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武山百花2 ※自然災害表現あり

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※※注意※※
※※地震と津波の描写が出てきます※※



 再開発で、市内東部の道路事情はかなり変わった。
 新しい道路が出来たり、道路幅の拡大工事などで、先月通れた場所が今月は通れなくなり、迂回する事も度々ある。

 良く知っている場所なのに、道路工事のせいで遠回りする羽目になった。

(やれやれ)

 昼営業も終わりに差し掛かった時間だ。いま訪問しても多分平気だろう。路肩に車を停め、店に赴く。

「こんにちは! 武山青果です」

 店内には客が2人。カウンター席を拭いていた女将が、顔を上げる。

「はーい。あ、伝票のね? ちょっとお待ちください」

 女将がレジ傍に貼っていた紙片を掴んだ、その時だ。

《ギュル、ギュル、ギュル…》

 百花のジャンパーの右ポケットから、聞きなれぬ着信音がした。
 女将は伝票を手渡しつつ訊いた。

「電話?」

「え…、でもこんな着信音してないんですけどね」

 百花自身も頭にハテナマークを浮かべ、ポケットの携帯電話を出す。

 開いた画面には、こんな文字が表示されていた。



   緊急地震速報「エリアメール」

   宮城県沖で地震発生。強い揺れに備えて下さい(気象庁)



 店内のテレビからも、聞きなれぬ警報音と画面に赤く染まった宮城県が表示された。

「え?」

「え? なにこれ」

 テレビ画面を見て10秒が経つか。小刻みの揺れが始まった。

(震度3くらいかな。何だ大袈裟な)

 と思った百花だったが、その揺れは一変する。

「わっ! ちょっと!!」

 20代の百花でさえ、勝手に転びそうになる程の揺れ。テレビは一瞬で棚から落下し、客のお冷や陶器の置物が、誰かが投げたかのごとく吹き飛んだ。

 厨房の大将が叫ぶ。

「頭守って外出ろ!!!」

 百花を始め、店内に居た皆は這うようにして、店外に脱出する。外に出ても揺れは止まず、むしろどんどん大きく酷くなる。

 轟音が響き、向かいの民家が軋み、屋根瓦がドミノの様に崩れ、地面に降り注ぐ。

「ああっ! 何なのこれ!!」

 百花は恐怖に震えた。あんなに固い筈の地面が波打ち、目の前の建物は豆腐の様に左右に揺れている。
 外に出ても向かいの民家や店舗からの落下物が降り注ぐので、安全な場所が無い。

「ちょっと…! 何処に行けば!」

 地震は収まりそうで収まらない。少し離れた所にある大規模商業施設の非常警報音が、軋みと轟音に混ざり聞こえてきた。

 百花は、食堂の女将と抱き合い悲鳴を上げた。


 何分が経過しただろうか。まだ揺れてるのか、自分の身体が震えてるのか、よく分からない。

 恐る恐る顔を上げると、周りには着の身着のまま呆然とする人達がいっぱい居た。辺りを見渡す。

(終わった?)

 間髪入れずにすぐに余震。色んな所で、人の悲鳴や誰かを呼ぶ声がする。心臓はまだバクバクが続いてる。

 腰の抜けた女将を大将に任せた百花は、自分の車へ。

「うわ、マジか」

 愛車は、右後部(荷台部分)の窓に瓦の直撃を受け、ガラスが割れていた。

(車検上がったばかりなのに…!)

 乗り込もうとすると、目の前の道路には割れた瓦が散乱していた。踏んだらタイヤがパンクするかもしれない。

 無駄かもしれないが、大きい欠片だけ蹴ってどかし、百花は車に乗った。

(保険利くかなぁ。修理幾らするだろう?)

「大将! 女将さん! じゃあ自分失礼します!!」

 大声を上げると、百花は車を切り返し、発進させた。


 ゆく先々で、惨状が広がっていた。

 倒れた自販機、斜めになった電柱、怪我をしたのか、タオルを頭に当てている人。自家用車の上に落ちてきた物をどける人、呆然と座る人…。

 来た道を戻る百花は舌打ちした。工事現場のクレーンのアームが折れ、道を塞いでいる。

(これは時間かかりそうだ)

 他の道も落下物や壊れた物が塞いでいて、スムーズには通れなかった。しかも停電していて、信号機は点いていない。
 通行はドライバー達による目視確認と譲り合いで、どうにか成立している感じだった。


(母さん、大丈夫かな…)


 百花の母親は、自宅から車で20分弱の所に住む、祖母(百花から見て母方の祖母)を遠隔介護している。
 毎日午前と午後に1回ずつ行っていて、この時間は祖母宅に居る頃だ。


 ふと気づいて、ラジオのスイッチを入れた百花は耳を疑った。

《東北・関東地方に大津波警報が発令されました》

《○○町のスーパーが倒壊し、負傷者及び行方不明者が出ています》

《仙台市中心部の高層ビルで窓清掃をしていた作業員が、壁面に叩きつけられ重傷》

《○○市では大規模な火災が発生》

《立体駐車場から車が転落》

 アナウンサーですら、声が震えている。

(怖い!夢じゃなく全て現実だなんて…)

 10分ごとに、震度5くらいの大きな余震が襲ってくる。
 運転中だが渋滞でほぼ動けないので、母親の携帯に電話を掛けたが、回線規制中なのか繋がらない。そのさなかにも、携帯電話はエリアメールを受信し鳴り響く。

「もう! 何なのさ!!」

 思わず叫んだ百花に、車窓を叩く初老の男が居た。

「津波! 来てっから逃げろ!!」

 ふと見ると叫んだ男の他にも、何人もの人が走って逃げていく。

(津波?)

 後ろを見たが、渋滞の車列が続くだけ。車を転回しようにも、前も後ろも詰まっているので、どうにも出来ない。
 その間にも、幾人もが後ろから走って百花を追い越していく。

(車置いて…?でも)

 外に出て車列の後方を見るも、津波の様なものは勿論見えない。でも、百花は何かを感じ取っていた。
 百花の耳に、微かだが謎の轟音が届いた。
 車列の後方の車から順に、人が一斉にわっと出てくるのが見えた。

 躊躇っていた百花は、それを合図に助手席に置いていた携帯とショルダーバッグを掴み、車を置いて逃げ出した。

(でも何処に逃げたらいい?!まだ家まで遠いし!)


 この通り沿いは2階建ての住宅や店舗が密集している。背の高い建物と言えば、電信柱と遠くに見える鉄塔ぐらいだ。

 斜め前を走っていた親子が、脇道に逃げた。見るとその先には3階建ての会社があった。
 百花もそれに倣い、後を追った。入口から土足のまま入ると、従業員と思われる白髪の男が大声で喚く。

「階段上がって! 屋上まで行って!!」

 勝手に入ってくる人々に怒っているかと思いきや、誘導していた。

 階段を駆け上がり、屋上に着いた百花は、息も切れ切れで座り込んだ。こんなに全速力で走ったのは、いつぶりだろう。
 近くに居た老婆が、ある地点を見てワッと泣き崩れる。百花もそっちを見て愕然とした。

 さっきまで居た港町が、黒い海に沈んでいた。

 黒い海は、人も車も建物をも巻き込みながら、西へと向かって進んでいた。

(これが津波…?ラジオで言ってたやつなの?)

 百花は逃げ込んだ10数名の人々と、幾人かの従業員とともに、陸の孤島となったこの社屋に佇むしか出来なかった。


 間の悪い事に、空からは霙が降り始めた。従業員が下の階へ誘導する。

「停電してて暖房無いから、身体濡らさないように部屋入って」

 悪天候もあり、空は夕暮れまで時間がある筈なのに、既に真っ暗になりつつある。
 止まない余震と寒さ。心細さは暗くなると倍増した。

(助けは来るのだろうか?お母さんは、家は無事だろうか?)

 逃げ込んだ人々は携帯で電話をかけようと試みたり、不安そうに窓の外を見て居た。勿論、百花も電話を掛けたが、繋がらない。

 ワンセグを起動させ、携帯電話でテレビを見ていた若い男が頭を抱え呟く。

「終わった…。何もかも流された」


 従業員達は物が散乱する社内から、僅かな菓子類を見つけ出し、配ってくれた。
 でも、いつまでここに足止めされるのか分からないので、食べる気になれなかった。
 そもそも、この状況下では食欲も出ない。

「ママ、お腹空いた」

 幼稚園くらいの子供が言ったが、母親に手持ちは無いようだ。
 ふと百花は徹の母親に貰ったマドレーヌを思い出し、母親に差し出す。

「良ければ」

「そんな! 悪いですよ」

「いいんです。食べさせてあげて」

 暗がりで母親の表情は見えなかったが、何度も頭を下げ、子供に与えた。


 従業員が言うに、社屋は1階部分の天井くらいまで、津波が浸水しているらしい。幸いにも、津波の水かさはそれ以上増えも減りもせず。
 それでも大きい余震があると、更に大きい波が来たり、建物が倒壊するのではと皆は怯えていた。


 夜半過ぎになっても相変わらず、ラジオは絶望的な情報を繰り返し伝えた。
 ある市町村は海岸線に沿って200~300の遺体が浮いている、ある所は避難所周りが火災に囲まれている、浸水した総合病院が700人以上の人と共に孤立している…。


 寒さもあるが、余震とサイレンで百花は到底、眠ることができなかった。取りあえず座ったまま顔を伏せ目を閉じ、体力の消耗を防ぐ百花の耳に、ラジオの言葉が届く。

《お聞きの皆さん、現在午前2時を回りました。宮城県仙台市の今日の日の出は午前5時52分となっております。絶望的な状況ですが、あと4時間弱で朝は必ずやって来ます。一緒に頑張りましょう。》

 疲れと寒さでぼーっとしていた百花だったが、その言葉でふと我に返った。辛いのは自分だけではない。
 暗く荒れ果てた室内には、他にも途方に暮れる人々が身体を寄せあったり、壁にもたれかかっている。


 こんなに朝になるのが、待ち遠しい夜があっただろうか。ラジオは、律儀に日の出までをカウントダウンしてくれた。

 あと3時間半、3時間、2時間半…。そして、百花の目にも判るくらい、東の空が明るくなってきた。


 相変わらず、余震も何処かで鳴り続けるサイレンも止まないが、明るくなる空は希望の光であった。

 皮肉にも夜明け前からの晴天により、辺りは日の光に包まれた。室内の人々も、無言で日の出を見ていたようだった。

 初日の出でもないのに、感慨深く日の出を見たのは初めてだった。


 昨日階段下で誘導をしていた男性(どうやらここの社長らしい)が、急に立ち上がる。

「ヘリの音する」

 数人が立ち上がり、窓辺に張り付いた。逃げ込んだ初老の男が言う。

「屋上行こう! 見つけてもらえば、助けてもらえるかもしれない」

 外はこの時期に珍しく、凍える寒さだった。眼下には黒い海になぎ倒され、無残な姿になった街並みが広がっていた。

「ねえ、ラジオで言ってた石油コンビナートの火災って、あれ?」

 昨日泣き崩れた老婆が言い、その方向を見ると、広範囲に立ち上る黒煙があった。そこより手前には、母方祖母の家がある。

(おばあちゃんち、どうなっただろう。津波、届いてないといいけど)

 遥か遠くにヘリコプターの姿が見えた。先の初老の男が、馬鹿でかい声をあげる。

「おーーい!!! ここだぁーー!!」

 ヘリに聞こえる訳がないだろうが、合図のように他の人々も動き出す。

「拡声器は?」

「1階にあったから、多分流されたかも」

「何か燃やすもの! 狼煙を上げるとか!」

 従業員の男が、幼児の着ていた鮮やかな黄色のジャンパーを見て叫ぶ。

「反射板使おう! 光るもの並べよう!!」

 昨日はいっぱいいっぱいで気付かなかったが、この会社はそういったものを扱っているらしい。
 百花も含めた動ける者達は、協力して階下から運搬し屋上に並べた。

「どうする? 『SOS』って並べるか?」

「ここ、日陰になるから、もう少しあっちに」

 たまたま見つけ出した、蛍光グリーンのウインドブレーカー2着を、突っ張り棒にくくり、旗のようにして振った。

「ここー-!! ここだよー!」

 功を奏し、それから1時間弱で百花達は消防ヘリに見つけて貰い、救助された。

 老人や女子供優先という事で、先に乗せてもらった百花は、上空から惨状を見た。
 海に沿って在った筈の松林は消失し、市内の東側は津波を被り、黒っぽく澱んでいた。

(おばあちゃんちもだけど、徹の家辺りも被ってるみたい…)

 ヘリは消防署ではなく、臨時に小学校の校庭に着陸した。そこは既に避難者でいっぱいだった。

(うちより海側のこの小学校が、津波届いてないなら、うちは大丈夫かも)

 昨日マドレーヌをあげた幼児と母親は、百花に手を沢山振ってくれた。百花は徒歩で自宅を目指した。


 切っていた携帯の電源を入れ、自宅や母の携帯に掛けても、圏外で繋がらない。

 通りすがりの中年女性が、立ち止まり声をかける。

「モカ…ちゃん?」

 それは、向かいの洋品店(現在は指定校の制服やジャージ専門店)の奥さんだった。

「長田さん!!」

「モカちゃん無事だったのね!」

 2人は思わず抱き合った。長田は半泣きだった。

「モカちゃんのお父さん、すごく心配していたのよ!  早く行って安心させたげて…」

 2人で百花の自宅に行くと、父はラジオをつけたまま箒で掃き掃除をしていた。長田が声をあげる。

「モカちゃん帰ったよ!!」

「…ただいま」

「モカ!!…」

 父は持っていた箒を放り出して、百花を抱きしめた。

「ごめんな…、取りに行かせて…」

 他人の前で取り乱す事のない父が、涙声になっていた。家から、同居する父方の祖母と何故か徹も出てきた。

「モカお帰り…、良かった無事で」

「おばあちゃん…。徹、何でうちに?」

 徹は、静かな声で答えた。

「うち、ダメだった。流された」

「おじさんとおばさんは?!」

 徹は無表情で静かに首を振った。百花は状況が理解出来ない。そして、母の姿が無い事に気づいた。

「お母さんは…?」

 百花の言葉に父は身体を離し、口を開いた。

「母ちゃんは…」


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