転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ

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第3章 真相

25話 作戦開始

答えの出ない問いを抱えたまま迎えた朝。
スープに口をつけても、味がする気がしなかった。

沈黙が長くなりかけたところで、レオンがいつもと変わらない調子で言った。

「そろそろ、大学に行ってみますか?」

「……え?」

思わず手が止まる。
パンをちぎった指先が、宙で固まった。

「体調もだいぶ安定してきたようですし。もちろん、まだ休みが必要と思うなら止めませんが」

あまりにも唐突な提案で、一瞬言葉が出なかった。

(この人が、何の計算もなしにこんなことを言うわけがない)

そう思ってしまう自分がいる。

「……本当に、行ってもいいんですか」

問い返した声は、思ったより慎重だった。
でも同時に、胸の奥がわずかに跳ねる。

(でも、これはチャンスだ)

大学に行くことで何か情報が得られるかもしれない。封印庫についての手がかりだって。

レオンは表情を崩さないまま、穏やかに頷いた。

「ええ。ミナのしたいようにしてください」

ついこの間まで、一歩も外へ出させようとしなかった人と、同じとは思えない。
けれど今は、とにかく情報が欲しかった。

「……じゃあ、今日から行ってきます」

胸の奥でざわついた何かを、スープと一緒に無理やり飲み下す。

「分かりました。馬車を手配しますね」

その声は柔らかい。
だからこそ、余計に落ち着かなかった。






そうして、久しぶりに、堂々と屋敷の正面玄関から外に出た。

王立大学へ向かう道は、何度も行き来したはずなのに、妙に懐かしく感じる。

校門をくぐると、ちらちらと向けられる視線。

「ねえ、あれ⋯⋯」

「⋯⋯売女の外国人ですわよね」

(まあ、目立たないほうがおかしいか⋯⋯)

演習中に第二王子アレクが私に話しかけてきたせいで、王族と知り合いだという噂が広まっている。

愛人だの、娼婦だのと、好き勝手な言葉が背中のほうでささやかれているのも聞こえるけれど、いちいち反応する気力はもうなかった。




午前中は講義に出てノートを取り、午後は図書院でのアルバイト。

一見、以前と変わらない日常だった。

けれど頭の中は、封印庫のことでいっぱいだった。



返却された本の処理をしながら、同僚のカリナに、さりげなく話を振る。

「ねえ、王宮地下封印庫って知ってる?」

「え?久しぶりに出勤したと思ったら、いきなり物騒なこと聞くわね、ミナ」

「授業でちょっと出てきてさ。なんか、気になって」

「授業でって本当に言ってる?」

「え、何で?私何か変なこと言った?」

カリナは周囲を一応見回してから、声を落とした。

「あそこは魔法学校の生徒だとしても関わるべき場所じゃないよ。国家レベルの危険物と禁書の保管庫だもん。変に詮索すると通報されるよ」

「じゃあ、当然、私が見学とかできたりは⋯⋯」

「するわけないでしょ」

即答だった。

「封印庫へ行くには、まず地下管理区画に入る必要があるらしいけど、ごく一部の人間だけしか入れないの。もちろん、何が保管されてるかも、誰が出入りしてるかも、基本は秘密だし」

「なるほど⋯⋯そうだったんだ。勉強になります」

苦笑いしながら肩をすくめる。 

「死にたくないなら、この話は他ではしないことね」

「⋯⋯わかった」

(やっぱり、正攻法じゃ無理か⋯⋯)

アルバイトを終えて図書院を出る頃には、妙な疲労感に襲われていた。






屋敷に戻ると、外はすっかり暗くなっていた。

レオンから「夕食は先に済ませておいてください」と伝言があったので、簡単に食事を済ませた後、自室へと向かった。

(本を手に入れるには、あそこに行くしかない。でも、普通に考えたら、行けるはずがない⋯⋯)

ペンを握ったまま、紙に案や矢印を書いては消し、消しては書く。

封印庫に近づけそうな人間──この国で、すでにある程度の権力と魔力を持っている者。

(そんな人たちと関わりなんてないもんなあ⋯⋯なおかつ、私に協力してくれる人間なんて)

自然と、視線が天井のほうに向いた。

レオンさんは、封印庫に簡単に出入りできる人間のひとりだ。今の彼は日本語もわかるから、本の解読もできるはずだ。

「待って、それなら──」

私がもたもたしている間にも、彼は本を少しずつ読み解いているかもしれない。もうすでに解読してる可能性すらある。

「なんで急にレオンさんが大学へ行くのを許したのかも分からないけど──」

じわりと喉が乾く。

夢で見た、誰かが処罰されるシーン。それを平然とした顔で見ていたレオン。

ペンを置いた。

「もう、考えるのやめよ」

口に出したら、少しだけ楽になった。

「レオンさんに日本語を教えちゃった時点で、きれいな解決なんてもう無理なんだ。だったら──」

胸の奥で、覚悟が決まった。

時間は限られている。でも、いい方法が浮かばない。ならもう、多少無茶でも動いたほうがいい。何もしないまま終わるくらいなら。

気づけば、ノートの別のページに、こう書き込んでいた。

〈王宮地下封印庫に、正面から行く〉

文字にして見ると、信じられないほど無謀だ。

でも私には、ひとつだけ賭けられる要素があった。

「封印庫の「手前」まで行けば何とかなるかもしれない」

カリナの話では、入口付近には、王宮直属の第三騎士団、その隊長クラスが交代で警備に立っているらしい。

「そのレベルの騎士なら、私の顔を知っているに違いない」

第二王子アレク、騎士団団長など、地位がある者達は、私と会った時に初対面とは思えない態度を見せた。

「まあ、私は覚えてないんだけど」

情けなくて、笑いそうになる。

「でも、だったら、それを利用させてもらう」

ノートをぱたんと閉じる。

「明日だ。明日しかない」

自分に宣告するように、そっと呟いた。

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