鳴瀬ゆず子の社外秘備忘録 〜掃除のおばさんは見た~

羽瀬川璃紗

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私とあの二人

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 親から遺伝するものがある。顔やそのパーツ、運動神経、体質、遺伝性疾患だったり、得意不得意など、それは多岐にわたる。


(幼馴染のアツナリくん、顔はお母さんそっくりなのに、声はお父さんと瓜二つなのよね)

 アツナリの息子はアツナリ似で、でも声は全然似ても似つかない感じだった。

(言い伝えみたいな感じでは、『長女は母親と顔が似るが性格は似ない』とか、『ハゲは母方の祖父から遺伝する』とか。『IQは母親の遺伝』って言うのは、科学的に否定されたとか聞いたな)

 とは言え、遺伝するのは良い事だけではない。

(ガン家系もあれば、脳疾患家系も心臓病の家系もあるのよね。背が低いもあれば肥満もあるし。逆に顔も体質も全然似ない親子も居た)

 カフェテラス白樫。本日のコーヒーを飲むゆず子の隣のボックス席に、30代半ばくらいの女性3人がやってきて着席した。

「今日はごめんね、付き合ってもらって」

 口を開いたのは、黒いニットに大粒パールのネックレスをした、『いいとこの若奥様』風な女性。

「いいって。それよりサヤカ、いつまで日本に居るの?」

 サヤカに尋ねたのは、紺色のハイネックカットソーを着たキャリアウーマン風の女性。

「日曜まで。来週末には幼稚園のプレスクールの準備始まるから」

 サヤカの返答に反応したのは、黒いブラウスにベージュのベストを着た、茶髪の女性が頷いた。

「オーストラリアだっけ? サヤカもすっかり駐在妻が板についたね」

「そんな事ないよ、意識しないと現地で咄嗟に日本語出ちゃうくらいだし。今日ナツメとシュウカに会えて良かったよ、本当ありがとう」

「いえいえこちらこそ。先生のお葬式、仕事で行けなかったとこだったから、一緒にお線香をつけに行けて良かったよ」

(久々の旧友との再会ね。『先生』って言うのは、3人の恩師なのかしら)
 書類に記入をしながら、耳をそばだてるゆず子。

 サヤカは言った。

「まだ50代だったのにね、早過ぎるよ。クラタ先生、元気だったあの頃のイメージしか無いからびっくりだった」

「何かね、10年位前にガンやって、それから『再発』と『寛解』を繰り返してたらしいよ」

「ナツメ、詳しいね」

「うん。年始の同窓会で聞いた」

 ナツメが答えると、サヤカは残念そうに言った。

「いいなあ、同窓会。いつからか誘われなくなっちゃった」

「しゃーない、サヤカ基本外国だもん。てか、あたしも5年は行ってないよ。別に行かなくても、スマホでやり取りできるじゃん」

 シュウカはサヤカを宥めた。

(同窓会も色々あるのよね、どこまで声をかけようとか。遠方に住んでる、育児介護仕事での多忙とか)
 誘った誘われてないでのトラブルを聞いた事のあるゆず子は、何とも言えない気分だ。

 ナツメは口を開いた。

「多分、参加のためにわざわざ帰国させるとか大変だし、ジュンくん声掛けなかったんだと思うよ。次帰る時、ジュンくんにもついでに連絡しなよ」


「う~ん、そうしたいけど、旦那さんがうるさいからなぁ」

「おっと、惚気ですか?」

 シュウカはニヤニヤする。ナツメは話を続けた。

「そう言えばサヤカ覚えてる? オオキヨシマサとモモタアグリの、3の2カップル」

「居た居た! 懐かしい!! うちのクラスのヤンチャカップルでしょ? 荒れてない世代だったから、すごい目立って他中からも覚えられてたよね」

 サヤカは嬉しそうな声を上げた。シュウカも頷いた。

「はいはい居たね~。あの子達、高校行かずに社会人なったんだよね。何年か後に結婚したって聞いたけど」

 それを聞いたサヤカは、嘲笑しながら話し始めた。

「聞いたよ、デキ婚だったんでしょ? むしろ卒業したらすぐ別れると思ってたから、ずっと続いて結婚までした事にちょっと驚いた」

 ゆず子は、その言い草に少々引っ掛かりを覚えた。
(何か、ちょっと悪意と言うか含みがあるわね。因縁でもあるのかしら)

 シュウカも言った。

「18,19の時の子だから、もうだいぶ大きいよね。ヨシマサアグリは同窓会来てるの?」

「アグリちゃんほぼ来ないけど、ヨシマサくんは毎回来てるよ。ジュンくんの盟友だしね。今回の帰り、娘さんが車で迎えに来て帰って行ったよ」

 ナツメの言葉に、シュウカとサヤカは大きく驚いた。

「車⁈ え、じゃあもう18歳なの?」

「まあ、そうだね。18,19で親になった人が37,38なら、その子供は確実に18歳だね」

 シュウカは感心したような声を出した。

「はー…、もしその娘が年内にデキ婚したら、40前で爺さん婆さんになるって事かあ。…まだ1回も結婚してない私はどうなるのよ」

「ははは、うちの子だってようやく年長さんなのに、一方では18歳だよ」

 にこやかに笑うナツメと対照的に、サヤカは冷静な声で言った。

「まあ、結婚と出産だけは早いからね」

(あ、これは確実に良く思ってないわね)
 ゆず子は心の中で苦笑した。

 サヤカは続けた。

「すごいね、今年で結婚20年近いんでしょ? 別居もせず連れ添ってるなんて、よっぽど円満なんだね」

「そうだね、お子さんも4人居るし」

 ナツメが答えると、シュウカは笑った。

「あら、随分賑やかになったね。まだ若いし、そのうち5人目とか?」

 すると、遮るようにサヤカが言った。

「長女が可哀想だよ、それ。成人迎えたのに、親が兄弟増やすとかさあ」

「そうなの? 人によらない?」

「それに、子供4人ねえ…。親の最終学歴中卒だし、何の仕事してるんだろう。子供多いと生活費も巨額だよね」

 サヤカが言うと、ナツメは答えた。

「ヨシマサくん経営者だし、何かアグリちゃんも事業立ち上げたみたいだから、どうだろ? あたしも詳しく分かんないけどさ」

(あらま。サヤカさん、どう出るのかしら?)

「へえ、そうなんだ。経営者ねえ…」

(サヤカさん、大人の対応に回ったのね)
 ゆず子は珈琲を口にしつつ思った。

 シュウカはナツメに尋ねた。

「で、ヨシマサアグリがどうしたの?」

「そうそう。で、その娘がT大に現役合格したんだって」

「T大? T農大とか、T工業大じゃなく?」

 聞き返したのは、サヤカ。

「うん、T大。ニュースでさ、『今年のT大入学者に訊く』みたいなやつで、入学式に出席した時にインタビュー受けたみたい。その時のニュース動画、ヨシマサくんのフォトジェニグラムに投稿してあるよ」

 言うが早いかサヤカはスマホを操作し始めて、アカウントを探してるようだ。

「…見つけた。これ?」

 サヤカは音のボリュームを上げ、動画を再生する。


『大学で学びたいことを教えて下さい』
『教育について学びたいです』

 ゆず子の所からは見えないが、若い女性の声がした。

『貧困や病気、生い立ちなどに関係なく、学びたい人が学べる世の中を作りたいと思っています』
『そう考えたのは何故ですか?』
『うちの両親、中卒なんです。片親だったり家族の病気が原因で、進学を諦めて働く事を選んだんです』
『ご両親、そうなんですか?』

 インタビュアーの問いかけに、男と女の声がした。

『まあ、そうです』
『ええ、私達は学びたくても学べなかったので。この子は学びたい気持ちが強いので、存分に学ばせてあげようと思って育てました』

 若い女の声。

『私にいっぱい学ばせてくれた両親は、私の誇りです』


 シュウカは小さく拍手した。

「すっごーい、この若さでめちゃめちゃ人間が出来てるよ、娘ちゃん」

「でしょ? あたしもびっくりした」

「娘ちゃん、ヨシマサくんよりアグリちゃん似だね。しかも声そっくりそのまま」

 はしゃぐナツメとシュウカをよそに、サヤカはとても静かだった。

(サヤカさん、大丈夫かしら?)
 頼んだ品物が届いても、サヤカは静かに飲み物を飲むだけ。

 シュウカは言った。

「そう言えば、アグリちゃんと調理実習の時に同じ班になった事あったな。髪の毛染めてたし、いつもイライラしてるから怖かったけど、調理の手際すごく良かったんだよね。
『上手だね』って言ったら『これぐらい普通』って言われてさ。今思うとあれ、入退院繰り返してたお母さんの代わりに、料理とか家事やってたからなんだろうね」

「それにヨシマサくん、実は頭切れるタイプだったよね。あの頃の勉強にはあまり生かされてなかったけど、駆け引きとか交渉事が得意だし、覚えたことは基本忘れないし。
25歳の時に親戚から事業を継いだけど、事業は順調らしいよ」

 ナツメが話してるその時、サヤカのスマホが通知音を立てた。チラと見たサヤカは溜息をついた。

「あ、お義母さんだ。…夜にご飯食べに行く約束だったんだけど、早く着いたみたい」

「あらら、じゃあもう行く?」

「そうだね、『久々の銀座ゆっくり見て回って時間つぶしてるよ』みたいな事言ってるけど、真に受けて待たせると不機嫌になるの。ごめん、もう行くわ」

「おっけー、気をつけてね」

「また会おうね!」

「うん、ありがとう。またね」

 サヤカは1000円札を伝票の脇に置くと、席を立った。

「…サヤカってさ、ヨシマサアグリと何かあったっけ?」

 サヤカが退店して数秒後、シュウカが口を開いた。

「さあ? あの子とタイプ違うし、あまり関わり合いなかったと思うよ」

 ナツメが答える。

(確かに妙よね。現在の幸せな暮らしぶりを聞いて、不機嫌になった感じだった)
 ゆず子がそう思うと、シュウカはナツメに問うた。

「まさか、旦那さんと上手く行ってないとかじゃないよね」

「うーん。多分、自分にも他人にも厳しいタイプだから、楽な生き方してそうな子達が幸せなのが、癪に障ったんじゃないかな?」

「『楽』? 家庭の事情で中卒になったのが?」

 ナツメは頬杖をついて、こう答えた。

「サヤカって偏差値高い学校行くために、中学校時代は塾と勉強漬けだったみたいなんだよね。『進学しないから』って最低限の勉強しかせず、恋人作って学校生活楽しんでるように見えたあの2人のこと、本当は羨ましかったんじゃないかな」

(あー、そういうこと…)
 ゆず子は思わず、書類を書きながら頷いた。

「誰だってね、苦労しないでここまで来た人なんて居ないんだよ。2人もそうだし、サヤカもあたし達もそうだし」

 ナツメが言うと、シュウカも頷いた。

「そうだね、誰だって幸せになる権利、あるもんね」


 自分が見ているあの子は、所詮ただの『一部分』なのである。
 自分が見えない場所で、あの子がどんな生活をしているのか、人生の試練に耐えているかは、分からなくて当然なのだ。

 人生はこれからどうなるかも分からないし、目の前の人がどんな人生を送って来たのかすらも、知らないから面白いのだ。


 鳴瀬ゆず子はこれからも、他人の人生のほんの一幕を覗き見る事を、楽しみにしている。

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