鳴瀬ゆず子の社外秘備忘録 〜掃除のおばさんは見た~

羽瀬川璃紗

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回想の不可解 ※不倫・犯罪描写あり

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 1年の中で1番暑さを感じるのは、いつだろう。


「鳴瀬さん、何か怖い話ありませんか?」 

 湯沸かし室。電子レンジのスイッチを入れつつ、安西が言った。

「怖い話で涼しくなろうと?」

 ゆず子が笑うと、安西は頷いた。

「そう。毎日暑すぎだから」

「うーん。霊感も無いし、体験談も無いわよ?」

「そうなんですか? 他の出向先で聞いた話とか」

「…あったかなぁ?」

 ゆず子ぐらいの年代となると、怖い話をして楽しむ様な事は無くなる。

(あれですね。大抵の怖い事に関して、免疫がついたって言うか)

 ふと、ある事を思い出し、ゆず子は口を開く。

「…敢えて言うなら。あ、でもちょっと違うかな…?」

「え! あるんですか? 勿体ぶらずに教えて下さいよ!!」

 目を輝かせる安西に、ゆず子は笑って話し始める。

「今から7年位前かな。出向先での話だけど…」



 梅雨明けして間もない頃。いつもように、ゆず子はある出向先へ向かっていた。

 そこの会社は、ゆず子を始め出入りする外部の業者は、指定された裏口から屋内へ入る決まりだった。
 裏口はオートロックなので、インターホンで社内へ知らせて、解錠されないと中へ入れない。

 ゆず子はいつもの様に、インターホンを押そうとしたのだが。

(…!)

 ただならぬ気配を感じ、ゆず子が振り返ると、息がかかりそうな近距離に老婆が立っていた。

「え!」

「あ…!」

 老婆も驚いたのか目を見開いた後、バツが悪そうに下を向いた。

「え、えーと。会社に御用の方ですか…?」

 気を取り直したゆず子が言うと、老婆は右手を巾着袋から出して、口を開いた。

「…ごめんなさい、知り合いと間違えちゃった」

「は、はぁ…」

 老婆はそそくさと場を後にした。


 それから3時間後。ゆず子が業務を終え外に出ると、老婆は向かいの歩道にあるベンチに居た。

(あの人、ずっとここに居たの…?)

 気にはなるが、赤の他人だ。

(とは言えこの日差し…。熱中症が心配だわ)

 ゆず子は思い切って声を掛けた。

「こんにちは。先程は」

 老婆はゆず子を見て身構える。

「余計なお世話かもしれませんけど、今日暑いですから日陰に行きませんか?」

「ああ…。悪いわね、ちょっと膝が痛くなって」

 老婆は膝をさすった。

「お飲み物はお持ちです?」

 老婆は無言で、持っていたくたびれた手提げを掲げ示した。ゆず子は頷いた。

「どちらから、いらっしゃったんですか?」

「市内だよ。まあここから近いけど、こう膝が痛いとねえ。齢だから」

 老婆は80代くらいだろうか。杖も持っているし、身なりも受け答えもちゃんとしている。

(徘徊老人って訳じゃなさそうね。でも何か、)

 ゆず子は老婆が気になった。ゆず子は笑顔で語り掛ける。

「私ね。見ると分かるかもしれないけど、そこの会社に出入りする清掃員なんです。今日はもう仕事終わりだから、良ければ少し話しません?」

 老婆は怪訝な顔をした。

「…こんな婆さん相手に、あんたも物好きだね。どうぞご勝手に」

 老婆はやっとこ立ち上がると、ゆず子と共に近くの公園へと移動した。


「…お知り合いの方も、清掃の仕事されてるんですか?」

 公園の東屋。日なたと大して気温は変わらないが、着席した老婆にゆず子は尋ねた。老婆は目も合わせずに返答した。

「そう。でも、場所を間違えちゃった」

「そうなんですか?」

「○○第2ビル」

 老婆は、出向先の2ブロック先の建物の名を口にした。

「あー、こっちは△第2ビルか。似てますね」

「うん。膝が痛いなか頑張ってきたのに、バカを見たよ」

 老婆は遠くを眺め言った。

「お知り合いの方に、会いに来たんですか?」

「うん。間違えて悪かったね」

「いいえー。ちなみに、その方のお名前は?」

 何の気なしにゆず子が言うと、老婆は一瞬ギョッとした顔をした。ゆず子は補足する。

「あ、同じく清掃員なら私の同僚とか、知ってる人かと思ったので…」

 老婆は押し黙った後、こう言った。

「…カメヤマって言う」

「カメヤマさん…。私の会社には居ないわね」

「そう。ならいいの」

 老婆の表情は明るくない。ゆず子は口を開く。

「何か、御事情があるんですね。色々聞いてすみません」

「いや。逆に無関係な人だから話せるよ。…私の、娘なの」

「娘さん?」

「うん。齢はあなたと同じくらい。…最近会って無くてね」

 老婆は持参のペットボトルの蓋を開けると、中身を一口飲んだ。

「…不倫してるんだよ」

「あらま」

「60過ぎて色ボケなんて、情けない。相手は80近い爺さん」

「同僚、ってこと?」

「さあ。よう分からんね」

 老婆は溜息をついた。

「その齢で、そういう見苦しい事やめなさいって説教しようと思ったのさ。独身ならまだしも、結婚しているんだから」

「そうだったんですね…」

 一瞬だけ、涼しい風が流れてきた。老婆はそれを合図にしたように、立ち上がる。

「付き合わせて悪かったね。あたしはこれで」



「ふーん。60代と80代の不倫ですか」

 頷く安西に、ゆず子は続けた。

「でね。次の週、その○○第2ビルで事件が起きたの。清掃員が、お婆さんに刺されるっていう」

「え⁈」

「ニュースではね、刺した80代のお婆ちゃんは旦那さんが不倫していて、その不倫相手である60代の清掃員のおばちゃんを狙って刺したんだって。場所が不倫相手の仕事での立ち寄り先らしくて、何回か下見もしていたそうよ」

「え、まさか…?」

 青ざめる安西に、ゆず子は言った。

「顔写真も出なかったから、その人だって確証は持てないよ。事件もどうやら不起訴になったみたいだし。それでも『婆さんが爺さんの不倫相手を刺した』って、当時はワイドショーでも取り上げられたわよ」

 ゆず子の知る限りだが、被害者も加害者も実名報道されていなかった。そもそも、老婆の名前は聞いていない。安西は言った。

「えー、でも怖っ! だって、鳴瀬さんが『殺気』に気づいて振り返ったから良かったけど、運が悪かったら勘違いで刺されたかもしれないんでしょ?」

「うーん、でもよく分からないからね。たまたまそういう事があっただけだし」

 ゆず子は笑うと、掃除用具を持って湯沸かし室を後にした。


 平均寿命は延び続けている。60代を人生の終末期ととるか、まだ途中ととるかはその人次第だ。80代の男からしたら、60そこそこの女は『ギャル』なのかもしれない。
 同様に、何歳でも伴侶の不倫は許せないものだ。その内、そういうニュースがボチボチ聞かれる世の中になるかもしれない。


(本当、あの巾着袋の中、何が入ってたんだろう)

 世の中、知らない方が良いということもあるのだろう。


    
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