きみよ奇跡の意味を知れ 【本編完結・番外プチ連載5/14完結】

桜以和果

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10 ある夜の出来事 騎士と騏驥と林檎

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(帰りたい……)


 深夜。
 いくつもの厩舎が立ち並ぶ西の厩舎地区。
 馬や騏驥たちが日々暮らしているその場所の一角で、リィはらしくなくうろうろしながら何度となくそう思い続けていた。

 もうどのくらいこうしているだろう。
 そもそもなんでこんなところに来てしまったのだろう?

 いや、理由はわかっている。ルーランに会うためだ。
 だが問題は、なぜそんなことを思ってしまったのかということだ。そして思っただけでなく、実際に実行に移してしまうなんて。

「はぁ……」

 人に見られぬよう、隠れるようにして——しかしじっとしていられず、ついウロウロしながら、リィはため息をつく。
 胸に抱いた袋からは、甘酸っぱい香りが漂っている。

 いつまでもこんなことをしていても仕方がないと解っているのに、最後の最後に踏ん切りがつかない。中に入っていくことに躊躇いがある。
 かと言って、このまま部屋に戻ることにも抵抗があって……。
 結局、ぐずぐずとこんなことをしてしまっているのだ。

 だがいつまでもこうしているわけにもいかない。
 誰かに見られれば不審に思われるだろう。
 ——もう思われているかもしれない。
 眠る前に衝動的に飛び出してきたせいで、夜着に薄物を一枚羽織っただけの格好だ。

 騎士が厩舎地区にやってきても問題はない——とは言え、「問題ない」ことと実際にやる事は別で、調教師や厩務員となにかしら話でもない限り、そんなことをする騎士は稀なのだ。

 リィだって、今までここにきたことは殆どない。
 ルーランに乗り始めた最初の頃、あまりに彼の癖が強く、あの性格は何とかならないのかと調教師に相談しにきたとき以来だ。
(ちなみにその相談は無駄に終わった。彼の性格はいまだに治っていない)

 つまりあの時は、ここにくるはっきりとした理由があった。
 誰に対しても、自分に対しても言い訳できる理由が。

 だが今夜は……。

(ああ——もう)

 いったい自分にどんな魔がさしたのだ。
 こんな——騏驥の機嫌をとるような真似、絶対にしたくないと思っていたのに。

 とは言え。
 これは単純なる機嫌取りではない、と思っているからこそ来てしまったとも言えるのだ。

 昼間。
 自分はルーランを酷く叱り付けてしまった。
 いや、叱ったのではなくあれは——。

(八つ当たりだ……)

 自分の感情の行き場のなさを、彼にぶつけてしまっただけだった。

 もちろん、彼がしたことは余計なことだったと思うし、許していい行為ではない。騏驥が騎士同士の話に首を突っ込むなど、あってはならないことなのだから。
 ただ……。
 あそこにあったのは決して悪意ではなかった。
 巫山戯てのことでも、こちらを困らせようとしてのことでもなく、それとは違う理由で彼は口を挟んできたのだ。
 多分……。
 おそらく……。

 ——きっと。

 にもかかわらず、自分は彼を酷く詰ってしまった。
 彼に庇われた形になってしまったことが許せなくて。

 けれどそれは、こちらの感情の問題だ。
 彼が行った非礼とは分けて叱るべきだったのに。

「……」

 リィは目を伏せると、キュッと唇を噛んだ。

 昼間の自分は間違っていた——。

 部屋に戻り、一人になり、反省文を書いてからも眠ろうとしてからもずっとその思いが消えなくて、だからとうとうここにやってきてしまったのだ。
 こんな夜中に。
 もう日が替わったような真夜中に。

 騎士が騏驥に頭を下げるなんて……と今でも引っかかるものはあるが、彼が間違っているときだけ叱るのも、なんだか卑怯な気がして。

 とは言え、こんなことを全て詳らかにすれば、あの性格の捻れた騏驥がどんな顔で喜ぶかも想像がつくから、それは癪で、そのためここから一歩進むことを迷っていたのだった。

 念のための言い訳の品は用意してある。
 謝罪ではなく、遠征時の活躍の褒美——彼が欲しがっていたものを持ってきた、という言い訳をすれば、さほど違和感なく彼に会う理由も、気にかけてやった理由もできるだろう、と考えて。

 林檎は、彼の好物だ。

 リィは赤く色づき芳香を放つそれらが入った袋を抱えたまま、またひとつため息をつく。
 行くべきか、やはり帰るべきか。
 行ってさっさと憂いをなくしたほうがいい思う反面、明日でもいいではないかと思ったりもする。
 明日、なにもなかった顔でいつものように彼の騎乗調教をすればいいのだ、と。
 だがそれは自分の過ちを有耶無耶にしてしまうことだ。誤魔化すことだ。

 そんなのは……したくない。

 いずれにせよ、早く決めなければ。

「……よし……!」

 ややあって。
 リィは深呼吸すると「行こう」と決める。
 行って、中に入って、彼の馬房の前にこれを置いてくればいいのだ。
 誰からのものか気づけば明日彼が話を持ち出すだろう。その時に褒美として渡したと言えばいい。
 気づかなかったとしても、自分が謝罪したことにはなる、はずだ。

(なるかな……)

「……」

 わからない。
 わからない、が。
 せめて気持ちだけは伝えておきたいと思ったのだ。
 自己満足だとしても。 

 そうと決めると、リィは袋を抱え直して姿勢を正す。
 こういうことは、さらりとスマートにやるほうがいい。
 何気なく。自然に。
 そのほうが人目を引かないだろう。
 明日、見かけた誰かがルーランにリィのことを話したとしても、自然にしていればそうそう妙な伝えられ方はしないだろう。

 リィは、ドキドキしている心臓の音を聞いていないことにしながら、すれ違う厩務員や騏驥たちからの目礼を何気ない表情を装って受け止め、奥へと足を進める。
 誰かに呼び止められたらと思ったが、それはないようだ。少しホッとする。
 だが鼓動は一歩進むごとに、ますます大きくなるようだ。
 ただ騏驥に差し入れをするだけだと言うのに(そう、これは差し入れだ。ご褒美の差し入れだ)、なにをこんなに動揺しているのか。

(自然に……自然に)

 自分に言い聞かせながら歩いていると、やがてリィは、ルーランの馬房の前まで辿り着く。
 ほっと息をつき、何となく扉に耳を寄せて中の様子を探ってみる。
 騏驥ほど耳がよくはないから、こうしたところでなにがわかるわけでもないが、中は静かなような気がする。
 もう眠っているのだろう。

(遠征から戻ったばかりだしな……)

 問題はあったものの、いつも通りよく働いてくれた騏驥のことを思いながら、リィが袋を置こうとした——とき。

「——!?」

 突然目の前の引き戸が開き、馬房の主が姿を見せた。
 つまり、ルーランが。

「…………」
「…………」

 リィは袋を置こうとした中腰のまま。
 ルーランは扉に手をかけた格好のまま。
 しばらく無言で見つめ合ってしまう。

 その張り詰めたような静寂を破ったのは、袋が破れる音。そして林檎が転がる音だった。

「あっ——」

 転がっていく林檎に思わず伸ばしたリィの手に、同じくそれを拾おうとしたルーランの手が重なる。
 身体がぶつかり、傾いだリィが尻餅をつく寸前、ルーランのもう一方の腕に抱き留められていた。

「!」

 黙って置いて去ろうとしたところを、ちょうど見られてしまったこと。
 そのせいで動揺してしまったところを見られたこと。
 思いがけず手が触れたこと。
 そしてこの状況……!

「……あ……」

 一気に押し寄せてきた予定外のあれこれに、リィはすぐに対応できず狼狽えるばかりだ。
 しかもそんなリィを片腕で軽々と抱いたまま、

「……ええと……何であんたがここにいんの? つか、いい匂いがすると思ったら……」

 ルーランがまじまじとリィと林檎とを見ながら言うから、リィの羞恥心は一気に最高点まで達してしまった。

「っ……や、やる!」

 リィはルーランの腕の中から逃げ出すと、「やる! これをやる!」と繰り返しながら、抱いたままだった袋と、拾った林檎とを彼の胸に押し付ける。

「やる!」
「は? いや、ちょっ——」
「やる!」

 感じた事がないほどの頬の熱さのせいか、頭がクラクラする。
 リィは上手く動かない舌を無理やり動かし、叫ぶようにそう言うと、逃げるようにしてその場から去ろうとする。
 だが次の瞬間、その手首をギュッと掴まれた。

「!!」
「いやいや。それはないだろ」
「離っ……!」
「説明ぐらいして行けって。おい——暴れるな、こら」
「こ……っ……」

 今なんと言った!?

 振り返ってリィが睨むと、ルーランは「しまった」という顔をする。
 だがリィを掴む手は離れない。

 そのまま、リィは彼の馬房に引っ張り込まれた。


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