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女王

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 私は、女王に仕える女性騎士になっていた。

 女王は人の姿をしていたが、人ではない存在だった。この世界の『本質』であり『秩序』であり、世界を保つ為の重要な役割を担っていた。

 彼女はとても美しく、聡明で慈悲深く、物語の世界から抜け出した様にパーフェクトな『ヒト』であった。

 私は幼い頃から女王を敬いそして愛し、念願叶って彼女を守る護衛隊、更に最も彼女に近い直属警護役に就任した。
 とても誉れだった。

 女王は一般市民から見えぬ場所であっても、ずっと『女王』で在った。『人』と違い裏表が無いのは、『ヒト』だからこそなのだろう。

 私は距離が近くても、彼女に幻滅する事も無く、日々任務を遂行した。


 ある時、世話係の者が妙なモノを見たと報告してきた。

「女王の鏡台の裏から、黒づくめの醜い老婆が現れ、目が合うと引っ込んで行きました」

「…他国の刺客か?」

 部下の騎士が訝しむ。私は反論した。

「この城内は、強力な魔法で幾重にも包囲されている。それを破ってまで、侵入者を送り込める術者はあり得ない。綻びが無いか探せ」

 私は、守りに生じた僅かな穴から、外敵がたまたま入って来たと思ったのだが。

「寝室に出ました」

「湯屋に居ました」

「厨房に出て、料理人が悲鳴を上げたら消えました」

 日を追うごとに、目撃情報は増えていく。ついには女王の耳にも届いてしまった。

「黒い老婆の正体は、一体何なのでしょう…?」

「女王、不届き者は我々が必ず捕らえます。ご心配なさらずに!」

 古い書物で調べ物をしていた部下が、ある記述を見つける。

「今から200年程昔にも、『城内に黒い老婆が現れた』話が記録に残っています」

 私がその書物を読もうとした、その時。

「隊長! 老婆が現れ、女王の元に向かっています!!」

 緊急招集がかかった。私達は慌てて女王の元へ向かい、有事の際の退避所シェルターへ誘導した。

「退避所は強力な魔法がかけてある。その先へはいかなる者も侵入出来ない!」

 シェルターには私と女王の側近女官2名、女王の4名だけが入り、残りの護衛と兵はシェルターの外で老婆を迎え撃つため、待機した。

(まさか、有事でもないのにここを使うとは…)

 案じた私だが、懐に書物を入れたままなのに気づいた。取り出すと、件のページが開いたままだ。


【黒い老婆は女王に接触すると言った。

「そなたが人間より吸い上げた負の力を、浄化して進ぜよう」。

 老婆は、長年に渡り女王が人間から取り上げた邪念、妬み、恨み、その他幾つもの悪い力を、分解して無に返す役割を担っていた。

 言わば必要な存在だ。接触をしなければ、女王は暗黒に落ちてしまう。】


 ふと読んだ所には、そんな記述があった。

(え?あの老婆には女王を浄化する役割があったの?)

「現れた! 撃て!!」

 シェルターの外で、騒ぎが始まる。

(もし、老婆が消えたら、女王はどうなる?)

 青ざめた私は叫ぶ。

「やめろ! 老婆を攻撃するな!!」

 攻撃の音に、私の声はかき消される。

「隊長、何を?!」

 私は無理矢理、シェルターを内側からこじ開けようとした。側近が悲鳴を上げる。

「何をしようとするのです!」

「老婆を! 消してはいけない!!」

 開けた先、そこに居たのは、今まさに消滅しようとしている老婆の姿だった。黒き者は、魔法の光によって『聖なる蒸発』を起こしていた。

 私はマントを外し、老婆に覆い被せた。

「何をする!」

「狂ったのか隊長?!」

 光を遮られ消滅を免れた老婆は、子供の様に小さくなっていた。私は女王に向かって声を上げた。

「女王! どうかこの者に慈悲を!! あなた様を救いにやって来た者であります!」

 一同は私の言葉にざわつく。シェルターの奥から、側近に付き添われ、女王が出てきた。
 右手に魔法を構えて女王は言った。

「慈悲を与えないといけないのは、あなたです。その者から離れなさい、護衛隊長。あなたはその者によって、唆されているのです」

 女王は美しく、冷酷な笑みを浮かべていた。

(ああ、重犯罪者ですら処刑を命じないあなたが、『誰か』を殺そうとするなんて…)


 女王は老婆の役割を分かっていたのだ。だから排除を選択する。

 女王の本質は『光』ではなく、『闇』なのだから。

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