転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ

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第4章 名前のない関係

35話 助けの気配

廊下の向こうに人の気配を感じる。

カイが目だけで合図した。

「まず、お前の縄からだ」

「わかった」

私は息を殺し、縄の一部に魔力を集める。

(いける)

次の瞬間、焼き切れたみたいに、音もなくすぱり、と縄が落ちた。手首が自由になった途端、血が戻るような痛みが走る。

(うわ……痣になってる。こんなにキツく縛らなくてもいいのに……)

「俺のも頼む」

私はすぐにカイの縄へ手を伸ばした。
同じように魔力を通す。固く締められた縄が、静かに切れる。

カイが肩を回して小さく頷いた。

「よし。次は扉だ」

「でも、鍵ないよ」

「そうだな。だからここで俺の出番ってわけだ。潜入捜査してるんだから、これくらいできねぇとな」

カイは床の小石を拾い、鍵穴へ滑り込ませた。そして、指先を微妙に動かす。

「何してるの?」

「黙って見てろ」

——小石が、ぐにゃりと変形した。
鍵穴の内部に吸い付くように、ぴったりの形へみるみる変わっていく。

「……すごい。鍵、作ったの?」

「説明してる時間はねぇ。次はお前の結界だ。弱ぇけど、無いよりマシだろ」

「いちいち棘のある言い方しかできないの?」

苛立ちながらも、私は頷く。息を吸って、吐く。

(狭く、薄く。扉の外だけ——)

指先が冷えていく感覚。

空気が重くなる。

(……よし)

「できたな。開けるぞ」

扉が軋んで開いた。

(……本当に開いた)

カイが囁く。

「急げ」

「分かってる」

私たちは闇の廊下へ滑り出た。
濡れた石床。冷たい空気。鉄とカビの匂いが鼻の奥に絡みつく。

心臓の音がうるさい。

(なんで私がこんな目に遭わないといけないの。早く帰りたい……)

角を曲がると、廊下の先に見張りが一人、背を向けて立っていた。
カイが私を壁際へ押し込み、息だけで言う。

「大丈夫だ。もう少しで外に出られる」

梯子が見えた。上から薄い光——外だ。

「あそこの梯子で合ってる?」

カイが頷く。

「ああ。先に——」

その瞬間。

「おい」

背後から、低い声。

(うそ……)

私は反射で振り返ってしまった。見張りがこちらを向く。目が合った。

「誰だ、お前ら——!」

叫び声が廊下に反響する。

(終わった)

カイが舌打ちした。

「急げ!」

私たちは梯子へ駆け出し、必死に登った。

上へ、上へ。

外の冷たい空気を頬に感じた瞬間、背後の怒号が膨れ上がる。

「逃げたぞ!」

「追え!」

港の裏路地へ飛び出した私たちは、積まれた荷の影に身を滑り込ませた。

カイが周囲を睨み、歯を食いしばる。

「……まずい。外にも結構いるな」

倉庫の間に、さっきの連中と同じ格好をした男たちが立っていた。
逃げ道を塞ぐみたいに、じわじわ距離を詰めてくる。

カイが小声で吐き捨てる。

「……俺の顔も割れてる。やべぇ、逃げ切れねぇかも」

「逃げきれないって、勝手に諦めないでよ!」

「おいおい。こんなところで何してるんだよ、治安局の犬よお」

背後から、小太りの男が声をかけてきた。

「もうバレちゃったじゃん!」

「お前の声がでけぇから——」

男の視線が、私に刺さる。

「黒髪の女も一緒か。手間が省けた」

「さ、触らないでください……何なんですか、いったい」

私が一歩踏み出しかけた瞬間、カイが腕を掴んだ。

「やめろ。あいつらは、お前が思ってるより強い。だから——」

「分かってる。でも、このまま何もしないで捕まるわけにいかないでしょ」

男たちが一斉に動く。

「捕まえろ!」

私は反射的に結界を張った。薄い膜が広がり、一本だけ剣先を弾く。

——でも、それだけ。押し返せない。数が多すぎる。

(もっとちゃんと魔法を練習してれば……せめて、自分の身を守れるくらいは)

悔やんでも遅い。分かってる。分かってるのに。

カイが私の腕を引く。

「ミナ!こっちだ!」

逃げようとした瞬間、背中に衝撃。突き飛ばされ、地面に膝をついた。

「逃げるんじゃねえ、おとなしくしてろ」

「……いたっ」

髪を掴まれ、頭を無理やり持ち上げられる。

「暴れるなよ、商品」

「痛い!放して!」

私は爪で男の手首を強く引っ掻いた。

「いっ——!この女!」

殴る拳が振り上がる。私は目を逸らさず睨み返した。

(私、今日だけで何回殴られるんだろう──)





次の瞬間——空気が変わり、髪を引かれる痛みが突然消えた。

「ぅ、うわぁああ——」

呻き声。拳を上げていた男が、腕を押さえて崩れ落ちている。

一瞬、何が起きたのか分からない。

「えっ……」

そして、後ろを振り返ると——いた。

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