きみよ奇跡の意味を知れ 【本編完結・番外プチ連載5/14完結】

桜以和果

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【番外】甘く優しく大切な(後) *有*

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 昼間から随分と濃密な時間を過ごしている恥ずかしさにリィが俯いてしまうと、

「美味しかった」

 囁いたルーランに、髪をまたくしゃくしゃと掻き混ぜられる。
 一層顔を朱に染めるリィに、

「にしても——」

 と、話を変えるようなルーランの声がした。

「これだけ本があるのに、姿絵ひとつが見つからないものなんだな。というか、あまり遺してないのか……。騎士や貴族は肖像画やらを結構遺していそうなイメージだったのに……別のところにでも収蔵してるのか?」

「いや……」

 リィは首を振った。
 
「それはないと思う。あまり見つからないのは、元々の数が少ないからだと思う。わたしも改めて書庫を調べてみて気づいたが、そうした絵を……自分の姿を遺している者とそうでない者がいるんだ」

「見た目のいい人だけがいっぱい描かせて遺してる、とか? でもあんたのご先祖様ならみんな美形じゃないかと思うけどな」

 ま、見てないからわからないけどさ。

 ルーランの呟きに、リィも思案を巡らせる。

 今のルーランの話も、一理あるといえばある。
 人の心理として、たびたび見た目を褒められた者なら、そんな自分を絵に残しておきたいと思うことがあっても不思議ではないだろう。
 美醜の基準は人それぞれ、とはいえ、騎士はとにかく目立つし、騏驥に乗れるという誉ある立場だ。機会を見つけてはことあるごとに絵師の手を煩わせることとなっていてもおかしくはない。
 実際、今でもそうした騎士はいるのだ。功をなすたびその記録のように自身の絵を残そうとする者は。
 そして逆に、あまり褒められることのなかった者が自身の絵を描かれることや遺すことに消極的になるのもわからなくはない。
 だから、それが理由で肖像や姿絵のある者とない者がいるというのは一見理屈が通る気もするのだが……。本当にそれだけが原因なのだろうか……。

 考えていると、

「そもそも、なんでこんなことし始めたんだ? 自分に似てる奴を探し始める、なんて。あんた、自分の顔のことさして気にしてなかっただろ。俺は大好きだけど」

 綺麗だしずっと見てられる——。

 にこにこ笑いながら言われ、リィは恥ずかしさにまた俯いてしまいそうになる。
 この騏驥の遠慮のなさが、こういう方向に働くとは思っていなかった。

 こほん、と自分を落ち着かせるように一つ咳をして、リィは話し始める。
 
「実は……わたしに尋ねた者がいるんだ。『誰かに似ていると言われたことは』と。それで、気になって……」

「……それって、もしかして?」

 ルーランの問いに、リィは頷いた。

「わたしたちを襲った……わたしを捕らえていたあの仮面の男たちの一人だ。魔術を使う若い男の方が、わたしにそう言って……」

 思い出しかけ、リィは咄嗟に頭を振る。
 ふと見ると、ルーランは眉を寄せていた。

「ふーん……。『誰かに似ていると言われたことは』……か。でもそれ、なんだか変な尋ね方だな」

「え?」

 リィが目を瞬かせると、ルーランは「だってさ」と身を乗り出すようにして続けた。

「『お前は〇〇に似てる』って決めつけた言い方をするならわかるけど、『誰かに似ていると言われたことは』——なんて、何か訊きたいのかさっぱりだ」

 ルーランは、リィを見つめたまま、ゆっくりとした口調で話してくれる。

「その質問に対する答えは、『ある』もしくは『ない』。——そこまではいいよな? で、『ない』の場合はそこで話が終わるからいいとして、仮にリィが『ある』と答えた場合を考えてみようか。『ある』と答えて、具体的な名前まで出したとして……それが正しいかどうかなんて、尋ねた相手にはわからないだろ、って話さ。もしリィが俺の親父の名前を出してたら、相手はどうする気だったんだろうな。俺の親父の顔なんか知らないだろうから、リィが本当のことを答えたかどうか解らない」

「あ……」

 そうだ。
 確かに。

 目を丸くするリィに「そうなんだよ」とルーランは頷く。

「だからその場合、質問と回答とその回答の正誤の判断が成立するには、リィが『ある』と答えて、尚且つ、そこで口にした人物のことを相手もよく知っている必要がある。それなら、リィが本当のことを言ったかどうかがわかるからな。ただ——だとしたら、質問自体がおかしくなる。そんなことなら、回りくどい訊き方なんかせずに、『お前は〇〇に似てる』って言うか、もしくは『〇〇に似てると言われたことはあるか』って尋ねればいいんだ」

「……」

「つまりその訊き方だと、えらく面倒な手順になってる。自分の方から先に答を言うんじゃなくて、何がなんでもリィの口から自分の思っている人物の名前を言わせたい——っていうよくわからないことになってる」

「…………」

 確かに。
 言われてみれば確かに、だ。

 あの時は異常な雰囲気に呑まれて冷静に考えることができなかったけれど、こうして改めて説明されると確かにおかしい。
 
 彼の——あの仮面の男の意図は、いったい何だったのだろう?
 自分の望む答えをリィに言わせること? でも顔も見せない男の望みなど、リィには知る由もない。

 では、ただリィを脅かし恐れさせたかったのだろうか。
 逃げる気も失くさせるような……?

 リィは当時のことを思い返す。
 
 周囲を石の壁に囲まれた、冷たく薄暗い牢。
 諦めては駄目だとわかっていても度々不安に駆られて、助けが来ると信じていてもずっと頭が重くて逃げる気力も削られていって……。

 そして、あの仮面の男……。

 憎しみも露わにリィを見据えてきた、あの瞳——。
 
 瞳だけじゃない。
 声も態度も何もかも、リィへの憎悪に満ちていて……。
 
 射るような視線と吐き捨てるような口調を思い出し、ゾッとした時。

「大丈夫か?」

 途端。
 腕を掴まれ、優しく揺さぶられる。

 はっと息を呑んで顔を上げると、そこには心配そうに眉を寄せたルーランの貌があった。
 いつの間にか俯いてしまっていたらしい。
 いつの間にか……。

「震えてる。思い出させたか? すまない」

「い、いや。大丈……」

 夫、と言い終える前に彼に抱き締められる。
 驚いたものの、強い腕に抱かれ、広い胸の中に護られると、全身がみるみる弛緩するのがわかった。
 気付かぬうちに緊張して、強張っていたのだ。
 思い出しただけで。

(情けないな……)

 リィはルーランの服をぎゅっと握りしめた。
 あれからもう、ずいぶん経っているのに……。
 
 だがそんなふうに自分を責めてしまうリィの背が、大きな手に優しく撫でられた。
 安心させてくれるように、幾度も幾度も撫でられる。
 耳元で「大丈夫だ」とルーランの声がした。

「もう大丈夫だ。俺がずっとそばにいる。もう二度とあんたは怖い目に遭ったりしない」

「ん……」

 抱きしめられたまま、リィは頷く。
 想い合っている相手に、そうして言われるのは嬉しい。けれど同時に気恥ずかしくもあって、リィはそれを誤魔化すように苦笑した。

「だ、だらしないな、わたしも。その、多分、もう少し……もう少ししたら平気になると思うんだ。全部、ちゃんと平気に……」

「無理するなって」

 と。そんなリィをいっそう強く抱きしめながら、ルーランが言った。

「俺だってあんたに元気になってもらいたいけどさ、別に急ぐことはないだろ。焦らなくても、いずれ平気になる時がくれば平気になる。——それでいいじゃん」

「……」

「それまでは、俺がいくらでもこうやって抱きしめるし」

「で、でもお前に甘えてばかりというのも……」

「そんなの、いつか俺が甘える時に倍にして返してくれればいいんだよ。うんと甘やかせてくれれば、それで、さ」

「…………」

「だろ?」

「甘えるつもり……なのか?」

 甘やかせ下手な、このわたしに?

 リィが恐る恐る問うと、

「そりゃもう」

 これでもか、っていうほどね。

 悪戯っぽく微笑んでルーランは言う。その明るさに、リィもようやく頬を綻ばせた。
 彼といると、心が軽くなるようだ。


 今までは、自分だけで全てを決めて全てを行うのだと思ってた。
 誰にも頼らず、一人だけで。実際にそうしていた。
 そうすることが強いことだと思っていたし、人に頼るなんて弱いことだと思っていた。護ってもらうことなんて論外だった。以前の自分なら「自分のことは自分で守る」と突っぱねていただろう。

 でも、今は違う。

 今は、そんな風に頼れる相手がいることが嬉しい。信頼できる相手がいることが嬉しい。
 護る、と言ってくれる彼がいることが嬉しい。
 そんな風に、強く想い合える相手と出会えたことが。

 彼は自分を守ってくれるという。
 だから、自分も彼を守る。

 自然にそう思える相手がいることが、こんなにも心強く幸せだったとは……。
 
 頑なで意地を張っていた頃の自分も嫌いじゃない。あの時はあの時で一生懸命だったから。
 でも今は、そんな昔の自分よりももっと強くなれている気がするのだ。
 二人分の強さを得られている気がする。
 彼と出会えたことで。


 ほっと安堵の息を零すと、リィはルーランを見る。
 微笑んでいる彼と、間近で視線が絡む。
 二人の間の空気が密度を増した、と思った刹那、抱き寄せられて口付けられた。

「ん……」

 しかも今度は、さっきとは違う。
 先刻よりも濃く、深い口づけだ。
 挿し入ってきた舌は明らかに淫靡な意図を持ってリィの口内を探り、辿り、舐っては劣情を煽る。

「ん、ん……」

 背筋がゾクゾクする。
 リィは縋るようにルーランの服を掴む。
 これ以上は……と思っているのに、舌で舌を擽られ、かと思うと音を立てて優しく舌先を吸われると、制止の言葉は後ろへ後ろへと流れていってしまう。
 頭がぼうっとし始める。
 知らず知らずのうちに、彼の腕の中でもじもじと身を捩ってしまう。
 
 でも——。

「ル……駄目、だ」

 なんとか唇を離すと、リィは喘ぐようにしてルーランにそう伝える。
 けれど言葉と裏腹に、胸の中も身体の中も切なさでいっぱいだった。
 できるならこのまま……そんな淫らな欲望さえ込み上げて来てしまう。
 こんなところで「そんなこと」など駄目なのに、身も心もすっかり彼に委ねたくなっている。
 
 自身のふしだらさに赤面しつつ、それを隠すように俯きながら、リィは「駄目だ」と小声で繰り返す。 
 と、その耳に、

「結界張るから大丈夫だよ」

 この上なく甘美な囁きが落とされる。
 そのまま耳殻に口付けられ、びくりとリィが慄いた直後。
 ルーランの指が、取り出した符を弾くのが見えた。
 途端、それは大きなドームのようにリィたちを囲む気配に変わり、周囲から二人を遮断する。

「ほら、な」

 ルーランは目を細めて満足そうにリィを見つめてくるが、リィは気が気ではない。
 確かにこれなら誰かに見られる心配はない。
 が。
 だからといってここがどこかは変わらないし、自身の羞恥が完全になくなるわけではないのだ。
 幼い頃から慣れ親しんだここで、この場所で、淫蕩に耽るなんて……。そんな……。

 リィは睨むようにして上目遣いにルーランを見ると、「駄目だ」ともう一度繰り返し、取り出した魔術石をその結界にぶつける。
 これで破術できる——はずだった。

 なのに。

「!?」

 確かに石はぶつかったのに、結界はそこにあるままだった。
 石は霧散し、消えてしまう。

「え……」

 戸惑うリィに、ルーランはくすりと笑った。

「破れないね」

「なんで……」

「あんたもしたいから、とか?」

「ち、ちが……っ」

 くすくす笑いながら言われ、リィは真っ赤になって反論する。
 
 だが……。だが……。

 恥ずかしさに再び顔を伏せてしまうと、笑いながら頬に口付けられた。

「少しだけだよ。少しだけ」

「そ、んむ」

 そして反論しかけたリィの唇も、ルーランの口付けに塞がれてしまう。
 そのまま徐々に押し倒され、リィは慌ててもがこうとする。けれど自分よりも体格に優るルーランにのし掛かられ、逃げようにも逃げられない。

「少しだけ」

 笑顔で言いながら、ルーランはリィの纏っているものを乱しにかかる。
 リィはなんとかその手を止めようとするものの。逆に捕まえられて、なおさら身動きが取れなくなってしまう。

「す、少しなんて……嘘をつけ。お前はいつもそう言って……」

「今度は本当だって。だから——さ」

「ぁふ……」

 言うなり首筋に吸いつかれ、リィの唇からあられもない喘ぎが漏れた。
 慌てて口を押さえると、そんなリィの目に、してやったりの顔で口の端を上げるルーランの姿が見える。

(この……っ……)

 彼のいいようにされてしまうのが悔しい。
 こっちは一応——じゃない、立派な騎士で、騎士は騏驥を従える立場で、つまり……。

「んんっ——」

 けれどそんな抵抗も、彼の唇に、指に、みるみる突き崩されてしまう。
 食むようにして再び口付けられ、髪を撫でられ、頬をなぞられ、玉を磨くかのような繊細さでそこかしこをまさぐられると、文句を言うつもりだった口からは熱い息しか零れなくなってしまう。

「は……ふぁ……」

「可愛い。あんたって本当に接吻が好きだな。目がとろんとしてる」

「そ……んぅん……」 

「いいじゃん。俺も好きだし。お互い大好き——ってことでさ」

「は、ぁぅ……」

 そうして繰り返し口付けられ、互いの舌を味わっていると、触れているところから溶け合っていくような気がする。
 砂糖菓子を分け合った時よりも、いっそう甘い口付けだ。
 なぜだろう。今は菓子は含んでいないはずなのに。
 これも彼の魔術だろうか。いつの間にそんな術を?

「ア……ん……っ」

 乱され、露わにされた胸元に彼の唇が触れる。
 そこもリィの弱い箇所の一つだ。
 彼とこんなことになるまでは、そこがそんなに敏感な箇所だなんて知らなかった。なのに、今はもう、彼から施される愛撫に素直すぎるほど素直に応える箇所になってしまっている。

「は……あ、あ、ぁあっ……」

 ちゅうっ……と強く吸われたかと思うとそのまま先端だけを舌先で執拗に弄られ、リィの背は幾度もしなる。
 いつものルーランの寝台ほど広くはない長椅子の上、耐えられない快感の大きさにリィが我を忘れて身悶えていると、逞しい腕ががっしりとその身体を支えてくれる。
 目が合うと「大丈夫」と微笑まれた。

「いっぱい感じていいよ。落としたりしないから」

「っ…………」

 ルーランは誇らしげに言うが、リィは赤面するしかない。とはいえ、目下は彼のいう通りだ。彼の腕の中、彼に愛されるまま身をくねらせて声をあげて……。

「ん……ぅん……っ」

「リィは右も左も感度が良くて嬉しいよ。可愛い。愛し甲斐がある」

「そ……んな、の……言わなくて、い……」

 説明するな、とリィは真っ赤になりながら頭を振るが、ルーランは聞いていない様子だ。
 だって嬉しいし、と両の口の端を上げると、また丹念にリィの胸元を——その感じる箇所を攻めたててくる。

 零れる息が熱い。熱くて荒くて眩暈がするようだ。
 そのまま腰へと滑り落ちてきた唇にくびれた部分を強く吸われ、リィは新たな快感に大きく戦慄く。
 どこもかしこも、彼に触れられるとそれだけで気持ちが良くて堪らない。身体が隅から隅まで彼に作り変えられてしまうかのようだ。
 
 
 やがて、ルーランは改めてリィを長椅子に横たえると、乱れ始めた自らの髪を掻き上げる。
 そうして唇を舐める様は、思わず息を呑み見惚れるほどの雄の色香に満ちている。
 露わになった胸元には汗が浮かび、彼のしなやかな体躯を一層強調しているようだ。
 瑞々しく雄々しく美しい肢体。比べるものもないほど惹かれているたった一人。

 目が合うと、そんなルーランは目を細めて微笑んだ。
 
「もっと気持ちよくする。だからうんと気持ちよくなってよ」

「っ……す、『少しだけ』じゃなかったのか……?」

 もはやリィもそんな気は薄れているのだが、それでも最後の抵抗を試みるように言うと、ルーランはクスッと笑った。

「あんたといて、『少しだけ』なんて無理な相談だろ。好きで好きで仕方ないのに、加減なんかできるかよ」

「…………」

 開き直った上の熱烈すぎる告白に、リィは絶句しながら赤面する。
 ルーランの顔がまともに見られない。
 視線を彷徨わせていると、いつしか内衣まで解かれて取り去られる。
 辛うじて単衣が上肢に絡むだけの隠すもののなくなった脚を大きく開かされ、リィが首まで赤くなっていると、その無防備な内股をするすると撫でられる。

 撫でながら、「気持ちがいい」とルーランは言った。

「あんたの身体、どこ触っても気持ちよくてゾクゾクする。すべすべなのに吸い付いてきて……めちゃくちゃ好き」

「…………」

「すごく好きだよ。身体も、心も、全部。見えるところも見えないとこも」

 リィを見つめ、微笑んだままそう言うと、リィが言い返そうと口を開くより早く身を屈め、その内股に口付けてくる。

「ンッ——」

 皮膚の薄い柔らかな部分を刺激され、びくりとリィは震える。
 と、それを喜ぶようにルーランはますます口付けを重ねていく。

「ぁ……っあ、あ、ぁゃ……んっ……」

 リィの中心は、既に欲望に忠実にその形を変えている。その有り様を間近で見られていると思うと恥ずかしくて堪らなかったが、何度となく口付けられ、吸われ、悪戯のように軽く歯を立てられると、その甘やかな刺激の数々にあっという間に夢中にさせられてしまう。
 脚の付け根を舌先で強く刺激され、さらには滴った先走りでもうしっとりと湿っている後孔をやわやわと弄られると、膨れ上がる期待と快感に一層性器が熱を持って硬くなる。
 自然と腰が揺れてしまうのが恥ずかしい。けれど止められない。
 
「ん、ん、んぅ……んっ……」

 いやいやをするように身をくねらせると、挿し入れられているルーランの指を思いがけず締め付けてしまい、その刺激にまた身悶えしてしまう。
 じわじわと優しく身体を拓くその指は、内側の感じる箇所を刺激しながら徐々にその数を増し、リィをさらに昂らせていく。
 
「ゃ……ぁ……ゃ、ん……ぁ、あ……」

 欲しい。
 もう、彼が欲しい。
 指ではなく彼の熱が。彼が欲しい。

「ぁ……ルーラン……ル……ラぁ……っ」

 欲望と羞恥の板挟みの中、それでもリィが精一杯の懇願の意を込めて名前を呼ぶと、察したルーランがふっと顔をあげる。
 埋められていた指が抜かれ、両脚が掬い上げられた。
 荒い息のままリィが微笑むと、ルーランも目を細める。額に張り付いていた髪を梳き上げられ、汗の滲んだそこに口付けられた。

「いい?」

 そっと尋ねられ、こくんと頷く。
 嫌な時なんてない。でもそうして訊いてくれるのはなんだか嬉しい。
 首に腕を回し、ぎゅっと抱きしめる。彼の「輪」すら愛しく思えるほどだ。
 そしてルーランの猛った牡がリィの窄まりに押し当てられたと感じた次の瞬間、

「んっ——」

 それは圧倒的な熱と質量を伴いながら、リィの中にぐいと挿し入ってきた。

「っは……ァ……」

「力抜いて……リィ……」

 気遣うようなルーランの声がする。
 もう何度も身体を繋いでいるのに、この瞬間だけはどうしても緊張してしまう。
 万が一、彼が自制心を完全になくして馬の姿になったら……と想像してしまうせいかもしれない。
 それはよほどの時であるとしても、性行為のように「騏驥にとって特殊な事態」は、その「よほどの時」を引き起こしかねないのでは、と不安になってしまう。
 のし掛かられたままなら潰れるし、性器を挿入された状態なら……間違いなく身体が裂ける。
 ルーランは大丈夫という思いはあっても、さらには、彼にならこの身を裂かれても——という想いはあっても、やはり恐怖は完全に拭えない。

 身体が言うことを聞かずリィが焦っていると、その唇に口付けが降ってくる。
 ちゅ……ちゅ……と繰り返し柔らかく啄まれると、その優しさにとろけるようだ。胸の中の不安をゆっくりと取り去ってくれるような、そんな口付け。

「ぁ……ぁ、は、いっ、て……く、る……」

 そして次第に解れていく身体に併せるように、ルーランが腰を進めてくる。
 熱く、逞しい楔がじわじわと入ってくる感覚に、リィは全身の肌が粟立つのを感じる。
 奥へ奥へ——。
 もっと欲しい。
 彼の肉が埋められていくことが嬉しい。繋がりが深くなることが嬉しい。
 頭の芯まで痺れるような悦びに震えながら、自分を穿つ男の身体をぎゅっ抱きしめると、きつく抱きしめ返され、背をふわと掬い上げられる。
 
「ぁ……あ、ぁんッ——」

 そのまま抱き上げられたかと思うと、長椅子に座ったルーランと向かい合うような格好で膝の上に座らされ、埋められていた肉棒に一気に奥まで貫かれる。
 その強烈な刺激に一際高い嬌声を上げ、大きく背をしならせると、仰け反った喉に口付けられ、喉仏をぺろりと舐められた。

「あ……は……ぁ……」

 そしてゆっくり揺さぶられ、突き上げられると同時に、胸元の突起を再び唇に含まれ、敏感な二箇所への同時の愛撫に、リィの理性はあっという間に焼き切れる。

「っひ……あ、ぁ……ぁ、あぁあっ——」

「リィ……気持ちいい?」

「ぁ……あ……っぁ、んぅ……ァ、す、ごぃ……っ……おな、か……溶けちゃぅ、ぅ……っ」

 がくがくと頷きながら応えると、「もっと気持ちよくなって」と言わんばかりに舌先で幾度も乳首を捏ねられ、ますます激しく突き上げられる。

「あ、ア、ぁあんッ——」

 肉のぶつかる音に混じる嬌声。繋がっている部分がッヂュ、ッヂュと淫らな音をたて、それらに耳まで犯されるかのようだ。
 目の奥が白く染まる。
 腰の奥が熱い。
 込み上げてくる欲望の奔流が止まらない。

「ぁ——あ……ルーラン……ルーラン……っ」

「リィ……リィ——好きだ……」

「ルーラ……ぁ……好き……すき……」

 夢中になって縋り付き、波のように次々打ち寄せてくる絶え間ない快感になすすべなく啜り泣いていると、その身体をきつく抱きしめられる。

「リィ……可愛い。俺の……俺の——リィ——」

「んぅ……ん、ゃ……ル……ぁ、も……おか、しく……な……」

「なってよ……なってよ、リィ……おかしくなるぐらい……気持ちよく、なって」

「ぁ……ひぁ……ァ——」

 揺さぶられ、口付けられ、突き上げられ、また口付けられる。
 
 隙間もないほどきつく抱き合っていると、体温も鼓動も全部が混じり合うようだ。肌の香りも息の甘さも全部が溶けて混じっていく。

 張り詰めている性器が、二人の身体の間で擦れてビクビク震える。
 解放を求めて、幾度も震える。
 口付けとともにその性器を握り込まれて弄られ、リィの腰がくたりと崩れる。
 その耳に、

「このまま——達して、リィ。口付けたまま……」

 甘くねだるような残酷な囁きが吹き込まれる。
 受け止め切れないほどの快感に瞳を潤ませながら、リィはもう訳もわからず頷くばかりだ。
 揺さぶられ、性器を扱かれ、そのまま深く口付けられた。

「ふ……はふ……ぁ、ぁん、ぁ……ぅん……」

 粘膜が擦れ合う濡れた音が耳の奥で響く。
 深く——より深く口付けるたび全身が戦慄き、繋がっている柔らかな肉壁がきゅうっ……と彼の肉を締め付ける。
 離れたくない——離したくない——。
 身体中でそう伝えて目の前の身体を抱きしめると、律動の最中、リィを追い上げていく熱い楔が、悦ぶようにビクンと跳ねる。

「んっ——」

 思わず呻いたリィの間近で、ルーランが切なげに眉を寄せた気配が伝わってくる。

 自分がそうであるように、彼もまた感じてくれている……。

 そう思うと、リィの胸は喩えようもなく熱くなる。
 
 好き。
 好きだ。
 好き——。
 何回言っても言い尽くせないぐらい好きで好きで堪らない。
 
 だから何度も口付けて、何度も抱きあって好きだと伝える。
 告げても告げても尽きない気持ちを、ずっとずっと伝え続ける。
 彼が、そんなふうに愛してくれるように。

「リィ——リィ……」

 口付けの合間、何度も何度も名前が呼ばれる。
 甘く優しく密やかに。あなたはわたしの宝物だと、そう伝えてくるように。
 
 リィはルーランの頬を撫で、髪を梳いて口付ける。
 唇に、頬に、目尻に、そして失われた右の目に。
 全てが好きなのだと、伝えて伝えて口付ける。
 
 埋められている灼熱が、またびくりと大きく跳ねる。
 ルーランの手に包まれるリィの芯も昂り続け、絶頂を求めて震えている。

 達したい。でもまだ達したくない。終わりたくない。離れたくない。
 でも。

「っぁ……ん、ぅん……ん、ん、んんっ……」
 
「っ……リィ……っ」

「ん、ん゛、ん゛、んぅ……ん、んん——っ」

 やがて、深くなった口付けともに一際激しく突き上げられ、耐えに耐えていた欲が弾ける。ビクビクと震える身体。その耳に、ルーランの押し殺した呻きが届く。
 体奥で、彼もまた達したのがわかった。
 彼の情熱の飛沫が身体の奥深くに染み渡り、染み込んでいく。
 
 目が眩むような快感と悦びリィが我知らず涙を溢すと、それすら愛しいと言わんばかりに、それすら欲しいと言わんばかりにルーランの唇が掬い取っていく。

 目が合うと、どちらからともなく唇を寄せ合った。

「口付けながら達するなんて、リィは本当に可愛い」

 微笑みながら言われ、リィが真っ赤になって唇を尖らせると、その唇にまたひとつ、優しい口付けが落とされた。






     ◇     ◇     ◇






「目は、どうするか決めたのか」


 拭き清められた身体をぐったりと長椅子の上にのばした格好で、リィはルーランの髪を弄びながら尋ねる。
 だらしない格好だが、動けないのだから仕方がない。
 それに、こんなにも満たされた心地好い気だるさからは、いかなリィでも抜け出し難い。

 ちなみに、リィの身体を清めてくれた水は、差し湯としてお茶と一緒に卓子の上に置かれていたものだ。ルーランは冷めたそれと彼自身の服を使ってリィを綺麗にしてくれたのだが、いつも目にしていたあれをそんなことに使うなんてと思うと恥ずかしさてどうにかなりそうだった。
 なんだか、見るたび赤面しそうだ。
 この書斎も、今後訪れるたび今日のことを思い出すだろうし、長椅子に座ると落ち着かなくなってしまうかもしれない。
 今日は何も手がかりを得られなかったものの、今後もまた機会を見て調べてみようかと思っていたのに……。


 ともあれ——。


 そんなリィのすぐ傍ら。
 リィに長椅子を譲り、自身は床に座り込んでいるルーランは、リィと視線を合わせるように座面に頭を預けている。
 時折目を閉じ、また時に悪戯っぽくリィを見上げてくるその貌は相変わらずの端整さだが、少し前までの艶かしさや激しさは、今はなりを潜めている。
 彼はリィの指に好きなように髪を弄らせたまま、 
 
「んー……いや。まだ」

 ゆるゆると首を振った。

「説明を聞いた限りだと、見た目と利便性なら義眼なんだよな。ただそうなると消耗するから」

「ん」

「ならもう、なくてもいいのかな、とかね。今のところ不便はないし」

「今のところは、な」

 遠征に出ればどうなるか。
 リィは微かに眉を寄せて言った。

 医師から騎乗の許可が出て、既にルーランには何度か乗った。
 まだ全力ではないものの、それなりに長く走らせてみたり、速めに走らせてみる調教もした。
 乗る前はどうなるか不安だったが、いざ騎乗して走らせてみれば、そんな風に調教で乗っている限りは以前と全く変わりなかった。
 見えているかどうかも、もちろんあの極上の乗り心地もだ。
 元々、全ての面においてずば抜けて能力の高かった騏驥だから、音や気配を察する感覚をより研ぎ澄ませることで、片目の分を補えるのだろう。

 だが、それが遠征や実戦でも通用するかどうかはその時になってみなければわからないだろう。
 誰かに模擬戦の相手を頼むこともできるが、ルーランを相手にしてくれるそんな奇特な騎士や騏驥がいるかどうか……。

 かと言って、義眼についてはルーランが言う通り弊害もある。
 ふーむ、とリィが考えていると、

「まあ、俺だけの話じゃないからな」

 ふむ、と頷いてルーランが言った。

「あんたに危険が及ぶようなことはしたくないし……あんたに恥をかかせるのも嫌だし。だとすると——やっぱ、あったほうがいい?」

「危険云々はともかくとして、わたしの恥だのなんだのは考えなくていい。言っただろう、お前は今でも十分に立派だ」

 髪を弄ぶ手を止めて、リィは言う。
 ルーランが目を瞬かせる。その目を見つめて、リィは言った。

「周りも、きっとそう思う。むしろお前のような秀でた騏驥が隻眼なら、なおさら凄みが増すだろう」

「そう?」

「ああ。ふてぶてしい態度と相まってな」

 笑いながら揶揄うように言ってやると、ルーランは「ひどいな」と苦笑する。

「まあ、態度はその通りなんだけどさ」

 そして彼はそう続けると、首を仰向けてリィを見つめ、腕を伸ばし、リィの首にそれを絡めてゆっくりと引き寄せる。
 
「そういう俺を好きだっていう物好きなあんたのことが、俺はすごく好きだよ」

 優しい手に、瞳に、囁きに誘われるまま、リィはしっとりと唇を重ねる。
 
 

 全身に広がっていく、格別の温もりと愛情。
 それをしみじみ感じながら、リィは思った。

 これから先、この関係が秘密として続くとしてもそうでなくても。
 この温かさと愛情は、きっとずっと変わらない。強くなってもなくならない。ならばそれが、自分の——二人の真実だ

「愛してる、リィ」

 俺の、大切な大切な特別な人。
 
 告げられる愛の言葉にリィも心からの愛で応えると、

「また招待する」

 微笑んで囁いた。

 また招待する。ここに。いろいろなところに。そしてわたしをもっと知ってほしい。もっともっと好きになってほしい。これまでの時間もこれからの想いも分け合いたい……。

 そう伝えると、幸せそうに細められていたルーランの瞳に、一層の甘さが滲む。


 どこまでもお供いたしましょう——。


 そして紡がれる囁きは、ただ一人のためだけの永遠を思わせる尊さを湛えている。 
 唇から唇へと伝わっていく願い、愛、想い。
 二人の長い口付けは、いつまでも終わらなかった。





END
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君とどうにかなるつもりはない。わたしはソコロフ家の、君はアナトリエ家の近衛騎士なのだから。 ここは二大貴族が百年にわたり王位争いを繰り広げる国。 平民のオメガにして近衛騎士に登用されたスフェンは、敬愛するアルファの公子レクスに忠誠を誓っている。 しかしレクスから賜った密令により、敵方の騎士でアルファのエリセイと行動を共にする破目になってしまう。 エリセイは腹が立つほど呑気でのらくら。だが密令を果たすため仕方なく一緒に過ごすうち、彼への印象が変わっていく。 さらに、蔑まれるオメガが実は、この百年の戦いに終止符を打てる存在だと判明するも――やはり、剣を向け合う運命だった。 特別な「ヒールオメガ」が鍵を握る、ロミジュリオメガバース。

俺のファルハ 《黒豹獣人と俺》

大島Q太
BL
《黒豹獣人×異世界転移者》 マナトは子供を助けてトラックにひかれそうになった瞬間、異世界転移し、ついた先はジャングルの中だった。マナトを拾ったのは褐色の黒豹獣人ナミル。ナミルは俺を「ファルハ」と呼び甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる。流されやすい主人公とそれを溺愛する原住民の話。

塔の上のカミーユ~幽囚の王子は亜人の国で愛される~【本編完結】

蕾白
BL
国境近くにあるその白い石の塔には一人の美しい姫君が幽閉されている。 けれど、幽閉されていたのはある事情から王女として育てられたカミーユ王子だった。彼は父王の罪によって十三年間を塔の中で過ごしてきた。 そんな彼の前に一人の男、冒険者のアレクが現れる。 自分の世界を変えてくれるアレクにカミーユは心惹かれていくけれど、彼の不安定な立場を危うくする事態が近づいてきていた……というお話になります。 2024/4/22 完結しました。ありがとうございました。 

聖者の愛はお前だけのもの

いちみりヒビキ
BL
スパダリ聖者とツンデレ王子の王道イチャラブファンタジー。 <あらすじ> ツンデレ王子”ユリウス”の元に、希少な男性聖者”レオンハルト”がやってきた。 ユリウスは、魔法が使えないレオンハルトを偽聖者と罵るが、心の中ではレオンハルトのことが気になって仕方ない。 意地悪なのにとても優しいレオンハルト。そして、圧倒的な拳の破壊力で、数々の難題を解決していく姿に、ユリウスは惹かれ、次第に心を許していく……。 全年齢対象。

ちびドラゴンは王子様に恋をする

カム
BL
異世界でチート能力が欲しい。ついでに恋人も。そんなお願いをしたら、ドラゴンに生まれ変わりました。 卵から孵してくれた王子様に恋をして、いろいろ頑張るちびドラゴンの話。(途中から人型になります) 心優しい第三王子×時々チートな働き者のドラゴン 表紙イラストはしけつ(ck2)さまにいただきました。ありがとうございます。

愛しの妻は黒の魔王!?

ごいち
BL
「グレウスよ、我が弟を妻として娶るがいい」 ――ある日、平民出身の近衛騎士グレウスは皇帝に呼び出されて、皇弟オルガを妻とするよう命じられる。 皇弟オルガはゾッとするような美貌の持ち主で、貴族の間では『黒の魔王』と怖れられている人物だ。 身分違いの政略結婚に絶望したグレウスだが、いざ結婚してみるとオルガは見事なデレ寄りのツンデレで、しかもその正体は…。 魔法の国アスファロスで、熊のようなマッチョ騎士とツンデレな『魔王』がイチャイチャしたり無双したりするお話です。 表紙は豚子さん(https://twitter.com/M_buibui)に描いていただきました。ありがとうございます! 11/28番外編2本と、終話『なべて世は事もなし』に挿絵をいただいております! ありがとうございます!

捨てられた生贄オメガ、魔王城で極上の『巣作り』始めます!~不眠症の魔王様、私のクッションで爆睡して溺愛モードに突入~

水凪しおん
BL
「役立たずのオメガ」として冷遇され、血も涙もない魔王への生贄として捨てられたリノ。 死を覚悟して連れてこられた魔王城は、寒くて硬くて、居住性最悪のブラック環境だった!? 「こんなところで寝られるか!」 極限状態で発動したオメガ特有の『巣作り本能』と、神業レベルの裁縫スキルが火を噴く! ゴミ同然の布切れをフカフカのクッションに、冷たい石床を極上のラグマットにリフォーム。 すると、不眠症で常にイライラしていた魔王ザルドリスが、リノの作った「巣」のあまりの快適さに陥落してしまい……? 「……貴様、私を堕落させる気か」 (※いいえ、ただ快適に寝たいだけです) 殺されるどころか、魔王様に気に入られ、気付けば城中がリノの虜に。 捨てられた生贄オメガが、裁縫一つで魔王城を「世界一のマイホーム」に変える、ほのぼの逆転溺愛ファンタジー!

おだやかDomは一途なSubの腕の中

phyr
BL
リユネルヴェニア王国北の砦で働く魔術師レーネは、ぽやぽやした性格で魔術以外は今ひとつ頼りない。世話をするよりもされるほうが得意なのだが、ある日所属する小隊に新人が配属され、そのうち一人を受け持つことになった。 担当することになった新人騎士ティノールトは、書類上のダイナミクスはNormalだがどうやらSubらしい。Domに頼れず倒れかけたティノールトのためのPlay をきっかけに、レーネも徐々にDomとしての性質を目覚めさせ、二人は惹かれ合っていく。 しかしティノールトの異動によって離れ離れになってしまい、またぼんやりと日々を過ごしていたレーネのもとに、一通の書類が届く。 『貴殿を、西方将軍補佐官に任命する』 ------------------------ ※10/5-10/27, 11/1-11/23の間、毎日更新です。 ※この作品はDom/Subユニバースの設定に基づいて創作しています。一部独自の解釈、設定があります。 表紙は祭崎飯代様に描いていただきました。ありがとうございました。 第11回BL小説大賞にエントリーしております。

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