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新婚

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 どんよりとした空、止みそうで止まない雨。窓越しにその景色を見ながら、私は後輩からの着信にリダイヤルする。

「もしもし。いま電話大丈夫?」

『あ、お久しぶりです!大丈夫です。何かお取込み中に電話してすみません』

 彼女は元職場の後輩。齢は6つも離れているが、仲はとても良い。

「いいよー、片付いたとこだったし。どうしたの?」

『まあ、先輩の声聞きたくなったって言うか…』


 後輩は大恋愛の末に電撃婚を果たし、遠方で旦那さんと暮らしている。慣れない土地での生活と、『大恋愛』だった当時の事を未だに蒸し返す連中がいて、後輩は疲弊しているのだ。


「そっちでの生活は慣れた?」

『うーん、何となく?生活の基盤が出来上がりつつあるかな…?』


 大恋愛&電撃婚のせいで、彼女は一躍『時の人』になってしまった。
 隠遁生活という訳ではないが、人目を避け必要以上の注目を集めないようにするため、彼女は縁もゆかりもない土地で新生活をスタートした。


「良かった。大事だよ、睡眠と食事は。それさえちゃんと出来てればどうにかなるから!」

『ははは。ありがとうございます』

「どうなの? まだ何か言って来る連中居る?」

『直接言って来る人は居ないですね。でも、SNS?そっちでごちゃごちゃ言ってる人は、居ますね。旦那さんも仕方ないよ、と言って来ますけど』

「まあ、そうだね。ていうか、SNS見てるの? やめなよ、見てもいい事無いから」

『ええ、分かっては居るんですが…』


 大恋愛中も電撃婚直後も、SNSやネットニュース界隈はもっぱら後輩の事で大騒ぎだった。


「旦那さんとはどうなの? ラブラブ?」

『フフッ。ラブラブ、なのかな?よく分かんないです』

 後輩は電話口で少し笑った。前回電話をくれた時より、声に元気があり私は安堵する。

「あ、何か元気そう。良かった」

『そうですか?自分ではよく分かんない』

「旦那さん忙しいだろうけど、ちゃんと話してる? 不平不満とか、溜めちゃう前に」

『不平不満なんて無いですよ。納得しての結婚ですから』

(あ、これ後輩の悪い癖が出てる)
 後輩は基本的に穏やかだが、とても強情な一面があるのだ。

「そうなんだ、ならいいんだ。…いやぁ、私が新婚の頃をいま思い出してさ」

『先輩が新婚の頃ですか?』

「うん。新婚間もなかった頃、猫被っていて、旦那さんへの小さな不平不満を全部見て見ぬフリしててさ。溜めに溜めて、ある時ドッカ~ンよ。あははは!」

『へえ、そんなことが』

「実際に結婚してわかったけど、不平不満は溜めずに都度話し合うのが大事だよ。爆発して、取り返しがつかなくなる人も居るから」

『そうなんですね』


 不平不満の無い結婚生活など、存在しない。愛し合った2人と言えど、そもそもは赤の他人だ。考え方の相違は必ず存在する。
 夫婦は急に夫婦になれない。苦楽を共に、助け合い支え合うものなのだから。

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