107 / 114
私とあの二人
しおりを挟む
親から遺伝するものがある。顔やそのパーツ、運動神経、体質、遺伝性疾患だったり、得意不得意など、それは多岐にわたる。
(幼馴染のアツナリくん、顔はお母さんそっくりなのに、声はお父さんと瓜二つなのよね)
アツナリの息子はアツナリ似で、でも声は全然似ても似つかない感じだった。
(言い伝えみたいな感じでは、『長女は母親と顔が似るが性格は似ない』とか、『ハゲは母方の祖父から遺伝する』とか。『IQは母親の遺伝』って言うのは、科学的に否定されたとか聞いたな)
とは言え、遺伝するのは良い事だけではない。
(ガン家系もあれば、脳疾患家系も心臓病の家系もあるのよね。背が低いもあれば肥満もあるし。逆に顔も体質も全然似ない親子も居た)
カフェテラス白樫。本日のコーヒーを飲むゆず子の隣のボックス席に、30代半ばくらいの女性3人がやってきて着席した。
「今日はごめんね、付き合ってもらって」
口を開いたのは、黒いニットに大粒パールのネックレスをした、『いいとこの若奥様』風な女性。
「いいって。それよりサヤカ、いつまで日本に居るの?」
サヤカに尋ねたのは、紺色のハイネックカットソーを着たキャリアウーマン風の女性。
「日曜まで。来週末には幼稚園のプレスクールの準備始まるから」
サヤカの返答に反応したのは、黒いブラウスにベージュのベストを着た、茶髪の女性が頷いた。
「オーストラリアだっけ? サヤカもすっかり駐在妻が板についたね」
「そんな事ないよ、意識しないと現地で咄嗟に日本語出ちゃうくらいだし。今日ナツメとシュウカに会えて良かったよ、本当ありがとう」
「いえいえこちらこそ。先生のお葬式、仕事で行けなかったとこだったから、一緒にお線香をつけに行けて良かったよ」
(久々の旧友との再会ね。『先生』って言うのは、3人の恩師なのかしら)
書類に記入をしながら、耳をそばだてるゆず子。
サヤカは言った。
「まだ50代だったのにね、早過ぎるよ。クラタ先生、元気だったあの頃のイメージしか無いからびっくりだった」
「何かね、10年位前にガンやって、それから『再発』と『寛解』を繰り返してたらしいよ」
「ナツメ、詳しいね」
「うん。年始の同窓会で聞いた」
ナツメが答えると、サヤカは残念そうに言った。
「いいなあ、同窓会。いつからか誘われなくなっちゃった」
「しゃーない、サヤカ基本外国だもん。てか、あたしも5年は行ってないよ。別に行かなくても、スマホでやり取りできるじゃん」
シュウカはサヤカを宥めた。
(同窓会も色々あるのよね、どこまで声をかけようとか。遠方に住んでる、育児介護仕事での多忙とか)
誘った誘われてないでのトラブルを聞いた事のあるゆず子は、何とも言えない気分だ。
ナツメは口を開いた。
「多分、参加のためにわざわざ帰国させるとか大変だし、ジュンくん声掛けなかったんだと思うよ。次帰る時、ジュンくんにもついでに連絡しなよ」
「う~ん、そうしたいけど、旦那さんがうるさいからなぁ」
「おっと、惚気ですか?」
シュウカはニヤニヤする。ナツメは話を続けた。
「そう言えばサヤカ覚えてる? オオキヨシマサとモモタアグリの、3の2カップル」
「居た居た! 懐かしい!! うちのクラスのヤンチャカップルでしょ? 荒れてない世代だったから、すごい目立って他中からも覚えられてたよね」
サヤカは嬉しそうな声を上げた。シュウカも頷いた。
「はいはい居たね~。あの子達、高校行かずに社会人なったんだよね。何年か後に結婚したって聞いたけど」
それを聞いたサヤカは、嘲笑しながら話し始めた。
「聞いたよ、デキ婚だったんでしょ? むしろ卒業したらすぐ別れると思ってたから、ずっと続いて結婚までした事にちょっと驚いた」
ゆず子は、その言い草に少々引っ掛かりを覚えた。
(何か、ちょっと悪意と言うか含みがあるわね。因縁でもあるのかしら)
シュウカも言った。
「18,19の時の子だから、もうだいぶ大きいよね。ヨシマサアグリは同窓会来てるの?」
「アグリちゃんほぼ来ないけど、ヨシマサくんは毎回来てるよ。ジュンくんの盟友だしね。今回の帰り、娘さんが車で迎えに来て帰って行ったよ」
ナツメの言葉に、シュウカとサヤカは大きく驚いた。
「車⁈ え、じゃあもう18歳なの?」
「まあ、そうだね。18,19で親になった人が37,38なら、その子供は確実に18歳だね」
シュウカは感心したような声を出した。
「はー…、もしその娘が年内にデキ婚したら、40前で爺さん婆さんになるって事かあ。…まだ1回も結婚してない私はどうなるのよ」
「ははは、うちの子だってようやく年長さんなのに、一方では18歳だよ」
にこやかに笑うナツメと対照的に、サヤカは冷静な声で言った。
「まあ、結婚と出産だけは早いからね」
(あ、これは確実に良く思ってないわね)
ゆず子は心の中で苦笑した。
サヤカは続けた。
「すごいね、今年で結婚20年近いんでしょ? 別居もせず連れ添ってるなんて、よっぽど円満なんだね」
「そうだね、お子さんも4人居るし」
ナツメが答えると、シュウカは笑った。
「あら、随分賑やかになったね。まだ若いし、そのうち5人目とか?」
すると、遮るようにサヤカが言った。
「長女が可哀想だよ、それ。成人迎えたのに、親が兄弟増やすとかさあ」
「そうなの? 人によらない?」
「それに、子供4人ねえ…。親の最終学歴中卒だし、何の仕事してるんだろう。子供多いと生活費も巨額だよね」
サヤカが言うと、ナツメは答えた。
「ヨシマサくん経営者だし、何かアグリちゃんも事業立ち上げたみたいだから、どうだろ? あたしも詳しく分かんないけどさ」
(あらま。サヤカさん、どう出るのかしら?)
「へえ、そうなんだ。経営者ねえ…」
(サヤカさん、大人の対応に回ったのね)
ゆず子は珈琲を口にしつつ思った。
シュウカはナツメに尋ねた。
「で、ヨシマサアグリがどうしたの?」
「そうそう。で、その娘がT大に現役合格したんだって」
「T大? T農大とか、T工業大じゃなく?」
聞き返したのは、サヤカ。
「うん、T大。ニュースでさ、『今年のT大入学者に訊く』みたいなやつで、入学式に出席した時にインタビュー受けたみたい。その時のニュース動画、ヨシマサくんのフォトジェニグラムに投稿してあるよ」
言うが早いかサヤカはスマホを操作し始めて、アカウントを探してるようだ。
「…見つけた。これ?」
サヤカは音のボリュームを上げ、動画を再生する。
『大学で学びたいことを教えて下さい』
『教育について学びたいです』
ゆず子の所からは見えないが、若い女性の声がした。
『貧困や病気、生い立ちなどに関係なく、学びたい人が学べる世の中を作りたいと思っています』
『そう考えたのは何故ですか?』
『うちの両親、中卒なんです。片親だったり家族の病気が原因で、進学を諦めて働く事を選んだんです』
『ご両親、そうなんですか?』
インタビュアーの問いかけに、男と女の声がした。
『まあ、そうです』
『ええ、私達は学びたくても学べなかったので。この子は学びたい気持ちが強いので、存分に学ばせてあげようと思って育てました』
若い女の声。
『私にいっぱい学ばせてくれた両親は、私の誇りです』
シュウカは小さく拍手した。
「すっごーい、この若さでめちゃめちゃ人間が出来てるよ、娘ちゃん」
「でしょ? あたしもびっくりした」
「娘ちゃん、ヨシマサくんよりアグリちゃん似だね。しかも声そっくりそのまま」
はしゃぐナツメとシュウカをよそに、サヤカはとても静かだった。
(サヤカさん、大丈夫かしら?)
頼んだ品物が届いても、サヤカは静かに飲み物を飲むだけ。
シュウカは言った。
「そう言えば、アグリちゃんと調理実習の時に同じ班になった事あったな。髪の毛染めてたし、いつもイライラしてるから怖かったけど、調理の手際すごく良かったんだよね。
『上手だね』って言ったら『これぐらい普通』って言われてさ。今思うとあれ、入退院繰り返してたお母さんの代わりに、料理とか家事やってたからなんだろうね」
「それにヨシマサくん、実は頭切れるタイプだったよね。あの頃の勉強にはあまり生かされてなかったけど、駆け引きとか交渉事が得意だし、覚えたことは基本忘れないし。
25歳の時に親戚から事業を継いだけど、事業は順調らしいよ」
ナツメが話してるその時、サヤカのスマホが通知音を立てた。チラと見たサヤカは溜息をついた。
「あ、お義母さんだ。…夜にご飯食べに行く約束だったんだけど、早く着いたみたい」
「あらら、じゃあもう行く?」
「そうだね、『久々の銀座ゆっくり見て回って時間つぶしてるよ』みたいな事言ってるけど、真に受けて待たせると不機嫌になるの。ごめん、もう行くわ」
「おっけー、気をつけてね」
「また会おうね!」
「うん、ありがとう。またね」
サヤカは1000円札を伝票の脇に置くと、席を立った。
「…サヤカってさ、ヨシマサアグリと何かあったっけ?」
サヤカが退店して数秒後、シュウカが口を開いた。
「さあ? あの子とタイプ違うし、あまり関わり合いなかったと思うよ」
ナツメが答える。
(確かに妙よね。現在の幸せな暮らしぶりを聞いて、不機嫌になった感じだった)
ゆず子がそう思うと、シュウカはナツメに問うた。
「まさか、旦那さんと上手く行ってないとかじゃないよね」
「うーん。多分、自分にも他人にも厳しいタイプだから、楽な生き方してそうな子達が幸せなのが、癪に障ったんじゃないかな?」
「『楽』? 家庭の事情で中卒になったのが?」
ナツメは頬杖をついて、こう答えた。
「サヤカって偏差値高い学校行くために、中学校時代は塾と勉強漬けだったみたいなんだよね。『進学しないから』って最低限の勉強しかせず、恋人作って学校生活楽しんでるように見えたあの2人のこと、本当は羨ましかったんじゃないかな」
(あー、そういうこと…)
ゆず子は思わず、書類を書きながら頷いた。
「誰だってね、苦労しないでここまで来た人なんて居ないんだよ。2人もそうだし、サヤカもあたし達もそうだし」
ナツメが言うと、シュウカも頷いた。
「そうだね、誰だって幸せになる権利、あるもんね」
自分が見ているあの子は、所詮ただの『一部分』なのである。
自分が見えない場所で、あの子がどんな生活をしているのか、人生の試練に耐えているかは、分からなくて当然なのだ。
人生はこれからどうなるかも分からないし、目の前の人がどんな人生を送って来たのかすらも、知らないから面白いのだ。
鳴瀬ゆず子はこれからも、他人の人生のほんの一幕を覗き見る事を、楽しみにしている。
(幼馴染のアツナリくん、顔はお母さんそっくりなのに、声はお父さんと瓜二つなのよね)
アツナリの息子はアツナリ似で、でも声は全然似ても似つかない感じだった。
(言い伝えみたいな感じでは、『長女は母親と顔が似るが性格は似ない』とか、『ハゲは母方の祖父から遺伝する』とか。『IQは母親の遺伝』って言うのは、科学的に否定されたとか聞いたな)
とは言え、遺伝するのは良い事だけではない。
(ガン家系もあれば、脳疾患家系も心臓病の家系もあるのよね。背が低いもあれば肥満もあるし。逆に顔も体質も全然似ない親子も居た)
カフェテラス白樫。本日のコーヒーを飲むゆず子の隣のボックス席に、30代半ばくらいの女性3人がやってきて着席した。
「今日はごめんね、付き合ってもらって」
口を開いたのは、黒いニットに大粒パールのネックレスをした、『いいとこの若奥様』風な女性。
「いいって。それよりサヤカ、いつまで日本に居るの?」
サヤカに尋ねたのは、紺色のハイネックカットソーを着たキャリアウーマン風の女性。
「日曜まで。来週末には幼稚園のプレスクールの準備始まるから」
サヤカの返答に反応したのは、黒いブラウスにベージュのベストを着た、茶髪の女性が頷いた。
「オーストラリアだっけ? サヤカもすっかり駐在妻が板についたね」
「そんな事ないよ、意識しないと現地で咄嗟に日本語出ちゃうくらいだし。今日ナツメとシュウカに会えて良かったよ、本当ありがとう」
「いえいえこちらこそ。先生のお葬式、仕事で行けなかったとこだったから、一緒にお線香をつけに行けて良かったよ」
(久々の旧友との再会ね。『先生』って言うのは、3人の恩師なのかしら)
書類に記入をしながら、耳をそばだてるゆず子。
サヤカは言った。
「まだ50代だったのにね、早過ぎるよ。クラタ先生、元気だったあの頃のイメージしか無いからびっくりだった」
「何かね、10年位前にガンやって、それから『再発』と『寛解』を繰り返してたらしいよ」
「ナツメ、詳しいね」
「うん。年始の同窓会で聞いた」
ナツメが答えると、サヤカは残念そうに言った。
「いいなあ、同窓会。いつからか誘われなくなっちゃった」
「しゃーない、サヤカ基本外国だもん。てか、あたしも5年は行ってないよ。別に行かなくても、スマホでやり取りできるじゃん」
シュウカはサヤカを宥めた。
(同窓会も色々あるのよね、どこまで声をかけようとか。遠方に住んでる、育児介護仕事での多忙とか)
誘った誘われてないでのトラブルを聞いた事のあるゆず子は、何とも言えない気分だ。
ナツメは口を開いた。
「多分、参加のためにわざわざ帰国させるとか大変だし、ジュンくん声掛けなかったんだと思うよ。次帰る時、ジュンくんにもついでに連絡しなよ」
「う~ん、そうしたいけど、旦那さんがうるさいからなぁ」
「おっと、惚気ですか?」
シュウカはニヤニヤする。ナツメは話を続けた。
「そう言えばサヤカ覚えてる? オオキヨシマサとモモタアグリの、3の2カップル」
「居た居た! 懐かしい!! うちのクラスのヤンチャカップルでしょ? 荒れてない世代だったから、すごい目立って他中からも覚えられてたよね」
サヤカは嬉しそうな声を上げた。シュウカも頷いた。
「はいはい居たね~。あの子達、高校行かずに社会人なったんだよね。何年か後に結婚したって聞いたけど」
それを聞いたサヤカは、嘲笑しながら話し始めた。
「聞いたよ、デキ婚だったんでしょ? むしろ卒業したらすぐ別れると思ってたから、ずっと続いて結婚までした事にちょっと驚いた」
ゆず子は、その言い草に少々引っ掛かりを覚えた。
(何か、ちょっと悪意と言うか含みがあるわね。因縁でもあるのかしら)
シュウカも言った。
「18,19の時の子だから、もうだいぶ大きいよね。ヨシマサアグリは同窓会来てるの?」
「アグリちゃんほぼ来ないけど、ヨシマサくんは毎回来てるよ。ジュンくんの盟友だしね。今回の帰り、娘さんが車で迎えに来て帰って行ったよ」
ナツメの言葉に、シュウカとサヤカは大きく驚いた。
「車⁈ え、じゃあもう18歳なの?」
「まあ、そうだね。18,19で親になった人が37,38なら、その子供は確実に18歳だね」
シュウカは感心したような声を出した。
「はー…、もしその娘が年内にデキ婚したら、40前で爺さん婆さんになるって事かあ。…まだ1回も結婚してない私はどうなるのよ」
「ははは、うちの子だってようやく年長さんなのに、一方では18歳だよ」
にこやかに笑うナツメと対照的に、サヤカは冷静な声で言った。
「まあ、結婚と出産だけは早いからね」
(あ、これは確実に良く思ってないわね)
ゆず子は心の中で苦笑した。
サヤカは続けた。
「すごいね、今年で結婚20年近いんでしょ? 別居もせず連れ添ってるなんて、よっぽど円満なんだね」
「そうだね、お子さんも4人居るし」
ナツメが答えると、シュウカは笑った。
「あら、随分賑やかになったね。まだ若いし、そのうち5人目とか?」
すると、遮るようにサヤカが言った。
「長女が可哀想だよ、それ。成人迎えたのに、親が兄弟増やすとかさあ」
「そうなの? 人によらない?」
「それに、子供4人ねえ…。親の最終学歴中卒だし、何の仕事してるんだろう。子供多いと生活費も巨額だよね」
サヤカが言うと、ナツメは答えた。
「ヨシマサくん経営者だし、何かアグリちゃんも事業立ち上げたみたいだから、どうだろ? あたしも詳しく分かんないけどさ」
(あらま。サヤカさん、どう出るのかしら?)
「へえ、そうなんだ。経営者ねえ…」
(サヤカさん、大人の対応に回ったのね)
ゆず子は珈琲を口にしつつ思った。
シュウカはナツメに尋ねた。
「で、ヨシマサアグリがどうしたの?」
「そうそう。で、その娘がT大に現役合格したんだって」
「T大? T農大とか、T工業大じゃなく?」
聞き返したのは、サヤカ。
「うん、T大。ニュースでさ、『今年のT大入学者に訊く』みたいなやつで、入学式に出席した時にインタビュー受けたみたい。その時のニュース動画、ヨシマサくんのフォトジェニグラムに投稿してあるよ」
言うが早いかサヤカはスマホを操作し始めて、アカウントを探してるようだ。
「…見つけた。これ?」
サヤカは音のボリュームを上げ、動画を再生する。
『大学で学びたいことを教えて下さい』
『教育について学びたいです』
ゆず子の所からは見えないが、若い女性の声がした。
『貧困や病気、生い立ちなどに関係なく、学びたい人が学べる世の中を作りたいと思っています』
『そう考えたのは何故ですか?』
『うちの両親、中卒なんです。片親だったり家族の病気が原因で、進学を諦めて働く事を選んだんです』
『ご両親、そうなんですか?』
インタビュアーの問いかけに、男と女の声がした。
『まあ、そうです』
『ええ、私達は学びたくても学べなかったので。この子は学びたい気持ちが強いので、存分に学ばせてあげようと思って育てました』
若い女の声。
『私にいっぱい学ばせてくれた両親は、私の誇りです』
シュウカは小さく拍手した。
「すっごーい、この若さでめちゃめちゃ人間が出来てるよ、娘ちゃん」
「でしょ? あたしもびっくりした」
「娘ちゃん、ヨシマサくんよりアグリちゃん似だね。しかも声そっくりそのまま」
はしゃぐナツメとシュウカをよそに、サヤカはとても静かだった。
(サヤカさん、大丈夫かしら?)
頼んだ品物が届いても、サヤカは静かに飲み物を飲むだけ。
シュウカは言った。
「そう言えば、アグリちゃんと調理実習の時に同じ班になった事あったな。髪の毛染めてたし、いつもイライラしてるから怖かったけど、調理の手際すごく良かったんだよね。
『上手だね』って言ったら『これぐらい普通』って言われてさ。今思うとあれ、入退院繰り返してたお母さんの代わりに、料理とか家事やってたからなんだろうね」
「それにヨシマサくん、実は頭切れるタイプだったよね。あの頃の勉強にはあまり生かされてなかったけど、駆け引きとか交渉事が得意だし、覚えたことは基本忘れないし。
25歳の時に親戚から事業を継いだけど、事業は順調らしいよ」
ナツメが話してるその時、サヤカのスマホが通知音を立てた。チラと見たサヤカは溜息をついた。
「あ、お義母さんだ。…夜にご飯食べに行く約束だったんだけど、早く着いたみたい」
「あらら、じゃあもう行く?」
「そうだね、『久々の銀座ゆっくり見て回って時間つぶしてるよ』みたいな事言ってるけど、真に受けて待たせると不機嫌になるの。ごめん、もう行くわ」
「おっけー、気をつけてね」
「また会おうね!」
「うん、ありがとう。またね」
サヤカは1000円札を伝票の脇に置くと、席を立った。
「…サヤカってさ、ヨシマサアグリと何かあったっけ?」
サヤカが退店して数秒後、シュウカが口を開いた。
「さあ? あの子とタイプ違うし、あまり関わり合いなかったと思うよ」
ナツメが答える。
(確かに妙よね。現在の幸せな暮らしぶりを聞いて、不機嫌になった感じだった)
ゆず子がそう思うと、シュウカはナツメに問うた。
「まさか、旦那さんと上手く行ってないとかじゃないよね」
「うーん。多分、自分にも他人にも厳しいタイプだから、楽な生き方してそうな子達が幸せなのが、癪に障ったんじゃないかな?」
「『楽』? 家庭の事情で中卒になったのが?」
ナツメは頬杖をついて、こう答えた。
「サヤカって偏差値高い学校行くために、中学校時代は塾と勉強漬けだったみたいなんだよね。『進学しないから』って最低限の勉強しかせず、恋人作って学校生活楽しんでるように見えたあの2人のこと、本当は羨ましかったんじゃないかな」
(あー、そういうこと…)
ゆず子は思わず、書類を書きながら頷いた。
「誰だってね、苦労しないでここまで来た人なんて居ないんだよ。2人もそうだし、サヤカもあたし達もそうだし」
ナツメが言うと、シュウカも頷いた。
「そうだね、誰だって幸せになる権利、あるもんね」
自分が見ているあの子は、所詮ただの『一部分』なのである。
自分が見えない場所で、あの子がどんな生活をしているのか、人生の試練に耐えているかは、分からなくて当然なのだ。
人生はこれからどうなるかも分からないし、目の前の人がどんな人生を送って来たのかすらも、知らないから面白いのだ。
鳴瀬ゆず子はこれからも、他人の人生のほんの一幕を覗き見る事を、楽しみにしている。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる