまでの私は、レオンさんの『用意した日常』の中で生きていただけだ。
そこに乗っている限り、見えるのは優しい顔だけ。本当に知りたいのは、私が彼の計算を外れたとき、あの人がどう反応するか――その一点だ。

だから、今までしなかったことをする。

──わがままを言ってみよう。

そう、決めた。

意味がわからない、と笑われそうな思いつきだ。

けれど冷静に振り返れば、彼が何を許し、何を嫌がり、どこで線を引くのか、少し興味がある。


私はベルを鳴らした。

「エラさん、ちょっといいですか」

扉が静かに開き、メイドのエラが顔を覗かせる。

「お目覚めでございますか、ミナ様。何かご用で?」

「あの、最近流行ってるものが分かる雑誌みたいなの、ありますか?女性が好きそうな服とか宝飾品とか載ってるやつがいいんですけど」

エラの眉がほんのわずかに上がった。驚きというより、珍しいものを見るような表情だ。

「承りました。王都の流行誌でよろしいでしょうか?」

「はい、お願いします」

エラは一礼し、足音ひとつ立てずに去っていった。

あなたにおすすめの小説

ストーカーから逃げ切ったのも束の間、転移後はヤンデレ騎士団に殺されかけている現実!

由汰のらん
ファンタジー
ストーカーから逃げていたある日、ハルは異世界に召喚されてしまう。 しかし神官によれば、どうやらハルは間違って召喚された模様。さらに王子に盾ついてしまったことがきっかけで、ハルは国外追放されてしまう。 さらに連行されている道中、魔族に襲われ、ハルの荷馬車は置き去りに。 そのさなか、黒い閃光を放つ騎士が、ハルに取引を持ちかけてきた。 「貴様の血を差し出せ。さすれば助けてやろう。」 やたら態度のでかい騎士は、なんとダンピールだった! しかしハルの血が特殊だと知った騎士はハルを連れ帰って? いっそ美味しい血と癒しを与えるダンピール騎士団のセラピストを目指します!

居酒屋の看板娘でしたが、歌の治癒魔法が覚醒して王女に戻されました〜幼い頃に出会った側近様と紡ぐ恋〜

丸顔ちゃん。
恋愛
生まれてすぐに誘拐され、死んだとされた王女── その赤子は、実は平民街にひっそりと置き去りにされていた。 病弱な父に拾われ、居酒屋の看板娘として育ったミリア。 白い小花を髪に挿し、歌うことが大好きな少女。 自分の歌に“治癒の力”が宿っていることなど知らずに、 父と平民仲間に囲まれ、穏やかな日々を送っていた。 ある日、市場にお忍びで来ていた皇太子とその側近が、ミリアの歌声を耳にする。 皇太子は“王族にしかない魔力の波動”を感じ、 側近は幼い頃の祭りで出会った白い小花の少女を思い出し、胸がざわつく。 その直後、父が危篤に。 泣きながら歌ったミリアの声は奇跡を起こし、治癒魔法が覚醒する。 「どうして平民の私に魔力が……?」 やがて明かされる真実── ミリアこそ、行方不明になっていた王女その人だった。 王宮に迎えられ、王女としての生活が始まる。 不安と戸惑いの中、そばにいてくれるのは、 幼い頃に一目惚れし、今も変わらず彼女を見つめる皇太子の側近。 「今度こそ、君を見失わない」 歌姫王女として成長していくミリアと、 彼女を支え続ける側近の、優しくて温かい恋の物語。

英雄の可愛い幼馴染は、彼の真っ黒な本性を知らない

百門一新
恋愛
男の子の恰好で走り回る元気な平民の少女、ティーゼには、見目麗しい完璧な幼馴染がいる。彼は幼少の頃、ティーゼが女の子だと知らず、怪我をしてしまった事で責任を感じている優しすぎる少し年上の幼馴染だ――と、ティーゼ自身はずっと思っていた。 幼馴染が半魔族の王を倒して、英雄として戻って来た。彼が旅に出て戻って来た目的も知らぬまま、ティーゼは心配症な幼馴染離れをしようと考えていたのだが、……ついでとばかりに引き受けた仕事の先で、彼女は、恋に悩む優しい魔王と、ちっとも優しくないその宰相に巻き込まれました。 ※「小説家になろう」「ベリーズカフェ」「ノベマ!」「カクヨム」にも掲載しています。

魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました【完結】

iru
恋愛
第19回 恋愛小説大賞エントリーしています。ぜひ1票お願いします。 小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。 両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。 両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。 しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。 魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。 自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。 一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。 初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。 恋人になりたいが、年上で雇い主。 もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。 そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。 そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。 レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか? 両片思いのすれ違いのお話です。

異世界は『一妻多夫制』!?溺愛にすら免疫がない私にたくさんの夫は無理です!?

すずなり。
恋愛
ひょんなことから異世界で赤ちゃんに生まれ変わった私。 一人の男の人に拾われて育ててもらうけど・・・成人するくらいから回りがなんだかおかしなことに・・・。 「俺とデートしない?」 「僕と一緒にいようよ。」 「俺だけがお前を守れる。」 (なんでそんなことを私にばっかり言うの!?) そんなことを思ってる時、父親である『シャガ』が口を開いた。 「何言ってんだ?この世界は男が多くて女が少ない。たくさん子供を産んでもらうために、何人とでも結婚していいんだぞ?」 「・・・・へ!?」 『一妻多夫制』の世界で私はどうなるの!? ※お話は全て想像の世界になります。現実世界とはなんの関係もありません。 ※誤字脱字・表現不足は重々承知しております。日々精進いたしますのでご容赦ください。 ただただ暇つぶしに楽しんでいただけると幸いです。すずなり。

異世界から来た娘が、たまらなく可愛いのだが(同感)〜こっちにきてから何故かイケメンに囲まれています〜

恋愛
普通の女子高生、朱璃はいつのまにか異世界に迷い込んでいた。 右も左もわからない状態で偶然出会った青年にしがみついた結果、なんとかお世話になることになる。一宿一飯の恩義を返そうと懸命に生きているうちに、国の一大事に巻き込まれたり巻き込んだり。気付くと個性豊かなイケメンたちに大切に大切にされていた。 そんな乙女ゲームのようなお話。

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

混血の私が純血主義の竜人王子の番なわけない

三国つかさ
恋愛
竜人たちが通う学園で、竜人の王子であるレクスをひと目見た瞬間から恋に落ちてしまった混血の少女エステル。好き過ぎて狂ってしまいそうだけど、分不相応なので必死に隠すことにした。一方のレクスは涼しい顔をしているが、純血なので実は番に対する感情は混血のエステルより何倍も深いのだった。