雨音の記憶、君の影

金森しのぶ

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第1話 雨の出会い

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しとしとと降る雨は静かなメロディのようだった。梅雨の真っただ中、街は灰色に染まり、水たまりは鈍い光を反射して揺れている。公園の隅にある東屋に、小さな影が一つぽつんと立っていた。

奏人(かなと)はまだ小学四年生だった。耳が聞こえない彼にとって、雨の日は特別な時間だった。視覚がすべてを支配する世界では、雨粒が地面に落ちる瞬間が映像のようにはっきりと目に映る。それは奏人にとって静かな音楽だった。

しかし、この日はいつもと少し違っていた。奏人は東屋のベンチに腰を下ろし、濡れたスニーカーをぶらぶらと揺らしながら、目の前の水たまりをじっと見つめていた。その時、視界の端に小さな人影が映った。

(誰かいる……)

奏人が視線を上げると、向かい側のベンチに一人の少女が座っているのが見えた。淡いピンクの雨合羽を着たその少女は、奏人と同じくらいの年齢だろうか。彼女は俯き加減に、膝の上に置いた手をじっと見つめていた。表情はどこか寂しそうで、奏人は気になって仕方がなかった。

二人は無言だった。雨の中、それぞれの静かな世界に浸りながら、ただ互いの存在を感じていた。やがて少女が顔を上げ、目が合った。彼女の瞳は澄んでいて、どこか儚げで、まるで雨そのもののようだった。

少女が何か口を動かした。奏人には聞こえないが、口元の動きで何か言葉を紡いだことは分かった。奏人は困ったように微笑み、そっと自分の耳を指差して首を横に振った。少女の目が少し見開かれ、それから小さく頷いた。

少女はゆっくり立ち上がり、奏人のそばまで近づいてきた。そしてベンチの横に座りなおし、スカートのポケットから小さなノートを取り出した。彼女は素早く何かを書き込むと、奏人に差し出した。

『雨、好き?』

綺麗な字だった。奏人はうなずき、少し微笑んだ。彼もまたポケットから小さなノートを取り出し、丁寧に返事を書き込んだ。

『好き。雨の日は静かで、きれい』

それを見た少女は微かに口元をほころばせた。彼女はもう一度ペンを動かした。

『私も。雨の日は、世界が優しい気がする』

奏人は頷いた。初めて感じる不思議な感覚だった。いつも孤独を感じていた奏人だったが、少女の言葉に温かな気持ちが芽生えた。

二人はしばらくノートを使ったやり取りを繰り返した。少女は咲良(さくら)と名乗った。咲良は口数が少なく、どこか物悲しげな瞳をしていたが、その存在は奏人にとって雨の日のような心地よい安らぎを与えてくれた。

雨が少しずつ弱まり、やがて空が明るくなり始めた。咲良はノートを閉じ、小さく手を振って立ち上がった。奏人も立ち上がり、手を振り返した。

咲良は少し迷ったような表情を見せ、最後にもう一度ノートを取り出し、奏人に文字を見せた。

『また会える?』

奏人は大きく頷いた。咲良の顔がふわりと明るくなったのを見て、彼の胸に温かな感情が広がった。

二人が別々の方向へと歩き出すとき、奏人はふと振り返った。咲良も同じタイミングで振り返り、二人は互いを見つめ合って微笑んだ。彼らの間に交わされた無言の約束は、まるで雨が運んできた小さな奇跡のようだった。

その日の出来事は奏人の記憶に深く刻まれた。雨音のない静かな世界の中で出会った、たった一人の特別な少女――咲良の姿が、奏人の心に優しく残った。

これが、奏人と咲良が初めて出会った日の、雨が降る静かな午後の出来事だった。
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