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第7話 ピアノの旋律
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学園祭当日の朝、空は分厚い雲に覆われていた。時折、細かな雨が窓を叩く音がする。
教室は朝からそわそわとした空気に包まれ、生徒たちはコスチュームや小道具を確認したり、最後の練習をしたりと慌ただしい。
咲良は、ピアノが置かれた模擬カフェのステージ横で、小さく手を握りしめていた。
昨日までの練習を何度も思い出す。しかし今朝は、起きたときから景色が一段とぼやけている気がしてならなかった。
教室のホワイトボードの字も、ピアノの譜面も、今まで以上に霞んで見えた。
不安と緊張が胸に広がるなか、奏人が静かに咲良のそばに現れた。
奏人は咲良の目をじっと見つめて、そっと手話で「大丈夫」と伝える。
咲良は小さく微笑み返し、心を落ち着けようとゆっくり深呼吸した。
*
開店前、カフェ班のメンバーが全員で円陣を組む。
「みんなで楽しもう!」
健太が声を上げると、自然と拍手が沸いた。
咲良も手話で「がんばろう」と奏人に伝え、仲間たちと気持ちを一つにした。
お客さんが続々と入ってくると、店内は一気に賑やかになる。
厨房の方からは揚げ物の香り、カウンターでは健太が明るい声でオーダーを受ける。
奏人は案内係として、手話と笑顔でお客さんにメニューを見せて回っていた。
咲良はピアノの前に座り、手を膝の上に置いて自分の手の震えをじっと見つめた。
「いよいよだね」
クラスメイトの女子がそう声をかけてくれる。
咲良は微笑み、そっとピアノの蓋を開けた。
*
演奏の時間が近づくにつれ、咲良の鼓動はどんどん速くなった。
見えない不安が頭をもたげる。「もし途中で鍵盤を見失ったら」「音を間違えたら」
そんな心配が渦巻く。
ふと、視線の先に奏人の姿が目に入った。
奏人はさりげなく咲良に歩み寄り、ノートを差し出した。
『大丈夫。きみの音は、ちゃんと届くよ。』
咲良はその文字を指でなぞり、小さくうなずいた。
「ありがとう」
唇だけでそう言い、深呼吸して椅子に座り直す。
「次の演奏は、水沢咲良さんです!」
クラスメイトが紹介すると、会場の視線がピアノに集まる。
*
咲良の指が鍵盤に触れる。
最初は緊張で指が震え、手元がぼやけて見える。
けれど、暗記したメロディーをたどるうちに、次第に音の流れが身体に染み込んでいくのを感じた。
——見えなくても、音は自分の中に残っている。
——奏人君やみんながいるこの場所で、私はちゃんと“生きて”いる。
ひとつ、またひとつと音が紡がれ、会場は次第に静まり返っていく。
目の前の景色は霞んでいるのに、誰かが見守ってくれている温かさだけははっきりと分かった。
奏人は客席の最前列で咲良をじっと見つめ、そっと「すごいよ」と手話でエールを送る。
健太たちクラスメイトも、小さく拍手しながら応援していた。
やがて曲が終わると、店内に大きな拍手が巻き起こった。
咲良は安堵のため息をつき、目尻に涙が浮かぶのをこらえながらお辞儀をした。
*
休憩時間、咲良はステージ脇でそっと涙をぬぐっていた。
奏人が近くに寄ってきて、ノートをそっと渡す。
『すごくきれいだったよ。きみの音、ちゃんと伝わった』
咲良は何度も頷き、ノートにこう返した。
『今日はみんながそばにいてくれて、すごく幸せだった。失うものもあるけど、大事なものが増えた気がする』
奏人は咲良の手を取り、手話で「ぼくも同じ気持ち」と伝えた。
その様子を見ていた健太が茶化すように「おーい、カフェ班! 手伝ってくれ!」と声をかけてくる。
咲良は照れくさそうに笑い、またみんなの輪に戻っていった。
*
夕方。学園祭の片付けが終わると、外はすっかり本降りの雨だった。
帰り道、傘をさして二人きりになると、咲良は静かに言った。
『今日のこと、きっと一生忘れない。怖いこともあるけど、私は“今”が大好き』
奏人も頷き、
『僕も。今日の咲良ちゃんは、すごく輝いてた』
と手話で伝えた。
二人は雨音に包まれながら、ゆっくりと歩いていく。
手を繋いだぬくもりが、これからどんなに世界が変わっても、自分たちをつないでくれる気がした。
遠ざかる学校の灯りを背に、奏人と咲良はまた新しい一歩を踏み出した。
——どんな未来が待っていても、音と手のぬくもりは消えない。
——今日という日が、二人の心にずっと残り続けることを信じて。
教室は朝からそわそわとした空気に包まれ、生徒たちはコスチュームや小道具を確認したり、最後の練習をしたりと慌ただしい。
咲良は、ピアノが置かれた模擬カフェのステージ横で、小さく手を握りしめていた。
昨日までの練習を何度も思い出す。しかし今朝は、起きたときから景色が一段とぼやけている気がしてならなかった。
教室のホワイトボードの字も、ピアノの譜面も、今まで以上に霞んで見えた。
不安と緊張が胸に広がるなか、奏人が静かに咲良のそばに現れた。
奏人は咲良の目をじっと見つめて、そっと手話で「大丈夫」と伝える。
咲良は小さく微笑み返し、心を落ち着けようとゆっくり深呼吸した。
*
開店前、カフェ班のメンバーが全員で円陣を組む。
「みんなで楽しもう!」
健太が声を上げると、自然と拍手が沸いた。
咲良も手話で「がんばろう」と奏人に伝え、仲間たちと気持ちを一つにした。
お客さんが続々と入ってくると、店内は一気に賑やかになる。
厨房の方からは揚げ物の香り、カウンターでは健太が明るい声でオーダーを受ける。
奏人は案内係として、手話と笑顔でお客さんにメニューを見せて回っていた。
咲良はピアノの前に座り、手を膝の上に置いて自分の手の震えをじっと見つめた。
「いよいよだね」
クラスメイトの女子がそう声をかけてくれる。
咲良は微笑み、そっとピアノの蓋を開けた。
*
演奏の時間が近づくにつれ、咲良の鼓動はどんどん速くなった。
見えない不安が頭をもたげる。「もし途中で鍵盤を見失ったら」「音を間違えたら」
そんな心配が渦巻く。
ふと、視線の先に奏人の姿が目に入った。
奏人はさりげなく咲良に歩み寄り、ノートを差し出した。
『大丈夫。きみの音は、ちゃんと届くよ。』
咲良はその文字を指でなぞり、小さくうなずいた。
「ありがとう」
唇だけでそう言い、深呼吸して椅子に座り直す。
「次の演奏は、水沢咲良さんです!」
クラスメイトが紹介すると、会場の視線がピアノに集まる。
*
咲良の指が鍵盤に触れる。
最初は緊張で指が震え、手元がぼやけて見える。
けれど、暗記したメロディーをたどるうちに、次第に音の流れが身体に染み込んでいくのを感じた。
——見えなくても、音は自分の中に残っている。
——奏人君やみんながいるこの場所で、私はちゃんと“生きて”いる。
ひとつ、またひとつと音が紡がれ、会場は次第に静まり返っていく。
目の前の景色は霞んでいるのに、誰かが見守ってくれている温かさだけははっきりと分かった。
奏人は客席の最前列で咲良をじっと見つめ、そっと「すごいよ」と手話でエールを送る。
健太たちクラスメイトも、小さく拍手しながら応援していた。
やがて曲が終わると、店内に大きな拍手が巻き起こった。
咲良は安堵のため息をつき、目尻に涙が浮かぶのをこらえながらお辞儀をした。
*
休憩時間、咲良はステージ脇でそっと涙をぬぐっていた。
奏人が近くに寄ってきて、ノートをそっと渡す。
『すごくきれいだったよ。きみの音、ちゃんと伝わった』
咲良は何度も頷き、ノートにこう返した。
『今日はみんながそばにいてくれて、すごく幸せだった。失うものもあるけど、大事なものが増えた気がする』
奏人は咲良の手を取り、手話で「ぼくも同じ気持ち」と伝えた。
その様子を見ていた健太が茶化すように「おーい、カフェ班! 手伝ってくれ!」と声をかけてくる。
咲良は照れくさそうに笑い、またみんなの輪に戻っていった。
*
夕方。学園祭の片付けが終わると、外はすっかり本降りの雨だった。
帰り道、傘をさして二人きりになると、咲良は静かに言った。
『今日のこと、きっと一生忘れない。怖いこともあるけど、私は“今”が大好き』
奏人も頷き、
『僕も。今日の咲良ちゃんは、すごく輝いてた』
と手話で伝えた。
二人は雨音に包まれながら、ゆっくりと歩いていく。
手を繋いだぬくもりが、これからどんなに世界が変わっても、自分たちをつないでくれる気がした。
遠ざかる学校の灯りを背に、奏人と咲良はまた新しい一歩を踏み出した。
——どんな未来が待っていても、音と手のぬくもりは消えない。
——今日という日が、二人の心にずっと残り続けることを信じて。
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