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純利益
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「何でイナバのじいちゃんばあちゃんち、ママは行かないんだろう」
シャルマン登美野のエントランスホール。声を発したのは小学1,2年くらいの少年だ。
その前を歩く、姉と思しき小学4,5年くらいの少女は、こう返した。
「そりゃあ、仲悪いからだよ」
「何で仲悪いの?」
「色々あるでしょ、あんたがショウくんと仲良くなれないのと一緒だよ」
(あらあら…)
清掃業務をしつつ、ゆず子は2人を見送った。
この世には、どうしても仲良くなれない人間というものが存在する。根本的に性格が合わない、何かがあって敵対するようになった、勝手に敵視されている、などなど。
(仲が良い人も居るけど、嫁姑問題ってその典型よね)
体験談のマンガが月刊誌化されていたり、動画配信に専門チャンネルがあったり、昨今では『文化の1つ』として扱われている気がする。
(子供の目から見ても分かるって、相当なものだと思うんだけど…)
「うん。因幡さんちのジジババは相当だよ」
笑顔で肯定したのは、マンションオーナー:津山。
「へえ、有名なの?」
「て言うか、うちの鏡花と同級生なのよ、因幡さんちの上の子。鞠子も奥さんとママ友だから」
「あー、だから知ってるんだ?」
「まあね」
津山は茶を啜り、黒糖饅頭を1口齧った。
「因幡さん夫婦って、元々不倫関係だったんだ。『略奪婚』ってやつ」
「あらま!」
ゆず子は目を丸くし、管理人:善市郎は肩を竦めた。津山は続けた。
「因幡さんの旦那さんは、元々はお見合いで結婚したんだけど、子供を全然授かれなくてね。その頃因幡家のお父さんお母さんと同居していたし、事あるごとに元奥さんをせっついていたみたいよ。『これ子授け神社のお守りだ、持ってて』、『どこの温泉が子授けにいいらしい、行ってきなさい』って」
善市郎は苦笑いした。
「ありがた迷惑だな。よくある話だけど」
「ほんとだよね。で、結婚して12,3年過ぎた頃に、旦那さんが今の奥さんと知り合ったの。同じ会社の部下だったのかな? 仲良くなっちゃった」
津山の言葉に、ゆず子は口を尖らせた。
「あーらら。それで『できちゃった』んだ」
「うん。元奥さんは激怒してね。『離婚には応じられない。認知もせず、中絶してください』の一点張り」
善市郎は顎を搔いた。
「そりゃあそうだろ。ずっと10年以上、孫はまだかってうるせえ義理の両親と同居していたんだし、意地になるのは当然だ」
ゆず子も腕組みした。
「『泥沼』になっちゃったのね」
「当時、現奥さんも22かそこらだったのよね。若かったし中絶しようとしたら、それに待ったをかけられた。因幡家の両親にだよ」
ゆず子は眉をひそめた。
「え、孫が欲しいから? そんなに?」
「うん。言ってしまえば『あんなに願っていた、孫をものに出来るチャンス』だからね。渋る元奥さんを説得して、慰謝料を握らせて、体よく家から追い出した」
「よく納得したな、元奥さん」
善市郎の言葉に、津山は苦笑いした。
「慰謝料は旦那さんが払ったんだけど、両親が不動産投資用に買ってたマンションもあげたみたい。『住むとこも準備してあげたから、出て行ってね』って感じで」
「…まさかそのマンションって」
ゆず子が言うと、津山は高らかに笑い飛ばした。
「ちゃうちゃう、ここじゃない。同じマンションに元奥さんと現奥さん居るなんて、怖すぎる」
「だよね。ああ、驚いた」
「それで、再婚して上の子が生まれたんだよね。同居だったし、ご近所さんにも事情を知られていたから、現奥さんが子供と外遊びする時は、家の裏とか周りから見えない場所でしてたんだって」
それを聞き、ゆず子と善市郎は顔をしかめた。
「潜伏生活みたいな暮らしやな」
「ほんと、『お天道様の下を歩けない』を地で言ってる感じね。まあ、きっかけがアレだから仕方ないかもしれないけど」
津山は頬杖を付いて返した。
「でもね、因幡家の両親から『ご近所さんがうるさいから、遊ぶときは裏で。散歩も近場じゃなく、車で行った先で散歩して』って言ってきたんだって。両親も、この状況の片棒担いでいるってのに」
「うわー、さぞ暮らしづらい生活だったでしょうね」
ゆず子が言うと津山も頷いた。
「そうだよ。上の子生まれた時、因幡家の両親は『何だ、跡取りじゃないのか』『次は男の子よろしくね』って言ったとかさ。現奥さんも鞠子に『同居生活は地獄だった』って言ってたから」
「ほーん。そんでここのマンションに、引っ越して来たんか」
善一郎は茶を飲み、津山は黒糖饅頭をまた齧る。
「下の子生まれて、上の子を幼稚園入れるタイミングで、別居したんだって。たまに子供達、因幡家の両親のとこ遊びに行くんだけど、当然現奥さんは行かないみたいだね」
「まあ、両親から現奥さんへの扱いが、何となく窺い知れるって言うか。孫欲しいから引き入れたみたいね」
津山の言葉にゆず子が同意すると、津山は笑った。
「何かね、鏡花の話では『上の子ちゃん、おばあちゃんち行っても可愛がられるの弟だけから、おじいちゃんおばあちゃんあまり好きじゃない』って言ってたよ」
「えー、小学生でも分かるくらい、あからさまな孫差別すんのかよ。何だよ、そのジジババ」
善市郎が口を尖らすと、津山は肩を竦めた。
「ね。だから相当なんだよ」
「因幡のじいちゃんばあちゃんち、あんたは行かないの?」
話し声に目をやると、マンション通路を歩く30代の母親と、いつぞやの少女が居た。少女は携帯型ゲーム機を操作しつつ返事した。
「うん。コタローが行くんなら、それで良くない?」
「そう?」
「あっちの家より、リナちゃんや鏡花ちゃん達と遊ぶ方が楽しいし」
2人は家へと入って行った。
さて、因幡家の両親は何を失い、何を手にしただろう。
ずっと望んでいた男孫を手にしたが、不動産投資用に買ったマンション、息子夫婦と孫との同居生活、女孫からの愛着を失った。
(そこまでして欲しい物、私は無いなあ)
近い将来、『こんな筈じゃ無かった』的な展開にならなきゃいいが。他人であるゆず子の目からしても、望まぬ展開へ進む可能性が濃厚である。
シャルマン登美野のエントランスホール。声を発したのは小学1,2年くらいの少年だ。
その前を歩く、姉と思しき小学4,5年くらいの少女は、こう返した。
「そりゃあ、仲悪いからだよ」
「何で仲悪いの?」
「色々あるでしょ、あんたがショウくんと仲良くなれないのと一緒だよ」
(あらあら…)
清掃業務をしつつ、ゆず子は2人を見送った。
この世には、どうしても仲良くなれない人間というものが存在する。根本的に性格が合わない、何かがあって敵対するようになった、勝手に敵視されている、などなど。
(仲が良い人も居るけど、嫁姑問題ってその典型よね)
体験談のマンガが月刊誌化されていたり、動画配信に専門チャンネルがあったり、昨今では『文化の1つ』として扱われている気がする。
(子供の目から見ても分かるって、相当なものだと思うんだけど…)
「うん。因幡さんちのジジババは相当だよ」
笑顔で肯定したのは、マンションオーナー:津山。
「へえ、有名なの?」
「て言うか、うちの鏡花と同級生なのよ、因幡さんちの上の子。鞠子も奥さんとママ友だから」
「あー、だから知ってるんだ?」
「まあね」
津山は茶を啜り、黒糖饅頭を1口齧った。
「因幡さん夫婦って、元々不倫関係だったんだ。『略奪婚』ってやつ」
「あらま!」
ゆず子は目を丸くし、管理人:善市郎は肩を竦めた。津山は続けた。
「因幡さんの旦那さんは、元々はお見合いで結婚したんだけど、子供を全然授かれなくてね。その頃因幡家のお父さんお母さんと同居していたし、事あるごとに元奥さんをせっついていたみたいよ。『これ子授け神社のお守りだ、持ってて』、『どこの温泉が子授けにいいらしい、行ってきなさい』って」
善市郎は苦笑いした。
「ありがた迷惑だな。よくある話だけど」
「ほんとだよね。で、結婚して12,3年過ぎた頃に、旦那さんが今の奥さんと知り合ったの。同じ会社の部下だったのかな? 仲良くなっちゃった」
津山の言葉に、ゆず子は口を尖らせた。
「あーらら。それで『できちゃった』んだ」
「うん。元奥さんは激怒してね。『離婚には応じられない。認知もせず、中絶してください』の一点張り」
善市郎は顎を搔いた。
「そりゃあそうだろ。ずっと10年以上、孫はまだかってうるせえ義理の両親と同居していたんだし、意地になるのは当然だ」
ゆず子も腕組みした。
「『泥沼』になっちゃったのね」
「当時、現奥さんも22かそこらだったのよね。若かったし中絶しようとしたら、それに待ったをかけられた。因幡家の両親にだよ」
ゆず子は眉をひそめた。
「え、孫が欲しいから? そんなに?」
「うん。言ってしまえば『あんなに願っていた、孫をものに出来るチャンス』だからね。渋る元奥さんを説得して、慰謝料を握らせて、体よく家から追い出した」
「よく納得したな、元奥さん」
善市郎の言葉に、津山は苦笑いした。
「慰謝料は旦那さんが払ったんだけど、両親が不動産投資用に買ってたマンションもあげたみたい。『住むとこも準備してあげたから、出て行ってね』って感じで」
「…まさかそのマンションって」
ゆず子が言うと、津山は高らかに笑い飛ばした。
「ちゃうちゃう、ここじゃない。同じマンションに元奥さんと現奥さん居るなんて、怖すぎる」
「だよね。ああ、驚いた」
「それで、再婚して上の子が生まれたんだよね。同居だったし、ご近所さんにも事情を知られていたから、現奥さんが子供と外遊びする時は、家の裏とか周りから見えない場所でしてたんだって」
それを聞き、ゆず子と善市郎は顔をしかめた。
「潜伏生活みたいな暮らしやな」
「ほんと、『お天道様の下を歩けない』を地で言ってる感じね。まあ、きっかけがアレだから仕方ないかもしれないけど」
津山は頬杖を付いて返した。
「でもね、因幡家の両親から『ご近所さんがうるさいから、遊ぶときは裏で。散歩も近場じゃなく、車で行った先で散歩して』って言ってきたんだって。両親も、この状況の片棒担いでいるってのに」
「うわー、さぞ暮らしづらい生活だったでしょうね」
ゆず子が言うと津山も頷いた。
「そうだよ。上の子生まれた時、因幡家の両親は『何だ、跡取りじゃないのか』『次は男の子よろしくね』って言ったとかさ。現奥さんも鞠子に『同居生活は地獄だった』って言ってたから」
「ほーん。そんでここのマンションに、引っ越して来たんか」
善一郎は茶を飲み、津山は黒糖饅頭をまた齧る。
「下の子生まれて、上の子を幼稚園入れるタイミングで、別居したんだって。たまに子供達、因幡家の両親のとこ遊びに行くんだけど、当然現奥さんは行かないみたいだね」
「まあ、両親から現奥さんへの扱いが、何となく窺い知れるって言うか。孫欲しいから引き入れたみたいね」
津山の言葉にゆず子が同意すると、津山は笑った。
「何かね、鏡花の話では『上の子ちゃん、おばあちゃんち行っても可愛がられるの弟だけから、おじいちゃんおばあちゃんあまり好きじゃない』って言ってたよ」
「えー、小学生でも分かるくらい、あからさまな孫差別すんのかよ。何だよ、そのジジババ」
善市郎が口を尖らすと、津山は肩を竦めた。
「ね。だから相当なんだよ」
「因幡のじいちゃんばあちゃんち、あんたは行かないの?」
話し声に目をやると、マンション通路を歩く30代の母親と、いつぞやの少女が居た。少女は携帯型ゲーム機を操作しつつ返事した。
「うん。コタローが行くんなら、それで良くない?」
「そう?」
「あっちの家より、リナちゃんや鏡花ちゃん達と遊ぶ方が楽しいし」
2人は家へと入って行った。
さて、因幡家の両親は何を失い、何を手にしただろう。
ずっと望んでいた男孫を手にしたが、不動産投資用に買ったマンション、息子夫婦と孫との同居生活、女孫からの愛着を失った。
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