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58 背広
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母から聞いた話。
独身の頃に勤めていた職場に、デガワさんと言う定年間近の上司が居た。
デガワさんは温厚で懐の深い人格者で、部下が失敗しても声を荒げる事が無く、職場の人間は老若男女問わず、彼を慕っていたという。
母が仕事で失敗して落ち込んでいると、何も言わずにそっと傍らに甘納豆を差し入れていく、そんな人だったそうだ。
ある時、母が出勤すると職場の先輩から、デガワさんが昨夜自宅で倒れたと教えられた。
「それで、具合の方は?」
「あまり良くない。救急車で運ばれたけど、今も意識がないらしい」
その日は、職場の誰もがソワソワしていて、落ち着かなかった。母も仕事をしながら、デガワさんの快復を祈っていた。
仕事が終わり帰宅、自室で眠りについた母は、ふと夜中に目が覚めた。
当時母が使っていた部屋は、家の南側の廊下(縁側)に面した和室で、廊下とは障子で区切られていた。
母が何となく障子を見やると、昼間の様に明るい月光が障子を照らしていた。
(今日はすごく天気が良い月夜なんだな…、ん?)
祖母(母の母)が、生乾きの洗濯物を廊下に干す事があるのだが、干している物が月に照らされ影となり、障子に映り込んでいた。
それは、大きな背広の様なオーバーコートの様な上着だった。
(何だ、母さんの干した洗濯物か)
だが、母は次の瞬間、ふと思った。
(うちの洗濯機では、背広やコートは洗えないし脱水出来ない。それに今は夏だし、最近着る機会も無いのに何で干してるんだろう。それにしても大きいな、あの洗濯物)
大きな上着は、直立不動でぶら下がっている。
(でも…、廊下のカーテン、帰ってからすぐ閉めたよね。廊下には何も干してなかった…。月光があんなに入るって事は、誰がいつカーテンを開けて何を干したんだ?)
その事に気づいた母は、目を固く閉じ、布団を被った。いつしか眠りについた母は、職場の皆で泣いている夢を見たそうだ。
翌朝、思い切って障子を開けると、廊下には何も干しておらず、カーテンも閉まっていた。
家族に念のため聞いたが、誰も何も干してなかったという。
会社へ出勤した母は驚いた。職場の皆が、夢の中と同じように泣いていた。昨夜遅くに、デガワさんが亡くなったという。
「お前ら、泣いてないで仕事しろよ! 今日の分終わらねえぞ」
皆を叱責する上司すら、涙を流していた。それ程に、デガワさんは会社の皆に愛されていた。
「デガワさん、大きい人だったんだよね。背も高くて身体も大きくて。爺ちゃん(母の父)の背広にしては大きいし、誰の冬物コートかと思ったけど、きっとデガワさんのサイズだったんだね」
母はそう言った。
後で聞いた話ではデガワさんの亡くなった日の夜中、職場の上司宅のトイレは水がひとりでに流れたり、別の先輩宅には『ワン切り電話』がかかってきたという。
デガワさんは最後の挨拶をしに来たのか。
現在その職場は無くなってしまったが、デガワさんのお墓参りに行く為に年に1度有志が集合し、『同窓会』的な事をするらしい。
まるで、仲間に愛された人間が現在も繋ぐ『絆』のようだ。
独身の頃に勤めていた職場に、デガワさんと言う定年間近の上司が居た。
デガワさんは温厚で懐の深い人格者で、部下が失敗しても声を荒げる事が無く、職場の人間は老若男女問わず、彼を慕っていたという。
母が仕事で失敗して落ち込んでいると、何も言わずにそっと傍らに甘納豆を差し入れていく、そんな人だったそうだ。
ある時、母が出勤すると職場の先輩から、デガワさんが昨夜自宅で倒れたと教えられた。
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祖母(母の母)が、生乾きの洗濯物を廊下に干す事があるのだが、干している物が月に照らされ影となり、障子に映り込んでいた。
それは、大きな背広の様なオーバーコートの様な上着だった。
(何だ、母さんの干した洗濯物か)
だが、母は次の瞬間、ふと思った。
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大きな上着は、直立不動でぶら下がっている。
(でも…、廊下のカーテン、帰ってからすぐ閉めたよね。廊下には何も干してなかった…。月光があんなに入るって事は、誰がいつカーテンを開けて何を干したんだ?)
その事に気づいた母は、目を固く閉じ、布団を被った。いつしか眠りについた母は、職場の皆で泣いている夢を見たそうだ。
翌朝、思い切って障子を開けると、廊下には何も干しておらず、カーテンも閉まっていた。
家族に念のため聞いたが、誰も何も干してなかったという。
会社へ出勤した母は驚いた。職場の皆が、夢の中と同じように泣いていた。昨夜遅くに、デガワさんが亡くなったという。
「お前ら、泣いてないで仕事しろよ! 今日の分終わらねえぞ」
皆を叱責する上司すら、涙を流していた。それ程に、デガワさんは会社の皆に愛されていた。
「デガワさん、大きい人だったんだよね。背も高くて身体も大きくて。爺ちゃん(母の父)の背広にしては大きいし、誰の冬物コートかと思ったけど、きっとデガワさんのサイズだったんだね」
母はそう言った。
後で聞いた話ではデガワさんの亡くなった日の夜中、職場の上司宅のトイレは水がひとりでに流れたり、別の先輩宅には『ワン切り電話』がかかってきたという。
デガワさんは最後の挨拶をしに来たのか。
現在その職場は無くなってしまったが、デガワさんのお墓参りに行く為に年に1度有志が集合し、『同窓会』的な事をするらしい。
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