転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ

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第4章 名前のない関係

39話 記憶を“消した”理由

翌朝。

起きて、支度をして、いつも通り外へ出る。今日は図書院のアルバイトの日だ。

昨日あんなことがあった後でも、生活は止まらない。もちろんレオンさんには止められたけれど、「大丈夫です」と押し切って、半ば無理やり出勤した。

図書院に着くと、カウンターの向こうで同僚のカリナが書類の山に埋もれていた。

「あ、ミナ。ちょうどよかった」

「おはよう。相変わらず大変そうだね」

「大変なんてもんじゃない」

カリナは私の返事を聞くより早く、封筒と札のついた箱を二つ、どん、と机に置いた。

「悪いんだけど、これ。王宮の公文書館に届けてほしい」

「全然いいよ。外に出る用事って、仕事の時間が短く感じるから好きなんだよね」

「私は寒いの苦手だから、中で仕事してる方が好き」

「王宮まで、ここからすぐだよ?」

「そう言ってくれると思った。だからミナに頼んだの」

(つまり、私が断らない前提で押しつけたな)

「はいはい。任せて」

口では軽く返したものの、最後に王宮へ行ったのは――地下へ忍び込んで本を探したとき以来だ。胸の奥が、ほんの少しだけ落ち着かない。

カリナは私の顔色など気づきもしないまま、さっさと説明を続ける。

「行き方は分かるよね。手続きはいつも通り。納品確認のサインをもらって戻ってきて。箱も一応、封はしてあるから」

「了解。……箱、重くない?」

「うん。たぶん」

「たぶんってなに」

カリナは肩をすくめるだけで、もう視線は書類に戻っていた。

「それと、帰ってきたら声かけて。あとでご飯行こう」

「分かった。じゃあ、いってきます」

封筒を懐にしまい、箱を抱える。

そして私は、王宮へ向かった。






王宮。

門をくぐった瞬間、空気が変わった。

広い。白い。高い。
人の足音ですら、少し遅れて響く気がする。

(何回来ても迷いそうになる)

案内されたのは、図書院の納品で何度か来たことのある公文書館だった。

受付で納品書を出し、箱を運ぶ。

「こちらで確認いたします。少々お待ちを」

公文書館の職員が封を確かめ、内容物と照らし合わせていく。私はその横で背筋を伸ばして待った。

(早くサインもらって、カリナとご飯――)

そう思った瞬間、視界の端に見覚えのある姿が入った。

義姉あね様?なぜここに?お久しぶりです!」

第二王子のアレクだ。

義姉あね様……?)

「お久しぶりです。仕事で、こちらに少し用があって――」

アレクは納品箱を見るなり、目を輝かせた。

「ああ、届いたんですね!よかった!それ、実は私が図書院に依頼した本なんです」

「そうだったんですね。……じゃあこちら、どうぞ」

箱を差し出すと、アレクは受け取りながら、どこか懐かしむように私を見た。ふっと目を細める。

「ありがとうございます。……それにしても、義姉あね様が王宮にいらっしゃるのは久しぶりですね。ここでまた会えるなんて、正直嬉しいです」

「嬉しい……?」

頭のどこかが、かすかに揺らいだ。

「だって義姉あね様、王宮が嫌いだったでしょう」

「え?」

「ああ……義姉あね様は記憶を失われているんでしたね。すみません」

あなたのお兄さんに記憶を消されたから何も覚えてない、と言いたいところだけど我慢だ。殿下がどこまで知ってるかも分からないし、黙っておこう。

アレクは、悪びれた様子もなく続ける。

「それに、義姉あね様が働いているとは正直驚きです。兄上も変わられたなぁ。……あ、別に悪く言ってるわけじゃないですよ?兄上は少し厳しいところはありますけど、本当に頼りになる方ですから!」

(レオンさんのこと、嫌ってはいないのかな。王族の兄弟って、もっとギスギスしてるイメージだったから意外だ)

「兄弟、仲がいいんですね」

当たり障りのない返事をしたつもりだった。

「仲がいい……?」

アレクの笑みが、ふっと消えた。
周囲の音が急に遠ざかる。




「たしかに兄上が死ねと言えば、私は死ねますね」




冗談めかした調子じゃない。
声の温度だけがすっと落ちて、目だけがこちらをまっすぐ見ている。

そして彼は一歩近づき、私の耳元へ唇を寄せて囁いた。

「ああ、そうだ、義姉あね様。兄上はなぜあなたの記憶を書き換えずに、『消した』と思いますか?」

「え……?」

「なんだ、まだ分かってないのかあ。まあ、兄上が以前とは変わったとはいえ、どうせ逃げられないんだし。無駄なことは考えないのが一番だと思いますよ」

(な、なに?さっきと雰囲気が全然違う……)

怖い。そう感じてしまった。

「あはは。今のは、いろいろ言葉が悪かったですね」

次の瞬間、張りつめた空気を自分でほどくみたいに、アレクは肩をすくめた。
そして何事もなかったように、さっきまでの人懐っこい笑顔へ戻る。

(今の、冗談には見えなかった。悪い人じゃないとは思うけど……腹の中が見えなくて、怖い)

「では、私はこの資料を使って仕事に戻りますので!義姉あね様もお仕事、頑張ってください」

「あ、ありがとうございます」

笑おうとしたのに、頬がひきつるのが自分でも分かった。

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